第3話
「弘人、俺がどれだけ和香子を大事にしてたか知ってたよな。お前が呆れるほど俺はのろけてたはずだ。絶対に許さん。地獄まで道連れにしてやる」
「許してくれっ」
弘人は全裸のままベッドのマットに額をこすりつけた。小坂は弘人の背中に手を当てると、そのまま体の内部に侵入した。
「う、うわあああ助けてくれっ」
臓器を触れながら確認していると、一定間隔で収縮している心臓を見つけた。小坂は慎重に心臓を握った。
「今、お前の心臓を握った。十秒後に力を加える。その間に俺がお前を許せるようなことを言ってみろ。十、九……」
「待ってくれ、何でもする。全財産やる、これから俺が働くお金全部あげる」
「八、七……」
「う、うううう、な、何がいいんだ。お前がしたいこと全部叶えてやる。何とかするから……」
「六、五、四……」
「ええとええとええとええええええええとっあああああ出てこねえ!」
「三、二、一」
「やめてくれええええええええ」
「弘人、あの世で会おうな」
小坂は思い切り握ると、心臓は呆気なく破裂し、手のひらにじわりと血が広がる感触が伝わってきた。弘人の身体は脱力し、土下座のまま動かなくなった。
手を弘人の身体から抜き取ると、手首から血に染まっていた。
壁にもたれて上を向く和香子の正面に胡坐をかき、頬を平手打ちした。
「いたっ」
目を覚ました和香子は小坂の血まみれの手を見てまた悲鳴を上げた。
「あれ見ろ」
小坂が指差した先には土下座にまま息絶えた弘人の体があった。
「う、嘘……」
どこにそんな力があったのか、和香子は裸のまま、ベッドから降りて玄関のドアを開けた。小坂が追いかけると非常階段を下っていた。
「とまれ」
念じると、和香子の身体は停止ボタンを押したように止まった。
「お、お願い助けて」
「いや、絶対に許さない」
和香子の階段を降りる姿のまま宙に浮かし、三階の空中に浮かせた。
「ここから落ちて死ななければ、俺はもうお前に何もしない」
「ほ、本当?」
「ああ、三階の高さなら大けがはするだろうが死にはしないかもな」
和香子は黙りこくった。意地でも生き残るつもりなのだろう。
「行くぞ」
小坂は脳内のイメージを身体の奥底から念じた。和香子の身体は巨大な手のひらに抑えられるようにアスファルトの地面へと叩きつけられた。
バン、という音がし、下を覗き込むと、和香子の身体は何度も引かれたカエルのように原型がなくなっていた。特に頭部の損傷はすさまじく、脳みそが粉々になって飛び散っていた。
あまりの衝撃音にマンションの住民は次々にドアから出てきて、音の方角はどこかしきりに確かめていた。
「小坂様、お疲れさまでした。準備が整いましたので後方の扉からお入りくださいませ」
空から川岸の温かみのある声が響いてきた。あまりにも現場の状況と不適合であり、小坂の口の端は持ち上がった。振り返ると、階段に真っ白な扉があった。先ほどよりも小さめで小坂の身長とほぼ同じだった。扉を開けるとまた白い光が差し込んできて小坂の身体を包み込んだ。
川岸は温かい笑みで小坂と向き合っていた。
「目的を果たされてお気持ちはいかがでしょうか」
「そうですね……」
復讐しても心が晴れることはない。俗世ではよくそういわれる。小坂も確かに完全に貼れたことはなかった。ただ、弘人と和香子を殺したことで、正解か不正解かわからないものの答えを導き出せた気がした。そのことを伝えると川岸の笑顔はより明るくなった。
「何よりでございます。では小坂様、弊社を出てから左手に列がありますので、そちらにお並びいただき、再び審判を受ける時間までお待ちくださいませ」
「やっぱり僕は地獄行きですかね?」
「それはやはり私ではわかりかねます。申し訳ございません」
「いや、それは、全然」
川岸の差す方へ行こうとしたとき、小坂はふと疑問が湧き、川岸を呼び止めた。
「川岸さんは仏様ですか?」
川岸はにこやかな笑みを崩さない。
「私は極楽にも地獄にも行けない、哀れな者でございます」
「それって……」
「顧客として未練消化センターを利用したとき、違反しまして、拷問を受けました。その後、ずっとここで働いています」
「どんな違反を……」
申し訳ございません、と川岸は頭を下げた。「人には言えない決まりになっておりまして……」
「そうですか」
あまり聞きだすのも自らの審判の影響に出るかもしれないと思い、小坂は川岸と別れた。閻魔大王の審判の列に並んだとき、先頭に和香子と弘人がいた。先に和香子が審判を受けている。閻魔大王の声は聞こえないが和香子の怒鳴り声と悲鳴が小さく響いてきた。和香子は馬の頭と牛の頭をした怪物に両腕を掴まれ、連れ去られていった。おそらく地獄行きだろう。弘人もわなわなと震えながら閻魔大王の審判を待っている。小坂の心は晴れ渡っていった。
未練消化センター 佐々井 サイジ @sasaisaiji
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