第三話 旅立ちはノーアラート①
「というわけで、明日から視察にいきますね」
「そんなことが許されるとでも?」
教会に到着して、視察に行く旨を復活していたロベルトに伝えた。黒竜を何とかしただけでなく、結界も完璧に修復したのだ。あとはロベルトが引継ぎ先の聖女を見つけてくるのを待つだけである。簡単に許可が貰えるだろうと高をくくっていた僕だったが、理不尽にもロベルトはそれを一蹴してしまう。
「そんな、なんで――」
「何でダメなのだ?! 貴様は我とユーリのお泊り旅行デートを……もがっ」
「クロ、ストーップ!」
僕が理由を聞こうとしたら、横から殺気をほとばしらせてクロが割り込んできた。クロは平然とお泊り旅行デートと言おうとしたので、慌てて口を塞ぐ。クロは不満そうに僕を見つめているが、それを言ってしまうのは悪手でしかない。完全に遊びだと思われるからだ。
「国王から領地を直々に任されたんですよ。それを大司教ふぜいが拒否していいんですか?」
「王国と教会は別組織ですからね。そもそも王国と教会は相互不干渉ですよ。お互いに報告はしますけど、一方の決定に他方が異を唱えることはできません」
散々聖女の地位で好き放題した報いが返ってきたのか、ロベルトが大司教の地位で好き放題しようと企んでいるようだ。とはいえ、こういった組織は相互不可侵と言いつつ、どこかでつながっているはず……。ここは押しても難しいと判断して、一度引くことにした。
「わかりました。それでは」
「言っておきますが、教皇に直談判しても無駄ですよ。聖女の重要性を一番理解している方ですからね」
僕たちが退室しようとすると、ロベルトが捨て台詞を言ってきた。クロやレイラは反応しそうだったが、僕が手で制す。そして、一礼をして彼の部屋を後にした。
「ぐぬぬ。ユーリよ、どうするつもりだ?」
「簡単なことだよ。王宮に行って、国王に直談判するんだ」
「ですが、王国と教会は相互不干渉だとロベルトが言ってましたよね?」
今後の方針を伝えると、レイラが不思議そうな顔をして尋ねてくる。先ほどのことで腹を立てているらしく、呼び捨てになっていた。
「問題ないよ。さっそく行こうか」
不思議そうな顔をする二人を連れて、僕は再び王宮へと向かった。国王に用件があると伝えると何度も確認された、「爵位と領地を返すつもりか?」と。
その事をきっぱりと拒否する。その上で、教会が許可をしてくれないため、領地の運用ができないことを伝えた。このままでは領地を返すより他にないかもしれないとも。
そう伝えるとすぐに国王は「話を詳しく聞きたい」と謁見を許可してくれた。謁見の間には、僕たちが到着するより早く国王と王妃が座っていた。
「詳しく説明せよ」
よほど焦っているのだろう、礼をする間もなく話を切り出した。この状況で悠長なことをやっていたら、国王がキレそうだ。メッキのはがれた国王の対応力が低すぎて王国の今後に不安を感じる。
「教会に帰り、領地視察の許可を申請したところ、教皇と大司教に反対されてしまいました。このままでは、せっかく頂いた領地もまともに管理できず、お返しせざるを得ないかもしれません」
「なん、だと……?!」
国王は表情を歪めて僕を睨みつける。僕を睨みつけても無駄だよ。教会の偉い人を何とかしないとね。
「分かった。教皇を、ここに呼べぃ!」
国王の鶴の一声によって、城にいる衛兵たちが外に出ていった。どうやら教皇を捕獲するつもりらしい。相互不干渉とやらは、どこに行ったのだろうか。
しばらくすると、衛兵たちが教皇ラザレス=ラザールスを連れてきた。
「何の用だ、リチャード。儂は暇ではないのだが?」
突然呼び出されて、教皇はメチャクチャ不機嫌そうである。それもそのはず、既に日は落ちて年寄りは寝る時間だ。かくいう教皇も寝間着にナイトキャップという出で立ちでやってきていた。
明らかにツッコミどころが満載だ。しかし、国王も教皇も、衛兵たちすらも平然としているのだが……。
「そこの聖女ユーリだが、今はユーリ辺境伯でもある。その者が領地に行くのを貴様が禁じていると訴えてきたのだぞ!」
「……良く分からんが、別にいいんじゃないか? 別に儂は禁じてはおらんぞ?」
「どういうことだ?」
教皇の言葉を聞いて国王が僕を睨みつけてくる。聞かれても、僕が知りたいくらいだよ。だけど平然としつつ、軽く受け流して首を横に振った。
「いいえ、僕は確かに大司教から教皇も視察に反対されていると伺いました。しかも、彼は国王ごときの言葉に従う必要はないとも言っておりました……。僕は頂いた領地をより良くしたいだけなのに……」
僕は目を潤ませて訴えかける。女の涙は武器である、とはよく言ったものだ。せっかくなので、それを有効に活用することにした。
「ロベルトか……。儂の名前を勝手に騙るとは。不届きなヤツだ。聖女ユーリよ、心配するでない。儂の名にかけて視察を許可しよう」
「ぐぬぬ、またロベルトかッ! 今度は『国王ごとき』とか、ここまで馬鹿にされて黙っていられるかッッ!」
訴えが功を奏したのか、国王と教皇によるロベルト罵倒大会が始まってしまった。半ば愚痴のようなものだが……。彼は一体何をしてきたのだろうか。
罵倒大会はしばらく終わらなそうだったので、衛兵の人に言付けを頼んで一足先に教会に戻る。その足でロベルトの所へと向かった。
「というわけで、明日から視察にいきますね」
「ダメだと言ったじゃないですか。教皇も許可しませんからね」
「え? そんな事言っていいのかなぁ?」
僕はニヤけそうになるのを堪えながら、ロベルトに詰め寄る。もっとも周囲の人が見たら完全にニヤけているように見えただろう。
「問題ありません。教皇にもきっちり根回しはしているんですから。いまさら聖女様が動いても手遅れです」
「大司教、聖女様の視察を勝手に禁止するなと、教皇猊下からのお言葉です」
神官が部屋に入ってきて、ロベルトに教皇の言葉を伝える。彼は凍り付いた笑顔のまま冷や汗をダラダラと垂らしていた。
「……いったい、何をしたんですかッ!」
「国王に相談しただけですよ」
僕の言葉に彼の顔が憎悪に歪む。それがすぐに嘲笑へと変わった。
「バカなっ、国王ごときに……」
「ごとき、で悪かったな!」
「……陛下? なんでここに!」
ロベルトが暴言を吐くと、タイミングよく国王と教皇が入ってきた。僕が報告した通りの罵倒を言った瞬間という、彼にとっては最悪の乱入だったと言えよう。そのせいで国王の顔は怒りで顔面崩壊していた。一方で、その後ろから入ってきた教皇は笑いそうになるのを堪えている。
「ふん、そんなことはどうでも良いわ! 貴様らにとっては聖女かもしれんが、この者は王国貴族でもあるのだぞ。そのような処遇をするようであればワシの臣下とするぞ!」
マジか、国王。待ち望んだ聖女引退が一気に近づいてきた。でも、この国王の下と言うのも不安ではあるが……。
「それはいただけませんな。当代の聖女は、伝説と言われた竜の聖女。やすやすと手放すわけにはまいりませんな。ユーリちゃんは儂が面倒を見ることにする。それで良いな?」
村で言っていた竜の聖女が、いつの間にか既成事実と化していた。だが、聖女の力のない僕にとって教皇の提案が良い訳がなかった。一方の国王も渋い顔をして腕組をしていた。
「なるほど、竜の聖女か。ならば王家で独占する訳にもいくまい。いったん処遇はラザレスに任せよう。だが、不当な扱いをするようならば、いつでも王家が取り込む準備があると言うことを忘れるなよ」
「ふはは、その準備は無駄になるだろう。悪いな!」
僕どころかロベルトも置き去りにして、国王と教皇は互いに火花を散らす。何だかんだ仲がいい二人だった。
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