第二話 サプライズプレゼント②
クロのサプライズプレゼントのおかげで、懸念であった王都の結界問題は解決した。
「クロのおかげで結界も元通りになったし、いつ王宮に呼び出されても問題ないね」
「ユーリに悪態をつくような王国の愚民など、ユーリの一言で滅ぼしてやってもよいのだがな」
不穏な発言をするクロだが、とりあえずはひと安心、というところだ。そんな平穏が訪れた儀式の間にレイラがやってきた。
「ユーリ様。今しがた、王宮からの使者がいらしております。いかがなさいますか?」
「ふっふっふ。もちろん会うよ。もはや王宮など敵ではないからね」
真っ白に燃え尽きているロベルトを放置して、僕はクロとレイラを引き連れて応接間へと向かう。そこには先日の衛兵隊長が座っていた。
「こちらが書類だ。問題無ければ俺と一緒に王宮まで来てもらおうか」
先日のこともあり、かなり横柄な物言いである。その態度にクロとレイラの表情に緊張が走るが、僕は二人を抑えて冷静を装いながら、開いた扇子を口元に当てる。
「問題などあるわけが無いでしょう。正式に書類まで用意されたのですからね」
「ならば付いてきてもらおうか。馬車は外に待機させおいてある」
「ふふっ、望むところですわ!」
衛兵隊長が立ち上がったのを見て、僕も扇子を閉じて立ち上がる。二人と共に馬車に乗り込むと、すぐに王宮へと走り出した。半刻ほどで王宮に辿り着くと、馬車の扉が開いて衛兵隊長が顔をのぞかせる。
「それでは降りてもらおうか」
扉の脇から僕とレイラが降りるのに合わせて手を差し伸べる。複雑な気分だが、せっかくなので彼の手を取って馬車から降りた。
「こちらだ」
衛兵隊長は素っ気ない様子で僕たちを先導する。長い廊下を歩いていると、衛兵隊長が少しだけ振り向いて僕たちの様子をうかがった。
「俺は、あまり学がないし、現場のたたき上げだから洒落た対応もできねえ。頭に血も上りやすいし。だから俺の態度で気を悪くしたんなら、謝っておく」
それだけ言うと、返事を待つことも無く前を向いた。僕とレイラは不器用ながらも一応の誠意を見せたことで、顔を見合わせて笑う。そんな僕たちの様子を不思議そうに見ているクロ。彼もまた別の意味で不器用だ。
「聖女ユーリ御一行様、ご到着!」
謁見の間の手前で衛兵隊長に敬礼をした門番が高らかに告げ、扉を開ける。その先には赤いカーペットが奥の玉座まで続いていた。
「俺の案内はここまでだ。今まで悪かったな」
そう言い残して彼は立ち去った。僕たちは赤いカーペットの上を進んでいき、玉座の手前で待機する。しばらくして、国王と思しき精悍な老人と、王妃と思しき妙齢の女性が入ってくるのに合わせて跪いた。
「面を上げて、楽にするがよい」
国王が厳かに言うのを待って、僕たちは立ち上がる。
「それで何の御用でしょうか?」
おもむろに発した僕の言葉に国王と王妃が顔をしかめた。それもそのはず、目下の者が許可なく発言することは許されないからだ。そのことは当然ながら僕も知っている。だが、それはあくまで僕が目下であるという前提だ。
『交渉する際には舐められないように虚勢であっても堂々とすべし』
かつて読んだビジネス書の言葉が頭に浮かぶ。最初に礼を尽くしたのは、人として当然の振る舞いだ。しかし、その後は別である。聖女である僕の格は国王に劣るものではない。下手にへりくだったところで軽んじられるだけだろう。
「それで……、何か御用ですか?」
「結界の修復に失敗したのは、まことか?」
改めて国王に尋ねると、相変わらず苦々しい顔をしながら吐き捨てるように言ってきた。
「大司教の報告の通り、先日は僕の不調で失敗しました。しかし、先ほど改めて儀式をして、現在は完璧に修復されてます」
クロの鱗を台座に載せただけだが、安心には代えられないだろう。それでも儀式と言えないわけじゃないしね。
「ふむ……。それはまことか?」
「先ほど結界を修復したことをお疑いですか? 文句があるなら受けて立ちますよ」
「それには及ばぬ。先ほど凄まじい魔力の奔流が王都を駆け巡ったのはワシも感じておるからな。若干禍々しいのが気になるが、問題はあるまい」
煮え切らない態度だし、クロを禍々しいとか言うし、ホントに失礼な国王である。これも国王の戦術だろう。煮え切らない態度で僕のミスを誘い、クロを貶めることで僕の平常心を奪おうとしているに違いない。
その程度の戦術で僕に勝とうなどとは……甘い、甘すぎる。
「はっきりと仰っていただけないのであれば、さしたる用件でもないのでしょう。僕は帰らせていただきます!」
「ま、まて! 話すから、待つのだ!」
国王は何とかして証言を引き出したいのだろう。それに僕が乗る必要などあるはずもない。早々に帰ろうとすると、慌てて引き留めてきた。国王、チョロすぎじゃないか?
白旗を揚げた国王は素直に経緯を話し始めた。
「まず、お主が結界修復を失敗したのは偽りであろう。むしろお主の力が強すぎて、予想以上に強い結界が張られてしまった。それを王国に隠匿するために失敗したと言ったのだな」
「いや、ちが――」
事実にかすりもしない国王の持論に、僕にとっては都合がいい内容にも関わらず否定しようとしてしまう。そんな僕の言葉を、国王の持論に込められた圧倒的熱量が塗りつぶしていく。
「くっくっく、返事は不要よ。ワシには全て分かっておるのだ。黒竜すらも追い払う強固な結界! それをさらに強化し、黒竜が近づくことすらできないようにしたのだろう? ワシにはわかるのだ! この圧倒的な魔力! 素晴らしいではないか!」
もはや国王の暴走を止められる者は誰もいない。黒竜が近づくことすらできないって言ってるけど、その黒竜は僕の隣だ。
クロは『竜の姿に戻ろうか?』と目配せしてきたけど、僕は首を横に振って止める。そんなことしたら、大騒ぎになるのは一目瞭然だ。
「ふむ、どうやらワシの名推理に何も言えなくなっておるな。それでは本題に入るとしようか」
ドヤ顔で迷推理を披露した国王を殴りたくなるのを必死で抑えながら聞いていると、いよいよ本題に入るらしい。今までの話は何だったんだよ……。
呆れかえっている僕を無視して国王は話を続ける。
「それでじゃ、お主の偉業に対する見返りを用意したのだ。地図をこちらへ」
国王の言葉に、影の薄い宰相が奥から地図を引っ張り出してくる。国王は地図の上の方にある領地を指した。
「この領地、現在は王家の直轄領なのだが、これを褒美として与えよう。それに伴い、お主には辺境伯の爵位を授ける。よいな?」
「いいえ」
「この領地と爵位を授けよう。よいな?」
あ、これ……。『はい』って言うまで終わらないヤツだ……。それを悟った僕は……十回くらい『いいえ』って答えたんだけど、国王のセリフが無限ループに突入してしまったので、泣く泣く『はい』と答えた。
「よろしい。ワシからのサプライズプレゼントだ!」
「サプライズプレゼントだと?! ぐぬぬ……」
国王の言葉に、クロが対抗心を燃やす。どうやらサプライズプレゼントによって、僕の好感度が上がったんじゃないかと不安に思っているようだ。
「大丈夫、この程度ではクロのプレゼントの足元にも及ばないよ」
「そうか、それならば良い。その領地は我の住処にも近いからな。あそこは良い場所だぞ」
クロの言葉にハッとする。地図をよく見ると、確かに領地の北側には『黒竜山脈』と書かれていた。
「この領地を授けるのは、黒竜が王都に来たのと関係してますよね?」
「ハァッ? 何のことを言っているのか分からんが。ワシはお主の功績を認めたにすぎないんだが。ん?!」
国王は、あからさまに動揺していた。もはや最初の時の威厳など全くない。黒竜を恐れての行動。誰かに押し付けたいと思っていたところに僕が候補として浮上したということだろう。だが、僕にとっては何も問題は無かった。
「大丈夫ですよ。私にとっては何ら問題ありません」
「そ、そうか。それならば良い。では任せたぞ!」
それだけ言って、国王と王妃はそそくさと退散した。どうせ、僕が前言撤回するんじゃないかとビビってるのだろう。メッキがはがれるのが早すぎである。
僕たちの謁見は、国王の事実上逃亡という形で幕を閉じた。
王宮から凱旋した僕たちは、帰りの馬車で今後の行動計画を話し合った。
「領地の視察に行く、だと? ショッピングはどうなるのだ?!」
僕の言葉にクロが焦りの声を上げる。それほどまでに王都ショッピングを楽しみにしていたのだろう。だが――。
「クロ、これはお泊り旅行デートなんだよ。ショッピングデートよりも好感度が上がりやすいイベントだよ」
「なん、だと? よし、それなら視察に行こうではないか!」
馬車の外を眺めながら、クロはニヤニヤと笑みをこぼす。
「そしたら、詳細を詰めていこう。領都は温泉で有名みたいだしね」
こうして領地の視察という名目での、お泊り旅行の計画を話し合うのだった。
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