第二.五話 閑話 王都炎上の顛末
――国王視点。
その日、王都は炎に包まれた。それを為したのは王都の上空を悠然と飛ぶ黒竜であった。王都の伝承によれば、黒竜は魔王と共に王国に甚大な被害をもたらした災厄と伝えられている。かの竜の吐息は容易く王都を灰燼に帰するだろう。
街の惨状を確認すべく、ワシは玉座を離れてベランダへと出る。王都のあちこちからは炎が上がり、住民は悲鳴を上げながら逃げ回っていた。王都の結界修復の失敗、それをワシの中だけに留めておいたのは正解だったかもしれない。この事実が住民に広まっていたら、この程度の混乱では済まなかっただろう。
「もっとも、王都の結界程度では黒竜を退けることなどできないのだがな……」
ワシは宰相を呼びつけ、対応を命じることにした。王として我先に逃げたい気持ちを堪えつつ、住民を助けねばならんのだ……。
「炎に巻き込まれた住民たちを救助せよ」
「恐れ入ります、陛下。炎と仰られましても、混乱して逃げた住民が火を消し忘れてボヤが出ている程度でございます」
「バカな! 黒竜が、あの災厄がそこに飛んでいるのが見えんのか? 炎に焼かれて苦しみの叫びを上げる住民の声が聞こえないのか?」
「それは、避難誘導する衛兵の叫び声でございます……」
宰相の的確なツッコミに、国王はとうとうブチ切れた。完全に逆ギレである。
「ワシの目が節穴だとでも言うのか? お前はさっさと救助に向かうように衛兵を指揮すれば良いのだ!」
「か、かしこまりました、陛下」
宰相は恭しくお辞儀をすると、下がって王都下へと向かう。
「くそっ、忌々しいヤツめ。魔王の封印も緩んできていると言う報告が上がってきているというのに、ここに来て黒竜まで……。まったく貧乏くじを引かされたものだ」
国王は顔をしかめた。平穏な時期が長く続いたことで、王家のしきたりが緩んでいるという自覚はある。それを甘受してきた自分を棚に上げて、そのツケを自分に追わせようとする歴代の王に憎悪の念が湧き上がっていた。
「ふん、黒竜など、ワシの敵ではない」
彼自身、武に優れているという自負があった。それを背景として黒竜に向けて宣戦布告を高らかに告げ――ずに、ぼそぼそと聞こえない程度。いかに自分の力に自身があったとしても、黒竜と比べようもない。
知恵も力も足りない国王ではあるが、一番足りないのは勇気であった。
戦意は十分。黒竜に気付かれない程度に睨みつけていると、突如として黒竜が大空へと舞い上がる。そのまま王都の南へと飛び去って行った。
「ふ、ふ、ふ、ふはははは。黒竜と言っても、大したことはなかったな!」
安堵で腰を抜かしつつも、ドヤ顔で勝ち誇る。しかし腐っても国王、今この時も冷静に状況を分析していた。
「だが、黒竜は何故に逃げていったのか……。ワシの覇気に恐れをなした? いや、ヤツはワシに目もあわせなかった。あれほど睨みつけていたというのに……」
冷静に状況を分析する。それは前提となる理解が正しくなければ意味がない。彼の矮小なプライドによって歪められた状況の理解は、当然ながら分析した結果を歪めることになった。
「そうか、結界か! 黒竜すらも退ける結界を作っていたに違いない。結界の修復に失敗したと言っておきながら、全く食えない男だ」
彼が異次元の結論に辿り着いた時、宰相が帰還した。
「陛下、黒竜が飛び去ったようです。住民の中に若干の負傷者が出ておりますが、損害は軽微でございます」
若干の負傷者と言っても、慌てて逃げようとして転んだとか、その程度である。宰相の報告を聞いた国王はまなじりを吊り上げた。
「ふん、貴様は大局が見えておらん。まだまだワシの足元にも及ばぬか」
「大局ですか? もっと甚大な被害が発生していたと……」
「フハハハ、貴様の目は節穴か? 黒竜は逃げたのだ。王都の結界に阻まれてな!」
「なんと?! しかし国王、結界の修復は失敗したとの報告が……」
宰相の言葉に、国王は目を細めて鼻息を荒くする。
「フン、そんなものを馬鹿正直に信じるとはな。あの狐のように計算高い男が、黒竜を退けるような結界を作ったと素直に報告する訳がなかろう」
「で、ですが……。それが事実ならば、れっきとした成果でございましょう。隠す理由が無いように思いますが……」
見下したように、国王は半眼で宰相を睨んだ。ため息をついて肩をすくめる。そのことで宰相は不安に駆られるが、自分の意見を曲げるつもりは無いようだ。
「ふぅ、これだから貴様は宰相のままなのだ」
昭かな侮蔑を含んだ言葉に宰相はムッとするが、堪えて次の言葉を待つ。
「教会は王国の庇護下にある、とはいえそれは形だけだ。王国に認められる成果よりも大事なことがある、ということだ」
「そんなバカな! 一体何が?」
「聖女。ロベルトのヤツが召喚したと言った聖女だ」
驚きの声を上げる宰相に、国王はニヤリと勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
「それほどの結界を作れる聖女。となれば、王国が囲い込むことも十分ありうる。だが、その事実を我々が知らなかったとしたら、教会が聖女を先に囲い込むことができる、というわけだ。姑息なロベルトが考えそうなことよ」
「た、確かに。陛下のご慧眼には敵いませぬ!」
超理論に感服した宰相は、思わず膝をつき、首を垂れる。それを見て悦に入った国王は高らかに宰相に命じる。
「そうだろう。分かったら、大至急聖女を捕獲するのだ! 手段は問わぬ。教会に先を越されぬようにするのだ!」
「はっ、仰せのままに!」
宰相は国王の元を離れ、今度は聖女捕獲のために奔走することになった。
再び独りとなった彼は、いまだにあちこちで煙の上がっている王都を見下ろしながら、ほくそ笑む。
「聖女を我々が取り込めれば、教会にもでかい顔をさせずに済むだろう。教皇の悔しがる顔が目に浮かぶようだ。フハハハ!」
妄想に浸って満足した国王は、城内へと戻る。その足は軽かった。
――ユーリ視点。
「そう言えば、クロって何で王都に行ったの?」
「我が目覚めた時、ユーリの気配が王都にあったからだ。常に気配を感じられるわけではない。本当にユーリに気付いたのは運が良かったのだ」
「なるほど……。それで王都を火の海にしたの?」
僕が国王から聞いた話を元にクロに尋ねると、露骨に不機嫌そうな表情になる。
「ふん、我は上空を飛んでいただけだ。下で人間どもが逃げ回っていたがな。我もユーリがさらに南にいると分かって、すぐに向かったからな。後のことは知らん」
「ふむ……」
僕はクロと国王の話を重ね合わせて推理をしてみた。僕の見立てでは、国王は人の話を聞かない。彼の話も相当なバイアスがかかっていると見て間違いないだろう。前に会ったことのあるお偉いさんも、彼のように人の話を聞かずに自分の妄想に従って突っ走るような人間だった。なお、その会社はすぐに潰れた。
「どうやら、クロが僕のところに向かったのを、無いはずの結界が撃退したと思い込んだんだろうね」
「ふん、バカなヤツだ」
冤罪を被せられたクロは相当腹に据えかねているようだ。国王の前で暴走しなくて良かったよ。
「まあまあ、おかげで爵位と領地が貰えたんだから結果オーライでしょ。クロの住処の近くだから、王都よりもいいんじゃないかな?」
「そうだな」
明日にはロベルトに領地視察の許可を貰わなきゃ。そう思いながら僕は眠りに就いた。
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