第四話 たまをだいじに②

「何の用だ、シルバ」

「クロこそどうしたんだい。つれないじゃないか、友達なのに」


 この軽薄そうな銀竜はシルバというらしい。クロの言う通り、エミルに目を付けられたら迎撃兵器が爆発するどころの騒ぎじゃないだろう。実際に彼が降り立ったことで、仲居さんは恐怖でへたり込んでしまっている。レイラはへたり込むまではいかないが、僕を守ろうと恐怖を押し殺してクロの隣に立つ。


「おや? クロの後ろにいるのは人間かい? 人間にクロが背中を預けるなんて、珍しいこともあるものだ」

「寄るな! ユーリが怖がっているじゃないか!」


 隠れている僕を目敏く見つけたシルバが、竜の姿のまま近寄ってくる。クロから注意するように言われていたのもあり、殺されるんじゃないかと思って恐怖に震える。そんな僕を守ろうと、クロは髪を逆立て歯をむき出しにしてシルバを威嚇していた。


「ああ、ごめん。この姿だからだね。ちょっと待ってて」


 僕たちの様子を見て、自分が竜の姿のままであることに気付いたようだ。すぐに彼は人間の姿になる。その姿は銀の長髪でタレ目気味の碧眼。口角は上がり気味でニヤついているようにも見える。服装は目が痛くなりそうな赤いYシャツに銀色のスーツ。そんなふざけた格好をした男が歩み寄ってくるのは、違う意味で恐怖だった。


「ユーリちゃんって言うんだっけ? 俺はシルバリード・クローネスロード、シルバって呼んでくれ。これでもクロの友達さ。これからよろしくね!」

「ひぃっ! 近づかないで!」


 クロから気を付けるように言われていたというだけは無い。センスを疑うような服装に加えて、女遊びが激しそうな顔で迫って来られると、それだけで恐怖を感じるのは、僕が女の子になっているからだろうか?


 クロを初めて見たときの状況と、さほど変わりが無い。にもかかわらず、僕は恐怖を感じて震えてしまっていた。それを見たシルバが目を吊り上げ、唇を尖らせて、クロに詰め寄る。


「ちょっと、クロ! 何を吹き込んだんだよ!」

「お前はユーリにとって危険だから、注意するように言っただけだ。ユーリは我の番だからな」

「マジかよ。何百年も彼女とか作っていなかったのに、どういう心境の変化だよ! それに、俺はユーリちゃんと仲良くしようとしただけだよ」


 詰め寄るシルバを若干鬱陶しそうに見下ろしながら答えるクロ。その答えにシルバは目を丸く見開いて驚いていた。シルバの方も僕に敵意や害意はないらしく、僕は少しだけ緊張を緩める。そんな僕とは対照的に、クロは一層警戒を強めて両手を広げて遮ろうとしていた。


「仲良くしたいだと?! ふざけるな! ユーリはお前には渡さん!」

「いやいや、別にクロから奪うつもりなんてないよ。というか、クロの方こそ束縛する男は嫌われるぞ?」


 シルバの言葉にクロの表情が固まり青ざめる。ゆっくりと僕の方を振り向いて、僕の両肩に手をかけた。


「ユーリよ、シルバの言うことは本当なのか? 我を嫌ったりするのか?」


 クロの背後でニヤニヤと笑うシルバを睨みつける。あんな軽薄そうな男を好きになる訳がないだろう。僕は軽く舌打ちして、クロの方に向き直る。


「本当にクロのこと嫌ったりすると思う? そもそも、初対面で僕の気持なんか関係なく求婚してきたじゃないか!」

「ぷぷぷ、マジかよ。初対面で求婚ってやべぇわ」


 マジメに話しているのに、後ろから茶化すシルバを再び睨みつける。野次馬根性全開で目を輝かせて僕たちを見ているのが、余計に僕を苛立たせた。


「ちなみに、さっき言ってたのってシルバのこと?」

「ああ、そうだ」

「具体的にどうすればいいの?」

「安定して動かすために、我の鱗ではなくヤツの鱗を設置するのが良いだろう。それと、冷却のためにヤツにブレスを吹き付けてもらうか、竜玉を貰うかだな」


 素直にお願いを聞いてくれれば話は早い。だが、失敗する時のリカバリーを考えないのは良くない。愛読していたビジネス書にも書いてあった。


『常に最悪を想定せよ』


 そう、最悪――お願いを聞いてくれなかった場合を想定する必要があるだろう。僕はレイラを読んで話をすることにした。しれっと話に入ろうとしたシルバはクロが追い払ってくれた。


「一応、交渉はしてみる。けど、決裂したら、レイラがシルバの動きを封じてくれる?」

「かしこまりました。ですが、私ではたぶん十五秒が限界でしょう」

「ふ、それだけあれば十分だ」

「じゃあ、交渉決裂と同時にレイラが拘束、その直後にクロが鱗と竜玉を奪い取って」

「わかった」


 方針が決まったので、僕はシルバに近づいた。


「シルバ、僕たちって友達?」

「えっ? ああ、もちろんだよ!」

「それじゃあ、お願いを聞いてくれる?」

「いいよ。できることなら何でも!」

「ありがとう。それじゃあ、まずは鱗をちょうだい!」

「えっ? そ、それはちょっと……」


 僕のお願いにシルバが言いよどむ。それを交渉決裂と取ったのか、レイラが拘束魔法を展開する。


「ちょっ、何を?」

「ホントは鱗もらってブレスを吐いてもらおうと思ったんだけど、ダメそうなんで、鱗と竜玉を貰うね!」

「ちょっ、まって。まってぇぇぇぇ! わかった、お願い聞くから!」


 シルバが僕のお願いを聞いてくれることになったので、強硬策は一旦棚上げとなった。拘束を解かれたシルバは鱗を僕に渡して、迎撃兵器にブレスを吐いて冷却してくれた。


「ありがとう。シルバ!」

「うう、危うく玉無し竜になるところだったよ……」


 お礼を言ったのに、シルバは意気消沈したままだった。玉の一つや二つで大げさな。一向に回復の兆しを見せないシルバを叱咤しようとしたところで、レイラに止められた。


「ユーリ様、私にお任せください」

「任せます!」


 生肉を目の前にぶら下げても、何の反応も無かったのだ。僕の手に追える案件ではなかったと言うことだろう。大人しくレイラに場所を譲った。


「シルバ様。お気を確かに。ユーリ様は、あのように仰っておりますが、あれはシルバ様に素直になってもらうための演技だったのですよ。どうしても鱗が必要だったので、少し強硬な手段に出てしまいましたが、元からシルバ様に危害を与えるつもりはありませんでした」

「本当か? あれが演技だったとでもいうのか?」


 レイラの言葉に僅かに反応して顔を上げる。いまだに疑念は晴れていないようだが、少しだけ表情に生気が戻ってきたように見えた。


「そうですよ。直前の会話をシルバ様に聞かれないようにしていたのも、そのためでございます。あらかじめ知っていたら、素直にはなれないでしょう?」

「それも、そうだな……」

「全ては本当の友人となるために行ったこと。先ほどまでの斜に構えた態度のままでは、本当の友人にはなれないと憂慮されておりました」


 レイラの顔をじっと見ながら話を聞いていたシルバは、何かに気付いたように目を見開いた。シルバの態度に苛ついていたのは事実だけど、物は言いようである。


「な、なるほど。仲良くしたいと言っていたけど、俺の方が向き合っていなかったのか……」

「そうでございます。さあ、改めて向き合いましょう。私もお手伝いいたします」

「ああ、ありがとう……」


 レイラに身体を支えられて、僕たちの元に歩み寄るシルバ。その眼差しは先ほどとは異なって、真剣なものに見えた。タレ目だけど。


「クロ、ユーリちゃん。さっきは済まなかった。改めて俺と友達になって欲しい」

「もちろんだ。そもそも最初から親友だろうが」

「僕もオッケーだよ。よろしくね、シルバ」

「ううう、ありがとう……」


 レイラが微笑ましく見つめる中、僕たちとシルバは本当の友達となった。


「あの、すみません。スタンピードの対策会議があるのですが……」


 シルバのせいで、すっかり頭の中から抜け落ちていたスタンピードについて話し合うために、僕たちは会議場へと急いだ。

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