第六.五話 ロベルトの受難

 王都から一週間かけて、ユーリのいたドラゴンテイルの街に辿り着いたロベルト。


 長いこと馬車に揺られて強張った身体をほぐしながら、街の景色を眺めていた。


「やれやれ、どうやら俺の方が早く着いたみたいだな。まったく、聖女様も素直に教会の馬車を使えば良いものを……」


 ユーリがすでに街に到着し、スタンピードを撃退して、シルバと共にお菓子作りと商品化に励んでいることなど知らない彼は、乗合馬車などで辺境を目指した愚か者と、僕を嘲笑っていた。


「これはすげえ馬車だな。一体どちらさんだい?」

「俺たちは王都の教会からやって来た者だ。こちらにバカンス――視察に来た聖女様の付き添いでな」


 教会の大司教と言えば、雲の上の存在。その自負を示すように横柄にあいさつする。それを聞いた街の人は、気を悪くするでもなく彼を迎え入れる。


「へぇ、聖女様の関係者ですかい! それは歓迎しなきゃなんねえな!」

「ほほぉ、いい心がけです。俺は聖女の上司ですからね。丁重にもてなしてしかるべきです」


 常日頃から威厳を保つ、それをモットーとしている彼にとって、若干横柄に見えたところで気にするところではない。だが、素直に受け入れるどころか歓迎の意を見せていることに些か不信感を覚えていた。


「今晩は宴会や。上司の方は宿で休んでいてくんな」


 それだけ言い残して、ロベルトに声を掛けてきた男は足早に立ち去っていった。ロベルトは、そのまま馬車で街で一番豪華な宿に向かうと、当然のようにスイートルームを希望した。


 お付きの神官たちは口にはしないが、全員が呆れたような表情を浮かべていた。それに気付くようなロベルトではないのが、何とも残念なところだ。


「さて、一息ついたら温泉に行きましょうか」

「えっ? 今からですか?」

「もちろんです。バカンスは一週間もないんですよ。初日から全力で行かないといけません」


 ロベルトがやる気に満ち溢れていると、部屋の扉が突然開いて一人の神官が飛び込んできた。


「大変です。スタンピードが街に近づいてきています!」

「そんなバカな。ですが、俺は休暇中です。街の人に頑張ってもらってください」

「いえ、大司教が聖女様の上司だと触れ回ったおかげで、街の人たちが大司教の登場を心待ちにしております。ここで街の人たちの心証を悪くするとバカンスどころではなくなる恐れも……」


 その報告にたちどころにやる気がしぼんでいく。しかし、腐っても大司教まで上り詰めた男。バカンスのためならばと、スタンピードに対抗するために重い腰を上げる。


「いいでしょう。俺の力でスタンピードなど一網打尽です」


 意気揚々とスタンピードを迎え撃つために街の北にある防壁へと向かう。


「まずは、この迎撃装置に魔力を装填していただけますか?」

「そんなものは無駄です」

「ええっ? 聖女様の上司なのに、こんなこともできないんですか……?」


 少し前に僕が迎撃装置で撃退していたのを見ていた街の人は、ロベルトの言葉に落胆する。それを煽りと受け取った彼は、青筋を立てながら反論する。


「いいでしょう。そのくらいやって差し上げますよ!」


 売り言葉に買い言葉。迎撃装置の魔力を装填するロベルトだが、意外にも消費魔力が大きく、フルチャージする頃には全魔力の半分ほどを持っていかれてしまった。


「ふぅ、これで大丈夫でしょう。大切に使ってくださいね」

「よし、早速試し撃ちだ!」


 街の人が迎撃装置のトリガーを引く、一秒間に数千発の魔力弾が放たれ、遠くにいたゴブリンの群れが一瞬で蜂の巣になった。


「おお、すげえええ」

「さすが上司の人だな」

「ふふふ、そうでしょう。聖女様とは違うのですよ!」


 ドヤ顔で胸を張るロベルト。だが次の瞬間、その表情は一気に崩れることになる。


「すみません、さっきの試し撃ちで魔力が半分になってしまいました。装填をお願いしますね!」

「えっ……?」


 そして、彼の魔力は既に三割を切っていた。スタンピードはまだ来ていない。


「よし、装置は大丈夫だな。あとは上司の人、よろしく頼んますわ!」

「ふ、ふ、ふふふ。任せてください!」


 ほんのりと青ざめた顔で虚勢を張る。その傲慢とも言える態度に、既に彼の魔力が尽きかけていることなど、誰一人として気付いていなかった。



「スタンピードが来たぞぉぉ!」


 遠くから迫りくる魔物の群れ。ロベルトは迎撃装置の隣でそれを迎え撃つ。彼の役目は魔法攻撃による殲滅と、迎撃装置の装填である。


「迎撃装置を使われる前に殲滅する!」


 意気込みを見せるロベルト。だが、その真意は別の所にあった。なぜなら、一瞬でも迎撃装置を使われてしまったら、装填のための魔力で自身の魔力が尽きてしまう。無駄に高いプライドの彼は、そのことを言いだすことができなかった。


 そんな彼の悲痛な想いをよそに、魔物達は街へと迫っていた。


「いきますよ! 隕石メテオスウォーム! 雷域サンダースフィア! 氷獄コキュートス!」


 戦略級の魔法を惜しみなく使うロベルト。これだけ強力な魔法を連発しても、迎撃装置を一秒使うよりも魔力消費が少ない。魔法の範囲から漏れた敵に、隣の男が迎撃装置を使おうとするのを牽制しながら、魔力の少ない身体に鞭打って最上位クラスの魔法を撃ちまくる。


「ぐぬぬ、まだ終わらないのですか……」


 次から次へと湧いてくる魔物を蹂躙しながら、ロベルトは愚痴をこぼす。これほどまでに魔力を使ったのは、百年前に魔王と黒竜が王都に侵攻してきたとき以来だった。自分の身体から、雑巾を絞るように魔力を引き出して、魔法を使い続ける。


「おい、あれで最後みたいだぞ!」


 魔力を絞りすぎて、頬がこけて手足が枯れ枝のように――まるでリッチのような姿になった頃、ようやくスタンピードが終わった。


「ひぃふぅ、や、やっと終わりましたか……」


 全ての力を搾り取られたロベルトは、歩くこともままならない程、衰弱していた。街の人に担架で宿に運ばれた後、お付きの神官たちの回復魔法により復活。


「ふふふ、これでやっと、バカンスを満喫できます!」


 数日にわたる休暇を満喫したロベルトは、新商品の『りゅうのたまご』をお土産に買いこんだ。これで強引にバカンスに来たことをチャラにしてもらうつもりだ。


「ふふふ、運よく珍しいお土産が買えて助かりました。これなら教皇や司教たちの不満も和らぐでしょう。さすが俺」


 自信満々にメガネを上げるロベルト。だが、彼は知らなかった。一足先に王都に戻った僕がお土産として『りゅうのたまご』を教会の人たちに配っていることを。


 ――ロベルトの受難は、まだまだ始まったばかりだ!


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