第七話 瘴気の沼①

 あのあと、僕たちは『りゅうのたまご』を商品化して、少しだけドラゴンテイルの街に卸した。出荷はシルバに任せて、僕とレイラはクロに乗って王都へと向かう。シルバも王都に行きたそうにしていたけど、流石にシルバまで来ると騒ぎになりそうだったため、僕が不在にしている間の街の管理をお願いした。


「シルバさん。お任せしてもよろしいですか?」

「もちろん、任せてください!」


 最初は渋っていたシルバも、レイラがお願いしたら一発だった。竜のくせにチョロすぎじゃないか?


「ロベルト大司教は……。あのあと、我々の制止を振り切って、馬車に乗って出かけてしまったんですよね……」

「それは大変でしたね。こちらはお土産になります」


 王都の教会に戻った僕たちは、疲れた表情になった司教の一人に出迎えられた。お土産の『りゅうのたまご』を渡すと、少しだけ表情がほころんだ。


「これはこれは、ありがとうございます。そうだ、聖女様が不在の間のことについてお話しますので、よろしければ私の部屋へ。お茶もお出しいたします」

「ありがとうございます」


 彼は自分の部屋に僕たちを招き入れると、僕たちが視察に行っている間の出来事を教えてくれた。僕たちは彼のいれてくれたお茶を飲みつつ、ロベルトの愚痴に花を咲かせる。


「まったく大司教には、いつもいつも……」

「ホントに勘弁……」

「なんで、あんなのが大司教なのか……」


 お茶を飲むほどに饒舌になっていく彼を見て、「実はお酒なのでは?」と疑いかけたけど、僕たちの方は何ともないので、彼の鬱憤が溜まり過ぎているのが原因だと結論付けた。



 ロベルトのいない日々は、とても快適だった。あの男は仕事を押し付けるだけ押し付けて、あとはせいぜい適当な――本当に適当すぎて役に立たないアドバイスをするくらいだ。


「ロベルト大司教がお戻りになられました」


 そんな平和な日々も終わりを告げる日が来る。その先触れが諸悪の根源の帰還を告げる報せだった。僕たちはロベルトを出迎えるために教会の入口へと向かう。そこには司教を始めとして多くの神官が出迎えのために整列していた。


「あの顔、腹立つわ……」

「ホントですね……」


 馬車から降りてきたロベルトの表情は、完全にリフレッシュを終えたような充実した笑顔だった。同じことを出迎えた人たちも思ったのだろう、ぎこちない愛想笑いを浮かべる人しかいなかった。


「出迎えご苦労様です。こちらは皆さんへのお土産ですよ」

「ははっ、これはこれ、は……?」


 お土産を受け取った司教の顔が残念そうな表情になる。なぜなら、そのお土産は『りゅうのたまご』。先日、僕が教会のみんなにお土産として配ったものだからだ。


「まあ、お土産かぶりはつらいよね。渡す方も受け取る方も」

「そうだな。だが何で、ヤツはあれをお土産にしたのだろうか」

「さあ? 新商品だからってだけじゃないかな?」


 ひそひそと僕たちが話をしていると、ロベルトの表情が曇る。どうやらお土産を受け取った司教たちの表情が芳しくないことが不満のようだ。


「んんん? もっと喜んでくれてもいいんですよ? これは新商品なんですからね。俺だって遊び行っただけじゃないんですよ。ちゃんと市場のリサーチもしてきたんですから」

「大司教、残念ながら……」


 司教の一人がロベルトに『りゅうのたまご』の箱を差し出した。それを見た彼の動きが完全に停止した。三十秒ほどシャットダウンしていたロボルトだが、無事に再起動したようで、「なななな――」と言い続ける。どうやら、本当に壊れてしまったようだ。


「なんで、こんなところに……」

「一週間ほど前に聖女様から頂きました。視察のお土産として……」

「バカな、発売されたのは五日前なんですよ。ありえません!」


 残念そうな表情でロベルトを見つめる司教。彼のやるせない気持ちは、そのまま僕へのクレームとなった。


「聖女様。毎回毎回、本当に俺の邪魔をしてくれますね。今度こそ許しません」


 自分の無能さを棚に上げて、僕に文句を言うなんて……。だが、その勢いに呑まれる訳にはいかない。『議論は事実をもって行うべし』だ。世の中には事実を曲げて強引に主張を押し通す、ロベルトのような輩もいる。そういう時こそ、事実を突きつけるべきであると。


「邪魔はしていないよ。だって、それが発売されたのは五日前でしょ? 僕はロベルトが買う前にみんなにお土産を配ってるんだから」


 僕の正論とロベルトの暴論、どちらが教会の人たちに受け入れられるかなど、考えるまでもなかった。非難する視線を浴びたロベルトは、顔色を赤くしたり青くしたり忙しそうだ。


「聖女様には、魔王国との国境付近にある瘴気の浄化に行っていただきます」


 ズレたメガネを直したロベルトは、そう僕に向かって言い放つ。完全に八つ当たりであった。


「何を言っているんだ。王都の結界を修復したら、後は聖女の役目を引き継ぐだけって言ったのはロベルトじゃないか」

「な、な、何を言っているんですか! そんな約束していませんよ」


 僕が事実を突きつけると、ふたたび慌てふためく。このまま彼を追い詰めようとしたところで、ようやく風向きが変わったことに気が付いた。


「え、聖女様を引退させる?」

「結界の修復だけって……どういうこと?」


 元々、この話は聖女の力を持たない僕がロベルトと密約を交わしたものだった。事実を突きつけた結果、盛大に密約がバレてしまったことになる。


「ほほぉ。なんじゃ、その話は。儂は今、初めて聞いたぞ?」

「きょ、教皇……」


 よりによって、教皇のいる前で……。笑顔でロベルトに詰め寄ったかと思えば、僕の方に振り向いて近づいてくる。まさに蛇に睨まれたカエル。


「んんん? 先日、ユーリちゃんを手放す気はないと王家に啖呵切ったのを忘れたのかの?」

「あ、え、いや……。実は、僕は聖女としての力を何も持っていないんです!」


 もはや、教皇を納得させるには、事実を全てぶちまけるしかなかった。僕が無能だと知れば、彼も諦めるだろう。そう思っていた。


「それは、どういうことかの?」

「ひぃぃぃ。いや、僕は結界魔法も、回復魔法も、浄化魔法も使えないんです」


 笑顔で迫る教皇に勝てず、やむなく事情を全て説明した。それを聞いた教皇は大声で笑い出す。


「ふはははは、その程度で? 儂がユーリちゃんを王家に渡すわけがなかろう。望むなら、ユーリちゃんは儂の娘にしてもよいのだぞ」


 そう言いながらふたたび詰め寄ってくる。


「よし、ロベルト。瘴気の浄化に行くよ!」


 耐えきれなくなった僕は、ロベルトを焚きつけて瘴気の浄化に赴くことにした。逃げたわけじゃない。戦略的撤退というやつだ。


「まったく、行かなくてもいいのだが……」


 教皇は寂しそうにつぶやく。それを無視して、僕とロベルトは馬車へと乗り込んだ。


「これも聖女の務めですから! では!」


 神官たちも流石の対応力で馬車を出発させる。目指すは瘴気の沼地だ!

 







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マスターウィザードは聖女にジョブチェンジしました! ~異世界恋愛指南で奇跡を起こします~ ケロ王 @naonaox1126

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