第六話 シルバ・ファクトリー②

「すまんかった。我を追い出さないでくれ!」

「ごめんなさい。レイラさんに良い所見せたかっただけなんです!」


 土下座する二人の前に腰を下ろす。


「邪魔しないなら追い出したりしないよ。それに二人にも手伝って欲しいからね」


 その言葉にやる気を刺激されたのか、急に立ち上がった。


「よし、我も全力で協力するぞ。何でも言うがよい」

「俺だって……」


 彼らがやる気を出してくれた嬉しさに思わず顔がほころんでしまう。それを見て、許されたと思ったのだろう。何かを期待するような視線を向けてくる。


「えっと、組み立ては僕たちでやるから、材料を集めてきて欲しいんだよね。一つはカカオ。これは堅い殻に覆われた木の実だね。二つ目はサトウキビ。細長くて茎がしっかりした草って感じかな。三つ目が乳製品。できれば牛の乳が良いけど、それ以外でも大丈夫だと思う」

「「わかった、すぐに集めて来よう」」

「カカオの実とサトウキビは古文書に絵がかいてあるから」

「「了解!」」


 そう言って、クロとシルバは材料を手に入れるために飛び立っていった。


「さて、僕たちは組み立てていこうか」

「はい、ユーリ様」


 僕たちは古文書を見ながら機械を組み立てていく。組み立てると言っても、装置をジョイントさせるだけなので、プラモデルみたいなものだ。古文書に詳細が書かれているため、あっさりと組み上がってしまった。


「あとはクロとシルバが材料を集めてくるのを待つだけかな……」

「そうですね。シルバさんは大丈夫でしょうか? あ、いや。あの方、行動が危ういというか、目を離すと不安なんですよね……」


 僕もレイラと同じだった。クロも大概だけど、シルバは軽薄そうに振舞うのが癖になっているらしく、簡単に地雷を踏み抜いてくる。とはいえ、レイラが心配するというのは珍しい。


「あ、戻ってきたみたいです」


 レイラの指差した先、クロとシルバがこちらに向かっているのが見えた。心なしかシルバがふらついているように見えるのだが……。


「ユーリよ、戻ったぞ」

「やっと戻ってこれた。えらい目にあったよ」


 クロはカカオとサトウキビ、シルバは瓶に入った白濁の液体を地面に置いた。僕は瓶を手に取ると、しげしげと眺める。


「これは牛乳?」

「いや、竜乳かな?」


 シルバ、なぜ疑問形なんだ……? そのやり取りを横目にクロは笑い声を押し殺す。不審に思って彼の方を見ると、笑いながら経緯を教えてくれた。


「ははは、シルバのヤツ、お前たちに良い所見せようと思って、クリス――クリスタルドラゴンの所に行ったのだ。その結果がこのザマだ」


 どうやらクリスというドラゴンの所に行って、竜乳を貰って来たらしい。いや、まさかとは思うけど……。


「まさか、セクハラ紛いなことを言ったんじゃ……」

「くははは、セクハラ紛いどころか、まるっきりセクハラだったわ。なにせ――」

「うわあああ、クロ! それ以上はダメだ!」

「――『乳を搾らせてくれ』だからな。くははは」


 屋外じゃなかったら転げまわってるんじゃないかというくらい、クロは爆笑していた。元男だった僕でも若干引くくらいの話だ。レイラの視線が絶対零度になっているのも不思議ではないだろう。


「ユーリ様のお願いとはいえ……。それはちょっと信じられませんわ……」


 レイラの無機質な声に、シルバは早くも涙目になっていた。


「クロも大概だけど、シルバはそれ以上だよね……」


 クロとは別の意味で前途多難なシルバ。それに目を付けられたレイラも災難である。なまじ力があるだけに、失恋のショックで世界を滅ぼす可能性も無いとは言えない。


「まあ、今のところレイラも見捨てるつもりは無さそうだから良いんだけど……」

「ドラゴンと言っても、何となく弟みたいな感じですからね。どうしてもほっとけないんですよ」


 弟か……。分からなくはないけど、これは恋人として見られるようになるまでの道のりは長そうだ。


「それで、これはどうするのだ?」


 二人だけの世界に入っていた僕たちに、クロが声を掛けてくる。


「えっと、それは機械のここにカカオ、ここにサトウキビをいれて。竜乳はここに」


 二人に指示をして、材料を投入してもらう。設定は終わっているので、後はスイッチを入れるだけだ。


 スイッチを入れると機械音が鳴り響いて、しばらくすると反対側の口から卵型の物体が次々と転がり落ちてきた。


「うまく行ったわね」


 その物体は白に黒のまだら模様の入った鶏卵くらいの大きさのものだ。それを手に取ると、クロとシルバ、そしてレイラに一個ずつ渡す。


「これは?」

「まあまあ、とりあえず食べてみてよ」


 僕が勧めると、三人とも恐る恐るではあるが、それを口にする。その直後、三人とも目を丸くしていた。


「なんだこれは。美味い、美味すぎる。甘いだけでなくて、ほんのりと苦みもあり、パリッとした表面の中は下の上でとろけるようななめらかさだ。中も甘くて濃厚な味と、苦くて渋みのある味が絶妙に調和しているではないか!」


 どこぞの食レポのような、わざとらしい感想を言うクロに疑いの目を向ける。しかし、クロは心の底から美味しいと思っているらしい。同じように賞賛しているシルバとレイラに、我のユーリは……、などと自慢げに語っていることからも明らかだ。


「どう? これを街の新しい特産品にしようと思うんだけど……」

「なるほど、これで王国、いや世界を獲りに行くと言うのだな! 我は大賛成だ!」

「そんなことはしないけどね?!」


「でも、こんなお菓子見たことないし、たくさん売れそうだから俺も協力するよ!」

「もちろん私もです。ユーリ様」


 シルバとレイラも協力をしてくれるようだ。もっとも、レイラは元から僕に協力的だし、シルバはレイラが手伝うなら協力してくれるのは分かっていたので今さらなんだけどね。


「それで、商品名なんだけど『りゅうのたまご』って名前にしようと思ってるんだ」

「ふむ、だが、我ら竜種の卵はもっと大きいのだが……」

「それは大丈夫。本物の卵じゃないし、この大きさなら勘違いする人もいないでしょ」


 クロもシルバも、僕の提案にうなずいている。


「確かにそうだな。これで間違えるような間抜けなヤツはおるまい」

「そうだね。だとすると、大きさはもう一回り小さくした方が食べやすいかも」

「たしかに……。少し大きくて食べるのに苦労しましたわ」


 レイラにとっては、このサイズでも少し大きすぎるようだ。小さめになるように設定を変更する。これで肝心の商品の方は大丈夫だろう。


「あとは、商品のパッケージだね。これはクロの絵を入れようと思うんだ」

「ほう、だが考えたのはユーリではないか? ユーリを入れるのが筋だと思うのだが」

「クロの言いたいことも分かるんだけど……。パッケージをクロの絵にすることが僕にとっても利益になるんだ。いわゆる『イメージ戦略』だね」


 イメージ戦略。それはブランドの知名度を高めて商品価値を上げる販売戦略のことだ。ここに『竜の聖女』というブランドを商品に載せることで商品の知名度を上げる。


 だけど、それだけじゃない。その商品にクロを結びつけることで、災厄の黒竜と言われているクロへの悪感情を払拭させる。商品が売れれば売れるほど、クロに対する恐怖心は払拭されて行くはずだ。


「そ、そんなにうまく行くかな……?」

「それは分からない。けど、竜の聖女のブランドは間違いなく商品の知名度を後押しするし、クロを僕が従えていることが広まれば、今の悪いイメージもマシになると思う」

「そうだな。だが、それならユーリも載せるべきではないか?」

「そうですね。ユーリ様の聖女らしいお姿を絵にすべきです」


 僕は聖女らしい力を使えないので、どう考えてもパッケージ詐欺になりそう。そんな懸念など吹き飛ばす勢いで三人はパッケージの絵柄について議論を始めるのだった。

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