第三話 旅立ちはノーアラート②
国王と教皇が火花を散らした翌日、僕とクロ、レイラは教会の僕の部屋に集合していた。
「レイラ、忘れ物はない?」
「問題ありません。クロ様の分も含めて完璧です」
荷物と言っても、着替えと移動中に使うティーセットとお菓子くらいだ。普通に行くと馬車で一週間ほどかかる。本来なら野営の道具も必要になるのだが、僕たちにはいらない。
「よし、それじゃあ、行こうか。馬車の時間もあるし、足りないものは現地で買ってもいいしね」
「よし、いざお泊り旅行――」
「クロ、まだお泊り旅行デートは禁止。どこでロベルトの妨害があるかわからないしね」
「ふむ、そうだな。さすがはユーリだ!」
僕たちは各々警戒をしつつ、入口へと向かう。廊下には人影がなく、ひっそりと静まり返っていた。廊下の端を忍び足で進んでいく。
「おかしいな。誰の気配もしないんだけど……」
「ふむ、上の階からはそれなりの人の気配がするぞ」
「たしかに、下の方の階の気配は入口の方に固まっていますね。いちおう、数人はいるようですが……」
原則として利用する階は、教会内での序列に従い上がっていく。僕みたいに序列二位の聖女でも下の階という例外はある。それを除けば、下の階にいるのは下級神官となるはずだ。当然ながら下級神官の方が数は多い。
「罠かな?」
「いや、違うだろう。隠れているとかではないようだしな」
「いずれにしても、入口に急ぎましょう」
引き続き警戒をしつつ、入口から外の様子をうかがう。その光景に、僕は言葉を失った。教会の外には巨大な馬車が何台も。ロベルトの指示に従って、馬車に荷物を積み込む大勢の下級神官。明らかに見つからずに出ていくのは至難の業である。
「これは聖女様の衣類。ちゃんと下着は分けられているな。この箱は三両目の馬車に積み込め」
唐突に聞こえたロベルトの言葉が耳に入る。どうやら聖女様とやらの下着を馬車に積み込んでいるようだ……。ん?
「ロベルトォォォ。何やってるんだよ!」
僕の下着を馬車に積み込もうとしているロベルトに文句を言うために飛び出した。そんな僕を待っていましたとばかりに振り向いて微笑みかけてくる。キモイ。
「くくく、やっと来ましたね。待ちわびましたよ」
「で、出たな。ロベルト! 視察の邪魔はさせないぞ!」
「我も全力で相手をさせてもらうぞ!」
臨戦態勢の僕たちを見て、慌てて待てというそぶりを見せる。動きを止めたのを見計らって、これ見よがしにロベルトはため息をついた。
「ハァ……。邪魔なんてしませんよ。教皇が許可しましたからね。と、いう訳で、馬車は用意しておきました。どうぞ、お乗りください!」
大げさに僕たちを馬車へと案内しようとするが、乗るわけがないだろう。
「いや、乗らないけど。行くのは僕たちだけだし」
「そんなこと許される訳ないでしょう。俺は聖女様の上司。ならば同行して当然です」
そりゃ、聖女の上司ではあるけど、今回は領主として行くわけなので関係ないはずである。そんな僕の表情から把握したらしく、何を血迷ったのか馬車の説明を始めた。
「今回の馬車は五両建てです。中央が俺や聖女様の乗る馬車、その前後に荷物用の馬車、両端に護衛となる下級神官たちの乗る馬車となります。さらにそれぞれの馬車には――」
ロベルトが聞いてもいないのに、今回の馬車の素晴らしさを延々喋り続けていた。そもそもクロがいるのに護衛などいらない。それに目的地まで一日かからないから、大荷物もいらない。
「そんなに馬車も荷物もいらないよ。それに乗合馬車のチケットも買ってあるからね」
「な、なんですと?! 乗合馬車など使わなくても、全て教会が用意すると言うのに……」
「いいんだよ。これで。そういう訳だから、僕たちは行くね」
ロベルトに手を振って乗合馬車の駅へと向かおうとする。それを追いかけようとした彼は、馬車に足を引っかけて転倒した。その上から崩れ落ちた荷物に埋もれていく。離れていく僕たちの背中に向けて、彼は哀しそうに叫び声を上げるのだった。
「周囲に人の気配はありませんね」
「ふぅ、えらい時間食っちゃったね。それじゃあよろしく、クロ」
「お安い御用だ」
乗合馬車を途中下車して街道の脇に移動する。周囲に人がいないのを確認してもらって、クロに竜の姿に戻ってもらう。僕とレイラが彼の背中に乗ると、大空へと飛び立った。
「はやーい、たかーい!」
「これは凄いですね」
クロはもの凄いスピードで領都であるドラゴンテイルの街へと飛んでいる。下に浮かんでいる雲も凄まじいスピードで後ろに流れていた。
「さすが、クロ。あっという間に着いちゃったよ」
「ふふん。我にかかればたやすいことだ」
数時間でドラゴンテイルの街までやってきた僕たちは、さっそく街で一番の温泉宿へと向かった。
「大人三名で!」
「あいよ、部屋は一つでいいかい?」
「うん」
「それじゃあ、大部屋用意しておいたから、好きに使ってくんな」
仲居さんに案内された部屋に荷物を置いて、僕たちは温泉へと向かう。聞いたところによれば、歩いて五分くらいの所に穴場の温泉があるとのことだ。
「穴場……。いやまぁ、穴場ではあるんだけどね」
「こういうのも良いではないか」
その温泉は文字通り穴場だった。地面のあちこちに穴が開いていて、そこに温泉のお湯が流れ込んでいるような感じだ。例えるなら、地面に大量のつぼ湯が埋まっている感じだろうか……。
「ふぅぅぅ。意外とこれいいね」
「そうだな。我としてはユーリと触れ合いながら入りたいところだが」
「そう言うのは、ちゃんと告白を成功させてからだよ。まだまだ好感度が足りないからね」
「分かっておる。こと恋愛に関して、我は初心者同然だからな」
クロの言葉に顔が火照るのを感じながら、照れ隠しに拒否する。しかし、クロは鷹揚に笑いながら大人の余裕を見せていた。クロに負けた気がするのは癪ではある。それでも僕の方が先生なのだから、余裕の表情を崩すわけにはいかない。
肝心の穴場温泉だけど、開放的ながらも自分専用の温泉に入っているようで落ち着く。広さも傍から見るよりも広く、ゆったりと入ることができる。土の中から炭酸ガスが出ているらしく、炭酸水みたいに泡が出ているのも良い。
「いいお湯でした! そして、風呂上りにはこれだよ!」
「これは……?」
「コーヒー牛乳だよ。これを右手に持って、左手を腰に当てて、一気に飲むのが通なんだよ」
お手本として、僕が実演する。僕と同じように二人ともポーズを決めてコーヒー牛乳を飲んだ。
「ふむ、美味いな」
「いいですね」
二人とも湯上りの余韻に浸っている。まったりしながら火照った身体を冷まして、温泉を後にした。
宿に戻ると、既に夕食の準備ができているとのことだったので、すぐに食事を部屋に持ってくるようにお願いした。そのまま部屋で寛いでいると、仲居さんがお膳やおひつを持ってきてくれた。
「む……? 茶碗に何も入っていないではないか!」
「ご飯はおひつから自分でよそうんだよ。はい、お茶碗貸して」
ご飯が無いことに腹を立てるクロをなだめて、僕はクロの茶碗にご飯をよそった。
「はい、どうぞ」
「む、すまぬな。だがいい。新婚みたいだ……」
「クロ、減点。まだ好感度が上がっていないんだから、そんなセリフは逆効果だよ」
クロは相変わらず、段階をすっ飛ばした発言をする。それじゃあ恋愛をマスターするには程遠い。初対面の時みたいに、オープニングで告白するような状況ほどではないが、まだまだ教えることは多そうだ。
「大変です! スタンピードが発生したみたいです!」
前途多難なクロにため息が漏れそうになっていると、仲居さんが血相を変えて飛び込んできた。
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