マスターウィザードは聖女にジョブチェンジしました! ~異世界恋愛指南で奇跡を起こします~

ケロ王

召喚された聖女は平穏に暮らしたい

第一話 はじまりは自己紹介から①

「そこのお前、我と結婚するのだ!」


 目の前にある儀式中の祭壇をぶち壊して降り立った体長十メートルはあろうかという巨大な漆黒の塊――黒竜が僕を見下ろしながら唐突に求婚してきた。


「うわぁぁぁ、竜が、竜が来たぞぉぉ」

「た、助けてくれぇぇぇぇ」

「聖女様、早く逃げてください!」


 何だ、この状況……。村人はバラバラに逃げ回っていて、ロベルトはメガネがずり落ちかけていた。そして、黒竜は黙って目の前に座っていた。

 彼らの悲鳴がまるでBGMのように鳴り響く。だが、数多の修羅場をくぐり抜けてきた僕の心は揺るがない。同僚は「それはよく訓練された社畜のことだよ」と言ってたけど、『ブラックソルジャーエリート』の二つ名は伊達じゃない……はずだ。


「大事なのは目的を見誤らないことだ」


 ビジネス書で読んだ言葉が頭に浮かぶ。素人は目の前のタスクに気を取られるけど、玄人は大局を見ることができる。エリートである僕はたぶん目的を見誤ることはないだろう。その目的とは――。


『聖女を円満に引退すること』だ。


 そのためにすべきことは三つある。一つ目が王都の結界を修復すること、二つ目が魔王討伐を手伝うこと、三つ目が身代わりとなる聖女候補を見つけて引継ぎをすること。


 僕が召喚時に貰った『聖女体』というスキルはゴミスキルだった。文字通り聖女のような身体、元が男だった僕でも、になるスキルだ。だが、それだけだった。


「死んだ人を生き返らせたり、アンデッドモンスターを浄化したり、なんて贅沢は言わないから、せめて傷を治す力くらいは欲しかったよ……」


 聖女らしい能力は何もない。かと言って、元は現代社会の一般人だ。モンスターと戦ったり、薬を調合したりと言ったこともできない。そんな僕が聖女を続けるのはリスクが大きすぎる。そのためにも、一刻も早く円満に引退する必要があるのだ。


「まあ、いきなり失敗しちゃったんだけどね。僕は何もしていないんだけど……」


 一つ目の結界修復は結界装置を操作するだけのはずだったんだけど、何もしていないのに結界装置が壊れてしまったんだよね……。その穴埋めとして、辺鄙な農村までやってきて儀式をすることになったんだけど……。


「よりによって祭壇が壊されるなんて……」


 祭壇が壊されでもしなきゃ、失敗なんてありえない。そう言われて臨んだ儀式なんだけど、その結果が目の前の惨状だった。しかも、その上には災厄の象徴と言われた黒竜が僕を見下ろしていた。


「よし、ここは上司に相談だ!」


 僕は今後の方向性を確認するために、ロベルトの方を見た。彼の方に向かおうとしたけど、こっち来るなと言うように手を振ってきたので、離れた位置でロベルトを見ていた。


「その黒竜を何とかしてください!」


 曖昧過ぎる指示。それはロベルトの無能さだった。それでいてプライドだけが高い上司としては最悪の部類だ。


 僕は考え方を変える。


 曖昧と言うことは、僕の自由にしていいということだろう。下手に倒せと言われるよりマシだ。そうと決まれば話は早い。僕は黒竜に先ほどの問いかけの答えを返してあげることにした。


「ダメだね。君の希望には応えられない」

「何だと?」


 地の底から湧き出るような低い声に、周囲の人間が浮足立った。ロベルトも目を見開いて「ちょっと、聖女様!」と責めるように言った。


 だけど、ダメなものはダメだ。僕は彼女いない歴=年齢だけど、恋愛ゲームで数多の女性を落とし、三十歳を目前にして白と黒の両方の魔法使い。すなわち『マスターウィザード』と呼ばれた僕から見れば、黒竜のプロポーズはオープニング直後に告白するようなものだった。


「告白に至るまでには立てなきゃいけないフラグがたくさんあるんだ。お互い名前も知らないじゃないか」

「確かにそうだな。我の名前はクローヴァイス・ドラウグニルだ」

「クローヴ……、クロって呼んでもいい? 名前が長すぎて覚えられないんだけど」


 クロは可笑しそうに笑った。最初は怖いだけの存在だったが、意外にも話が分かるのかもしれない。


「くっくっく、問題無いぞ。今後はクロと呼ぶがよい」

「ありがとう、僕の名前はユーリだ」


 僕の名前を聞いて余韻に浸るかのように目を瞑った。そして、再び目を開いて僕を見下ろしてきた。


「ふむ、ユーリか。いい名前だな。では、我と結婚――」

「だから、ちゃんと順番にフラグを立てていかなきゃいけないんだよ。とりあえず……その巨体は何とかならないの?」

「おお、すまんな。これは失礼した」


 そう言って、黒竜はみるみる小さくなり、長いサラサラの黒髪が特徴的な背の高い青年となった。少し釣り目がちの黒目とまっすぐの口角。ところどころ黒い鱗のあしらわれたローブのようなものを纏っていて、神秘的な印象を受ける。人型になったクロは不敵に微笑みかける。


「どうだ。これなら問題無かろう。次はどうすれば良いのだ?」


 どうやら、『マスターウィザード』である僕をクロは信用してくれているようだ。僕は右手を彼の目の前に差し出した。


「まずは友達からだ。クロがOKなら僕の手を握って」

「ふはは、我がユーリの言葉を拒否するはずがなかろう」


 クロは豪快に笑い、僕の手を取って跪いた。そして、そのまま手の甲に口付けをした。


「ちょっと違うんだけど……。まあいっか」

「これで我とユーリは友達だな。この後はどうすれば良いのだ?」

「この後は好感度上げだね。一緒に勉強したり、遊びに行ったり、プレゼントを上げたりして好感度を上げるんだ」

「好感度か、それなら大丈夫だ! 我も勉強しているからな!」


 クロの熱意に僕は心を打たれて、思わず涙ぐみそうになった。


「カフェに行って、『ベンティバニラクリームエスプレッソラテノンバニラアドホワイトモカシロップアドヘーゼルナッツシロップウィズチョコレートチップウィズチョコレートソースエクストラホイップブラべミルク』と言えばいいのだろう?」

「いやいや、どこで勉強したんだよ……。普通に注文すればいいんだよ!」


 クロに思わずツッコミを入れてしまった。けど、ひとまずクロと和解できたので、ロベルトに報告を上げることにした。


「ふふふ。誰かさんの邪魔さえ入らなければ……。見事に解決だよ。これまでの失敗はチャラだね!」

「勘弁してくださいよ。どうやったら黒竜を王都に連れていくことになるんですか!」


 自信満々に報告したんだけど、なぜか苦虫を噛みつぶしたような表情で文句を言ってきた。依頼された通りに何とかしたじゃないか……。


「大丈夫だよ、クロは友達なんだから!」

「何かあったら、王都は火の海ですよ? どう責任取るんですか!」

「我が人間ごときに腹を立てて、ユーリの街を破壊するとでも言いたいのか?」

「……」


 説得する僕と反論するロベルト。その不毛な争いに突如として割り込んだクロの一言によって、ロベルトが沈黙した。さすがはクロだ。


「異論は無いようですね。それじゃあ、お仕事は終わりです! さっさと帰りましょう!」

「そうだな。我も早くカフェとやらに行きたいぞ!」

「……」


 仕事を終えてすっきりした僕と、期待に胸を膨らませるクロ。ロベルトはむすっとしていたが、クロの前では大人しくしているようだ。


「それじゃあ、馬車に戻ろうか。レイラ、馬車の準備はできてる?」

「はい、できておりますが……」


 お付きのレイラが僕の後ろを指差す。僕が振り返ると、僕の後ろに大勢の村人が集まっていた。

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