妖怪相談室 ミキちゃん
みまちよしお小説課
1.トイレの花子さん
第1話
天国は生きていた頃、行いがよかった人が来るところ、雲の上にある。地獄は生きていた頃、行いが悪かった人が来るところ。地上のはるか下にある。
そして、天国と地獄の境目にあるのが、妖怪しか住まない
そんな妖界のアイドル的存在、トイレの花子さん。三階の女子トイレの三番目を三回ノックすると現れる妖怪。一世をふうびしていた。でもこのところ、話題にされていない。なぜなら、小学校で花子さんのことを誰も呼ばなくなったからだ。
今でも花子さんは、トイレでほおづえして呼んでくれるのを待っていた。しかし、誰も呼んでくれない。何時間も何日も何年も呼ばれず、令和になった。
「あー!!」
トイレの個室で一人、大声を上げる花子さん。
「つまんな……」
花子さん以外にも、時代が流れてマンネリ化している妖怪たちはたくさんいた。というか、妖怪そのものの存在がマンネリ化している。そこで、これからはそれぞれ新しいあり方を見せつけようと、試みた。しかし、なにをしたらいいかわからない。なので、吸血鬼の女の子ミキは、相談室という場を設けた。その名も、"妖怪相談室 ミキちゃん"。道端に占い館みたくテーブルとイスをカーテンで仕切った、簡素な建物だ。
「というわけで、ぬりかべさんはこれから、おしゃれな壁模様になって、立ちはだかるといいと思いますよ?」
ミキがアドバイスすると、ぬりかべは喜んで立ち去っていった。
「ふう。今日もいっぱい稼いだなあ」
レジスタの中の札束を数えた。
「今時人間の血に見立てたジュースやお菓子、料理がたくさん売ってるから、吸血鬼たちもわざわざ人間界に行かなくて済んでるんだよなあ。どこぞの頭のいい吸血鬼が、人間の血の成分から作り上げたさまざまな食品製品のおかげでね。だから、私自身も新しくなにかを始めようと、相談室を設けたのだ!」
数十万近くある札束を掲げてニッとほほ笑んだ。
「ふーん」
目の前に、花子さんがいた。
「わっ! は、花子?」
「やあ、吸血鬼さん。ごきげんいかが?」
テーブルに手をついて、見下ろしてくる花子さん。
「もちろん、いいわよ。ところで、どうしたの? もう四時だから、閉店なんだけど?」
「閉店? あんた残業という言葉を知らないの? 人間も妖怪も、残業は付き物だわ。だって、残業は残ったお仕事だもの」
「いや、まあ私はただ人の話を聞いて解決に促すだけですから……」
「じゃあお客さんが閉店間際にかけ込んできたらどうするの? 同じこと言うの? そしたら、口コミにすぐ書き込まれて、あんたの評判はガタ落ちね」
ニヤニヤする花子さん。
「むむ〜」
イライラするミキ。
「ふんっ。まあ、あんたの評判がどうなろうがあたしには関係ないけどね」
立ち去ろうとした時でした。
「とかなんとか言って! あんたが相談してほしいんでしょっ? だったらそう言いなさいよ!」
ミキは怒鳴った。花子さんはびっくりした。
「はあはあ……」
息を切らすミキ。
「わ、わかったわよ。まあ、そんなに話してほしいなら、話してやらなくもないわよ?」
「なんでそうツンツンするのよ?」
花子さんは、ミキに相談したいことを話した。
「最近、トイレで誰も呼んでくれないのよ」
「トイレで?」
「そう。あたしって、トイレの花子さんじゃない? 毎日学校のトイレでスタンバってるっていうのに、あたしの話はおろか、呼ぼうとする輩も見かけないのよ!」
怒りで震える花子さん。
「それが悩み?」
「そう」
二人は向き合い、だまった。
「あはは!」
ミキが笑った。
「なにがおかしいのよ!」
「だって〜! 今時トイレに用もないのに来ないのになあって。花子さ、用もないのにトイレにずっといるの? 想像したらシュールで……」
「んだとこのーっ!!」
胸ぐらを掴んできた。
「うわーん!!」
突然泣き出した。
「は、花子?」
「あたしだって……。あたしだってトイレの妖怪になりたくてなったわけじゃないのよ?もっと広い世界で活躍できる妖怪になりたかったわよ……」
「広い世界って……。どうしてトイレの妖怪になったの?」
「笑わないでよ?」
涙目をキッとにらませる花子さん。
「泣いている人に笑ったりしないわよ!」
ミキはほほ笑む。
「流されずに放置された便だったからよ……」
照れながら答えた花子さん。
「あははは!!」
爆笑するミキ。お腹を抱えて、転げ回って笑った。
「あっはっは! はあ?」
床をドンドン叩いて笑ったらすぐ、殺気を感じた。怒りに燃えた花子さんが、見下ろしてきていた。
「じゃあ花子は、昔流行ってた時みたいに、なりたいってことだね」
頭にたんこぶをつけたミキが答えた。
「そうね。人間界でも妖界でもアイドルなのが、花子様だもの」
「わかったわ。とりあえず、有名になるには……」
人差し指を額に押さえて、考えるミキ。
「はっ! 思いついた!」
「ほんと!? しょーもないのだったら承知しないわよ?」
「流されずに残ったうんちにな……」
ボコされるミキ。
「よ、要はトイレと似たようなことをすればいいのよ……」
全身ボコボコになったミキは答えた。
「ああ?」
にらむ花子さん。
「今の人間界はディスプレイが普及しており!」
「ディスプレイ? なにそれ?」
「パソコンやテレビ、ケータイの画面よ。それを利用する手もあるわ」
「ふーん。例えばどうやって?」
「ふふ!」
ミキは笑った。
とある一軒家。居間で家族が夕食を囲みながらテレビを観ていた。しばらくすると、突然ノイズが走り、砂嵐になった。
「あれ? 故障かな?」
お父さんがテレビまで近づいた。あちこち見ているうちに、なにかがぼんやりと
見えてきた。それは、お父さん以外にもわかった。みーんなで目を凝らして見つめる。その姿はどんどん明確になっていって……。
「ばあーっ!!」
飛び出してきた。出てきたのは、花子さんだった。
ある時女子高生がスマホを見ていた。すると突然画面が切れた。
「はあ? 切ってねえし」
電源ボタンを押すと……。
「ばあーっ!!」
花子さんが出てきた。
「ばあーっ!!」
会社のパソコンから花子さんが出てきた。
他にも、至るところで花子さんの目撃情報が出回った。しかも、トイレじゃない。みんなディスプレイから突然出てきた。
「うししし!」
花子さんは、札束を扇形にしてニカニカと、笑っていた。
「これであたしもお金持ちね。今夜はなに食べよっかなあ?」
「よかったじゃない」
と、ミキ。
「当たり前でしょ? まあ、初めは機械なんてとか思ってたけど、流行ればこっちのものよ! にょーほっほっほ!」
妖界では、流行れば流行るほどお金持ちになる。なので、花子さんにとっても他の妖怪にとってもピークが過ぎてしまうのは、命取りなのだ。もう死んでるけど。
「なによりも、画面から出てきた時の人間たちの驚く顔、声! あれがたまらないのよねえ!」
胸を張り大声で笑う花子さん。
「そ、そうなんだ。私たち吸血鬼にとっては、人間は血を吸うためにいるとしか思えないけど……」
しかし、やがてピークが過ぎていった。おどかすだけなら、人間たちにだって対策はできる。全国でニュースになり、社会現象をも起こしてしまったため、ディスプレイ禁止令が出された。そのため、誰もディスプレイの機械を使わなくなってしまった。花子さんはまた人気が下がってしまった。
「きーっ! これまでの月収が〜! 年収も一億なんて叶えられたのに! ミキ、あんた相談室やってんでしょ!? なんとかしなさいよ!」
ミキの肩を揺らす花子さん。
「で、でも人間界で誰もテレビやスマホを使わなかったら意味ないじゃない!」
「なんとかしなさいよ!」
当惑するミキ。
「じゃあディスプレイを利用した方法はやめやめ! 他の方法を考えましょ?」
「他の?」
「そう! 他の!」
「うーん……」
花子さんは少し考えて、
「いいわね。こうなった以上、しかたないわ」
と、答えた。
ミキの住んでいるアパートに来た。彼女はここで、一人暮らしをしている。
「ずばり、萌え」
「萌え?」
「萌え」
「萌え……。ってなに?」
ミキは説明した。
「メイドの格好をして、猫のポーズしてにゃんにゃんって言うの」
「おほん」
咳払いする花子さん。
「あたしがそんなことやるキャラだと思う」
「ううん」
「じゃあなんで初っ端からそんなもん!」
「でも稼ぎたいんでしょ?」
「うっ」
花子さんはミキの言うとおりにした。
「萌え萌えキューン♡」
メイド服になり、猫のポーズをした花子さん。
「なにこれ! 自分でやってて気持ち悪いんだけど!?」
笑いを抑えているミキ。
「おい……」
にらむ花子さん。
「あーもうやめやめ! 他にはっ? 他にないのっ?」
ミキに言われて、次はこんな格好をした。
「逮捕しちゃーうぞ?」
婦人警官の格好をして、かわいく決める花子さん。
「ってこれもないわ!」
続いて。
「キリッ!」
OLの格好。
「し・ん・さ・つ♡」
お医者さんの格好。
「アテンションプリーズ!」
キャビンアテンダントの格好。
「はあはあ……」
息を切らす花子さん。
「やだ……。あたしったらお金に目がくらんでミキのいいように扱われている気が……」
「次は天使の格好とかどうかな?」
「もうええわい!」
拒否した。
「あたしは人を驚かせたいの! 萌え萌えにさせたいんじゃないわ!」
「花子……」
「あんたは血を吸うためにしか人間に近寄ったことしかないと思うけど。あたしにとって、人をおどかすっていうことが、どれほどの生きがいか……」
「そうか……。ごめんね花子。なんだかバカにしたような感じになっちゃって。花子にとっての生きがいをもう笑わないよ」
「わかってくれた?」
「うん!」
「そうよねえ。人をおどかして、驚いて泣いて慌てふためいてる時のあの感じがたまらないわよねえ!」
「えっ。生きがいって、それ?」
「あっはっはっは!」
大笑いする花子さんを見て、呆然とした。花子さんは、単純に相手の驚く姿を見て喜ぶタイプだったのだ。
「あ、そうだ! こんなの、どうかな?」
ミキは、花子さんにまた新たにいたずらの方法を提案した。
「ふわあ〜あ……」
あくびをするおじいさん。夜中に目が覚めて、トイレへと向かった。明かりをつけて、トイレのドアを開けた。
「花子でーす!」
そこに、花子さんがいた。おじいさんはもう一度ドアを閉めた。もう一度開けた。花子さんがいた。
「うわあああ!!」
おじいさんは入れ歯が飛んで、腰が抜けた。
別の日、子どもがトイレに入ると、そこには花子さんが。
「うわあああ!!」
驚いた子どもは、腰を抜かしてしょんべんをもらしてしまった。
また、公園で催したサラリーマンが公衆トイレの個室に入った。
「うわ……。おっさんー?」
しらーっと見つめてくる花子さんが足を組んで座っていた。
「うわあああ!!」
サラリーマンは逃げた。
花子さんは、家や公園、スーパー、新幹線など、いろいろなトイレに現れて、人々を驚かせた。トイレの花子さんというスタンツに立ったままで、いろいろなトイレに突然現れるというので、一躍大スターになった。おかげで花子さんはもう一度、年収一億円をゲットすることができたのである。
妖界でも軌道に乗り始め、テレビに出られるようになった。
「さて、なぜ年収一億をここまでキープできるのか、なにか秘訣があるんですか?」
司会のメデューサがマイクを向けた。
「おほん。あたしは妖怪としてスターの経験が長いので、要は長年の経験が物を言わしたとも言えますわ」
テレビで様子を見ていたミキは、あまりいい気分ではなかった。
「なにが長年の経験よ? 私が教えてあげたからでしょ?」
花子さんがいろいろなトイレに出てくるとアドバイスしたのは、ミキだった。
『学校だけじゃなくて、もっとこう家とかホテルとか、いろいろなトイレから出てくるといいじゃない? 学校だと生徒しかいないけど、学校以外のところなら、いろんな人がいるし』
こうアドバイスした。しかし、テレビに出ている花子さんは、ミキがアドバイスしたことなど一切触れず、自分がすごいみたいなことばかり話していた。
「むむ〜! あ、そうだ!」
ミキは、シメシメとあやしく笑った。
花子さんの年収は一億どころか数十億超えていた。花子さんはもう普段着はドレスを着ていた。人間界に行く時だけいつもの赤と白のスカートを身に着けていた。
「普段着ぐらい、豪勢にいきたいわよねえ」
「あのー」
花子さんの前に、一つ目小僧と豆腐小僧がやってきた。
「なに? サインがほしいの? わかったわ。でも、あたし上質な紙にしか書かないわよ?」
「猫のポーズで萌え萌えキュンしてください!」
「は?」
花子さんは目を点にした。
「あれ? しないの?」
と、一つ目小僧。
「おかしいな。花子さんさっきしてくれたじゃないか」
「はあ!?」
驚いた。
「ま、待ちなさい! あたしはそんな変なサービス受け付けてないわよ? 第一、さっきって……。今あんたらと初めて会ったのよ?」
顔を合わせる一つ目小僧と豆腐小僧。
「でもさっき、萌え萌えキュンしてくれたよ?」
と、一つ目小僧。
「とにかくサインはやらないわ!」
そのまま立ち去っていった。
「なによなによ! 変なやつがいるわね。って、まあ妖界だからそんなの普通だけど」
のっぺらぼうが目の前に現れた。
「あの、逮捕しちゃーうぞやってください!」
「はあー!?」
唖然とした。
「あれ? さっき手錠持って警官の格好でしてくれてたじゃないですか」
「してないわよ!」
立ち去った。
「し・ん・さ・つやって〜!」
いろいろな妖怪たちから、身に覚えのないネタを頼まれた。花子さんは当惑した。
「わかったわ! 誰かがあたしの人気に嫉妬して、化けてるのね? 化けキツネか化けタヌキ、それとも化けネコ? 出てらっしゃいあたしのなりすまし〜!」
死にものぐるいで探した。しかしすぐに見つかった。
それは、公園にいた。
「萌え萌えキュン♡」
赤と白のスカート姿で、猫のポーズをしている自分が、妖怪たちにかわいく披露していた。
「逮捕しちゃーうぞ♡」
妖怪たちからの拍手喝采。
「し・ん・さ・つ♡」
妖怪たちからの拍手喝采。
花子さんは、ニセモノを見て呆然とした。
「ちょっとあんた誰よ!!」
そっくりが現れて驚く妖怪たち。
「あたしが年収一億以上だからって、嫉妬してんじゃないわよ! 真似したからって、あんたの人生ウハウハになるわけないんだからね! ウハッ!」
「まずい、本物が来たよミキさん……」
と、ニセモノの花子さん。
「は?」
「とりあえず逃げましょう!」
ミキはベンチの下から現れて、ニセモノの花子さんと逃げた。
「待ちなさーい!」
花子さんは二人を追いかけた。
三人は追われ追いかけてるうちに、街、森、海、空、宇宙を通りすぎた。そして、ミキのアパートの中へと来た。
「もう逃げられないわよ? さあ、なにしてんのあんたら。ていうか、ニセモノ! あんた誰よ!」
「花子が悪いんだよ!」
ミキが声を上げた。
「この子は透明人間。花子に化けてもらって、こらしめてやろうって思ったのよ」
「なんであんたなんかにこらしめられなきゃいけないのよ!」
「だって! テレビでこないだ、私がアドバイスしたこと、話してくれなかったじゃん!」
花子さんは呆然とした。
「私だって言わなくていい。ただ、唯一の友達が教えてくれたことくらい、言ってほしかったな……」
涙を拭うミキ。花子さんはほほ笑み、言った。
「いや、人をさんざん驚かして楽しむ妖怪が、ウハウハできた理由を正直に話すと思う?」
ニヤニヤした。
「あんたって、ほんと最低な妖怪だね……」
ミキは、心からそう思うのだった。
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