12.吸血鬼

第12話

とある吸血鬼が、人間界をさまよっていた。

「今の人間界って、ずいぶん昔と変わったのねえ。大きな建物に、たくさんの人……。エサに困らなくて済むわ!」

 オカマのような声をした吸血鬼は、あやしくほほ笑んだ。

「あたしは、人間界を我が物にしたい! したいわー!!」

 オカマの吸血鬼は、手のひらを空に向けて、黒い光を放った。空に黒い光が当たると、暗雲に満ちた。

「さあ、人間たちよ! あたしに降伏しなさい!」

 人間たちはあやつられたようになって、吸血鬼を見上げた。

「ほほほ! おーっほっほっほ!」

 吸血鬼の笑い声が、都会の街に響いた。


 近頃、妖怪相談室に訪れるお客さんがさらに減った。一日中来ない日もあれば、二、三人来る程度になった。

「あたし思うんだけどさ……」

「なんですの花子さん?」

「妖怪たちは、人間たちのことを忘れてしまったんじゃ!」

「忘れた?」

「そうよ! 人間も忘れたし、妖怪も忘れた。だから、誰も来なくなったのよ」

「確かに。それは一理ありますわね。今回だけ、あなたに賛成して差し上げますわ」

 メリーさんは納得した。

「いや、違うと思うよ」

 ミキは、新聞を見せた。

「妖界じゃ、人間界がまたブームになってるみたいだしね」

「へ?」

 花子さんとメリーさんは新聞を見た。

 記事には、"人間界降伏成功!これからは妖怪の時代"という題字が大きく掲げられていた。

「人間界の次の漢字、なんて書いてあるの?」

 花子さんは首を傾げた。

「降伏ですわ」

「やわらかいベッドに入ってる時?」

「それは幸福」

「奈良県にある?」

「それは興福寺!」

「山梨県……」

「"甲府区"! じゃなくてそれは甲府市ですわ!」

 メリーさんはムッとして答えた。

「降伏っていうのは、簡単に言えば、その者に従うって意味よ」

 ミキが教えた。

「なるほど!」

 花子さんは納得。

「メリーがあたしにしてることだね!」

「誰があなたに降伏してるとお思い?」

 イライラしているメリーさん。

「しかし、一体どこの馬の骨が人間界なんて降伏しましたのよ!」

 メリーさんの疑問に、ミキは少し難しい顔をした。

「ミキ?」

「なにをそんなかしこまっていますの?」

「あの、その降伏した妖怪はね……」

 ミキは言った。

「私の……パパなの……」 

 目を丸くする花子さんとメリーさん。

「え、あんたのパパすごいじゃん」

「それほどの力がある方でしたの? なんでもっと早く紹介してくれませんの!」

「え、いやその……」

「なによ〜! あんたのパパが早めに降伏してくれたら、あたしたち人間界で有名になるならない関係なしに、こんななにもない妖界で暮らすことないのに」

「ですわよ!」

 目をキラキラさせている花子さんとメリーさん。

「と、とは言っても……。うちのお父さん気まぐれだし、どうも今の時代の人間界を見て気に入ったみたいで」

「で、あんたのパパどんな人よ?」

「お父様のお顔を見てみたいですわ」

「それはダメ!」

 ミキは、断固拒否した。

「あ、あのね? そ、それはちょっと無理かなあってさ。あはは……」

「なんて言われますと……」

「見たくなるのが筋ってもんよね?」

 しら〜っと見つめてくる花子さんとメリーさん。

「い、いやそのね?」

「どんな顔してるのよ? 教えなさいよ〜!」

「気になりますわ! ねえ、ミキさん?」

 わなわなと寄ってくる二人にオロオロするしかないミキ。なのでもう言うしかないと、決意した。

「じゃあさっそく言っちゃってくれちゃうけどねえ!」

 花子さんは、ミキのお父さんはきっと口ひげを生やし、黒いマントが似合う渋い男性だろうなと期待した。

 メリーさんは、黒いマントを羽織り、その下には騎士の格好をした、マイルドな男性を想像した。

「オカマなの……」

「え?」

「なんとおっしゃいました?」

 ミキは大声で言った。

「オ!カ!マ!」

 花子さんとメリーさんの想像していた理想像が、一瞬で砕かれた。

「ああ、恥ずかしい……」

 照れているミキの肩を掴む花子さん。

「よくもあたしたちの理想像を砕いてくれたわねえ!」

「へ?」

 ミキは花子さんに体を揺すられた。


 人間界は、もはや妖怪たちのバカンスになっていた。吸血鬼の催眠をかけられている人間たちは、妖怪たちの言いなりとなり、コンビニのお菓子を食い荒らされて、おもちゃ屋の商品を壊されて、きれいな女を連れ回したりした。電車は前進したりバックしたりをくり返し、車はわざとぶつけ合って壊したり、妖怪たちは人間界で好き放題した。

「さーてと。あたしはなにをしようかしら?」

 ビルの屋上にいた吸血鬼は、飛び去っていった。


 あれから数ヶ月経った。ついに妖怪相談室には誰も来なくなってしまった。妖界に住んでいる者も、ほとんどいなくなってしまった。人間たちは催眠にかけられているし、妖界よりもなんでもそろっている人間界のほうが、住み心地がいいからだ。

「でもみなさん一体、人間界でなにをしてらっしゃるのでしょうね?」

「あたしたちも行ってみない?」

「わたくしたちはもう行ったじゃありませんの」

「妖怪がたくさんいる人間界よ? 今時見られない光景を目に焼き付けたいと思わないわけ?」

「あなたのことですわよ。人間たちが催眠にかけられているのをいいことに、好き放題しようって魂胆でしょ?」

「メリーねえ。あたしのことむちゃくちゃ悪いように捉えてるけどね、あんたも大概なのよ?」

「あーら。わたくしはこのとおり……ですわ!」

 わざとらしく舞ってみた。花子さんはムッとした。

「ミキ! あんたもなんとか言いなさいよ〜」

「行こう!」

 と、ミキ。

「正直、お父さんがどんなことをしてるのか、見てみたいしね」

 ミキはそのことが気になるようだが、花子さんとメリーさんは、お父さんがどんな姿か、ほんとにオカマなのかが気になっていた。


 人間界。三人は、呆然とした。

 妖怪たちが、至るところで自由奔放にしていたからだ。

「く、車が……」

 妖怪が運転する車は左右に揺れ、ぶつかり合い、普通車もトラックもバスも大破した。

 ゲームセンターでは、ユーフォーキャッチャーの人形をガラスをぶち破って取る妖怪がいた。飲食店の入り口には食べカスがポロポロとこぼれており、他にもいろいろな場所で食器の破片や洋服などが散乱していた。

「妖界じゃこんなことありませんでしたのに……」

 三人は街をさまよい歩きながら、いろいろなものが散乱している光景に失望した。元々こうなる前の人間界を見ているため、さらに残念でしかたなくなってくる。

「映画館よ。中に誰かいるみたいね」

 と、ミキ。

 中に入ってみた。入ると、まずフロント係であろう人間が、催眠をかけられたまま、倒れていた。ミキはすぐ人間の元にかけつけた。

「大丈夫。あたたかいから、息はあるみたい」

「スクリーンから音がするわ。多分、あの六番のところね」

 花子さんは、六番のスクリーンを目で指した。

 中に入ると、妖怪たちが映画を観ていた。フロントから勝手に持ち込んできたのだろうポップコーンやジュースを食べながら、ガヤガヤとしていた。映画で音楽が流れた。それに合わせて、妖怪たちも踊った。

「ふふーん♪」

 花子さんも踊った。

「おバカ!」

 メリーさんが止めた。

「楽しそうに映画観てる……」

 と、ミキ。


「きゃあああ!!」

 ゆきは、鬼たちに追われて港までやってきた。

「きゃっ!」

 こけた。なにもないところでこけた。

「さあ、人間のお嬢さん。ハンサムな鬼たちと遊びましょう!」

 と、赤鬼。他の鬼たちもぞろぞろと近寄ってきた。

「た、助けて〜! なんで妖怪があちこちにいるのよ〜!」

 と、その時。

 鬼たちの元にたくさんの福豆が振りまかれた。鬼たちはもがき苦しみながら、消えていった。

「やっぱり! ゆきちゃんは霊感が強いから、大丈夫だと思ってた」

 伏せていた顔を上げた。ミキ、花子さん、メリーさんの姿が見えた。

「あなたたち……」

「落ち着いて聞いて。ゆきちゃん以外の人たちは、私のお父さんの催眠術で、あやつられているの。だから、妖怪たちが人間界を好き放題してるの」

「でもあなたは霊感があるから、催眠術なんて屁でもありませんわね」

「屁!」

 花子さんはおしりを向けた。ゆきは腰が抜けたし、拍子抜けたようだ。

「ゆきちゃん、よっぽど安心したみたい……」

「それはよかったですわね」

「そんなことよりも、この事態をどうにかしないといけないじゃないの!」

 と言って、ミキは考える素振りをした。


 映画館を堪能している妖怪たち。スクリーンの大画面が気に入ったらしく、あれから四時間、騒ぎっぱなしだった。ポップコーンとチュロスは在庫を切れ始め、そろそろおいとましようとした時だった。

 ゲームセンターを楽しむ妖怪たち。ユーフォーキャッチャーの商品は底をつき、その他の対戦ゲームやプリクラ機も壊れ始めていた。そろそろお暇しようとした時だった。

 ドッカーン!! 映画館、ゲームセンター。それぞれが爆発し、火の海に沈んだ。妖怪たちは、その火の海に巻き添えだ。

 他にも至るところで爆発が起きた。車、電車、飛行機、スーパー、コンビニが爆発し、街中は火の海と化した。やがて妖怪たちは火の海の中で苦しみ、消えた。

「うわあああ!!」

 鈍い悲鳴を上げ、火の海の中でこつ然と姿を消していった。


「おーほっほっほ! メイクって、自分を磨いてる感じで楽しいわねえ」

 吸血鬼は、人の家でメイクをしていた。

「街にでも行こうかしら」

 街へ飛んでいった。

「いやあああ……」

 がく然とした。街中が燃えているからだ。

「お父さん!」

 声がして振り向いた。

 ミキと花子さん、メリーさん、ゆきが佇んでいた。

「お父さん!」

「ほ、ほんとにオカマだ……」

 と、花子さん。

「オカマですわ……」

 と、メリーさん。

「あんまりオカマオカマ言わないでちょうだい! ジェンダーとお呼び!」

 ミキのお父さんは怒った。

「まさか、この火の海はあんたたちのしわざじゃないわよね?」

「私たちよ?」

「素直でよろしい!」

 ひっくり返るミキのお父さん。

「どうしてこういうことするのよ! せっかくお父さんが人間界に住まわせてやったというのに〜!」

「でも、こんなの間違ってるよ! お父さんは、人間たちをマインドコントロールし、自分たちだけ住みやすくしようとした。こんなのって、あんまりだよ!」

「マインドコ……なんたらって?」

 花子さんは、ゆきに聞いた。

「洗脳のことよ。つまり、あれこれ言い聞かせて、思い込ませるみたいな感じかな?」

「えーい! お父さんはね、あんたのために人間界を妖怪たちも住めるようにしたのよ?吸血鬼たちはみんな、血を求めている。だから、あたしは人間の血を使ってさまざまな加工製品を作ったんじゃない。でもやっぱり生がほしいって方のために、全身全霊をかけたまでよ」

「お父さんの言い分もわかるよ? でもね、人間も人間で暮らしがあるの」

「ふーん、例えば? 電気を無駄遣いするのが人間の暮らし? お父さんたちは今の今までずーっと自然と調和して生きてきたじゃない。それなのに人間はやれ開発やら、やれ機械やらを発明し、妖怪たちの住処を奪っていった。そして、妖怪たちの活躍を奪っていったのよ!」

 声を上げるミキのお父さん。

「あたしたち妖怪が生きづらくなるなんて見てられないでしょ? なら、人間はあたしたちに降伏すればいいだけの話なのよ!」

 と言って、ゆきをにらんだ。

「あんたも殺してあげるわ!」

「そんな!」

 ゆきは目を見開いた。

「ダ、ダメそれは!」

「いけませんわ!」

 花子さんとメリーさんがゆきをガードした。

「おどきなさい! あなたたちもろともハチの巣にしてやるわよ?」

「お父さん!」

 ミキが声を上げた。

「どうしてそんなに勝手なのよ? お父さんはさ、みんなに納得してもらうのがいいか、それともこうやって反発してくれる人がいたらいいか、どっちがいいの?」

 やや怒り気味に聞いた。ミキのお父さんは答えた。

「そりゃあみんな納得してくれるほうがいいわね」

「残念だけど。みんな納得してないのよ。私たち含め、多くの人間たちがね!」

「なんですって!?」

「どうする? このまま我を通し続けるか、それともみんなにわかってもらえるまでがんばるか、選べば?」

 ミキのお父さんは歯を食いしばった。そして答えた。

「えーい! 妖怪たちは喜んでるし、人間たちは洗脳されている! それでいいじゃないの!」

「そう……」

 うつむいているミキ。

「じゃあ、あの顔見せちゃうよ?」

「え、やだちょっと。じょうだんでしょ?」

 ヒヤッとするミキのお父さん。

「あの顔?」

 ゆきが首を傾げた。

「まさか……」

「まさかね……」

 花子さんとメリーさんは顔を合わせてニコリとした。

「見せちゃう。見せちゃうんだから〜!」

 ミキは、お父さんに花子さんとメリーさんにも見せた怖ーい怖ーい顔を見せた。

「ひえーっ!!」

 ミキのお父さんは飛び上がるほど悲鳴を上げた。そして、不意に黒い光を放ち、暗雲を出して、街中を元に戻した。そして、妖界に帰っていった。

「あれ? ここは……」

 人間たちが目を覚ました。爆発で燃えた火は止まったが、荒れに荒れた光景を見て、みんな驚がくしていた。特に、マイカーが大破している人は、落ち込んだ。

「うわあ、これはひどい!」

 映画館では、劇場内で食べ物がたくさん散乱している光景を見て、失望した。

 街中は混乱を起こしていた。しかし、妖怪相談室の三人は、すっきりした気分だった。

「ねえ、結局あれはなんだったの?」

 ゆきは聞いた。

「ちょっとした親子ゲンカ……かな!」

 ミキは笑った。


 あれから人間界も妖界もすっかり元に戻った。妖怪相談室はお客さんはそう多くなけれど、続いている。

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妖怪相談室 ミキちゃん みまちよしお小説課 @shezo

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