11.乳の親

第11話

妖怪相談室。

「あー……」

 ソファーでボーッとしている花子さん。

「なにをボーッとしていますのよ?」

 メリーさんがとなりに座ってきた。

「あんたってさ……。これまで何人と付き合ったことある?」

「突き合う? わたくし、争いはしない質ですわよ?」

「そういうことじゃなくて! 恋人を作ったことをあるかどうかって質問よ!」

 花子さんは、ムッとして返した。

「ああ、そういうこと。お見合いなら一度だけありますわよ?」

「え? 相手誰?」

「聞きたい?」

「もちろん!」

「じゃあ、これだけは約束して。よろしいかしら?」

「うんわかったわよ。早く教えなさいよ」

「聞いても、絶対笑わないでくださいまし!破ったら、デコピン百連発ですわよ? よろしくて?」

「わかったから早く教えなさい!」

 メリーさんは教えた。

「カッパ……」

「カッパ?」

「な、何度も言わせなさんな! カッパよカッパ!!」

 花子さんの頭の中で、カッパという言葉が響いた。

「あははは!!」

 大爆笑した。

「ムッカー!! デコピン百連発ですわー!!」

 メリーさんは、大笑いする花子さんを追いかけた。相談室の中をかけ回った。

「ねえねえ、二人とも。これからお客さんが見えるからね?」

 二人ともかけ回っている。

「ねえ! お客さんが来るからね!」

 声を上げてみても、まだかけ回っている。

「もう! なにしてんだか……」

 呆れるミキ。一呼吸置いてから、普段くり出すことのない、ある秘技を披露することにした。

「血吸っちゃうぞお〜!!」

 花子さんとメリーさんは凍り付いたように動かなくなった。吸血鬼であるミキは、相手の血を吸う前に、威嚇行動のように、顔を豹変させる。その変化へんげした顔がまるで恐ろしくてたまらない。言葉では言い表せないほどの威力だ。

「お客さんもうすぐ来るからね?」

 元の顔に戻ったミキは、それだけ伝えると、その場を立ち去った。

「はあ、びっくりした……」

 と、花子さん。

「心臓が止まったかと思いましたわ……。さすが、吸血鬼の末永ですわね……」

 と、メリーさん。

「ってミキ。あんた買い物袋なんて持ってどこ行くのよ?」

 ミキは買い物袋を持っていた。

「お茶菓子がなくなっててさ、今から買いに行こうかなって」

「もうすぐお客様がお見えになると申したのは、あなたでしょ? なんで今さら準備しますの?」

 花子さんとメリーさんは呆れた。

「ご、ごめん。でも一応冷蔵庫にバームクーヘンはあるから、それを出してあげて。私今から行ってくるから、二人でよろしくね」

「えっ! ちょっと待ってよ! あたしたちだけで相談やらせるつもり?」

「いつも話を聞いてあげてるでしょ? じゃあね!」

 ミキは相談室を出ていった。

「わたくしたち、ミキさんがいてこそ活躍できていただけですわ」

「やれ困ったなあ……。ミキが帰ってくるまで、あたしたちだけで店番しないといけないのかあ……」

 花子さんはソファーにドサッと座り込んだ。

「まあ。話だけ聞いて、適当にこうすればいいですみたいなことをおっしゃれば、よろしいんじゃありませんこと?」

「そうだね。だったらお茶菓子を出す必要もないね」

 花子さんは冷蔵庫からバームクーヘンを出して、そのままちぎって食べた。

「花子さん。バームクーヘンはさすがにバレるんじゃありませんの?」

「へ?」

 食べながら首を傾げる花子さん。

「お茶菓子がなくなるのはお客様にお出ししていたからではなくて、あなたがそのお茶菓子をつまみ食いしているからだってことですわよ。バームクーヘンをそのように食べていらしたら、ミキさんのあのおぞましい表情をもう一度拝むことになりますわよ?」

 花子さんはバームクーヘンを冷蔵庫に戻した。

「メリーちゃん! あたしはいい子ちゃんだから、そんなことしないよ?」

 目をパチクリさせる花子さん。

「キモいですわ……」

 気持ち悪がるメリーさん。

「あんたが食べたことにすればいいのよ!」

 突然怒り出し、掴みかかってきた。

「わたくしはそんなふしだらなことは致しませんわあ!」

 メリーさんも負けじと花子さんに掴みかかった。

 その時、インターホンが鳴った。二人はケンカに夢中で気づいていない。

 もう一度インターホンが鳴らされた。しかし、気づかない。

 インターホンは連続で鳴らされた。

「うるせえな! 入ってこいよクソが!!」

 ブチギレた花子さんとメリーさん。相手はなにも言わずドアを開けた。

 その相手とは、きれいなロングヘアで赤い着物を着ており、肌が白いとてもきれいな女性だった。しかし、一番二人が目に止まったのは、大きな胸だった。

「あの……。ここは妖怪相談室でしょうか?」

 女性は聞いた。

「あ、はいもちろんですわよ! 予約をされた方ですか?」

「はい」

「あ、ではあちらにおかけください!」

 メリーさんは、テーブルに案内した。

「では、よろしくお願いしますわ」

「はい」

 テーブルに向かい合って座るメリーさんと女性。

「どうぞ。お茶菓子です」

 花子さんは、さっきつまみ食いしたバームクーヘンを出した。

「このおバカ!」

 メリーさんは、花子さんの頭を叩いた。

「おほほほ! ごめんなさいね。彼女新人でして、こうでもしないと覚えないんですの〜」

 メリーさんは女性に愛想笑いをした。

「ではでは。一体どういったご用件でしょうか?」

 メリーさんは、ペンとノートを用意して話を聞く姿勢を取った。

「お茶でーす。あっ!」

 バランスを崩した花子さんは、お盆に載せたお茶をこぼしてしまった。

「あんっ!」

 女性にかかった。

「あーっ! このおバカ! あなたはもう居間でゴロゴロしてなさい!」

 メリーさんはタオルを持ってきた。

「ごめんなさいね! 今お拭きしますので」

 メリーさんは女性の濡れた部分を拭いた。しかし、大きな胸ばかり濡れているため、とても気まずかった。

「自分で拭きます」

 女性はタオルを取り上げて、自分で拭いた。

「えっち……」

 耳打ちする花子さん。メリーさんは怒って花子さんにアッパーを喰らわした。

「ではさっそく! 話をお聞き致しますわあ。ほんとごめんなさいね……」

 愛想笑いを振りまくメリーさん。

「申し遅れました。私はちーうやと申します。沖縄からやってきました」

「乳の親って……。ああ!」

 花子さんはなにか思い出したかのように、手のひらに拳をポンと置いた。

「乳の親。沖縄県に伝わる妖怪。池にやってきた、物心付いてない子どもをさらうとされる、異常にボインなやつだ!」

「ちょ、花子さん……」

「あんたねえ。女妖怪の中じゃ、ボインすぎて妬んでるやつもいるのよ? うわさじゃ、ロリコンとかショタコンとか、男好きでそのボインでうまいこと誘ってるって聞いたけど?」

 しら〜っと見つめてくる花子さん。

「花子さん!」

 メリーさんは彼女を止めに入った。

「ご、ごめんなさいね! 新人さんったらあることないことペラペラペラと……」

「そのボインはうまいこと誘うためにわざと作り物をつけてるってうわさもあるけど?」

 ニヤッとする花子さん。

「あなたって人は! ちょっとは遠慮しなさいよ!」

 メリーさんは怒った。

「なによ! あんた人をだますのが好きなくせに、こういう時善良な人演じてんじゃないわよ!」

「うるさいわね! お仕事なんだから、その辺はわきまえますわよ!」

「ロリコンなのはほんとです」

 乳の親が言った。花子さんとメリーさんは、同時に彼女に顔を向けた。

「でも、男の人は好きじゃありません。むしろ、怖いんです……」

「こ……」

 と、メリーさん。

「怖い……」

 と、花子さん。


 なぜ男の人が怖いのか。乳の親は、両親の勧めで、婚活をすることになった。あまりにぎやかなところは好きではないため、ガヤガヤとにぎわう会場が苦痛でしかたなかった。

「ねえ彼女。おっぱい大きいね!」

 と、赤鬼。

「ほんとだ! 触らせろよ」

 青鬼が触ろうとする。

「や、やめてください……」

 乳の親は拒否をした。

「あん? 女のくせに男に指図すんじゃねえよ!」

 青鬼がにらんできた。すると乳の親にスケベな感情を抱いた鬼たちが、そろって近寄ってきた。乳の親は、囲まれてしまった。なにか特技があるわけでもないし、強くもないのに、鬼たちに勝てるわけがない。怖かった。乳の親以外の妖怪たちも、鬼は強すぎて歯が立たないため、見て見ぬフリをしていた。初めての婚活で、震えるような思いをし、乳の親は男性に対して、怖い感情を抱くようになった。


「でもやっぱり、克服しなければと思うのです。なぜなら、私はそれまで男性に対して、怖いなんて思ったことがなかったからです」

「それよりも。あなた、子どもをさらう理由が、お母さんになりたいからじゃありませんの?」

 乳の親はハッとして目を見開いた。

「さらわれた子どもは、しばらくしてまた池の前に戻っている。つまり、あなたはしばらくさらった子どもの母親代わりをして、満足したいだけなんじゃありませんの?」

「かもしれません……」

「でも男が怖いんじゃ、それも叶いそうにないわね」

「花子さん。それをどうにかするのが、わたくしたち相談室の役目でしょ?」

「なんとかしてくれるのですか?」

 乳の親は聞いた。メリーさんはフッとほほ笑んで、答えた。

「合点承知の助……ですわ!」


 夜。乳の親は家でさっそく、花子さんとメリーさんが提案してくれた、男性恐怖症治療案を試してみることにした。

「その一。男らしくしてみる」

 乳の親は、男みたいにあぐらをかいて、ひげそりを持った。

「ああ〜。おらぁ、おやじだど〜?」

 オヤジ臭いしゃべり方をした。一人でいるのに、恥ずかしくて、顔を赤くした。

「その二。男の格好をしてみる」

 乳の親は、男性用ビジネススーツに、学ラン、タキシードなんて着てみた。

「ダメ……。胸が気になって男みたいになれない……」

 ダメだった。

「その三。男の添い寝ボイスを聞く」

 乳の親は、花子さんに貸してもらったタブレット端末にイヤホンを付けて、イケボの添い寝ボイスを検索した。

「へ、へえー。インターネットって、なんでも出るのねえ」

 乳の親は、インターネットとやらを初めて使用した。妖怪は今でも、パソコンやスマホなど、機械物に弱い者も存在する。

「さっそく、聞いてみなくちゃ」

 イヤホンを耳に付け、拝聴開始。

「いや!」

 しかし、男の声が耳元に聞こえた瞬間、タブレット端末を、イヤホンごと投げ飛ばしてしまった。

「ああ大変! 壊しちゃうわ……」

 あわてて拾いに向かった。

「ダメよダメよ。これじゃ、お嫁さんになるなんて夢、一生叶わないわ!」

 乳の親は、思い出した。ある日、沖縄の砂浜で、人間が結婚式を行なっていたのを見かけた。その時、すてきな純白のドレスを身にまとった新婦を見かけた。感動した。自分も着てみたいなと思った。あとで調べたら、そのためには男性と縁を作り、結婚式を挙げなくてはならないことを知った。

「これは試練……。これは試練なんだから!」

 もう一度イヤホンを付けて、添い寝ボイスを聞いた。

「いやあああ!!」

 ダメだった。

「にゃあああ!!」

 乳の親の悲鳴が夜空にこだました。


 そして翌日。乳の親はげっそりとした顔で、妖怪相談室に来た。

「どうだった?」

 花子さんは聞いた。

「ダメでした〜!」

 乳の親は泣いてタブレット端末を返した。

「これはかなり重症ですわね……」

「どうしたの? あ、昨日来られたお客様ですね! 初めまして、妖怪相談室代表のミキです」

「うわーん!!」

 乳の親はわんわん泣いた。妖怪相談室の三人は唖然とした。

「落ち着きましたか?」

 ソファーに腰かけている乳の親。ミキは、お茶を用意してあげた。

「ごめんなさい。私、やっぱり鬼に囲まれたのがトラウマみたいで……」

「誰だってどうしても受け付けられないものってあります」

 ミキは、乳の親のとなりに腰かけた。

「あなたはあるの?」

「私は吸血鬼なので、玉ねぎとにんにくと十字架です!」

 にこやかに答えた。

「そう……」

「男性恐怖症なんですね」

「ええ」

「でも結婚したいんですね」

「え?」

「よーし!」

 ミキはソファーから立ち上がった。

「今度は、私から改善案出してもいいですか?」

 乳の親は、ミキを見つめた。

「ちなみに花子とメリーさんの出した改善案は……」

「ほえ?」

 と、声を上げる花子さんとメリーさん。

「ぶっちゃけて言うと、いまいち……」

「あらー?」

 言われて二人はひっくり返った。


 妖界にいる者は、決してミキ、花子さん、メリーさんたちのように良心的な者ばかりではない。悪いやつらも存在する。鬼たちは、無人島を誰の許可もなく、勝手に鬼ヶ島にして、自分たちの領地にしていた。そこにある洞窟の一角で、盗んできた酒や食べ物を飲み食いして、毎日ダラダラと過ごしていた。

「ところで青鬼!」

「なんだよ赤鬼」

「あれからあの婚活で会ったボインなやつ見ねえのか?」

 青鬼は酒を一口飲んで、

「ああ、見ねえよ」

 と、言った。

「赤鬼は?」

「見ねえよ」

「酒飲もうぜ赤鬼」

「おお、飲むぜ」

 青鬼は、赤鬼のおちょこに酒を汲んだ。

「大変だ大変だ!」

「なんだよ黄鬼!」

 と、赤鬼。黄鬼があわててやってきた。

「お客さんだよ? しかも、女三人だ!」

「なんでこんなところに女三人がやってくるんだ青鬼?」

「知らねえよ。俺に聞くな赤鬼!」

「お、おじゃまします……」

 誰か来た。女三人のお客さん、花子さん、メリーさん、乳の親だった。

「お前はあの時のボイン!」

 赤鬼と青鬼はそろって口に出した。

「酒やろうぜ!」

「ひい〜!」

 青鬼が近寄ってきて、おびえる乳の親。

「お前らガキは帰んな。しっしっ!」

 黄鬼は花子さんとメリーさんを手で払った。

「あたしらもあんたらと同じくらい生きてんのよ! ババアみたいなもんなのよ?」

 鬼たちは、乳の親を囲んで、デレデレしながら酒を交わした。

「スリーサイズはいくつかな? あははは!」

 赤鬼はいやらしく笑った。

「そんなこと聞かなくても、でかけりゃいいだよでかけりゃ!」

 と、紫鬼。

「あわわ……」

 乳の親は泡を吐いて失神状態だった。

「やっぱ重症ねえ……」

「ていうかわたくしたちほんとに一匹たりとも相手にされませんわね」

 唖然とする花子さんとメリーさん。

「さあさあお前ら! したいことはみんな一つだろう? この女のおっぱいを触りたいか!」

 青鬼の一声に、全員の鬼たちが「おー!」と賛同の声を上げた。失神状態から目を覚ました乳の親。

「じゃあまず俺からだ!」

 赤鬼が、乳の親の胸を触ろうと構えた。

「いや……。いやあああ!!」

 乳の親は悲鳴を上げた。

「やめなさい!」

「おやめなさい!」

 花子さんとメリーさんはそろって声を上げた。その時。

「この世に悪がある限り、正義は現れる!」

 謎のマントマンが現れた。

「妖怪赤マント参上!」

 赤マントは、岩からバック宙をして飛び降りてきた。

「この忌まわしき鬼たちめ。覚悟!」

 ジャンプした。鬼たちは、パンチやキック、チョップで一捻りにされてしまった。

「赤マント〜!」

 残ったのは赤鬼と青鬼。

「喰らえ! 赤マント光線!」

「待て! こいつがどうなってもいいのか!」

 青鬼は、乳の親を盾にした。

「くっ。卑怯者め〜!」

 赤マントは、歯を食いしばった。と言っても、顔はヒーローマスクしてるから、外からじゃわからないのだけど。

「これでも喰らえ!」

 翼をはためかせてやってきたのは、ミキ。わらに包んだ納豆をまいた。

「うわあああ!!」

 納豆がかかった赤鬼と青鬼は、苦しみながら、うずくまった。

「大丈夫ですか?」

 乳の親は、赤マントを見つめ呆然とした。

「それでは!」

 彼はジャンプして、消えた。

「乳の親さん。男の人も、悪い人ばかりじゃないんです! ああやって、助けてくれる人もいるんですよ?」

 ほほ笑むミキ。乳の親は、ずっと赤マントがジャンプして消えた見えない洞窟の真上を見つめていた。

「はあ……」

 洞窟の真上にある岩陰に潜んでいる化けギツネ。

「あー怖かったあ。まさか〜、乳の親の男性恐怖症克服のために〜、赤マントに化けて〜、本物の鬼と対決するなんて〜、思わなかった〜」

 のんびりした口調をしているけれど、体中は汗びっしょりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る