6.座敷わらし

第6話

ずーっと大昔、人間界では座敷わらしが流行っていた。なぜなら、座敷わらしが居着くと、お金持ちになれるからだ。

「私の家にも、座敷わらしがほしいわ……」

 とある百性の娘がお祈りをした。座敷わらしとは、だいたい五歳から十二歳くらいの女の子の姿をした妖怪。居着いた家には、富を運ぶと言われている反面、いたずらをするとも言われている。財布の中のお金を取られたり、食器を割ったり、食事中におならをかましたりするらしい。しかし、大昔は誰もが裕福な暮らしに憧れる時代だ。多少の悪たれた行為など、造作もないのだろう。

 しかし、座敷わらしはこのうわさ立てに困っていた。なぜなら、本当は富など運ばないからである。


「勝手なうわさを流しやがって〜! でもまあ、そのおかげでこれまでやって来れたんですけどね。この通り、今じゃ年収一億も夢じゃない!」

「あっそ。それでわらしさん、あんたはあたしたち妖怪相談室に、その小切手をひけらかしに来たの?」

 花子さんがしらーっと見つめてきた。

「そうじゃないけど、そうだと言われたら、そういう気にもなる……」

「ひざまずけ!」

 花子さんは怒って立ち上がった。

「まあまあまあ」

 ミキが抑えた。

「それで、座敷わらしさん。あなたはなにしにこちらへ?」

 メリーさんが聞いた。

「おほん。まあ、あたしは十二歳。人間で言えば、そろそろ大人になる準備をする頃合いよねえ」

「まあ、そうですね」

 と、ミキ。

「んでさあ。あたしこれまで人の家に上がって、金持ちにしないくせにいたずらばっかしてお金稼いで来たわけじゃん?」

「やっぱひけらかしに来たでしょ!」

 花子さんが掴みかかろうとするのを、ミキは抑えた。

「ほんとに富を与えてやろうかなって思って……」

「え?」

 妖怪相談室の三人は目を丸くした。

「や、だから。ほんとに富を与えるって、言ってるの」

「いや、待って!」

 と、ミキ。

「で、でもそれはいくらなんでも妖界の労働基準法に違反してるんじゃないかな?」

「なんで?」

「あんたバカ? なんの理由もないのにお金をあげるのは、犯罪者がやることといっしょなのよ! 妖怪相談室はね、そんな手荒な真似をする野暮なところじゃないわ!」

「申し訳ありませんが、ここじゃそういうことはお引き受けできません」

 座敷わらしは席を立った。

「わかったわ。なんかよくわかんないけど、協力しないってことね」

「あんたねえ!」

 怒る花子さん。

「わらしちゃんが言ったことはできないけど……」

 と、ミキ。

「別の方法なら考えるわ。妖怪相談室は、あなたの悩みが解決するまで、とことん付き合うわ!」

 座敷わらしはミキを見つめて、言った。

「じゃあなに? 他にいい方法があるっての?」

「これから考えます!」


 座敷わらしが妖怪相談室から帰ったあと、三人はテーブルでお茶を囲み、いい方法を考えた。

「ったく。なんなのあのムカつく態度は」

 と、花子さん。

「まあ、お金持ちになられると、気が高くなるのも無理ありませんわ」

 と言って、メリーさんは紅茶をすすった。

「あんたはいいわね! お金持ちだからそう言えるのよ! こっちは貧乏だから、あんな態度されてカンカンなのよ? ねえ、ミキ!」

 ミキは、あごに手を付けて考えていた。

「ミキ……。あんた本気?」

 ミキは本気で考えている様子だった。

 そして十分後。

「それでは、みんなで考えた方法をレクチャーしたいと思いまーす。まずは花子から」

「はあ?」

「なにか考えたでしょ? ほら、言って」

「めんどくさいなあ」

「背中なんかポリポリかいてないで、早く!」

「わかったわよ。ったく、クソまじめな吸血鬼さん!」

 花子さんは前に立って発表した。

「座敷わらしはほんとムカつく妖怪だから、あのまま人間にお金をあげて、妖怪警察に逮捕されればいいと思いまーす」

「ちょっと! まじめにやってよ〜」

 怒るミキ。

「けっ!」

「花子、まじめに考えてなかったなあ?」

「あんなムカつくやつに、まじめになることないわよ。むしろ適当に振る舞えばいいのよ」

「もう! お客さんなんだから、例えいやな人でも親身になってあげなくちゃ。じゃあ次、メリーさん」

 メリーさんは花子さんと変わり、前に立った。

「わたくしは、座敷わらしさんは元々お金持ちのところに行けば、いいと思いますわ。例えば、今時なら高級住宅地で出没するいたずらする妖怪てな感じでよろしくて?」

「ほほう」

 ミキは感心した。

「でもあいつのことよ。その高級住宅で出る一日三食の料理がおいしくて、さらにおいしくしてやろうと、富を育もうとするに違いないわ」

「そうかしら?」

「そうよ! 座敷わらしは、元々いたずら好きな妖怪。つまみ食いとか、お菓子を勝手に持ち出していたはずよ? だったら、これまで食べてきた貧乏な家のご飯やお菓子よりも、うーんとお高い家のご飯やお菓子のほうがいいに決まってるもの」

 確かにそれも一理あるかもしれないと、ミキとメリーさんは思った。

「ミキさん。あなたはどうしたらいいと思いますの?」

 メリーさんが聞く。

「え、私?」

「まさかあんた。自分だけ考えてないなんてことないでしょうね?」

 しらーっと見つめてくる花子さん。

「そ、そんなことないわよ!」

 あわてて手を横に振るミキ。

「あるよ!」

 自信ありげにうなずいた。

「とにかくなんでもやってみる!」


 そして翌日。

「で、なーんでこのあたしがケーキ屋なんか務めないといけないのよ?」

 しらーっとした目をした座敷わらしは、パティシエールの格好をしていた。

「これからわらしちゃんには、いろいろなことを経験してもらって、自分はいたずら以外になにをしたらいいかを知ってもらいます。いわゆる、見聞を広めるということだね」

 はりきるミキ。

「だからって! 勝手にアルバイト採用しないでよ!」

 怒る座敷わらし。

「百聞は一見にしかずよ?」

「ぐぬぬ〜!」

 座敷わらしが歯を食いしばっていると、

「あら新人さん? よろしくね。私ここの店長の化けダヌキ」

 店長の化けダヌキ婦人があいさつに来た。

「あ、はあ……」

「さあさあ。さっそく厨房でケーキを作るわよ!」

「うわわ!」

 腕を引っ張られた。

「がんばってねえ」

 ミキ、花子さん、メリーさんの妖怪相談室三人組が手を振った。

「あんたら覚えてなさいよー!」

 叫んでから、さっそく仕事開始。

「じゃあまず、そこにある材料混ぜてスポンジを作って。それから生クリームを作って、スポンジができたら生クリームをかけて、フルーツを盛り付けるのよ? フルーツは冷蔵庫にあるから。はい、開始!」

 化けダヌキ婦人がお腹をポンと叩いて、仕事が始まった。

「うーんとえっと……。まずなんだっけなあ……」

 座敷わらしは、言われたことを思い出そうとした。しかし、思い出せない。バラバラに単語が出てくるだけだ。

「まずスポンジ作るだっけ? スポンジ? 食器洗うやつ? なんでケーキ屋なのにスポンジを作るのかしら? 掃除道具も作ってるのかな? あとあと……。生クリーム! を、どうすんだっけ? 確か、かける? どこに? スポンジ? え、でもなんで掃除する道具に生クリームをかけるの? もしかして、生クリームって、石けんや洗剤よりきれいに……」

「ちょっとなにやってるのあなた!」

 化けダヌキ婦人に怒られた。座敷わらしはハッとした。

「仕事はボーッとしてちゃ進まないわよ? さっさと言われたことをしなさい!」

「あ、は、はい……」

(チッ! なによ、貧乏人のくせして指示しやがって……)

 心の中でむちゃくちゃ言った。 

 しかし、言われたことをするのが仕事だから、やらなくてはならない。とりあえず、座敷わらしは今やれることをやることにした。

「ふう……」

 化けダヌキ婦人は、ケーキをカウンターに並べおえた。

「やっぱりできあがったケーキが並んでるのを見ると、達成感があるわね。これが仕事のいいところよね! それにしても、遅いわねあの子。確かいちごとチョコのホールケーキを頼んだはずなのに……」

 厨房を覗いた。

「きゃあああ!!」

 そこには、驚くべき光景があった。

「あ、店長できました!」

 座敷わらしは、手作りの掃除用スポンジに生クリームを付けて、シンクの掃除をしていた。

「つまり、生クリームやチョコレートをスポンジに付けて洗うと、きれいになるってことですね?」

 化けダヌキ婦人はワナワナと震えて。

「なわけないでしょ! あんたはもうクビー!!」

 座敷わらしを追い出した。


 妖怪相談室ミキちゃん。

「というわけで、追い出されました……」

 という知らせを座敷わらしから聞いて、ひっくり返る妖怪相談室の三人組。

「ケーキ屋にいるんだからスポンジって言ったらケーキの生地でしょー!?」

 花子さんが迫力満点なツッコミを披露した。

「と、とにかくもうクビになったんだね?」

「そうよ吸血鬼さん。あーあ! ていうか、あたしの本業はいたずらよ? あと、うわさどおり、マジで富を得てみたいの。もういい? あたしの好き勝手にしてもいい?」

 彼女の態度に腹を立てる花子さんとメリーさん。

「待って! 飲食業は覚えることが多すぎて、わらしちゃんにはむずかしかったんだよ。次は、もっと簡単なお仕事にしよう」

「はあ?」

「ね!」 

 ミキは笑顔を見せた。


 そしてまた翌日。

「今度はあれですか。あたし、スーツ着てるんですか……」

 しらーっとした目をしている座敷わらしは、スーツを着ていた。

「これからわらしちゃんには、事務職でがんばってもらいます」

 はりきるミキ。

「じょうだんじゃない! なんであたしがおっさんとおばさんしかしないような仕事やらなきゃいけないのよっ?」

 怒る座敷わらし。

「百聞は一見にしかずだよ?」

「またそれかい!」

「君が今日から我が社に配属されることになった、座敷わらし君かね?」

 会社の社長、ぬらりひょんが来た。

「さあ、君の席は用意してあるんだ。来たまえ」

「ああ、ちょっと!」

 腕を引っ張られた。

「がんばってねえ」

 手を振る妖怪相談室の三人組。

「あんたら今度会ったら全員殺す!」

 叫んだら、さっそく仕事開始。

「じゃあまずね、この書類の作成よろしく」

 ぬらりひょんに大量の書類を渡された。

「ったく。なんであたしがこんなこと……。ていうか、パソコン使えないんですけど!」

 座敷わらしは、パソコンと呼ばれるものを使ったことがなかった。なので、書類の作成と言われても、なにをどうしたらいいか、わからなかった。

「あわわ〜!」

 あたふたしていると。

「あらあら。新人ちゃん? これはワードで作るんよ」

 となりの席から首を長くして覗いてきたろくろ首が、ワードを開いてくれた。

「まずこの題字の部分を打ち込んで、それから中央にして……」

 ろくろ首の説明はとても丁寧だった。座敷わらしは、初めての書類作成を、パパっとおわらせることができた。

「よかったねえ、おわって」

「あ、いや、その……」

 頭をポリポリとかく座敷わらし。

「あ、お昼やなそろそろ」

 席を立つろくろ首。

「お昼……」

 座敷わらしの入った会社は一時間休憩だった。お金持ちの座敷わらしは、うなぎ屋に立ち寄ろうと思った。

「行きつけのお店があるんだよねえ」

 スキップしながら向かった。

「うわあ! 混んでる!?」

 妖怪たちの長蛇の列。入り口を見ると、うな重値下げという垂れ幕が掲げられていた。

「ふん! あたしみたいな常連がいるんだから値下げしてんじゃないわよ! ここは金持ちだけが来るところよ?」

 と、文句を言いながらも長蛇の列の後ろに並んだ。

「まずいな。このままじゃ、仕事の休憩おわっちゃう……」

(いや待てよ。このまま行かなきゃいいじゃんね! あたしが望んで来たとこじゃないし、第一、妖界ではアリでも、人間界じゃ十二歳が働くなんてのはダメだし……)

 このまま長蛇の列に並んで仕事なんてやめちゃおうと考えた。

「ていうか妖怪相談室の連中も十分未成年よね。吸血鬼の年齢はよくわかんないけど、見た目子どもっぽいし。ま、妖怪だから子どもがお金稼いだって問題ないけど……」

 なんて余裕こいていたら、遠くから接待をしているぬらりひょんが見えた。

「社長にこんなとこ見られたらまずい!」 

 座敷わらしはあたりを見渡し、長蛇の列から離れた。

 ぬらりひょんは、接待をしている社長と、うなぎ屋の長蛇の列に並んだ。

「なになにあいつら! 自分たちは仕事差し置いて、うな重を食べようっての?」

 道端のゴミ箱に隠れた座敷わらし。ぬらりひょんらをにらんだ。

「いいわよ。そんなにうな重が食べたいなら、存分に食べさせてあげるわ!」

 と言って、座敷わらしは指をパチンと鳴らした。

 接待客の社長と世間話で盛り上がるぬらりひょん。

「いたっ!」

 ぬらりひょんの頭に、うな重が降ってきた。

「な、なぜうな重が!?」

 空を見上げると、うな重がどんどん降ってきた。ぬらりひょんと接待客の社長だけに降ってきた。長蛇の列に並ぶお客さんはびっくり仰天。ぬらりひょんと社長はやがて、うな重に埋もれてしまった。

「はーはっはっは! 自分たちだけうな重を楽しもうとしたバツよ? こんな会社やめてやる!」

 座敷わらしはスーツから着物に変わって、その場を走り去っていった。


 妖怪相談室ミキちゃん。

「てことなんで、事務もダメでした!」

 ヘラヘラする座敷わらし。

「あんたってしょーもないドクズね!」

 と、花子さん。

「その言葉、そっくりそのままあんたに返すわ」

「ろくに働けもしないクソガキがって言いたいのよ、ああん?」

「あんたもそう変わらないでしょコラァ……」

 にらみ合う花子さんと座敷わらし。

「二人ともケンカはやめて」

 と、ミキ。

「そうですわ。お二人とも十分子どもなんですからね」

 と、メリーさん。

「おのれもやろがい!!」

 そろって怒鳴る花子さんと座敷わらし。

「もういい! あたし今まで稼いだ分振りまいてくる」

「ダ、ダメだよそれは!」

 座敷わらしを止めようとするミキ。すると、その手を振り払われた。

「じゃあなに? あんたはどうしたいの? あたしがどうしたいかなんて聞きもしないでさ。バッカみたい!」

 戸惑うミキ。

「わらしさん。あなた、ほんとは小切手をお持ちになるほどお金持ちじゃないんでしょ?」

 顔を引きつらせる座敷わらし。

「え、え、え?」

 当惑する花子さん。

「だってお金持ちなら、そんな麻布の着物なんて、お召しになりませんもの」

「え、なにどゆこと?」

 頭の上にハテナマークが出ている花子さん。

「妖怪座敷わらしはしょせん、家に居着いていたずらをして、食べるものがあれば食べて生活するだけ。富を得るなんてうわさは、本当にただの風のうわさですわ」

「え、なに? えー!」

 まだ当惑している花子さん。

「最初に見せた小切手も紙で作ったニセモノ。ですわね?」

 座敷わらしはうつむいたまま、言った。

「なんでそんなことがわかるのよ?」

「そうよ! なんでわかるのよっ?」

 花子さんも聞いた。

「だって、メリーさんは妖怪になる前、わがままなお姫様に捨てられたフランス人形だったから。妖界は妖怪になる前の地位がそのまま反映されるからね」

 ミキが言った。例えば妖界に来る前貧乏だった場合、貧乏な妖怪になる。

「そうよ。あたしは金持ちなんかじゃないわ。人間界でうわさが流行ったから調子に乗ってただけ。だからってなんなの?」

 座敷わらしはフッとほほ笑んでいた。

「ごめんね。なんでわらしちゃんが私たちのところに来たのか、あとで気づいたんだ」

 座敷わらしは、目を丸くさせた。

「わざと労働基準法に違反することを言って、私たちにもっと正しい方法で活躍できるように提案してほしかったんだよね? このご時世にさ!」

ミキは、笑顔で答えた。

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