5.産女

第5話

妖怪相談室ミキちゃんは、移転した。今は、町外れにある小さな丸太小屋になっていた。メリーさんの両親のコネで、建設してくれたのだ。ドアを開ければ、すぐ四人がけのテーブルと台所、ソファーが見えた。その他は、花柄の布や果肉植物を置くなど、好きなように模様替えしてある。

「あとはレコードがあると最高ですわね」

「レコード? それよりテレビよ。テレビがほしいわ」

 と、花子さん。

「テレビなんて、自分のお家で見なさいな」

「あんたね、あたしの家はトイレなのよ? ほとんど誰も使わない、公園の公衆トイレね!」

 花子さんは、公園の公衆トイレに住んでいた。

「あははは!」

 メリーさんは爆笑した。

「おトイレに住まわれているなんて、おかしいですわよ〜!」

「うるさいわね!」

 ミキもクスクス笑っていた。

「ミキ、あんたもあたしを怒らせたいの?」

 ミキの胸ぐらを掴む花子さん。

「わ、笑ってないわよ笑ってない……」

 ミキがなだめると、インターホンが鳴った。

「さっそくお客様ですわ!」

 メリーさんがすぐ向かった。

「いらっしゃいませ! ようこそ、妖怪相談室へ!」

 お客さんは、背中に鳥の羽を付けて、下半身が鳥の足をした裸の女だった。お客さんを見た瞬間、メリーさんはドアを閉めた。

「メリー?」

 首を傾げる花子さんとミキ。

「ちょっと! お客さんを私? なんで閉めるのよ!」

 お客さんがドアをこじ開けてきた。

「わ、悪いけど変な人はおことわりしてますので〜!」

 必死でドアを開けさせないようにするメリーさん。

「私はちゃんとここに相談をしに来てるのよ? ひどいじゃないのよ!」

「そんな格好してなんでこんなとこ来ますのよ!」

「そういう妖怪だからよ!」

「とにかくお断りですわ〜!」

 両者とも一歩も引く気配がしない。

「ねえ、ミキどうする?」

「とりあえず、メリーさんを止めるか」

 ミキは、後ろからメリーさんを引っ張って、ドアから突き放した。

「すみませんお客様! どういったご用件でしょうか?」

「はあはあ……」

 息を切らしている裸の女。

「きゃっ! ほ、ほんとに裸……」

「ここにいる連中は私のことを知らないみたいね?」

 女は自己紹介した。

「私は産女うぶめ。確かに裸だけど、人間みたいに下半身まですっぽんぽんじゃないでしょ?」

「あ、産女って! 四六時中赤ちゃんを抱いてて、それを人間に抱かせては重い重い石に変えちゃうっていう妖怪ね」

 ミキは思い出した。

「そういえば……」

 と、花子さん。

「いらしたような……」

 と、メリーさん。

「思い出した?」

 産女は聞いた。

「とりあえずかけて」

 ミキはテーブルに案内した。

 ミキ、花子さん、メリーさんはどうも落ち着かない様子だった。

「で、どうするの?」

 と、産女。

「あ、えっと! き、今日はどうされました?」

 ミキはあわてて聞いた。

「そうね……」

 あごに手を添える産女。どうも落ち着かない様子で彼女を見つめる三人。

「なに? さっきから視線を感じるんだけど?」

 産女はにらんだ。あわてて三人は目をそらした。

「実はさ……」

 また産女をじっと見つめる三人。

「あの……。やっぱ私のこと見てるよね?」

 あわてて首を横に振る三人。

「ところで、いつも抱いてる赤ちゃんはどうしたんですか? ほんとは赤ちゃんじゃないのだけれど」

「やめたわ。彼氏いない歴年齢を見せつけてるようでみっともないし」

 三人は唖然とした。

「ところで私はどうしてここに来たかというとね……」

 やっぱり産女を必要以上に見つめる三人。ムッと来て、

「そういうことだわ!!」

 キレた。

「うわーん!!」

 泣いた。

「う、産女さん!?」

「なんで急に怒って急に泣くのよ?」

「情緒不安定かしら?」

「私、元々裸で羽だけ付けてる妖怪だから、勘違いされやすくて……。こないだお母さんにそろそろお見合いでもしたらって手紙が来たから、言うとおりに婚活に行ったら……」

 

 婚活会場。それぞれ班になって、食事を楽しむ形式だ。産女のグループは男四人と女四人だった。

「産女です、よろしく!」

 はりきってあいさつをした。しかし、他の妖怪たちは、なぜか引いた顔をした。

(なんかここ来てからすごく視線を感じるのよねえ。もしかして、私モテてる!?)

 喜んだ。一人裸で来て、自分だけ有利になろうと思われてるとも知らずに。

「へい姉ちゃんいい体してるねえ!」

 鬼たちが来た。産女は少し怖かった。

「俺たちといいことしようぜ?」

「おうよ! また桃太郎にやられてムカムカしてんだよ」

「え、遠慮します……」

「いいじゃねえかよ!」

 強引に連れて行かれそうになった。しかし、自分の腕を掴んできた赤鬼のスネを蹴り、見事会場から逃げることに成功した。あれから、婚活はしていない。


「それから、服を着て生活しようと、ファッションセンターに出向いてみたりしたけど、私羽が付いてるから元々服を着れないのもあって、あと、裸に慣れちゃって、シャツ一枚着るだけで暑くて……」

「ほえ〜」

 呆然とする花子さん。

「で、でもまわりの視線とかはお気に召すのね?」

 メリーさんが聞くと、産女はうなずいた。

「私、少し大人な女性になろうと思って」

「大人な女性?」

「そう。つまりさ、人間界もそうだけど、女の人はみんなきれいな服着て、化粧して男の人とデートするでしょ? 私も、そういうのとしてみたいなって思って! だから、もう裸の生活とはおさらばするんだ」

 ミキ、花子さん、メリーさんの三人は呆然とした。こんなピュアな悩みを持ちかけて来られたのは初めてだった。

「わ、わかりました……」

「え、ミキ?」

「その悩み、私たち妖怪相談室が解決しましょう!」

「ほんと!?」

 産女は微笑んだ。

「マジかあ……」

 花子さんとメリーさんはがっくりした。

「そうよ! 女の子は誰だってらしさに憧れるわ! 男の子とデートだって!」

「デート……」

 硬直する花子さん、メリーさん。

「ありがとう!」

 産女は、ミキの手を両手で包んだ。

(それにしても、おっきな胸……)

 ミキは少し憧れた。


 妖界にも、ファッションセンターはある。水属性の服を着ない妖怪もいるが、ファッションが流行っていることから、建設された。カッパもタキシードを着るし、二口女だって、金髪のアフロをかき分けて、後ろ頭にある口から食べ物をほお張る。

「さあ、産女さん。どれでも好きな服を選んでください! まずは、服を着るところからですよ」

 ミキは言った。

「うーん……。服を着たことないから、どれを着ればいいのかピンと来ないなあ」

 服を着たことがないことで悩むなんて。三人はなかなか見られない光景だと感じた。

「じ、じゃあ私たちで決めるなんてどう? 花子、メリーさん」

「そうね! 産女に似合いそうな服を決めてやるのよ」

 手のひらに拳を置いて納得する花子さん。

「ナイスアイデアですわ! わたくしたちが選んだものから、産女さんがチョイスしたものを着てもらいますのよ」

 メリーさんも納得。

「それでいいですか?」

 ミキは産女に聞いた。

「いいけど」

 と、産女。

「じゃあ試着室に入っててください。私たちが選んでる間に、変な妖怪に絡まれたら大変ですので!」

 ミキは、産女を試着室に押し込んだ。

「さあ、服を探しに行くぞ!」

「おー!」

 三人は服を探しに出かけた。

 数十分後。産女はずっと試着室の中にいて退屈していた。座り込んで、三人が来るのを待っていた。

「ふわあ〜あ……」

 あくびが出た。

「お待たせしました!」

 ようやくやってきた。

「遅いじゃないの」

「あんたのために、激選してきたのよ」

 と、花子さん。

「さっ、まずあたしのを着てみて」

 服を渡した。

「ちゃんと着れるかしら?」

「幼稚園児じゃないんだから。ほら、早く着た!」

 花子さんは、産女を試着室に押し込んだ。

 三人は、着替えがおわるのを待った。

「退屈だね」

 と、ミキ。

「なんかすれば?」

「なにってなによ?」

「お二人とも、お歌を歌えばよろしくて?」

「そうか! じゃあ、私歌いまーす!」

 ミキは咳払いをして歌った。

「上手にお着替えできるかなー♪パンツは上手に履けるかなー♪ボタンはきちんと止めるかなー♪」

 試着室からげんこつを喰らわされた。

「幼稚園児じゃないんだよわたしゃ!」

「す、すみません……」

「それより着たの?」

「え、ええ着たわよ。でもこのおかっぱ! なんでこんなもん選んできたのよ! なにが激選よ!」

「なんで怒ってんの?」

「当たり前……でしょ?」

 少し言葉を詰まらせて、産女は試着室のカーテンを開いた。ミキとメリーさんは、驚がくした。同時に目を見開く産女。

「おかえりなさいませ、ご主人様!」

 花子さんが産女のために選んだ服は、メイド服だった。

「わたくし、メイド服の産女でございます。以後、お見知りおきを……」

 スカートを持って丁寧にあいさつした。

「いや、そんな服着たからってキャラまで変えなくても……」

「ちょっと、花子。なんでメイド服なんて選んだのよ?」

 ミキは呆れていた。

「だって〜。おもしろいじゃん?」

 ミキとメリーさんはさらに呆れた。

「お嬢様方。わたくしはメイド服の産女でございますが、このような格好は、少々性に合わない気も致します……」

「だからなんでそんなキャラに!」

「もういいですわ。わたくしの選んだ服に着替えなさいな」

 メリーさんは、産女に服を渡した。

「これを、召すのですか?」

「ええ」

「お嬢様のお望みなら、なんなりと……」

 試着室のカーテンを閉めた。

「ったく。なんなのよほんとに……」

 呆れている花子さん。顔を合わせて首を傾げているミキとメリーさん。

「あれ? ねえ、私もう着替えてたの!?」

 試着室から驚きの顔を見せる産女。

「は?」

「おかしいわね……。私、まだ服着てない気がするんだけど?」

「さっきメイド服を着てたじゃありませんの!」

「それでメイドになりきってたじゃない!」

 メリーさんと花子さんは訴えた。

「はあ?」

 産女は首を傾げると、カーテンを閉めて、着替えを始めた。

「はあ!? なによ……こ……れ……」

 試着室から驚いた声がして、すぐ途切れ途切れになった。

「ん?」

 途切れ途切れになったのに顔をしかめるミキ。

 試着室のカーテンが開いた。

「まろは貴族でおじゃる!」

 貴族のような着物を着ていた。

「貴族かーい!」

 唖然とするミキと花子さん。

「あなたは誇り高き妖怪になるの。だから、着物を着こなせなくてはいけませんわ!」

「だからって着物はないだろ着物は!」

 花子さんはメリーさんにライダーキックをお見舞いした。

「そこの者!」

「あ、は、はい?」

 呼ばれて動揺する花子さん。

「なにも悪うない人に、そのような蹴りをお見舞いするなんて無礼なことじゃ」

「ぐすん……」

 メリーさんは涙を拭いた。

「まろは貴族。平安の世を生きたやさしい姫じゃ!」

「おーほっほっほ! 花子さん、あなたのしたことに対して味方してくれる方は一人もおりませんわよー?」

「ぐぬぬー! なんか知らんが腹が立つ〜!」

 腹を立たせる花子さん。

「あわわ〜! お、落ち着いて!」

 ミキは必死でこの茶番を止めにかかった。

「ていうか産女さん! なんか服を着た瞬間キャラが変わってません?」

 産女は答えた。

「まろも思う。でも、どうにもならんのじゃ」

「えー?」

 ミキは当惑した。よくおしゃれは個性とか聞くけど、まさかキャラが変わるなんてことは聞いたことあるまい。

「だとしたらさ、メリー」

 花子さんはメリーさんに耳を貸すよう促した。メリーさんは耳を貸した。

「ああ! そうですわね……」

 花子さんとメリーさんは薄気味悪く笑った。

「なに二人とも? 怖いんだけど……」

 当惑するミキ。

「さあ、これ着てみなさい!」

 花子さんは、ドジョウすくいの格好を持ってきた。

「らっせーらーらっせーらー♪」

 ドジョウすくいをする産女。

「あははは!」

 笑う花子さんとメリーさん。

「ならこれはどうかしら!」

 メリーさんは、軍隊の格好を持ってきた。

「ぜんたーい進め! いちに! いちに!」

 試着室の中で、行進を始めた。

「あははは!」

 笑う花子さんとメリーさん。

「これはこれは?」

 ローブの制服。

「ワターシは、頭のいい人でアール!」

「これなんてどうかしら?」

 クマの着ぐるみ。

「クマだクマ! クマクマ!」

「あははは! いひひひ! うふふふ! えへへへ!おほほほ!」

 大爆笑する花子さんとメリーさん。

「バカだろこいつら……」

 ミキは、額に手を押さえた。

「かっかっか!」

 大爆笑している二人の後ろに……。

「お前ら〜!!」

 ミキはビクッとして、ワナワナと震えた。

「ん?」

 花子さんとメリーさんは振り返った。そこには、怒りのオーラを放つ産女がいた。

「妖界から地獄に叩き落してやる〜!!」

「ぎゃあああ!!」


 それから数日経ち。

 三人は店番をしていると、けたたましくインターホンが鳴り響いた。そして、出迎える間もなく、相手が飛び込んできた。産女だ。

「うわーん!!」

 ミキに飛びついてきた。

「どどど、どうしたんですか!?」

「好きな人ができて〜! 告白したいけどできないのよ〜!」

「なによあんた! こないださんざんあたしたちのこと痛めつけといてもうへばってきたの?」

 と、花子さん。

「あの時はごめんなさい……。でも、悩みを打ち明ける場所っていったら、ここしか思いつかなくて……」

「こないだ払ってくれなかった分もツケに致しますわよ?」

「二人とも! 今はお金のことはどうでもいいから、泣いている産女さんを助けようよ!産女さん、話聞かせてもらえますか?」

 産女は、ミキの顔を見た。

「あなたはどうしてそこまでしてくれるの?私は、彼氏がいないうっぷんを晴らすために、わざと持てば持つほど重たくなる石を赤ちゃんに変化へんげさせて抱かせたし、それも彼氏いないのを教えるみたいでやめた、野暮な女に、なぜそこまでやさしくするの?」

「あんたつくづく最低な女だわ……」

 呆れる花子さん。

「こういうの、めんどくさい人っていうのかしら?」

 と、メリーさん。

「だって、困ってる妖怪を助けるのが、私のやりたいことだから!」

 産女は目を見開いた。

「なにがどうあれ、産女さんを助けます!」


 もう一度、ファッションセンターに来た。

「もう一度婚活に来て、その時好みのタイプの人がいたの。でもまた私裸で来ちゃって、悪い鬼たちに絡まれて……。でもその人は、私を助けてくれたんだ。だから、今度こそ話してみたいから、すてきな服を着てみたいって……」

「了解しました!」

 ミキ、花子さん、メリーさんは服を探した。なるべくキャラが変わらないような、地味だけどおしゃれな服はないか、目を商品に釘付けにして探した。

 産女は、試着室の中で退屈しながら待っていた。

「お待たせ」

 花子さんが試着室のカーテンを開けた。

「どうだった?」

「これしかなかったよ。地味なのっていったら」

 花子さんは服を渡した。

「ってこれあんたが着てるのといっしょじゃないのよ! いやよ、こんな小学生みたいなファッション! 会った人みんなにバカにされるじゃないの!」

「文句ばっか言うんじゃないわよ! あたしこれでも何歳なったかわかんないくらい生きてんのよ!」

 二人が怒鳴り合ってる頃、

「選んできましたわよ〜」

 メリーさんが戻ってきた。

「どうぞ」

 メリーさんは服を渡した。

「これは絶対キャラ変わるって……」

 メリーさんが渡した服は、ロックミュージシャンが着るような、キラキラした革ジャンだった。

「ダメかしら?」

「やっぱり私には、自分を変えるなんてことは無理なんだわ!」

 顔を両手で覆った。花子さんとメリーさんは、困った顔で見合った。

「そんなことないですよ」

 と、声をかけるのは。

「ミキ!」

「産女さんは、産女さんのままでいいんです」

「で、でも裸よ私?」

「妖怪だからいいんです! 私だって、吸血鬼だから血しか口にしないし、花子だってメリーさんだってそれぞれ特性があるんです。きっと婚活であったすてきな人も、あなたのその素のままを気に入ってるんじゃないですか?」

 産女は少しうつむいて、ミキをしらーっと見つめた。

「で、あなたなんでチアガールの格好なんて持ってるの?」

「あ、いやこれはその! べ、別に二人みたいにキャラが変わったとこ見ようなんて思ってませんよ?」

 あわててチアガールの服を隠した。

「じー」

 横からじっと見つめてくる花子さんとメリーさん。ミキは当惑したがすぐ、

「てへっ!」

 あざとい顔をした。

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