4.メリーさん
第4話
妖怪相談室は、今日も繁盛していた。
「わかりました!」
お風呂の垢を舐め取る垢舐めは悩みが解決すると、さっさと行ってしまった。
「はあ~あ! 毎日同じような話ばかり聞かされて退屈。なんか刺激的なことないかなあ」
花子さんが姿勢を崩した。
「みんな立場を失いかけてるのよ」
「だからって! おんなじような話聞かされてる身にもなってよねえ? はあもういやだいやだ! 有休でも取って、遊びに行きたいわあ」
「ごめんね。今二人しかいないから、休みにできないのよ。九時から四時まで働けるだけでも堪忍して」
「だからなによ? 仕事がつまらなくちゃ意味がないのよ? 仕事はね、お金を稼ぐためにやるものだけど、やりがいもクソもなくなったら、それはタダ働きになるのよ!」
「は、はあ……」
「あたしに有休ちょうだいよ! 年中無休で六時間同じ話を延々と聞かされるのもうんざりなのよーっ!」
ミキの肩を揺らす花子さん。ミキは当惑した。
「わたくしがなんとかしてあげましょうか?」
「ああん!?」
花子さんは声の主をにらんだ。
「わたくしはメリー。おどかしの名人ですわ。そして、妖界一のお金持ちですの」
ドレスを着た女の子が立っていた。
まず話をすることにした。
「メリーさんは、お金持ちなの?」
「見てわからないの? ドレスを着ていたらみんなお金持ちですわよ」
「なんでうちなんかで働きたいのよ?」
花子さんが聞いた。
「おもしろそうだからに決まってますわ。今はどこの妖怪も経済的に厳しくなってますから、ここだけ繁盛しているのがめずらしいんですのよ」
「ふーん」
「そうなんだ。と言っても、うちお客さんはたくさん来るんだけど、金銭的には厳しくて……。来てくれる妖怪たちは、お金がない人が多いから、無一文で来て後払いしてもらうか、分割払いしてもらってるの」
「だから、このわたくしが直々に変えて差し上げると申し上げていますのよ」
「はあ? あんたがどう変えるってのよ?」
花子さんはしら〜っと見つめた。それに動じず、メリーさんはフッと微笑んだ。
妖界に、パソコン、タブレット、スマホが流行りだした。これまで、妖怪にはそのような機械は必要ないとされていたが、販売した途端、流行りだした。
「ん、これは……」
通りすがりのカッパがスマホで見たのは、妖怪相談室ミキちゃんのホームページだった。
メリーさんは、タブレットを使用し、ホームページの閲覧数を調べていた。
「すごいわ! 今週百万件も閲覧されてますわよ?」
「ほんと?」
感心するミキ。
「ふん!」
そっぽを向く花子さん。
「ほらね? インターネットを使うと便利でしょ」
「その、インターネットってどういうものだっけ?」
ミキは質問した。
「ですから、この媒体を用いて、世の中の情報を発信したり見たりすることができるものですわ。あなたたちのことも、インターネットでホームページを掲載することで、閲覧数を増やし、効率よく知らしめることができますの」
「は、はあ……」
「そして、これからの妖怪たちの活躍も、このインターネットが主流になることも、可能ですわね」
「どういうことよ?」
と、花子さん。
「わたくしをご存で? わたくしはこれまで、電話をして相手方のところへやってきていましたの。でも、これからはこのネットで通話だけでなく、メールやチャットを利用して、活動をしていきますの!」
「あんた、それも目的だったのね……」
花子さんは唖然とした。
「今の時代、お金が物を言わせますわ! おほほほ!」
メリーさんの言う通り、インターネット系列で、これまでより妖怪相談室のことは多くの妖怪に知られていった。次第に天国にいる幽霊、人間界にとどまる幽霊、地獄にいる幽霊たちまでに知れ渡った。さらに効率よく稼ぐために、広告を掲載して、アクセスする場所を増やした。安定した収入を得られると評判で、いろいろな妖怪、幽霊が社員として応募してきた。メリーさんは全員雇った。やがて佇まいが高層ビルに変わった。こうして、妖怪相談室だけじゃない、各部署がそろったこのビルは、妖界一の大企業へと生まれ変わったのである。
事務室の自動ドアが開いた。
「おはようございます」
スーツ姿のミキが登場。
「おはようございます、専務!」
妖怪の社員たちがそろってあいさつした。
「えーっと。もうすぐ社長が見えるので、元気なあいさつよろしくね?」
ミキの言うとおり、社長のメリーさんが来た。
「おはようございます、社長! おはようございます、秘書!」
秘書とは、花子さんのことである。
「なーんであたしがあんたの秘書なんかに……」
「えーみなさま? 今日もはりきって活動しましょう。おサボりは即解雇ですわよ?」
「はい!」
「はい、業務開始!」
メリーさんが手をパンと叩くと、妖怪社員はそれぞれタブレットを開いた。タブレットでなにをするのかというと、まず自分のアバターを作り、それを人間界に転送して活動する。3Dモデルのため、万一でもケガの心配もなく、安心して人をおどかすことができる。ちなみに、動きや声も自分たちでプログラミングする。
「自分たちのアバターで一番多く人をおどかせば、お金がいっぱい稼げますわ。さらに、わたくし直々に提供していただいたスポンサーの賃金も得られて、これまでの困窮した生活とはおさらば!」
メリーさんは胸高らかに発言した。
「で、私たちの仕事は?」
と、ミキ。
「あなたたちは月に一度支払う給与の管理、その他書類の管理に雑用をやりなさいな!」
「あたしたち雑用係〜? 冗談じゃないわよ! あたしたちもプログラミングさせなさいよ!」
メリーさんは高らかに笑いながら、事務室を出ていった。
「こんの深窓の令嬢があ!!」
花子さんはカンカンだった。
昼休みになった。
「あら、花子」
食堂でやみ子さんに会った。
「やみ子! あんたもここで働いてんの?」
「当然よ。今ここで働いてない妖怪って言ったら、機械をきらう今時遅れてるやつくらいよ」
「あっそ」
「ところで花子。私さ、ついに妖界のアイドルになったの! 見て、ホームページまで起ち上げちゃってさあ。さらにさらにすごいのは、ファンサイト! 私のファンはなんと一万人超え!」
スマホを堂々と見せてきた。
「ふ、ふーん」
「花子の時代は、昭和の大昔にとっくにおわってたってことよね。これからは、私の時代なのよー!」
やみ子さんの頭の中は、常にお花畑だった。
「あ、なにかおごろうか? なんでもいいわよ?」
「いいわよ。あたしもあんたと同じ会社にいるもの……」
「あっそ。じゃあねえ」
スキップしながら去っていった。
「やみ子……。いつか殺す!」
拳をまなまなと震わせた。
お昼にラーメンをすすっているミキのところに、雪女が来た。
「雪女さん! 久しぶり!」
「久しぶりね」
男の人と来た。
「え? 誰ですかその男の人」
「この人? 雪男よ。せっかくここに就職したんだし、思いきって婚活パーティーに参加してみたんだけど、すっかり息が合っちゃって」
「初めまして、雪男です」
「あ、はいどうも」
「さ、雪男さん。食事にしましょ?」
ミキの隣に座った。
「はい、あーん」
チャーハンをあーんしてきた雪女。
「おいおい。恥ずかしいじゃないか」
「いいじゃない。私たち、こ・い・び・となんだから♡」
二人は笑い合った。ミキは二人から離れるため、そっと席を外した。
「妖界は人間界と違ってビルが少ないですわ。これからビルを建築する部署を設立しますわよ!」
メリーさんはこう宣言していた。
帰り道。ミキと花子さんはばったり会った。
「どう、花子。秘書の業務は」
「あんたこそ、専務なんて重要な業務任されてメンタルやられてない?」
「なんかさ……。いろいろ変わっちゃったね」
ミキは言った。
「前まで道端にテーブルとイス用意して、そこにカーテン張って、看板掲げてただけなのに、今じゃいろいろな部署がそろう高層ビルの中にあって、オンラインで悩み解決なんてして。ていうか、メリーさんが社長になってから、誰も悩みを話に来ないのよ」
「ミキ……」
花子さんはミキに顔を向けた。
「正直、私なんのために今過ごしてるのかわからなくなってきちゃった。これまでは、生活が困窮してる妖怪たちに、少しでも救いになってくれたらって気持ちだったけど、今は毎日過ごすだけでも必死で、もうなにがなんだかわからなくなることがあるの……」
「ミキ!」
ミキは、花子さんに顔を向けた。
「妖怪相談室に来たほうがいいのは、あんたじゃないの?」
「!」
「今、妖界は前よりも便利になった。それはもう、人間界みたいに。でもね、前よりもつまらなくなったのよ!」
「花子……」
「妖怪相談室に来て、どうしたいか聞いてきたら?」
ほほ笑んだ。そんな花子さんを見て、ミキほほ笑んだ。
メリーさんは、言ってたとおり、メールやチャットを利用して、人間たちをおどかしていた。突然登場し、メールした人の家にだんだん近づいていき、最後にアバターを後ろに置いて、驚かすというやり方だった。
「最高ね。人を驚かすというのは」
タブレットの画面越しで、驚き、気絶した人間を見て微笑んだ。
メリーさんのいるオフィスを覗いていたミキ。様子を見たあとサッとその場をあとにした。
まずミキがやってきたのは、ビルの管理室。照明や自動ドアの開閉スイッチなど、ビル内のシステムはここから作動している。
まず、照明スイッチを探した。明かりを消す作戦だ。いろいろなものが壁にごちゃごちゃとあってわからない。
「こ、これかな?」
よくドラマとかで観る、赤色のスイッチを発見。ここを上か下に押すと、ビル内の全照明が消えるかもしれない。試しに、やってみることにした。
「待ちなさい!」
ミキは死ぬほど驚いた。
「あんたね、友達忘れてんじゃないわよ」
そこには、花子さんがいた。
「あなたへの恩返しをしに来ました」
雪女もいた。
「ど、どうして二人がここに!」
「あたしも毎日メリーの雑用係はうんざりなのよ」
「雪男ったら! オカマだったなんて!」
雪女は涙していた。ミキは唖然とした。
「まずこのビル全体の作動スイッチを消すことが極めて重要じゃないかしら?」
「あ、だからこれじゃないかな?」
赤いスイッチを指した。
「いいえミキさん。それは多分、一部のスイッチしか消すことができないわ。よくドラマとかでは、手で掴んで下にさげると作動しなくなるレバーみたいなのがあるじゃない? きっとそれだわ」
「なんでドラマなのよ?」
「いいから探しましょ! メリーさんに見つかったら大変よ?」
三人は、レバーみたいなスイッチを探した。システムをすべて止めるスイッチだ、きっとこの管理室にあるに違いない。そう信じて、暗い中探しつづけた。
探しつづけて約一時間が経った。
「あった!」
ミキはレバーのようなスイッチを見つけた。花子さんと雪女はすぐかけつけた。
「これよ! これを下に引けばビルが動かなくなるわ!」
「作動しなくなったのを、うまくごまかせば……」
「また元の妖界に戻る!」
三人はいっしょに一つのスイッチレバーを手にした。
「せーので引くよ? せーの!」
「なにをしてますの?」
振り向いた。そこには、メリーさんがいた。
「メリーさん?」
呆然とするミキ。
「あなたたち、管理室の全システムスイッチレバーを手にしてなにをしてましたの? ねえ、答えて!」
わなわなと寄ってくるメリーさん。
「そ、掃除よ! 掃除してたのよ!」
と、花子さん。
「そうです! 掃除です!」
と、雪女。
「え、ええ! 掃除……。だって、ここが汚いといやでしょ?」
「そうですわね……」
わかってくれたみたいで、ホッと胸をなで下ろす三人。
「なんて言うとでもお思いで!?」
メリーさんは、光の輪を放った。それに手首を縛られてしまった三人。
「それは金縛りの輪。それに縛られると、どこを縛られようと、体は一ミリも動きませんわ」
「そ、そんな!」
「く、くっそ〜!」
歯を食いしばるミキと花子さん。
「そんなにここにいたいなら、ずーっといれば? 妖怪は死にませんから。おーほっほっほ!」
メリーさんは三人をそのままにして、立ち去ろうとした。
「ふう……」
雪女が冷気を吐いた。メリーさんの足にかかり、凍てついた。
「な、なにこれ!? 動きませんわ!」
「これでおあいこです。解いてほしくば、私たちを解放しなさい!」
歯を食いしばるメリーさん。ほほ笑むミキと花子さん。
「おのれ雪女め〜! つ、冷たい〜!」
メリーさんはとうとう耐えきれず、
「わかりましたわよ! あなたたちを解放しますわ!」
金縛りの輪を解いた。
「ふう……。さあて、こんな高層ビル、おわりにしちゃいましょうか!」
ミキの言葉に、
「了解!」
花子さんと雪女は敬礼した。
スイッチレバーは三人の手で無事動かし、ビルの全システムは停止した。働いていた妖怪たちは働けなくなったので、全員退職届けを社長室に投げ捨てて、出ていってしまった。
「なんてことなのよ〜!! こんなビル、ぶっ壊して差し上げますわ〜!!」
キレたメリーさんは、管理室に隠していた爆発システムを発動。
「おーほっほっほ! これであなた方もろとも吹っ飛びますわあ!」
メリーさんはスウッと消えた。
「そんなこと言われても、私たちも消えることできるけどね」
ミキ、花子さん、雪女もスウッと消えた。爆発システムは五秒で作動し、高層ビルをあっという間に火の海にした。爆発音がとどろく高層ビルを見て、花子さんはつぶやいた。
「いやな花火ねえ……」
早数ヶ月。妖界はビルのない元の平静な街に戻っていた。ミキと花子さんも、相変わらずカーテンを張って、小さな相談室を開いていた。
「はあ〜あ。やっぱりさ、ビルのがよかったかなあ」
と、花子さん。
「なんでよ?」
「だってさ、なんだかんだでこんな小さなところより、広いとこのほうがいいじゃん」
「でも、私はこっちのがらしくて好きだよ。それに、花子といっしょにいれるしね」
花子さんはポカンとして、すぐ顔をそらした。
「お、お金ほしくて仕事してんだからね! あんたなんか勘違いしてない?」
「うふふ!」
「ごめんくださいな」
お客さんの姿を見て、ミキと花子さんはギョッとした。メリーさんだった。
「なにしに来たんだよ!」
花子さんは警戒心丸出しだ。
「あ、あのもうビル建設とかしないからね?」
と、遠慮がちなミキ。
「ごめんなさい!」
突然謝り出したメリーさん。
「わたくしも、他の妖怪方とおなじく、お金ほしさにあのような計画を立ててしまいました。身勝手な計画のために、あなたたちを巻き込んだこと、深くお詫びします……」
「あ、えっと……。い、いいよいいよ! 気にしないで!」
ミキはあわてて手を振る。
「確かに、今はいろいろ苦しい時期だけど、やっぱり妖怪は自然体でいてこそだと思うんだ」
「こんなわたくしが言うのもなんですが、ここで働かせていただけませんか?」
「はいー?」
そろって声を上げるミキ、花子さん。
「わたくし、あなた方の評判はこのままでも大変よろしいと伺いました。なので、わたくしを輝かせるためにも、働かせてくださいまし!」
土下座をした。
「もちろん……」
顔を上げ言った。
「自然体のまま……でね?」
ペロッと舌を出して……ね。
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