8.魔女

第8話

妖怪は神出鬼没だが、魔法使いではない。

「あーあ……。魔法が使えたらなあ」

 花子さんがぼやいた。

「どうしたの突然?」

 と、ミキ。

「魔法が使えたらなって言ってんのよ」

「いやだから、どうしてそんなこと言い出したのかなって」

「だってさ、魔法が使えたら思いのままなのよ? 魔法の杖を一振りすれば、石ころをお菓子に変えたり、葉っぱをお金に変えたり……。もう上げたらキリないくらいしたいこと叶っちゃうわよ」

 座っていたソファーから立ち。

「なのにどうして妖怪は魔法が使えないの!できるのは、生まれつき変な見た目で、ありえないところから現れて、人間をおどかすだけ。メリーなんてさ、電話しといて、ほんとはおどかしたいターゲットの家にあらかじめ来てるもんね」

 メリーさんは紅茶を一口飲んだ。

「あたしはトイレでひっそりと人間をおどかし、ミキ? あんたは腹が減ったら血をいただきに向かう。不思議な呪文を使ってあっと驚くようなことをする妖怪は誰一人として存在しない!」

「バカバカしい」

 メリーさんはティーカップを置いた。

「しょせん、妖怪の住む世界も科学の力で生まれた存在。魔法は小説やマンガに出てくるファンタジーのものですわ。あなたね、精神年齢大人なんだから、そんな子どもみたいなこと言っちゃいけません」

 花子さんはイライラした。

「あんたも見た目ガキのくせに!」

「まあまあまあ!」

 必死でなだめるミキ。

「でも確かに。魔法を使う妖怪って見たことないな……。いるのかな?」

 ミキも思った。同時に、インターホンが鳴った。

「はいただいま! お客さんよ二人とも」

 ミキはすぐ玄関へ向かった。

「いらっしゃいませ~! ませ?」

 ミキはポカンとした。お客さんは、とんがり帽子にほうきを持つ、魔女の姿をしていたからだ。

「すまんなあ、うちのためにお茶用意してくれはって」

 関西弁でしゃべる魔女。

「あ、あのー。どういった用件でしょうか?」

 ミキは少し緊張して聞いた。

「相談に決まっとるやろ? あ、ほんでな。うち紅茶飲めへんねん。緑茶にしてくれんか?」

「あら。お紅茶はお口に合いませんか?」

 と、メリーさん。

「甘いもんが苦手なんや」

「かしこまりました」

 すぐ緑茶を入れに向かった。

「ねねえ! 魔法使えるんでしょ? 魔法使ってみせてよ〜」

 花子さんは遠慮なさげに頼んだ。

「こ、こら花子! お客さんよ?」

「いいじゃないの。ねえ魔法は? 魔法魔法!」

 ウキウキしている花子さんに、魔女は答えた。

「悪いな。うち、魔法は使いたくないねん」

「え?」

「今日はな、魔法をやめてから、なにをして生活したらええかなって、相談に来たんや」

「は、はあ?」

 ミキと花子さんは呆然とした。

 魔女は妖怪相談室に来た理由を話した。

「うち、これまで魔女として、魔法使いとしてやってきてん。ほうきで空を飛んで、石ころをお菓子に変えたり、葉っぱをお金に変えたり、なにもかも思いのままに過ごしとった」

「やっぱり魔法使いってなにもかも思いのままなんですね……」

 唖然とするミキ。

「せやけどな、うちはもうそんな生活がいやになってきてもうて……。魔法を使わない生活がしてみたいんよ」

「どうして? 魔法があれば、なんでも思いのままなんでしょ? 絶対そっちのほうがいいのに……」

 と、花子さん。

「魔法の杖を指一本触れたことのない、あんたらならそう思うやろな。せやけどな、魔法でなんでも叶うのに慣れるとな、退屈になんねん」

「退屈?」

 と、ミキ。

「せや。お金はほんまは、働いて稼ぐものやろ? うち、魔法に頼らないで、いろいろなことしてみたいんや」

「えー? 魔法のほうが絶対いいのに……」

 と、花子さん。

「なるほど。あなたは魔法使いである自分を捨てて、ただの女の子して、なにかやってみたい、そんな感じかしらね?」

 メリーさんの問いに、魔女はうなずいた。

「わかりましたわ。ミキさん、三人で彼女のために、いろいろ提案してみてはいかがかしら?」

「そうだね。よーし! ちょっと時間をもらうけど、これから四人で魔女さんのしたいこと、考えよう!」

「はあー?」

 いまいち乗り気じゃない花子さん。

「おおきにな、相談室のお三方!」

 魔女は微笑んだ。


 用事があると言って、魔女が帰ったあと、三人はテーブルを囲んでしたいことを考えた。

「はーい!」

「はい元気よく手を上げた花子」

「悪いことは言わねえ。魔法が使えるなら、思う存分魔法に甘えるのがいいよと説得する!」

「はいメリーさん」

「お願い無視しないで!」

「お仕事でもさせてはいかがかしら?」

「仕事って、どんな仕事よ? 魔女はあたしたちみたいに、人をおどかす妖怪じゃないのよ?」

「まあ、どっちかというと神話に出てくるイメージだよね」

「お二人とも、わたくしたちは魔法が使えなくとも、魔法使いのようなことができるのをご存じでなくて?」

「はあ?」

 首を傾げるミキと花子さん。

「おバカさんねえ。人間に乗り移ることですわ」

 メリーさんはニッとほほ笑んだ。ミキと花子さんは感心した。

「いや待って! それは人間に申しわけが立たないのでは?」

 と、ミキ。

「それは心配ありませんわ。だって、わたくしたちには、人間界のお知り合いがいますでしょ?」

 ミキと花子さんは誰かと考えた。

「ああ!」

 思い出した。偶然出会った霊感のあるOL、ゆきのことだ。

「でもゆきちゃんは事務員よ? 魔女さんは、もっとこう違う職種を希望してたりするんじゃないかな?」

「そうね。事務なんてパソコンとほぼにらめっこする仕事よりも、たこ焼きかお好み焼きをひたすら作る仕事のほうが好きだったりしてね」

 それを聞いて唖然とするミキ。

「でも。ゆきさんに取り憑いたほうが早くないかしら? 他の人間を探すのは手間がかかるし、なにをしたいかなんて申していらっしゃらなかったじゃないの」

「まあ、確かに……」

 ミキと花子さんは同時にうなずいた。

「じゃあ、決まりでよろしいですわね?」

 メリーさんはお嬢様らしく、ほほ笑んだ。


 後日、メリーさんの口から魔女に自らの提案を伝えた。

「うーん……」

 魔女は考えた。

「それとも他の方法を探す? でも、妖界じゃまともな職はなさそうですし、わたくしの提案が効率的かもしれませんわよ?」

「せやな。よし、その人間のところ案内して!」

 彼女たちは人間界へ向かうことになった。


 人間界は、ビルが立ち並び、車が走り、たくさんの人間たちが道を歩いていた。

「前に一度人間界に来たことがあるけど、やっぱり妖界よりにぎやかやなあ」

「ほんとよねえ」

 満員のバスの中で、話すミキと魔女。

「ところで! なーんでわたくしはまたこんな臭いおっさんの膝の上に座らなくてなりませんの!?」

 中年のサラリーマンの膝の上に座るメリーさんが怒った。

「ちょっとぉ。静かにしてないと怒られるよ?」

 イケメンの男子高校生の膝の上に座り、さらに胸にそっと抱き寄っている花子さん。

「じゃかあしい!!」

 花子さんに抱き寄せられている男子高校生は、妙な寒気を感じて、恐怖におびえていた。

「もう二人とも! ほんと呆れちゃう!」

「うちらも大概やけどね……」

 魔女とミキは、荷棚の上に横たわっていた。


 バス停を降りてすぐのビル。そこがゆきの通う会社だ。四人は受付をそのまますり抜けて、ゆきを探しに向かった。

「ほんでそのゆきはんは、どこでどんな仕事をしてはるの?」

「確か、事務室で一般事務の仕事をしてるって聞いたよ?」

 ミキが答えた。

「二階ですわ」

 四人は二階に向かった。

 二階の事務室。

「何度言ったらわかるんだねゆき君!」

「す、すみません……」

 ゆきは、部長に仕事のミスで怒られていた。これで十回目だ。

「いい加減覚えてくれなきゃ困るんだよ! 今度間違えたらクビだからねクビ!」

「それもう何回も聞きました……」

 と言って、部長をチラ見すると。

「なんか言ったかね?」

「なにも言ってないですう! あ、あはは……」

 苦笑いをしながら、間違えた仕事を直しに事務室を出た。

「あはは……。はあ……」

 落ち込んだ。

「なんで私って、こんなに落ちこぼれなんだろう……。思えば、学生時代からこんなだった。テストでは成績はいつも最下位、宿題はいつも忘れる、靴下右と左を間違える、ついでに靴を右と左逆向きに履く……」

 チラッと横を見た。そこに、いつか出会った女の子たちがいた。

「変なものは見える……」

 事務室に入ろうとして、

「変なものってなんだ変なものって!」

 妖怪相談室の三人に引き止められた。


 会社は昼休みになった。ビルの屋上で、ゆきは弁当を突きながら、話を聞くことにした。

「なるほど。で、魔女ちゃんが私に乗り移って、働いてみたいってことね」

「せや。ええかな?」

「ダメ」

「なんでよ? あんた霊感あんでしょ?」

「そうですわ。霊感がない者に取り憑くことは極めて危険な行為ですが、霊感がある者は安全ですの。だから、ほんの少しでいいから……」

「で、でも私大人だよ? 言っちゃ悪いけど、取り憑かれてなんか変なことしでかされたら、会社の信用とかもあるし、心配なんだよね」

 と言って、ゆきはお弁当のご飯を食べた。

「安心しい。うちは他の妖怪とちごうて、人をおどかそうとか、悪いことをしようなんて企まんねん。ただ、魔法を使わんで、なにかこなしてみたいんや」

「え、じゃあなにも私に取り憑かなくても……」

「そやけど、他にあてがないねんな」

 ゆきは考えた。確かに、他の妖怪と違って、魔女は人間に悪いことをするといううわさは聞いたことがない。それに、彼女は本気かもしれないし。

「しょうがないな。いいよ、取り憑いても」

 魔女は笑顔になった。

「じゃあさっそく取り憑きなさいな!」

 メリーさんが魔女の背中を押し、無理やりゆきに取り憑かせた。魔女はゆきに取り憑いた。

「すごい! う、うち人間になっとる……」

 取り憑いた体を見回した。

「どうかしら? 人間の体は。しかも、大人の体ですわよ?」

「ほえー。これが大人の体……。うち一応千年以上生きとるけど、見た目子どものまんまやけんな。背高いのめずらしいねん!」

 いつもより高く見える足元に感心した。

「おっぱいも大きなっとる!」

 胸を上下に揺らした。

「ちょーっと! やめなさいよ!」

 ゆきが怒った。

「なんやゆきはん。取り憑いても、意識があるんかいな」

「なに変なこと言ってんのよ! なに変なとこ触ってんのよ!」

 ゆきに取り憑いた魔女がしゃべり、ゆきがしゃべり。まるで一人二役をしているみたいだ。

「そうか! 魔女さんは妖怪だけど、魔法しか能力がないから、取り憑かれてもゆきちゃんは意識をコントロールできるんだ」

「そうね。普通の妖怪なら妖力が備わってるから、取り憑かれた人間はその力に負けて、意識不明になるのよ」

「それよりも。そろそろお仕事じゃありませんの?」

 メリーさんが言うと、会社のチャイムが鳴った。

「やばい急がなくちゃ!」

「どこへ?」

 と、魔女が言うので、ゆきの体は急ごうとする足を止めた。

「事務室よ!」

 ゆきは事務室まで全速前進した。

「心配だから、わたくしたちも行きますわよ!」

「ラジャー!」

 敬礼するミキと花子さん。


 事務室に戻ると、さっそく午後の勤務が始まった。部長から大量の書類作成を申し込まれた。

「大変そうやなあ……」

 と、魔女(ゆき)。

(ちょっと、魔女ちゃん!)

 ゆきの肉体に潜む彼女の魂が声をかけた。

(なんやどないした?)

 同じくゆきの肉体に潜む魔女の魂が返事をした。

(書類作成のやり方わかるの?)

(知らん。教えたってな)

(わかったから私が言うとおりにしてね?)

 ゆきの魂は、仕事のやり方を教えた。

(まずエクセルを開いて。そしたらね、あとはその大量の書類の通りに打ち込むだけね)

「へえー! 簡単やな!」

 と、魔女(ゆき)。でも、まわりの社員たちには、ゆきがしゃべってるように見えるので、驚いた。

「バカ! しゃべってんじゃないわよ!」

「あ、すまんすまん! うち、つい口走っちゃうタイプやねん」

 ゆきが独り言を言っているみたいに見えるので、若干引いている社員たち。

「えーっと……。これをこうしてこうやって……」

 魔女(ゆき)は書類作成に励んだ。

「へえー。これが仕事かあ。すごいなあ!」

 と、魔女(ゆき)。しかし他の社員たちからは、まんまゆきがしゃべっているように見えている。

 しかし、楽しんでやっていたのも最初のうちだけ。徐々に眠気がしてきて、ついに伏せて眠ってしまった。

「おいこら!」

 部長に叩き起こされた。

「仕事中に寝るなんていい度胸じゃないかね?」

「せやかて、眠いもんこれ」

「なに?」

 コピー機の裏でこっそり覗いていた妖怪相談室の三人は、肝を冷やした。

「なにが楽しいんやこれ?」

「ごちゃごちゃ言わんと仕事にかかれ!」

 部長は事務室を出た。まわりの社員も呆然としていた。

「なんやあいつ。腹立つのう」

「ってなにかましてんのよ!! いい加減私の体から出ていきなさいっ、この魔女め!!」

 ゆきが怒鳴った。まわりの社員は突然大声を上げるので驚いた。

「ゆ、ゆきちゃん」

 女性の先輩が話しかけてきた。

「な、なんか今日ちょっとおかしくなーい?雰囲気がいつもと違う気がするんだけど……」

「そんなことあらへんで? うち今日はな……」

「なんでもないですなんでも! ほんとにほんとになーんでーもー♪」

「あんた、なんサファリパークの歌うたってんねん」

「あんたが余計なことするからでしょ!!」

「ほなこと言われてもなあ……」

「な、なんかまずくない?」

 ひやひやしているミキ。となりでメリーさんは笑いをこらえていた。が、しかし。

「うふふ! あははは!」

 笑った。

「メリー……。あんたなにがおかしいのよ?」

 唖然とする花子さん。

「これよこれ! こういうのを見るために、わたくしは今回のことを提案したのですわあ」

 にんまりとした。ミキと花子さんは唖然とした。

「ゆ、ゆきちゃん。関西弁話したり怒鳴ったりして大丈夫? 屋上でゆっくりしてきな?」

 女性の先輩が心配して、事務室から出してくれた。いや、まわりの空気がよくないため、追い出したと言うべきだろう。


 屋上。ゆきは泣いていた。魔女も体から抜け出していた。

「ごめんな? うち、人間に取り憑くの初めてやねん。ちょっと、調子に乗りすぎてもうたわ……」

 泣き続けるゆき。

「ほんまにごめん……」

 泣いているゆきを見て、落ち込む魔女。

「やっぱ、うちは魔女のままがええんかな?」

 涙目のまま、顔を上げるゆき。

「だったら、こんなことにならんかったろうに……。うちが魔法使わないで、なんでもいいからやってみたいなんて言うたから、あんたを巻き込んでしもたんや」

 ゆきは涙を拭いて言った。

「ねえ、最後にもう一度取り憑いてもらっていい?」

「へ?」

 ゆきはニコリとした。


 部長はろうかを歩いていた。目の前に部下のゆきが歩いてくるのが見えた。彼女はなにも言わず、そのまますれ違った。

「おい君!」

 呼ばれて、ゆきは立ち止まった。

「なんだね! 部長とすれ違っといてあいさつもしないなんてな。ふんっ、これだから若者は教育がなっとらんのだ!」

「ほなら、部長やったらそんな口叩いてもええんか?」

「ああ?」

 ゆきは振り向いて……。

「そんな口叩いてもええんか言うとるんやーっ!!」

 思いっきり男の大事な部分に蹴りを打ち込んだ。部長はそのまま硬直した。

 事務室から見ていた他の社員たちが、集まってゆきのことを胴上げした。

「え、え?」

 当惑するゆき。

「ありがとゆきちゃん! みーんな、あいつのことにくんでたのよ。あいつみんなに口悪いからね!」

 女性の先輩が涙して喜んでいた。ゆきはなにがなんだかな状態だったが、とりあえず称賛されているので、安堵した。


 魔女は、妖怪相談室の三人と幽霊ジェット機で、妖界へ向かっていた。

「ほんとにこれでいいんですの?」

 メリーさんが聞いた。

「うん。魔法を使わなくても、ムカつくやつに勝てたんやから!」

 すっきりした表情をしていた。

 一方離れた座席で。

「ミキ」

「なあに花子?」

「今回メリーがいやにはりきってた理由は、魔女には内緒ね?」

「もちろんよ? あの子はほんとにだまくらかすのが好きねえ……」

「あたしよりたち悪いわ。まあでも、見習いところよね」

 コソコソと、話していた。

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