第9話 模倣犯の証言

 近辺にいる警察に千尋さんを見ているように頼み、俺はとある場所へと向かった。


「……それで、スペクターはどこにいる?」

「はぁ? 俺がそうやすやすと答えるとでも?」


 暮部警部に頼み込み、面会をこじつけられた俺は模倣犯である男子学生に面会室にて質問していた。出し渋っているようで、イライラしてくる。

 スペクターの姿に紛争していた彼も、容疑者の一人であることは間違いない。少なくとも、スペクターの信者の一部は殺人を行ったことがある若者が何人も警察に逮捕され続けている。

 慎重にいかないといけないが、どうもスペクター関連だと激情にのまれそうになる……困ったものだ。解人は自分の手のひらに込める力を強めるばかりだった。


「俺は名無路千尋を見つけられればいいんだよ」

「ずいぶんと、彼女に固執こしつするんだな? 偽物のくせに」

「はぁ? ジャック・ザ・リッパーってご存じ? 探偵さん。ああ、まさか素人だから探偵が知っていて当然の知識を持っていない?」

「……挑発して、大人の気を削ごうとしても無駄だ。お前は俺たちに情報を吐き出し続けなくては、お前の言葉次第では死刑執行されてもおかしくないんだぞ」

「なんだ、願ったり叶ったりじゃん。それは本望だ」

「どういう意味だ」


 少年はしたり顔で、アリスのチェシャ猫よりも不気味な笑みを浮かべている。


「アンタは、奪われた経験は? 壊された経験は? 狂わされた経験は?」

「……何が言いたい?」

「スペクターに、だよ。大切なものを奪われた? 人生を壊された? 復讐で心を狂わされた? なぁなぁ教えてえくれよぉ」

「スペクターは敵だ! 俺から大切なものを奪い、何もしていない無垢なる少女にも手を出そうとしている……許されてなるものか」

「ふーん……じゃあ、一言だけ教えてやる」


 楽し気に彼は片手の人差し指を振った。


「……俺たちスペル教は、運命的な死を経験するためだけにスペクターと協力してる」

「運命的な死?」

「死に様は自分に選ばせろ、って話。だから餓死や孤独死なんてものじゃなく崇高な死を経験したいのさ、俺たちスペル教の奴らはな」


 スペクターに協力していたのがスペル教だというのなら、若い人間の中で少女を狙った理由がまだ理解が追い付かない。

 俺がなんとなく感じていた推測をしながらの推理ならば、こうなる。

 まず、スペル教がスペクターと協力関係にある。これはなんとなく目の前に彼に言わなくても察していたところでもある。だが、スペクターの姿に扮装する理由が、彼のファンだからという理由だけでは納得ができないでいた。

 スペル教に所属する若者たちが協力しているのなら、特定の分野の知識が豊富な人間が身近にいるなら電波ジャックをしやすい、とも受け取れる。となるとすれば、彼はスペル教関連者の人間とも繋がりがあるということだ。


「一言だけ、と言ったはずだぜ? おっさん……12時の鐘は鳴ったって奴さ。ま、じゃあな」

「は? 何を――」


 眼前の光景に目を逸らせない。

 確かに、間違いなく眼前に広がる赤がそれを物語っている。飛び散る血液と肉塊がゆっくりとガラスの窓から落ちていく様すらも生々しく、嗚咽を覚える。

 爆発音すらもなかった。彼を俺に面会させたのはスペクターの仕業か。スペル教に入った彼だからこその罰だと言いたげにスペクターは高笑いが聞こえてくる。

 俺は寒気と苛立ちで胃が痛くなるのを覚え腹を抑える。


「日廻! 何があった!?」

「……スペクター!! お前は、絶対に許さないっ!」


 解人の空しい、確固たる決意で固めた怒号が面会室にて響いた。

 憤怒に震える拳と、沸騰する脳が、暮部警部に違和感を覚えた。


「……千尋さんは、どうしたんです?」

「!! おい、ここで待機させていた者は!?」

「わ、わかりません……!!」


 暮部警部が他の警察官に声を荒げている様を確認しなくても解人の頭の中は、導き出された最悪な結末が脳裏に浮かぶ。

 口元にあてた手が冷や汗をかいているのが分かる。

 いいや、体の全身から汗を覚えている。覚えないはずがない。


「――やられた!!」

「日廻? どういう意味だ!?」

「記者たちだけじゃない、警察内部にもいるんですよ! スペクターを信仰するスペル教の教徒が!!」

「なんだって!?」


 スペクターの指示で、一部の記者が来なかったのはそれが理由か。

 最悪なケースを想定しろ、千尋さんが連れ込まれる可能性がある場所。

 それが一体どこなのか。車に乗って間に合うのか。

 電子音が自分のポケットから聞こえてくる。

 携帯を取り出し、メールが一件来ている……どうやら動画のようだ。


「おい! 日廻!?」

「……これはお前の仕業か? スペクター」

『やぁ、日廻解人……汝が愛しき姫君を捕らえていて楽しかったかい?』


 ノイズ交じりの声に俺は憎悪を胸にしまいながら尋ねる。

 ……まるで俺の言葉に相槌を打つように喋る。実際に会話をしているかのように。


「本物か、スペクター」

『ああ、そうだとも――――汝こそが、スペクター……君らが嫌う亡霊さ』


 画面越しに映る仮面に隠れた口角がやけにニヤついた笑みを彷彿させる。

 俺が憎くてたまらないこいつが目の前にいると思ったら、ドロドロとした激情の憤怒が胸に込み上げてきた。

 コイツが、俺が捕まえるべき怨敵であり宿敵。

 連続殺人鬼、スペクター本人。

 携帯を握る手に無意識に力が入った。

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