第5話 燃え滾る憤怒の熱

 解人は予想していた通り、渋谷警察署に訪れていた。


「……今日は大変になったようだな日廻」

「そう、ですね」


 いいや、事情聴取じじょうちょうしゅという名目で暮部警部がこっちまでやってきた、が正確か。

 千尋さんの方は先に終わり家に警察が付き添いをしながら帰宅させた。彼女の家はマンションの類じゃなく家らしいから、彼女の部下が周囲の警戒を行うらしい。

 という話を聞いたその後は、俺と警察たちとの情報提供じょうほうていきょうということで今の状況じょうきょういたる、という流れだ。

 ……だが、あの追っ手の子供が気になることを言っていたな。

 アイツのことは徹底的に調べ上げた。その上での判断だ……スペクターは快楽殺人犯だ、俺が探偵業を勤しむようになってから熟知している。そうでないというのなら、俺の娘と妻をあんな目に合わせた理由に辻褄つじつまが合わないのだ。


「……だが、お前にとっては好都合こうつごうだろう? スペクターの正体を洗い出せる筋が見えたじゃないか」

「そうですね……これで妻と娘の仇を取れれば、御の字です」

「……お前な」


 解人は皮肉を込めた笑みを暮部警部に投げた。

 これくらいは許されてしかるべきだろう。

 俺は昔、普通のサラリーマンだった。とある日に、同僚に言われパソコンを見た時、初めてスペクターの存在を知った。

 映し出されている映像は自宅のマンション。妻と娘のガムテープから漏れる悲鳴が耳から離れない。離れてくれたことなんぞ、あの日から一度もない。

 上司に早退させてもらって車で走って帰ってくれば、息が止まったのを覚えてる。そこには妻の遺体には腹が割かれ彼女の臓物が周囲に転がる中、娘の遺体がバラバラに切り刻まれて、彼女の腹に収まるようにそこにいた。

 ……あの時、どれほど絶叫したことか。

 だからこそ、俺はあの日にサラリーマンをやめ探偵を選ぶことを決めた。

 彼に、妻と娘を殺した罪に責任を持ってもらうために。


「俺は絶対にゆずりませんよ、アイツを見つけ出して法で裁くまでは」


 力強く見つめた拳に力を籠める。憎悪の念を込めて。

 醜悪しゅうあくたる敵をほふる方法なら、手段は法に反しない限り執行しっこうすると決めたのだ。

 アイツは一人一人を殺すのに手間をかけるタイプだった。

 なのに、なぜあんな突発的とっぱつてきな行動を一度だけとったのか、未だに不明だ。後もう少しで奴の尻尾が掴めそうなのに、一歩が届かない。「葉を隠すなら森の中」というのがある。アイツは色々な種を撒き、森をつくっているのだろう。

 ブラウン神父シリーズの折れた剣に登場した言葉でもある。

 ……あれは将軍が自分の行ったとある行動で部下たちから絞首刑にあったという話だった気がするが、今はそんなことどうだっていい。

 アイツを絶対に重い罪にして裁いてやらなくては気が済まない。


「……あまり思いつめるなよ、日廻」

「関係ないでしょう、貴方には」

「お前なぁ……学生以来の友人に対する態度か?」

「仕事に私情を持ち出すとはいかがなものかと思いますが」


 暮部警部は頭の裏を掻きながら、真剣な目でこちらを射抜く。


「……お前が奥さんと娘さんを殺されたのは知ってる、自殺行為のような物だ……死んだ二人が報われなくなる前に手を引け」

「そんな冗談風に言って二人が戻ってくるなら黒魔術なり試そうとしたことを止めなければ、俺は探偵にならなかったでしょうね」


 ぴしゃり、と言い放つ解人に暮部は言葉を一瞬詰まらせるも説得を試みる。

 解人は言葉の節々に怒りを滲ませながら反論した。


「そっちの方がもっと浮かばれないじゃないか、天国で二人が泣くぞ?」

「死んだ妻と娘を盾にしないでください、俺はそれくらいにアイツを憎んでいるんです。それのどこに問題が? 間違いが? 間違いならアイツが二人を殺した点以外、何があるというんです」

「……本当に、この件から引く気はないのか?」

「あり得ません、俺は俺の寿命が尽きるまでアイツを地獄の底まで追いかけると誓ったんだ」


 解人は力強く拳を握る。

 暮部は解人の様子にそれ以上の言葉は投げないことにした。


「……もうわかったよ、お前の言い分は理解した、理解したからもういい」

「理解してないから何回もこの話をしてくるんでしょう? 本当にいいかげんにしてほしいですよこっちは」


 彼女の言葉なんぞどうだっていい。

 俺は絶対にあの男を法で殺すと決めているのだから。

 皮肉を込めて投げれば手で軽くあげ、制する暮部。


「……本当にわかったから、この話はもうこれ以上触れない。だが、お前の大切な二人のように被害者が一人、確実に殺されないようにする話をしよう」


 暮部は溜息を吐きながら頭を抱えつつ、提案ていあんを持ち掛けてくる。

 ……千尋さんのことを指して言っているのだろう。

 まぁ、当然だ。渋谷の街中の大型ビジョンに映し出されていたのだから。

 警察もあの電波ジャックは怪しいと踏むだろうし、よりスペクター逮捕にぎつけるために本格的に動き始めるだろう。

 ならば、これは好機。絶対に逃してはいけないチャンスだ。


「……なら、俺を探偵にさせたきっかけである友人に聞きます。情報を聞いても?」

「いいニュースと悪いニュース、どっちから先に聞きたい?」


 ひじをつきながら笑うと、暮部警部は重々しげに言った。

 ……海外でもよくある返しって奴か? まぁいい。

 解人は暮部の問いに素直に返した。


「では、――いいニュースからで」


 解人は指を組みながら言い放った。

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