第4話 逃走

「振り返らないでください、千尋さん!!」

「は、はいっ」


 解人は千尋をお姫様抱っこして強引に走り続ける。

 スペクターにふんした追っ手たちに追いかけられていた。


「はははははははっ!」

「なんなんだっ」


 フードを深くかぶっていて顔が見えないやからばかりだ。

 しかも皆、スペクターと背格好以外、ほぼ似た見た目の者ばかり。追っ手にしてはずいぶんと体力のある若者たちが多い……聞いたことがある、スペクターの猟奇殺人に神聖を見出し、進行している若者の集団がいると。

 ……確か、名は。


「……スペル教か!!」

「だったらなんだってんだぁ? おっさんよぉ!!」


 最近のSNSだのアプリ関連で繋がった人間同士が、スペクターという街灯がいとうさそわれて自分の人生を無駄にするとなるとは、情けない。

 

「人殺しを行う人間のどこに尊厳そんげんがある!? どこにお前たちが尊敬するような意味が、模倣犯もほうはんのような行為を自分たちがする価値がどれほどある!?」

「俺たちにはあるんだよ!! 意味がな!!」


 解人はまゆしかめる。

 意味だと? それならば、自分のブログで字を調整しつつ愚痴るブロガーとかのほうが可愛げがあるだろうが。

 

「くそっ、面倒な!!」

「カイトさん! ど、どうしましょう!?」

「ダメでしょう! それは!!」


 依頼人である彼女を抱えながら逃げるのには、常日頃つねひごろ探偵業を行っている自分には軽いものだが、あまりにもこの状況が続くと流石に厄介やっかいだ。後ろの若造から逃げ切る方法が浮かばない中、彼女は瞬時にスマホでタップし始めた。


「何してるんですか!?」

「しー!!」


 千尋さんは人差し指を立てスマホの画面を指を差し見せる。

 ……ああ、これならば。俺が画面の指示通り動くことにして頭を縦に振る。

 彼女は小さく頷いた。 

 解人は千尋を腕から下ろし、後ろにいる追っ手の前をさえぎる。


「あ? おじさん、諦めたのか? だっせー!!」

「ここから先は通行止めだ、少年」

「はぁ? おじさんのくせにラノベ漬けかよ、きっっっしょいわ!!」

「悪いが俺はお前と違って一般小説派だ馬鹿者……来るなら来いよ? 似非えせオタク君」

「っ……この野郎!!」


 解人は追っ手に向けて構える。子猫を呼ぶ感覚で指先を揺らすと激昂し出した。

 追っ手は手に握られているバッドを大きく振って建物の壁を叩く。

 

「よっしゃ決めた!! あの女もお前の家族もまとめて皆殺しコース一択だ!!」

「させねぇよ、糞餓鬼が」


 先に突っ込んできたのは追っ手だ。

 左からの一撃を常日頃から鍛えたボクシングの感覚で彼と距離をとる。

 イラついたのか、舌打ちをしより追撃を仕掛けてくる。

 追っ手の一撃は俺の頬を掠めることなく、軽々とかわした。


「ちっ、ちょろちょろと!!」

「おっちょこちょいなおちょこはあるが、酒がないな? 注いでくれるか?」

「こんのヤロウっ!!」

「今時の若者は煽り耐性が低いな。その程度で注意を削ぐなら、スペクターみたいな殺人犯になる前に警察の世話になるに決まってる」

「るっさい! るっさいるっさいるっっっさい!! 俺にはあの人しかいないんだ!! お前みたいな偽善者に何がわかんだよ!!」


 彼の一撃一撃には、軽く手でいなしながらも、彼の絶叫に違和感を抱く。

 ……スペクターが、この追っ手を助けた?

 スペクターは慈善活動じぜんかつどうなんてするものか。

 アイツが、あんなが、そんな生易しい奴じゃない。


「……君は、だまされているだけだ。被害者の立場に立っていないだけの、現実を直視していない理想論者ですらない異常者になぜ味方する?」

「……っ、この!!」

「動くな!!」


 彼の背後を羽交はがいい絞めにし警察が叫ぶ。

 解人はポケットからスマホが振動するのを感じ、手に取る。


「もしもし」

『カイトさん! 警察の人は!?』

「問題ないですよ、貴女のおかげです千尋さん」

『いえ、そんな……交番に来ようとする追っ手はいませんから』

「それもそうだ……よく気づいてくれましたね」


 どうやら問題なく、彼女は渋谷しぶや警察署けいさつしょに逃げ込めたようだ。

 流石に警察のいる建物内に入ろうとする馬鹿なんぞいないだろう。

 ……これは、聞かれるだろうな。一度、諦めの溜息を吐きながら解人はこの後の面倒なやりとりに頭を抱えることになることを、推測すいそくできてしまった。

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