第13話 エピローグ
二人が死亡してから、爆破テロを行った少年少女の爆発自殺事件は続いていた。
今だに模倣犯は
「……ニュースは相変わらずか」
解人はテレビを見つめてぼやいた。
彼女の過去は全て、日廻探偵事務所にある執務机の中から出てきた。スペクターのこと、千尋さんのことについての証拠資料が見つかった。
「俺も、同罪だ」
解人は無理やり薬で胃痛を
彼女の罪に気づき、
今もネットの掲示板の書き込みは多く投稿され続けている。
『名無路千尋のせいだ』
『あんな奴、産まれてこなければよかったのに』
『俺たちの人生を狂わせやがって』
『人殺しは自己防衛でも罪だよ、常識的に考えて』
『嘘つき』『化物』『人間の感情が欠落した精神異常者共』
『アイツのせいで』
『アイツのせいで』『アイツのせいで』『アイツのせいで』
『『『『『『『アイツが最悪の死を迎えればよかったのに!!』』』』』』』
ネットの言葉は
彼女は人殺しだ。そのレッテルは永遠にはがれることはないだろう。
けれど、彼女は俺を助けてくれた。俺の妻や娘、被害者を守ろうと動いてたのは、彼女が残してくれた全ての証拠資料が何もかもを物語っていた。
だというのに、こんなにも世の中の人々の言葉があまりにも醜い。
「現実は、厳しいな」
相手の過去を知ることなく、知る気もない人間は言いたい放題に彼女を
強い言葉を使って、相手を一方的に責め立て続ける。人には感情がある、表現の自由があると他人は
相手が嘘だと言って自分を
自分のため、もしくは誰かのために嘘を貫き通し、死ぬ覚悟を固めた人間が最後、何の意味も価値も見出されない死に方をするのは間違っていないのか。
人は自分の感情が零れ出した愛憎に素直な人物が世の中には五万といる。
それが、世の中の現実だ。だからこそ、だからこそ、彼女はこの事件をもって人々に永遠に犯され続けるのだろう。
それが自分には……あまりにも
「理解できぬ者には死を、それが世の中の理である……か。ホント、ある意味真理だよな」
あの言葉は本心だったのかもしれない。
理解できない犯罪者を法で裁くことばかり考えていた俺は、法を犯してしまった彼女が最後の最期まで、死してからも嫌われ者を演じなくてはいけなくなった彼女に何もしてあげられない。したくても、他人は彼女を悪者としてしか彼女を見ず、彼女の選んだ最善を穢し、侵し、殺し続ける。
……もし彼女を助けてくれる誰かに自分はなれたかもしれないのに。
彼女は、他人に理解してもらえることがなかった側の人間なのかもしれない。死人は口なしとは言ったものだ、聞きたくても死んだ彼女から聞ける話ではない。
「それが本来普通の世の中なのは、確かなのかもしれない。けど……世の中が、綺麗であってほしいって願ってたからこんな手紙を残したんでしょう? 千尋さん」
手紙にはこう書かれてあった。
名無路千尋という名は偽名だということ。彼女の本名に関する記載はなく、真人が彼女のストーカーで情報操作をしていたというのは載ってある。
殺された少女たちの理由は真人が気分と千尋さんに近づいたからが理由だとか。本物のスペクターの行動を模倣したのは、全ては恋をした千尋さんを自分のものにするためにした行動だった、彼女の資料に残されてある。
「恋、か。恋は世界で最も重い罪だったか……恐ろしいな」
ストーカーの真人が彼女に近づくための手段……そう思うと背筋が凍る。
「……うん、ストーカー怖い。勉強になったな」
千尋さんは父を殺したことがきっかっけで真人と出会い人生を狂わされたと書かれてあった……おそらく一番憎かった相手は、真人なのかもしれない。
文面に彼女の悲痛な悲鳴が容易に伝わって来る。平和な世界の定義は、いつだって自分自身に都合がいい選択肢ばかり他人は要求する。自分が不幸になる選択肢を選ぼうとする馬鹿な自己犠牲な輩なんて、正義の味方でもそんな真似はしない。
弱きを助ける正義の味方じゃなく正論や正しい方の味方をする正義の味方がいないわけじゃないだろうが、それまた別の話だろう。
もしいたのなら、それは世界の修正力で導かれた狂気の産物と化した舞台装置でしかない。
「……ままならないな、人生って奴は」
解人は額に手を当て呻く。資料の一つ一つが、彼女が真実を誰かに暴いてもらうのを待っていたかのようだった。
彼女が、心の底から願ったものはこんな世界を守るためだけの薪となることだったんなんてどこで予想できただろうか。死んだ娘よりも、小さい頃から世界に絶望し、どれだけ自分の心を壊し続けたのだろう。
何度、踏み続けて殺そうとし続けたのだろう。
本来無垢で純粋な子供たちにそんなことを敷いたスペクターが、真人が許せない……けれど、だったとしても。
殺人鬼に同情なんてする方が間違っている、常識という奴では。
――ああ、彼らはどこで間違えたのだろう。
環境? 両親? 友人? ……いいや、あるいはその全てか。
他人にとって、それはどうだっていいことだと切り捨てられることなのだろうが、俺は、彼女の決意をそう簡単に犯したくなかった。
彼女の英断にも等しい決断を馬鹿にしたくなかった。
「俺は、どこを間違えてたんだ?」
彼女と初めて出会った時に、もっと声をかけていられれば。
彼女の未来は、何か違っていたのだろうか。何かに、気づけていれば。
少しは、俺の未来も明るかったのだろうか。「大丈夫? 理由を教えて」と、声をかけてあげていれば、何かが変わっていたかもしれないというのに。
「……大丈夫か? 日廻」
「暮部警部」
暮部警部が勝手に探偵事務所に来た点は深く突っ込まない。
彼女は警部だから、今もスペル教の若者たちのことで仕事が追われているはずだ。
「誕生日、だろ? 今日は、ケーキ買ってきておいてやったぞ」
「……誕生日? 今日は」
「10月17日、忘れたのか?
テーブルの上に置かれて箱から出てきたのは生クリームとイチゴでできたホールケーキ……願愛が、好きだったケーキだ。
「中年なんですから、これ全部は食べれませんよ」
「いいんだよ、残ったら二人ににあげてくんだから」
「……そうですか、フォーク取ってきます」
解人が立ち上がろうと机に手を置くと暮部は手で制止する。
「用意してある、問題ない。千尋ちゃんが頼んであったらしいぞ」
「千尋さんが?」
「ああ、願愛ちゃんの好きなケーキなのは俺が教えたからな」
「……勝手なことを」
「いいだろう? 別に」
彼女からプラスチックのフォークをもらって軽くケーキの先に刺す。
恐る恐る、口にすれば甘い味が口内に広がる。
暮部警部には悪いが、俺はあまりケーキが好きじゃないのを知っているはずだ。
……その意図までは深く読めないし、知るつもりもない。
だが、彼女のケーキを見つめる笑みは、理解できる。
「千尋ちゃんも願愛ちゃんも、お前のことを祝ってくれているぞ」
「……そう、ですね」
二人はいない。けれど……彼女のことは、忘れない。俺は鋭利の輝きを見せるフォークで甘ったるくしょっぱいショートケーキを食した。
日廻解人は、固く決意した。
自分は一方的な拒絶をして思考停止ばかりする輩にならないと。
名も亡き少女は泣き縋ったのだ、こんな愚かな俺に。
生きてほしいと、願ってくれたのだ。
一つの真実が穢される様を眺める愚者に、無駄な死は許されない。
それが彼女が俺に伝えたかった教訓のはずだからと、解人は胃液で溶かされいつか排泄物となってしまうケーキが、なぜか今、たまらなく虚しく思えた。
名も亡き化物は哭き縋る 絵之色 @Spellingofcolor
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