第11話 宿敵との対面

「行ってこい、日廻」

「はい」


 暮部警部の車から降りた解人は、静かに建物を一瞥いちべつする。

 生唾なまつばを飲み、覚悟を決め廃墟へと足を踏み込む。ところどころ建物の床が抜け落ちていて、下手にここでの戦闘を行えば落下死してしまうだろう。

 ……スペクターは猟奇殺人鬼だ。下手な判断は死を招く。頭の中で穏便な結果が導き出せる未来予想図を描き夢想するよりも、現実はシビアだ。

 何かしらの過程の行動をしたという結果論の連続が、物事を決めていく。

 階段を踏むか、踏まないかの動作と同じように。

 解人は一つずつ階段を上がり、ようやくたどり着いた先には手足を拘束された千尋がいる中で、黒いパーカーに青いラインが入った仮面をつけた人物がそこにはいた。


「……やぁ、来てくれたかい? カイト君?」

「お前が、本物のスペクターか」

「んんっ、んんぅ!!」


 にやり、とスペクターは笑っている。

 千尋さんの口にはガムテープが貼られてある。

 ……余計なことを言わせないため、なのだろうか。

 だが、なんのために――


「チヒロちゃぁん、ダメじゃん。声を荒げちゃあ、ねぇ?」


 銃声が響く。廃墟の中で響く銃声音は、あまりにも冷酷に彼女の足に血痕が散る。


「んんんんんんんん!!」

「な、何を!!」

「汝が、あの子の命を握ってんのこれでわかったぁ? うん、わかったよねぇ。わからないはずがないよねぇ。馬鹿な真似したら目の前で死ぬとか、君二度も経験したい?」

「……!! ……っ黙ればいいんだろう」

「そっ、おりこうさん」


 仮面越しに言葉にふくみ笑いを感じる。

 血が出そうなほど拳をにぎり、ぐっとスペクターを殴るのを堪える。

 ……注意しろ、ここから彼の機嫌次第で千尋さんの命が無くなる。

 考えろ、考えろ考えろ考えろ。


「ねぇ、静かにしてって意味でさぁ、ずっと黙れとは言ってないよぉ?」

「……千尋さんをどうして標的にする?」

「えー? 復讐ふくしゅう? かなぁ。うん、それ以外ないよねっ、あるわけないもんっ」

「……復讐?」


 彼はぶりっ子ポーズをしながら気恥ずかしそうに言った。

 わざとの仕草か。スペクターが、復讐? 何のために?

 ただ幼気いたいけな学生に、人々を巻き込んだ連続猟奇殺人事件を行う?

 どういう思考回路をすれば、そんな行為に手を出すんだ。


「聞きたい? 聞きたい? どうしてもって地べたにいつくばって頭を下げるなら答えてあげてもいいけど」

「お前なら這いつくばった瞬間に脳天めがけてナイフで刺すだろ」

「あーん、よくわかってるぅ! カイト君! 100点! いいや100満点、100億万点あげちゃうっ。どう? 点の数だけ人が犠牲になるけど」

「……ふざけてるのか?」


 動画でもこんなふざけた反応だったなと思うと、ストレスで胃液が出そうになる。


「えー? だって、変なシリアスモードいらないっていうかぁ……なんていうか、もっとテンションキュンキュン血ードバドバ? な、サスペンスがいいじゃん? ドキドキすっもん! ちょー萌え! ちょー燃え!! あー!! 人殺しになってよかったーってすっごく思う!! これも何もかもメシア様のお・か・げ♡」

「メシア様……?」

「あれー? 知らないのぉ? 本当にカイト君スペクターを追ってたのぉ? スペル教新参者レベルだねぇ。まぁ? そこについては俺と千尋ちゃんしか知らないかぁ、ふふっ、共犯者だもんねぇ」

「っ……!!」

「……なんの話だ」


 喜々爛々として語るスペクターに恐ろしい恐怖感が肌と心臓にまとわりつく。

 なんだ? これは。なんなんだ。

 まるで、あの時と同じだ。

 妻の見子と娘の願愛が殺されるときのような、不安感と緊張感。

 聞きたくない、知りたくない、見たくない。

 脳がノーサインを出していながらも、現実は無常に突きつけられる。


「つまりぃ、そこの名無路千尋さんはぁー……人殺しなのです!!」

「……は?」


 解人は、一瞬息を忘れた。

 スペクターのケタケタと愉快に笑う高笑いが廃墟に響き渡った。

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