第2話 悪夢足り得る悪意の先へ
「……今回も、同じか」
東京……新宿のとある路地裏にて、少女の死体があった。
全裸にさせられた少女が、体に数多の切り傷と両目に
「おい、
「おや、
日廻と呼ばれたくたびれた黒服の男は遺体の前で膝をついていた。
右目に眼帯を付けた女性が声を荒げながらやってくる。灰色のシャツに肩にかけられた白スーツの上着が揺れている。
短い赤毛の頭を後ろで
「お前はどう見る?」
「ジャック・ザ・リッパーに並ぶと噂されている殺人鬼で、鋏を愛用していて少女ばかりを狙うなんていう指名手配の殺人鬼はスペクター以外現状聞いたことがないですよ」
「……そういうことじゃない」
警察だけでなく探偵業界でも名の知れた猟奇殺人鬼スぺクター……名前の意味は亡霊であると同時に人々を恐怖で震える存在という意味でもある。
スペクターの犯人像は明白だ。
黒いパーカーを着た死神のような男。映像投稿サイトであるyoutubeにも殺人の映像をネットに投稿されて続けていてSNSが炎上し続けている。
「……今回は路地裏だったからいいが、本当に幽霊のような殺人鬼だ」
「そうですね」
殺人現場の固定はしない、己の姿以外の痕跡を残さない。
だからこそ彼は人々が恐怖する亡霊、スペクターなのだ。
「さっさと散れ、仕事の邪魔だ」
「では、そろそろ失礼させていただきます」
暮部警部は嫌そうに片手を横に振る。
◇ ◆ ◇
日廻探偵事務所に帰って来た解人は自分の執務机の椅子に座る。深い息を吐きながら、ワックスで塗り固めたオールバックの頭を軽く掻く。
「……スペクターの奴め、場所の固定をすれば少しは特定のしやすい物を」
またもや、スペクターが動画を投稿しているかどうかの確認をするためにパソコンを起動させて動画を投稿するスペクターのちゃんねるを開く。
彼自身が自分のIDをスペクターだという名前に設定されている。そこから俺たちは彼をスペクターと呼ぶようになった理由の一つでもあるが。
「……今日は、投稿はないのか」
ふと、またなんの罪もない少女が殺される映像が投稿されないことに安堵感がじんわりと胸に広がる。
……これ以上、若い芽を潰すような行為を許すわけにはいかない。
一刻も早く、スペクターを逮捕させねば。
「……あの」
「ん? どなたです?」
パソコンに夢中になって、目の前の少女が扉を開けて入ってくるのに気づかなかった。パソコンから少女の方へと視線を向ける。
セミショートの黒髪と青紫色の瞳をした少女が両手を抑えて怯えるように自分を見つめてくる。白パーカーに青紫色のワンピースを着て、黒いストッキングの下には白のストラップシューズを履いている。
全体的に落ち着いた雰囲気が
……まるでスミレの花のような女の子だ。
彼女からいい香りがする。ラベンダーのような安心感のある香りだ。
ぼーっと、少女が先に答えるのを待つ。
「……あの、依頼をしに来ました」
「ああ、子猫探しですか? それとも彼氏の浮気調査とか」
「いえ……これを見てください」
少女はスマホから、とある動画を俺に見せる。
『
「これは……!?」
映像に映し出されていたのは、スペクターと思われる人物だ。
音声は加工されているが、見た目はyoutubeで見た彼その者だ。
「……殺害予告、ですよね? これ」
「どうして、君がこんな映像を?」
「……わからないです、気が付いたらメールに送られてきて。殺人鬼に殺害予告って初めてで、混乱してて。偽物かもしれないから、警察に連絡しようと思ったんですけど、偽物だって一点張りで」
「……そうでしたか」
今まで、スペクターが特定の人物の殺害予告をしたことはない。
偽物かもしれないというのは、あながち外れじゃない。
自分も大抵、スペクターに殺害予告を受けたと言ってきた依頼人は数多くある。その中の大抵の人間は友人付き合いでからかいでいれた動画、というオチ着きで。
スペクターの投稿も生配信は行わない。被害者もほぼ腐敗した状態で見つける。
警察の新人が、雑に扱う理由もうなずける……とはいえ、こんな映像を適当にあしらう馬鹿がいるとはな。
暮部警部が聞いたら、長時間説教コースだ。
「……今回はなんの依頼で来られたんですか?」
「護衛依頼、って探偵にもお願いできるものなんでしょうか?」
「つまり、身辺警護ですね」
「は、はい。守ってくれるなら、それでいいです。お金も、父が株取引しているので、問題ないかと思うんですが……ダメ、でしょうか?」
……これは、スペクターを捕まえるチャンスかもしれない。
解人は椅子から立ち上がり、千尋に頭を下げる。
「……わかりました、その依頼引き受けます」
「ありがとうございます、探偵さん! あ、そうだ。私も探偵さんのお名前、聞いてもいいですか?」
「……日廻解人、と申します。以後お見知りおきを」
少女が解人に嬉しそうに手を掴む。
「わかりました! カイトさん、よろしくお願いしますねっ」
「……ええ」
少女の朗らかな笑みに思わず自分も口角を上げる。
解人は千尋と別れ、今日という日を万年筆で日記をつけた。
日廻解人は、知らなかった。スペクターの恐怖を。
悪夢足り得る悪意の先が、どれほど醜悪なのかを。
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