第17話 解き放たれた森羅万象【感情とともに消えた彩子】

新たな世界は、リオが未来で見た技術や機械を具現化し、生活も落ち着いてきた。

しかし、すべてが未来の世界そのものとはならなかった。

知識不足はどうしても補えない。

ただ技術や機械を再現するだけでは、創造神の望むような完璧な世界にはならない。

創造神は悩んだ。このままでの発展は望めない。


創造神は空間の大広間に、3人の女神をある事を聞くために召喚した。


光り輝く大広間に再び3人の女神が集い、創造神の前で優雅に挨拶をした。

太陽の女神、ソルが代表で「創造神様、お呼びにより参上いたしました」と言った。

創造神は頷くと、3人の女神に向かって「いろいろと尋ねることがあるが……」と言った。

女神たちは静かに頷いた。


「まず、私が彩子であったことは理解しているか?」と尋ねた。


「もちろんです」とソルが答えた。


「私たちの試練の後に森羅万象に認められたお方」とルナが言った。


「姿はどうでも良いのです。本質が森羅万象の力を継いでいるのなら」とアストライアーが言った。


「そうか、なら良い。尋ねたいのは感情の結晶化についてだ。」


3人の女神は顔を見合わせた。


創造神は静かに説明を始めた。

何故森羅万象の力を求めたのか?

新しい世界に何故魔法と科学なのか?

そして、このままではこれ以上の発展は期待できないこと。


そしてこれからのために、彩子が森羅万象の力で未来に行かなくてはならないこと。

それを実行するには、人間だった感情を捨てなければならないこと。


創造神は言った。

「私にとって、人間だった時の記憶や感情は何よりも大切な宝だ。

しかし、創造神としての使命を全うするには、それらは邪魔な存在。」


創造神は改めて3人の女神を見ると、「お前たちなら感情を結晶化できると知っている」と言った。

女神たちは薄っすらと笑った。

それは、禁忌中の禁忌。

3人の女神が揃って必要と認めた時のみ、秘密裏に行われる魔法なのだ。

たとえ創造神といえども、伝えることのない禁忌。

3人の女神たちは改めて森羅万象の力を知った。


創造神は話を続けた。

「問題は基本的に、私は感情を捨てたくないということだ。」


女神たちは怪訝そうな顔をした。


3人の女神たちは、創造神の言葉に驚きを隠せなかった。


「私は、彩子だった記憶と感情を、結晶化して保存したい。

そして、ここが一番の問題なのだが、森羅万象を開放したとき私は私ではなくなる。

そして再び人間だった時の感情を求める事はないだろ。」


創造神の言葉に、三人の女神たちは息を呑んだ。

そして「そうだと思います。」

3人の女神たちも頷いた。


「だから、結晶化した感情と記憶を定期的に私に流れるようにして貰いたい。」

創造神が言うと「でも、そんな強い想いを抱えたまま森羅万象を解放したら、彼女の存在そのものが...」とソルが心配そうに答えた。


創造神は静かに頷いた。

「だから、定期的にシグナルを送ることで、自分自身を思い出せるようにして欲しい。

この思い出せる時間は約1時間に限られていて、感情が長く影響する事がないようにしよう。」


3人の女神は頷き合った。


「ですが、感情と記憶を結晶化すること自体、禁忌です。

創造神とはいえ、許されていいことでしょうか?」


創造神は微笑んだ。

「それは私が決めることだ。女神たちよ、私はお前たちを信頼している。」


女神たちは頭を下げた。

「光栄です。」


創造神は女神たちに命じた。

「明日、彩子の魂を変換する。その時に感情を結晶化して、私に渡してほしい。その後のことは、お前たちに任せる。」


3人の女神は創造神に向かって平伏した。

そして言った。「承知いたしました!」


結晶化の説明を終えたソルが彩子に尋ねた。

「リオはどうするのですか?」

彩子は「今、村を手伝っているが……」と思案顔になった。

「迷っているのですね?」

ソルは全てを理解しているかのように聞いた。

「光の精霊王のことは心配いりません。」

創造神は少し顔を曇らせた。

他の女神たちも、その話の行方を見守っていた。


ふと、ソルは優しく微笑み、「光の精霊王はもう静かに暮らしたいそうです」と言った。

光の精霊王は何十回もこの世界の崩壊と再生を繰り返してきた。

新たな未知の世界が始まり、摂理も変わってくるだろう。

もう自分は引退しても良いのではないかとソルに訴えた。

精霊王が交代する時、精霊王は後継者を決めなければならない。

精霊王はリオを指名したのだ。


「精霊王をリオに?」

創造神も他の女神たちも驚いた。

「ええ。リオならきっとこの世界をより良い世界にしてくれるでしょう」とソルは微笑んだ。


「でも、まだ子供では?」と彩子が聞くと、

ソルは優しく微笑んだまま「リオはもう子供ではありませんよ」と言った。


「では、リオに精霊王の座についてもらいましょう」と月の女神が言うと、皆頷いた。

彩子が未来の世界に行っている間にリオの精霊王の儀式を済ませるようにしようかと話をした。

もちろん、リオの意思が一番大事である。

リオを呼んで意思の確認をしてから詳しく話をしようとリオを呼び出した。


村で技術向上のために奮闘しているリオのもとに、太陽の女神からの呼び出しがあった。

「みんな~~ごめんねぇ。ちょっとぉ、行ってくるわぁ」といつものように軽く言うと、空間に飛び込んだ。


宇宙の空間にはソルだけではなく、三人の女神が勢揃いし、創造神も待っていた。

ソルが口を開くのを創造神が止め、そして彩子の姿に変わった。

リオはわかっていた。このままではいられないこと、

そしていずれは”これから”の事についての話があるのではと思っていた。

それが今、現実となったのだ。


彩子はリオに「とても、大事な話があるのよ、リオ」と少し寂しそうに言った。

リオも覚悟を決めた顔で「うん。わかっている」と答えた。

彩子は一言一言噛みしめるように静かにリオにこれからのことを説明した。

彩子にとってルビーナだった頃からの先生でもあり、この世界の唯一の家族だと思っていた。確かに、出だしは強制的であったが、楽しかったし嬉しかった。

ずっと、ずっと一緒にいるのだと信じていた。

リオを見れず、目をそらしたまま話を続けた彩子が長い話を終えた時、彩子はリオを改めて直視した。


「やっと、ちゃんと見てくれたわねぇ~」とため息と共にリオは言った。

その変わらない態度に彩子はホッとしながらも、なぜだか涙がこぼれた。

「リオ、リオあのね………」

彩子は涙で言葉が出てこなかった。

リオは「仕方ないわねぇ」と彩子の肩に乗ると、何でもないことのように話を始めた。

「彩子ぉ、わかっていた事よ?あんたが森羅万象の力を手に入れた時からわかっていたのよぉ。

だから心配しなくてもいいのよ?ほら、女神様たちが困っていらっしゃる。

言葉もかけられなくて心配なさっているわ。」


ふと女神たちを見ると、痛ましげな顔をして彩子を見ていた。

「あ、ごめんなさい」と思わず謝る。

「それが人間の感情なのですね」とルナが言った。

「複雑で理解しがたい」とソルも言った。

「けれども美しい。」とアストライアーが言った。


リオは女神たちのところに飛んで行くと決心したように言った。

「私は精霊王にはならないわ。」

思わず彩子は「え~~なんで!」と叫んでしまった。

リオは言った。「私には無理よ。

私は純粋な精霊じゃないわ。必ず反発はあるわ。」


彩子は「でも功績が、功績があるわ。だから……」

「無理よ。そもそも私は精霊王の器ではないわ。」

でも、それならリオは精霊のままで………。

それが悪いわけでもないし、困る訳でもない。

彩子の我儘なのだ。


精霊王になれば会いたいときに会える。

そして助けてもらえるという、狡い考えなのだ。

彩子は目を閉じた。

リオは彩子を見つめると「わたしねぇ~人間になりたいわぁ」と思いもかけないことを言ってきた。


「ねぇ、彩子ぉ~私も連れて行ってくれないかしら?

わかっているわよ~彩子が彩子でなくなるんでしょ?

だからどんな事になるか分からないって、心配なのよね?

でも、それでも行きたいの。

」「ずっとこの世界を再構築しながら思っていたわ。

わたしがもし人間だったらもっと技術を身につけられたんじゃないかって。

」「もう一度静香のもとで学び直したいのよ。」


リオは彩子に切々と訴えた。

「わたしを人間にすることも指輪に戻す事も今の彩子ならできるでしょ?」

リオがニッコリ笑って言った。

「簡単なことじゃないわ。それに危険もあるかもしれない。」

そうだ。彩子は森羅万象の本質をまだ知らない。

何があっても不思議ではないのだ。


「何があっても覚悟しているわ」とリオは言った。

リオの気持ちは変わらなかった。

仕方なく受け入れた彩子だが、どんな時にも彩子の命令には従うこと。

たとえそれがどんなに理不尽だと思っていても。それだけは絶対に約束させた。

森羅万象は時には非情だ。

多分だが、合理的に考えて、いらないと判断すれば捨てるだろう。

なんとなくだが彩子は、自分の内にある物が理解できるような気がするのだ。


全てが明日行われることになり、リオも村の手伝いを片付けに行った。

明日また、ここに来るために。

女神たちも準備があるからといったん辞した。


3人の女神が去ると、創造神となった彩子は1人でつぶやいた。

「感情や記憶の結晶化か……上手くいくだろうか。」

創造神の彩子は魂の結晶化に不安を覚えていた。

「感情や記憶の結晶化は、禁忌中の禁忌だ。だが、彩子としての”わたし“を守るためには必要なことなのだ……。」

創造神は1人考え込んだが、答えは出なかった。


翌日、といえばよいのだろうか?

空間には時間の観念がない。

朝も夜も無い。

女神、ソルが立つところに太陽が輝き、女神、ルナのいるところに月が出る。 女神、アストライアーが星を輝かせる。


それでも、見計らったように3人の女神たちは空間にやってきた。

彩子の記憶を結晶化するために。


「彩子の記憶の結晶化は、いつ行うのですか?」

ソルが尋ねた。

創造神はソルに答えた。

「今からすぐに。」


3人の女神たちは頷いた。

そして、創造神が女神達に質問した。

「感情や記憶の結晶化には、どのような方法があるのだ?」


3人の女神たちは創造神に説明した。

「まず、結晶化するには、彩子の感情と記憶を1つにまとめてから、結晶化しなければなりません。

彩子の記憶は感情と深く結びついています。

結晶化するには、感情の記憶を抽出する必要があります。」


創造神は興味深そうな顔をした。

「抽出とは?どうやってする?」


ソルが答えた。

「まずは彩子の記憶から感情を取り出します。

その後、取り出した感情を、結晶化するための装置に入れ、

そして、装置を起動し、1時間程度放置するとこの間に感情が結晶化されます。」


「次に記憶も同じ手順で結晶化します。

この時点では感情と記憶の2つが結晶化されています。」


ルナが続けた。

「その後、結晶化した感情や記憶を1つの特別なバングルにして、彩子に与えます。

特別なバングルは彩子に定期的に記憶を思い出させます。

その時に不必要ならバングルを軽く叩くとまた、しばらくは記憶は流れません。」


3人の女神たちは創造神に説明した。

「感情や記憶の結晶化には、感情の抽出と記憶の抽出が必要となります。

ソルは感情を抽出し、結晶化します。

ルナは感情から記憶を取り出して結晶化します。

私は記憶や感情が結晶化されたものを、装置に入れバングルと変えます。」


3人の女神たちは創造神に確認した。

「この方法でよろしいでしょうか?」


創造神は3人の女神たちに答えた。

「構わない。」


3人の女神たちは頭を下げた。

そして、創造神に頼んだ。

「創造神さま、私たちに命じください!」


3人の女神は創造神の言葉を待った。

「お前たちに命ずる!今すぐに彩子の感情と記憶を結晶化するのだ!」

3人の女神たちは顔を見合わせた後、頷いた。

「承知いたしました!」


女神たちの言葉には決意がこもっていた。

3人の女神たちは、創造神の前にひざまずいた。

そして、全ての力を使って願った「創造神さまのお役に立てますように……」

リオは離れた場所でただ静かに見守っていた。

祈るような気持ちで………。


しばらくして3人の女神たちは立ち上がり、彩子の魂の結晶化を始めた。

彼女たちは慎重に手順を踏みながら、彩子の感情を抽出した。

そして、その感情を結晶化させた。


「結晶化完了です。」ソルが創造神に報告した。


彩子の感情は完全に結晶化され、彼女の瞳は空虚で、冷ややかに輝いていた。

周囲の光景は次第に歪み、彩子を中心にして大気がわずかに揺れ動く。

彼女はゆっくりと片手を上げ、無機質な表情のまま、両の手のひらを開いたり閉じたりして、自らに宿る新たな力を確かめるような仕草を見せた。


その瞬間、彼女の周囲に存在するあらゆるものが微かに揺らめき、まるで蜃気楼が漂うかのように現実が一瞬歪んだ。

世界そのものが彼女の存在に反応しているかのようだった。

彩子の体からは何の感情も感じ取れない。

すでに人間らしさは消え去り、彼女はただ、圧倒的な力に満ちた冷たさを漂わせていた。


リオは静かに彩子の前に飛んで行った。

彩子はリオを見ると首を傾げて少し考えるとリオに向けて、手を前に突き出した。

彼女の周囲に広がる空間は、彼女の意志に応じて変化し始める。

空が暗く曇り、風が彼女の周りで渦を巻く。

自然の法則が彼女の意のままに操られていく様子は、まるで新たな神話の幕開けを告げるようだった。


リオは溶けるように、空に消えた。


次の瞬間、彩子の姿も静かに、蜃気楼のように薄れて溶けて消えた。

残ったのはただ、彼女が森羅万象を支配するために放った圧倒的な力の余韻だけだった。

周囲の世界は彼女の不在を感じ取り、静寂が広がる。

力の余韻は、まるで彼女の存在が消えた後も、周囲の空気を震わせ続けるかのようだった。

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