第26話 反乱軍の基地

 木々を掻き分けながら森の奥へと進んでいく。俺たちは組織の基地アジトまで向かっていた。ヴェルデが話はそこで聞いた方が確実だと言って譲らないからだ。


「……何度も聞くが、罠に嵌めようとしているわけではないんだろうな?」


「だからさぁ……そう思うんなら今からここで殺し合いを始めてみたらどうなんだよ? 俺はそれでも構わないが、既に森の奥深くに入っている。この辺りは殲獣も多い。……俺を殺したとしても餓鬼二人で野宿するのは危険だぜ」


「……」


 一理ある。そう考えて俺は一旦はヴェルデに付いていくことを選んだんだ。

 だが、もし罠だった場合。俺たちはヴェルデと同等の強さの敵を複数人相手にすることになる可能性が高い。

 俺はずっと森で殲獣を狩る生活をしていた。対人戦は不慣れだ。……一人でラナを守りながら複数人と戦えるのか?


 ヴェルデの申し出は今からでも断って、慣れない森で殲獣の相手をする方を選ぶべきだろうか。


 ……ヴェルデの言う通り既に森は深い。一晩ならば殲獣狩りも耐え得るだろうが、それが何晩続くかわからない。

 最悪、森を出れずに朽ち果てることも考えられるだろう。


 ……どうする?

 ヴェルデを殺すならば……もう今しか……。


「ラキ」


 ふと名前を呼ばれて腕を掴まれる。


「ラナ?」


 振り向くとラナが不安そうに俺を見ていた。ラナは俺の目を見つめたまま首を横に振る。……殺すなということだろう。


「そうだな。ヴェルデの提案が本当ならば現状を一気に打開できる可能性が高い。利用価値は慎重に見極めるさ」


 ラナを安心させるためにそう言うと、先導していたヴェルデが振り向く。


「ラキくん、それ俺に聞こえるように言うことかなぁ? ……まぁでも、ラナちゃんは何も心配しなくていいよ〜。俺は女の子には滅多に嘘はつかない。……特にラナちゃんは可愛いしね」


「お前の言う通りラナは可愛いが、ラナに手を出せば俺はお前を躊躇いなく殺すぞ」


「おぉ、怖い怖い。こんな物騒な奴とタイマン張ってられねえぜ。早く基地に行かねぇとなぁ」


 ……物騒。出会い頭にチャクラムを投げつけてきたヴェルデに言われたくはないな。


「ずいぶんまどろっこしく進んでいるようだが、基地にはまだ着かないのか?」


 もうすぐだ、とヴェルデは答えた。俺はヴェルデがわざと直線距離で基地を目指さずに遠回りをしている気がしていた。そこまで厳重に秘匿すべき施設に連れて行くのならば、俺たちを組織に加えたいというのは本当なのだろうか。


 俺たちは森を進み続けた。


「着いたよ、話の続きはここでしようぜ」


 ふと夕陽で赤く染まった景色の中に影が差して、ヴェルデはおもむろに立ち止まった。

 

 影が差してきた方向を見上げる。そこにあったのはつたに覆われた古びた建物だった。木々の隙間に覗くのは積み重ねられた煉瓦レンガと木製の扉。

 森の中にひっそりと建っていた。

 

「これはなんだ? ……廃れた教会か?」


 白い壁の上部にある神秘的な色付きの硝子ステンドグラスから建物が教会だと推測された。

 それもかなり大きな規模の教会だ。

 ――なぜ、こんな場所に教会があるんだ?

 

 現在、大陸帝国にはまともな宗教は存在しない。かつては存在していたのだが、亜種族どもがより円滑に人族の間接支配を行う政策の一つとして皇帝崇拝が推奨されているため他の宗教は徹底的に規制されている。


 古来に大陸の人族の多くが信仰していた『アナテイア』は、絶対神とされる女神エラティアを崇める結束力の高い宗教だ。亜種族が人族を間接支配する今、人族を集結させて反乱を起こし得るものとして特に厳しく規制されている。


 亜種族の中には神を奉る者も存在するとは聞くが、亜種族の殆どは自然崇拝者だ。


 実質的には亜種族が権力を握っている今、人族の反乱の芽となり得るアナテイア教会の活動は、大幅に制限されている。


「そうさ。この教会が俺たちの基地の一つなんだ」

 

 ヴェルデは焦がれるような瞳で教会の屋根の頂点に掲げられた女神像を見ながら言った。ヴェルデは規制されたアナテイア教の信仰者なのかもしれない。それならば組織とは、アナテイア教会関連の組織だろうか。そんなことを考えながら、俺は教会に足を踏み入れた。

 

 窓から夕陽の赤い斜光が差していた。

 そして、その斜光は一つの影を照らしている――。


 照らされていたのは、もふもふとした白い髪の毛が印象的な少女だった。


「……ッ……!?」


 影の正体に驚きのあまり息が詰まる。教会の長椅子に腰掛けていた人物に見覚えがあった。


「たしか、砦でレーシュとか呼ばれていた……!」


 俺がそう言うと、ラナが息を呑んだのが聞こえた。

 ラナもレーシュの存在に気がついたようだった。


 あれはたしかにレーシュと呼ばれていた、砦で見かけた長い白髪はくはつの少女だ。

 身体中を緊張感が駆け抜ける。

 そして思考が巡る。

 ……ヴェルデは本当に俺たちを罠に嵌めていた、のか?


「えっ、ラナちゃんたち、冒険者だよね? 何でレーシュちゃんのこと知ってるの……?」

 

 ヴェルデは困惑したような声を上げる。

 ……だが正直、困惑しているのは俺の方だ。

 

 ……レーシュは帝国軍の暗殺部隊の人間だろう?

 

 組織は帝国軍に敵対するとヴェルデは言っていた。それならば一体なぜ暗殺者であるはずのレーシュが、この組織のアジトとやらに平然と参加しているんだ?


 ――……いや、ごちゃごちゃと考えるのは後だ。


「ヴェルデ、悪いが組織加入の話は無しだ」


 ……そう言った瞬間、振り向いたレーシュと目が合った。俺はサキを助け出すための基盤を整えたいとは思っているが、ここはまだ都から遠くない。情報が圧倒的に不足しているこの段階でヴェルデとレーシュをまともに相手にするのは得策ではないだろう。


「えっ、いや、待ってよラキくん! ここまで来ておいてそれは不味いから!」


「ヴェルデ、お前とはこれっきりだ!」


 あたふたしているヴェルデに、口封じのために追っ手を放つような真似はするなよと暗に伝える。

 言い切る前に、俺はラナの手を取って走り出した。



「んー、それは勘弁してもらえるかな?」


 しかし、教会の扉の前に影が立ち塞がった。

 

 夕陽の逆光で立ちはだかる人物の姿は見えない。


「君たちは今、ここで殺すよ。何かの間違いでサリィに僕たちがここにいることが伝わってしまったら……あまりにも危険だからねっ」


 影は教会の中に入ってきた。逆光から徐々に姿が見えていく。淡い赤髪に、騎士の礼服のような小綺麗な装い。貼り付けたような笑みと、腰に差した一本の剣。

 

「……フィロン」


 レーシュだけでなくフィロンまでいるのか。……ヴェルデの属する……アナテイア教に関連する帝国軍に敵対する組織とは一体……?   


 帝国軍と敵対しているはずの組織……その組織の基地になぜかいる暗殺者ども……。


 ……わからない。レーシュとフィロンが帝国軍に敵対する組織の基地アジトにいる理由が。


「ヴェルデ。この餓鬼どもをどうして、アジトに連れてきたの?」


 説明してくれるかな、フィロンが貼り付けの笑みで言う。その声には隠そうともされていない殺気が含まれている。ヴェルデは肩を振るわせた。


「え、えっと……迷子の冒険者の子たちだと思って……腕が立つみたいだから、スカウトしようかなと……まさか暗殺部隊に関わっていたとは……思わなくて。……ごめん」


 辿々しく言うヴェルデに話を聞いていたレーシュは呆れたようにため息を溢す。


「そうなの……。フィロンから聞いてはいたけど、ヴェルデは役立たずって……本当のことだったんだね」


 会話をしながらもフィロン、ヴェルデ、レーシュの三人は俺たちを取り囲んでいく。


 ……隙がない。なんとか隙を作らなければ……。


「……フィロン、レーシュ。お前ら、たしかサリィからミラクを追うように言われていなかったか? ……ミラクは居ないようだが、お前らはここに居ていいのか?」


 おそらくはフィロン達は任務を放棄して、この怪しい組織の基地に入り浸っている。俺はフィロンとレーシュの動揺を狙ってカマをかけてみた。


「……ふっ……あはっ、アハハハハハハハッ! 雑魚の考えることは、本当に面白いんだねぇっ」


 しかし、フィロンは腹を抱えて大袈裟なくらい笑った。


「何がおかしいんだ?」


「いやさぁ……君ら、僕たちの心配をしている場合なのかなと思っちゃってね。名前忘れたけど、半吸血鬼の女の子が見当たらないみたいだからさ」


「……なぜそれを答えなきゃいけないんだ」


 本当はサキの情報は俺が知りたいくらいだ。


「だってさぁ。死んでいると思うよ」


「……」


「君たちは雑魚なのに、なぜかサリィの手から逃れて今こうして生きている。それってつまり、サリィの注意は半吸血鬼の子の方に向いているってワケだよね。なら、半吸血鬼の子はサリィに殺されているよ」


 俺が反論をしなくなったからか、フィロンは笑みを深めて得意げに語っていく。


「そうでなくても、あの砦には暗殺部隊の訓練兵が五十人はいるんだ。たった一人で、敵うわけがないよね。……今ごろは蹂躙されて殺されちゃってるんじゃないかなっ?」


 ……。サキが既に死んでいる可能性は全く無いわけでは無い。だが、その可能性を嘆いてすべてを諦めて一体何になる。俺はするべきことをするんだ。


 ……フィロンの動揺は得られなかった。……ラナを連れて逃げるには隙が無く、情報を絞り出すにはあまりにも相手が悪い。

 ――だが、何かないだろうか。こいつらを利用する方法が……。


 ――そうだ。組織だ。

 こいつらが属している組織の活動は、どう考えても堂々と行えるものではない。少なくとも、ヴェルデは帝国軍を警戒して見張りをしていた。帝国軍の暗殺部隊にも属しているフィロンとレーシュはこの組織にいることが帝国軍にバレたら不都合なのではないだろうか。

 

 ――そして、その組織の活動内容とは恐らく……。


「……フィロン。改めて聞くが、お前らは……こんな場所で呑気に、なんか企てていていいのか?」


「は?」


 フィロンの目が据わった。どうやらこいつらの属する組織は帝国への反乱が目的であるという推測は当たっているようだ。


 フィロンは剣を抜く。素早く洗練された動作だ。


「君っ! 餓鬼で雑魚のくせに、なかなか鋭いじゃあないか! ……だけど、惜しいねっ」


「は?」


 俺も双剣を抜く。囲まれてはいるが、いざとなれば命を賭けてでもラナだけは逃がす。そう覚悟していた。


「詰めが甘いんだよ。それを指摘することで優位に立って交渉を持ち掛けるつもりだったのかもしれないけどね……僕が君たちを殺すという行動に出ることは、考えなかったのかな?」


 フィロンは喋りながら一歩ずつゆっくりと距離を縮めていく。建物の中では双剣を飛去来器ブーメランのように投擲するいつもの戦い方ができない。


 どう対応するかと考えていると、背後からも金属が擦れる音が聞こえた。どうやらレーシュも剣を抜いたらしい。


 ……交渉の余地はもはや皆無だ。……そして、この身を犠牲にしたとしてもラナを逃がせる可能性は、限りなく低い……。


「ラ、ラキ……」


 ラナの震える声が聞こえた。それでもなお、俺には現状を打破する策は浮かばない。……足が震える。呼吸が、苦しくなっていく。まるで身体の動かし方を忘れ去ってしまったように感じられた。


「クッ……ソ」


 こうしている間にもフィロンは狂気の笑みを浮かべながら迫ってくる。俺は次に取るべき行動が分からず狼狽していた。焦って、体が動かなかった。


「ラナ!!」


 咄嗟にラナを庇うように覆い被さって身を伏せさせ、しゃがみ込ませた。


 ……だが、いくら待ってもフィロンから剣が振り下ろされることはなかった。


「……待て、フィロン」


 顔を上げて振りくと、ヴェルデがフィロンと俺たちの間に立ち塞がっていた。


「ヴェ、ヴェルデ? なんで……」


 思わず漏れた俺の声には反応せず、ヴェルデはフィロンと対峙したままだ。


「どうしたのかなっ? 無能っぷりに拍車がかかっている雑魚ヴェルデ」


「……何とでも言ってくれていい。だから、待ってくれ、フィロン。神聖な教会の中で……それも女の子を殺すなんてことは、俺には、できない」


 ヴェルデの声には苦悶が満ちていた。


「そう。……至極残念だよ」


 フィロンの声はたしかに少し低かったが、愉快さと狂気を孕んだままだった。そうして俺とラナに向けられていたフィロンの殺気は、ヴェルデへと向く――。


 

 

「あら、ヴェルデ。聞こえましわよ」

 

 突如、教会に清らかな女の声が響いた。


「素晴らしい心掛けですわね、ヴェルデ。さすがは敬虔なる神の使徒と呼び声の高い警備隊副長ですわ」


 殺意で満たされた空間を浄化するような澄んだ声だった。

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血槍の半吸血鬼〜黒翼の少女の血の絆と裏切りの冒険譚〜 移季 流実 @uturogirumi

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