第5話 証拠の発見

アレックス・ウィンストンは、刑事コロンボの質問を無視できない重みで感じていた。ビルにいたのかどうかを問うコロンボの目は、まるでアレックスの心の中を見透かしているかのようだった。アレックスは、一瞬言葉を失い、口を開こうとしたが、すぐに自分を取り戻した。


「昨夜は自宅にいましたよ。」アレックスは淡々と答えた。「警察に言われたとおり、私はサラが落下した時にはこのビルにはいませんでした。監視カメラの件についてはわかりませんが、技術的な問題があるのかもしれませんね。」


コロンボはにこやかに微笑みながら、「なるほど、なるほど。まぁ、そういうこともあるでしょうねぇ。」と頷いた。しかし、その微笑の裏には、何か確信を得たような気配が漂っていた。


「実はね、ウィンストンさん、昨日の夜のことについてもう少し調べたんですよ。」コロンボはやおらポケットからメモ帳を取り出し、何気なくページをめくりながら話を続けた。「このビルの出入り口には、セキュリティカードの記録が残っていましてねぇ。誰が何時にビルに入って、何時に出たのかがわかるんです。」


アレックスは表情を変えずに聞いていたが、内心は動揺していた。セキュリティカードの記録までチェックされるとは思っていなかった。しかし、冷静さを保ちながら、「私のカードで昨夜の記録は残っているはずです。ですが、それが事件に関係しているわけではないでしょう。」


コロンボは首を軽く傾け、「ええ、もちろんそうです。ただ、少しだけ奇妙だと思うんですよ。ウィンストンさんのカードで出入りした記録がね、確かにあるんですけど…その時間が、サラさんがビルの上から落ちた直前なんですよねぇ。」


アレックスの胸の中で、心臓が大きく鼓動を打った。コロンボの柔らかい語り口とは裏腹に、その言葉はアレックスの心をぐっと締めつけるようだった。彼は一瞬目を伏せ、どう対処するべきかを考えた。だが、コロンボが既にカードの記録を押さえている以上、これ以上ごまかすことは難しかった。


「確かに昨夜は短時間ですがオフィスに立ち寄りました。」アレックスは仕方なく認めた。「ただ、仕事のために急ぎで書類を取りに戻っただけです。それに、サラが亡くなった時には既に私はオフィスを離れていました。」


コロンボは彼の言葉を聞きながら、小さく頷いていた。まるで相手の言い訳を一旦受け入れるかのように見えたが、その目は相変わらず鋭くアレックスを観察している。


「なるほど、ウィンストンさん、それもそうでしょうね。急な用事で戻ること、よくありますよ。私もねぇ、事件があって家に帰っても、結局またオフィスに戻ることなんて日常茶飯事ですからねぇ。」コロンボは軽く笑いながら話した。「でもねぇ、一つ気になることがありましてね。」


アレックスは心の中で身構えたが、表面上は冷静を装い続けた。「何でしょうか?」


コロンボはまたもやポケットを探り、小さな証拠袋を取り出した。その中には、細かい泥が入っていた。それはアレックスの心臓を再び凍りつかせるものだった。


「実はですね、昨日の夜、現場近くで見つけたこの泥なんですよ。ウィンストンさん、ビルの周りは乾燥していて、雨なんて一滴も降っていないんです。でもねぇ、この泥、あなたの靴跡に似ているんですよ。」


アレックスは一瞬息を飲んだが、すぐに笑って応じた。「刑事さん、それはさすがにこじつけでは? こんな泥が一体どこから出てきたんですか?」


コロンボは笑いながら、「いやあ、こじつけかもしれませんねぇ。私もこういうのを何度も見てきたんですけど、偶然ってありますからね。でもね、この泥、少しだけ不思議な場所で見つかったんです。それがね、バルコニーの手すり付近なんですよ。つまり、誰かがそこに立っていたということになりますよねぇ。」


アレックスはコロンボの言葉に一瞬反応を見せたが、何とかその場を取り繕おうとした。「バルコニーに立つ人なんてたくさんいるはずです。何かの作業員かもしれませんし、サラだってそこにいたはずです。」


コロンボはその言い訳を聞き流しながら、再び微笑んだ。「ええ、そうかもしれませんね。でもね、ウィンストンさん、サラさんはバルコニーに自分の意志で立っていたわけじゃないんですよ。彼女が何かに掴まろうとした痕跡が見つかっているんです。手すりには彼女の爪痕が残っていましてね、どうも彼女は突き飛ばされたように見えるんですよ。」


アレックスの心臓はまたも激しく鼓動を打った。今や彼の頭の中では、コロンボの言葉が次々と彼を追い詰めるように響いていた。しかし、彼はまだ冷静を装っていた。「それが本当だとしても、私には関係ありません。私は既にオフィスを離れていたんです。」


コロンボはまたもやゆっくりと頷き、「ええ、ウィンストンさん、あなたがその場にいたかどうかは、証拠が必要ですからねぇ。でもね、実はもう一つだけ確かめたことがあるんですよ。それは防犯カメラのデジタルログです。」


アレックスの顔に緊張が走った。デジタルログ――彼が削除したはずの証拠が、再び浮かび上がってきたのだ。彼は急いでログを完全に消去したはずだったが、コロンボの言葉からすると、何かが残っているかもしれないと感じた。


「ログですか?」アレックスは無表情を保ちながら尋ねた。「何かおかしなところでもあったんですか?」


コロンボは一瞬考えるようにしてから答えた。「ええ、少しねぇ。あなたのオフィスのカメラが数分間だけオフになっていたのが、ちょうどサラさんが落下する前のことだったんですよ。その時間、他のカメラには異常はありませんでした。それに、このビルのシステム、特定のカメラだけをオフにするなんて、よっぽどの技術がないとできないことらしいんですよね。」


アレックスは一瞬の沈黙の後、冷たい笑みを浮かべた。「私を疑っているんですね、コロンボ刑事?」


コロンボは穏やかな表情を崩さず、「いやあ、疑ってるなんて言いませんよ。ただ、色々とおかしなことが重なっているように見えるだけです。ウィンストンさん、あなたはとても頭が良い方だと聞いていますし、きっとこの件も簡単に解決できるはずです。ただね、やっぱりどうしてもこの泥やカメラの件が気になるんですよ。もう少しだけお付き合いいただけますかねぇ?」


その瞬間、アレックスの内心は冷え切っていた。彼の計画が、完璧だと思っていたものが、コロンボの執拗な追及によって崩れかけていたのだ。これ以上ごまかすことはできないと感じ始めた彼は、ついに限界に達しつつあった。

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