第2話 殺害の瞬間

サラ・ウィルキンスは、デスクに広げられた資料を前に疲れた表情を浮かべていた。オフィスビルの上層階、彼女のデスクのランプだけが薄暗い室内を照らしている。もう何時間も作業を続けていたが、アレックスの不正を暴くための証拠をすべて整理し終えるまで、帰るつもりはなかった。彼女はこれまで数多くのプロジェクトに携わり、成功を収めてきたが、この時ほど自分の行動に責任を感じたことはなかった。アレックスの行為が明るみに出れば、彼のキャリアは終わり、この業界における信頼も失われるだろう。


サラは一瞬、深く息を吸い込み、窓の外を見つめた。ロサンゼルスの夜景が広がっている。普段ならこの景色を見ながら心を落ち着けることができたが、今夜はそれができなかった。彼女の頭の中には、アレックスが持つ力と、その報復への恐怖がよぎっていた。しかし、正義を貫く決意は揺らがない。彼女は会社のため、そして同僚のためにも、この不正を見過ごすわけにはいかなかった。


そんな時、オフィスのドアが静かに開いた。


サラは顔を上げ、ドアの方を見た。そこに立っていたのは、アレックス・ウィンストンだった。彼はいつもの冷静さを装い、穏やかな微笑みを浮かべていたが、その笑顔には何か不穏なものがあった。サラは瞬時に警戒心を抱き、背筋を伸ばした。彼がこんな時間にここにいる理由が良いものであるはずがない。


「サラ、まだ仕事をしているんだね。」アレックスが声をかけ、彼女に近づいてくる。「こんな遅くまで残業だなんて、大変だろう?」


サラは表情を崩さずに応じた。「ええ、ちょっと片付けなければいけない仕事があって。でも、もうすぐ終わるわ。」


アレックスは彼女のデスクにゆっくりと歩み寄り、机の上に広げられた資料に視線を向けた。そこには、彼が恐れていた内容が並んでいた。彼女は本当に彼の不正を突き止めていたのだ。アレックスの笑顔は微かに揺らぎ、その目に冷酷な光が宿る。


「それは…君のためにならないものだよ、サラ。」アレックスの声は柔らかいが、底知れない冷たさが感じられた。「この仕事、終わらせる必要はないんじゃないか?」


サラは彼の言葉の裏に隠された脅威を感じ取ったが、怯むことなく答えた。「私は自分の信じる道を進むだけよ、アレックス。それに、もう後戻りはできないわ。」


その瞬間、アレックスの顔から穏やかな表情が消えた。彼の瞳には冷酷な決意が浮かび、サラの言葉が彼を決定的な行動へと駆り立てた。彼女が自分のキャリアを破滅させる前に、彼女の命を奪うしかなかったのだ。アレックスは静かに彼女の背後に回り、計画通りの動きを取るため、状況を見極めた。


サラはアレックスの突然の沈黙に気づき、ゆっくりと彼を振り返った。その瞬間、彼女は何かが間違っていることに気づいた。彼の目には、彼女がこれまで見たことのない冷酷さと無感情さが浮かんでいた。そして、サラは次の瞬間、自分の命が危険にさらされていることを直感した。


「アレックス、何をするつもりなの…?」サラは後ずさりしながら、緊張した声で問いかけた。しかし、アレックスは無言のまま彼女に近づき、手を伸ばした。


次の瞬間、サラは背後に感じた冷たい風と共にバランスを崩し、窓際へと押し込まれた。彼女の手が無意識に窓の縁を掴もうとするが、力が入らない。アレックスは無表情のまま、彼女をバルコニーの手すりに押し付ける。そして、サラが恐怖に目を見開いた瞬間、彼は冷酷に彼女の手を放した。


サラの悲鳴がビルの外に響き渡る。彼女の体はバルコニーから真っ逆さまに落下し、夜の闇の中へと消えていった。彼女の叫び声が静まると同時に、アレックスはゆっくりと手を下ろし、呼吸を整えた。


彼はバルコニー越しに、サラが地面に激突する音を聞いた。計画通りだった。彼の脳内で組み立てた完全な犯罪は、まさにその通りに進んでいた。これで全てが終わり、彼の秘密は守られるはずだった。アレックスは冷静な目で下を見下ろし、サラの亡骸を確認する。


「やっと、片付いたか。」彼は静かにそう呟き、ビルの上層階に吹く冷たい風を受けながら、室内に戻った。今や彼に証拠は何もない。カメラは無効化されていたし、指紋や痕跡も残していない。アレックスはゆっくりとオフィスの明かりを消し、冷静な足取りで廊下を歩き出す。


ビルの出口に向かうアレックスの表情には、何の後悔もない。完璧な犯罪を成し遂げた自分に、満足感すら感じていた。警察が現れたとしても、彼の犯行を疑うものは誰もいないだろう。彼はエレベーターに乗り込み、ゆっくりと閉まるドアの中で、かすかに微笑みを浮かべた。


「全ては、計画通りだ。」


アレックスは自信満々でビルを後にしたが、彼の知らないところで、この夜が決して完璧な夜ではないことを証明する者が現れようとしていた。

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