第3話 コロンボ登場

朝日がロサンゼルスの街を照らし、ビジネス街が動き出すころ、ビルの下には小さな騒ぎが起こっていた。警察のパトカーが数台、ビルの前に停まり、周囲には黄色い規制線が張られている。昨夜の静けさとは打って変わって、ビルの前には通行人が集まり、何が起こったのかと立ち止まって様子を伺っていた。誰もが思っていたことは同じだった――ただの事故なのか、それとも何か異常なことがあったのか。


ビルの前に倒れていたのは、サラ・ウィルキンスの冷たい体だった。彼女は昨夜、ビルのバルコニーから転落し、地面に叩きつけられた。警察はこの事故に関して最初は単なる不慮の転落死として扱っていたが、何かがおかしいということに気付く者が現れた。それが、刑事コロンボだった。


例のごとく、古びた茶色いプジョーが警察の規制線の前に停まる。ドアがゆっくりと開かれ、いつもお馴染みのヨレヨレのレインコートに身を包んだ刑事コロンボが姿を現した。彼の目は眠そうに細められ、ぼんやりとした様子だが、その背中には警察官たちが自然と道を開ける。彼はゆっくりと現場に向かって歩き出した。


「事故だと聞いて来たんですがねぇ…」とコロンボは誰にともなく呟きながら、現場を見渡す。「でも、どうにもこうにも、腑に落ちないことが多いんですよ。」


彼の声は低く、周囲のざわめきにかき消されそうだったが、コロンボの動きは慎重で、何かを探しているようだった。彼はサラの遺体に近づき、腰をかがめてその状況を確認する。彼女の手には微かに擦り傷が残り、彼女が何かを掴もうとした跡が見て取れた。コロンボは目を細め、彼女の手元をじっと見つめる。


「んん、なるほど…これはちょっと変ですねぇ。まるで…何かから逃げようとしていたように見えますね。」コロンボは呟くと、周囲の警察官たちに軽く声をかけた。


「彼女が落ちた場所から現場を見渡してみてください。周囲にカメラはありますよね? ただ、カメラが作動していたかどうか、念のため確認してほしいんです。何か、見落としているかもしれませんからね。」


コロンボはその後も遺体の周囲をじっくりと観察し続ける。彼の視線は、遺体の手や足、周囲の地面に至るまで、些細な痕跡を見逃さない。そして、彼の目に止まったのは、わずかな足跡。サラの靴跡ではない何かが、ビルの入り口に向かって続いていた。コロンボはその跡を追い、顔を少ししかめながら首をかしげた。


「どうやら、この足跡、誰かが慌てて立ち去ったようですねえ。しかも…靴が泥だらけです。昨日の夜は雨が降っていないはずなのに、なぜこんな泥が…?」


コロンボの疑念は深まっていく。事故に見せかけた殺人だとしたら、犯人はこの現場に戻ってくるかもしれない。そして彼は犯人がどんな人物なのか、わずかな手掛かりをもとに頭の中で組み立て始めた。


そのとき、ビルのエントランスから一人の男が現れた。背が高く、スーツ姿の洗練された風貌――それはアレックス・ウィンストンだった。彼はいつものように自信に満ちた態度で、警察の動きをちらりと見ながら歩いてくる。彼の表情には焦りや緊張は微塵も感じられず、むしろその顔には不敵な微笑が浮かんでいるようにも見えた。


コロンボは彼に気づき、のんびりと歩み寄った。「ああ、失礼、あなたは…?」


アレックスは一瞬驚いたが、すぐに微笑んで自己紹介した。「アレックス・ウィンストンです。テクノロジー・ホライズンのCEOを務めています。今朝、私の会社で何か問題があったと聞きましてね。」


コロンボは軽く頭を下げ、名刺を受け取ると、わざとらしくしばらくそれを見つめた。「ああ、ウィンストンさんですね。こちらで何かお仕事中だったんですか?」


「いや、私は昨夜はここにはいませんでした。ただ、今朝出社したら騒ぎになっていて、それで来たんです。」アレックスは答えながら、冷静な様子を保ったまま周囲を見渡している。


コロンボはニコニコと笑みを浮かべ、「なるほど、それはご心配でしょうねぇ。私も朝からちょっとお邪魔しておりまして…ああ、そうだ、ウィンストンさん、ひとつお聞きしてもよろしいですか?」と、例のごとく何気なく質問を投げかけた。


アレックスは少しだけ眉をひそめ、「もちろん、何でもどうぞ。」と応じた。


コロンボはしばらく口元に指を当てて考えるふりをしながら、ゆっくりと話し始めた。「このビルの防犯カメラ、昨夜の一部の映像が途切れているんですが…どうしてだと思われますかねえ?不思議なことですよね。」


アレックスの顔に一瞬、動揺が走ったが、すぐに平静を装い、「それは…技術的な不具合かもしれません。何しろ、ビルのセキュリティシステムは複雑ですから、時々こうしたことが起こるんです。」と、冷静に答えた。


コロンボは頷きながら、「なるほど、技術的な問題ねえ。まぁ、時々そういうこともありますよね。でもね、ウィンストンさん、どうしても気になるのは、昨夜、ちょうど彼女が落ちた時刻だけカメラが切れているんですよ。まるで…誰かが意図的にやったように思えなくもないんですけどねぇ。」


アレックスはその言葉を聞いても表情を崩さず、むしろ落ち着いた様子で微笑を浮かべた。「刑事さん、それは考えすぎですよ。このビルには何百ものカメラがあり、たまたまそういうことが起きたんでしょう。」


コロンボは微笑みを返しながら、「そうかもしれませんね。たまたま…ね。」と、静かに言った。


この瞬間、コロンボはアレックスに何か不自然なものを感じ取っていた。そして、彼の直感は既に告げていた――この男が何かを隠している、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る