第4話 疑念の芽生え
アレックス・ウィンストンは、エレガントなスーツに身を包み、テクノロジー・ホライズンのオフィスに戻っていた。今朝の警察の訪問と、刑事コロンボとの短いやり取りの後、彼は一応の冷静さを取り戻していたが、内心には微かな不安が広がっていた。コロンボはあの飄々とした態度のまま去っていったが、その口調や、妙に粘り強い質問の仕方には何か嫌なものがあった。特に、防犯カメラの不具合についての質問が、心に引っかかっている。
「ただの警察官だ、奴が何を知っているわけでもない…」
アレックスは自分にそう言い聞かせ、デスクに座ってコンピュータの画面を見つめた。画面には、昨夜の監視カメラ映像が一部消去されている痕跡が残っている。彼はハッキングのスキルを駆使して、システムのログを完璧に消し去ったはずだ。何もかも計画通りに進んでいた。しかし、コロンボの鋭い視線としつこい質問が、アレックスの心に小さな亀裂を入れていた。
その頃、コロンボはまだテクノロジー・ホライズンのビル内にいた。彼はエレベーターを降りてからゆっくりと建物の内部を歩き回り、細かいことを観察していた。オフィスの隅々まで目を配り、細かなディテールに気を留める彼の姿は、決して目立たないが、確実に異常を探し出そうとしていた。
「ウィンストンさん、どうも様子がおかしいねぇ…」
コロンボは小声で自分にそう呟くと、ビル内の他の社員たちに何気なく話しかけ、いくつかの基本的な質問を続けていた。彼が目指していたのは、防犯カメラに関する技術部門だった。セキュリティの一部が途切れている原因を突き止めようとしていた。
技術部門の担当者は、コロンボに対応するために呼ばれた。彼は面倒そうにしながらも、画面を操作し、ビル全体の防犯カメラの履歴を確認していく。しばらくすると、担当者は眉をひそめて画面に目を凝らした。
「変ですね…昨夜の23時30分から23時35分の間、特定のカメラがすべてオフラインになっています。システムが自動的に復旧した形跡がありますが…故障したというわけではなさそうです。どうやら誰かが手動でカメラを一時的にオフにしたようですね。」
コロンボはその言葉を聞いて、興味深そうに首をかしげた。「ああ、そうですか。カメラが手動でオフに…それはなかなか面白いですねぇ。これがどのカメラだったか、確認できますか?」
担当者は画面に映し出されたセキュリティシステムの詳細を調べながら、「ええ、このビルの最上階、バルコニーに向かう廊下のカメラですね。このカメラがオフになっている間に何が起こったかは記録されていません。」
コロンボはそれを聞くと、何とも言えない表情を浮かべながら軽く頷いた。「なるほど。最後の瞬間が映っていないんですね。誰かがそこにいたということになりますかねぇ。これはまた、ますます興味深い話になってきました。」
彼はそのまま担当者にお礼を述べ、足早にその場を去った。表面上は何でもないような日常の一幕に見えるが、コロンボの頭の中では、すでにアレックス・ウィンストンが容疑者として浮かび上がっていた。彼が計画的にカメラを操作し、事故に見せかけてサラを殺害したのではないか――そんな仮説が頭の中で組み立てられていたのだ。
コロンボは再びオフィスの廊下を歩きながら、アレックスとのやりとりを思い出していた。彼の不自然な落ち着き、そして質問に対する返答の一つ一つが、どこかぎこちなく感じられた。それは、経験豊富なコロンボだからこそ気付く微妙な違和感だった。
「ウィンストンさん、君は随分冷静だったねぇ…でも、私が知りたいのは、その冷静さの中に隠れたほんの小さな焦りだ。カメラを手動で切ったこと、まさか君が知らないってことはないだろうね?」
そのころアレックスは、自分のオフィスで苛立ちを隠せなくなっていた。彼は、コロンボがビル内で何かを探っているという報告を受けていた。そして、防犯カメラのシステムが問題視されていることを知り、緊張が募っていた。
「奴がどこまで知っているんだ…?」
アレックスは、完璧な犯罪計画を信じていた。だが、コロンボという男が持つ独特の鋭さが、彼の心をじわじわと蝕んでいた。アレックスは、再びパソコンの前に座り、監視カメラのログを確認しようとしたが、既にその手掛かりは消している。これ以上何も掴まれるはずがないと自分に言い聞かせようとするが、焦燥感は次第に増していく。
その時、オフィスの扉が静かにノックされた。アレックスは反射的に顔を上げ、冷静を装って「どうぞ」と答えた。ドアが開き、ゆっくりと現れたのは、コロンボだった。彼の姿を見るやいなや、アレックスの心臓は一瞬跳ね上がったが、それを表情には出さないように努めた。
「ウィンストンさん、ちょっとお時間よろしいですかねぇ。いやあ、さっきのことなんですけど、ちょっと気になることが出てきましてね。」
コロンボは例の如く、柔らかな笑顔を浮かべ、気軽に話しかけてきた。その態度は、今も変わらず飄々としていて、警戒心を和らげるような雰囲気を醸し出している。しかし、アレックスはその奥にある何かを感じ取っていた。彼は、コロンボが簡単に引き下がるような刑事ではないと直感していたのだ。
「もちろん、何でもどうぞ。」アレックスは努めて冷静に答えたが、内心の動揺を抑えるのがますます難しくなっていた。
コロンボは椅子に腰かけ、アレックスの顔をじっと見つめながら、ゆっくりと話を切り出した。「ウィンストンさん、防犯カメラの件なんですけどねぇ、技術の方に話を聞いてきましたら、どうも誰かが手動でカメラをオフにしたらしいんですよ。ちょうどサラさんが落ちた時間帯です。」
アレックスの心臓が再び跳ね上がった。しかし、彼はすぐに平静を装い、困惑した表情を作って答えた。「それは妙ですね。セキュリティシステムに問題があるのかもしれませんが、私には何もわかりません。」
コロンボはその答えに軽く頷いたが、その目は鋭くアレックスを見つめ続けていた。「ええ、そうかもしれませんね。ただ、手動でカメラを切るなんて、誰かが故意にやったとしたら、なんとも奇妙な話です。もしや、ウィンストンさん、昨日の夜はビルにはいらっしゃいませんでしたか?」
その質問に、アレックスは一瞬答えるのをためらった。コロンボの目がまっすぐに自分を見つめているのを感じた時、彼は自分が追い詰められていることをようやく理解し始めた。
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