第8話 完璧な舞台

夜のロサンゼルスはいつも通り賑やかだった。だが、音楽スタジオ「サウンドウェーブ」の中は、まるで異空間のように静寂に包まれていた。そこにただ一人、プロデューサーのマーク・グラントが、薄暗いライトの下で作業をしていた。目の前に広がるミキシングコンソールは、まるで彼の楽器のように扱われ、マークは冷静かつ正確にボタンを押し、フェーダーを上下させていた。


「これでいい…完璧だ。」

マークは自分にそう言い聞かせながら、ニヤリと笑った。彼は長年、この業界で成功を収め、数々のヒット曲を生み出してきた。その裏には、計画的で冷酷な手法を隠し持っていた。だが、今回はただのヒット曲作りではない。彼が今夜スタジオで行っているのは、リサ・ホールデンという若きアーティストの命を奪うための、冷酷な殺人計画だった。


リサ・ホールデン。彼女は天才的な才能を持ち、音楽業界で急速に台頭してきた新星だった。しかし、彼女の才能と個性がマークにとって厄介な問題となっていた。リサは、マークの支配下にとどまらず、他のレーベルに移籍しようと動き始めていた。もし彼女が契約を破棄し、別のプロデューサーと契約した場合、マークの名声と収入は大きく損なわれるだろう。そう、リサの才能はマークにとって脅威でしかなかった。


「逃がさない…リサ、君は僕の手の中にいるんだ。」


マークは、彼女が二度と自分の手から逃げられないようにするために、音楽スタジオという「完璧な舞台」を選んだ。リサはその夜、スタジオで新曲の録音をしていたが、それが彼女の最後のレコーディングになるとは思ってもいなかった。マークは彼女が薬物を服用したかのように見せかけ、スタジオ内で転落死させる計画を立てていたのだ。


マークは、自分の音響技術を駆使し、リサの死を「事故」や「自殺」に見せかけるための完璧な音声を作り上げていた。録音機材を操作し、リサがふらついて足を滑らせる音や、彼女の最後の悲鳴を巧妙に再現した音声を編集していく。その音声が証拠として残り、彼女の転落死を納得させるためのカギとなるのだ。


「リサ…君は音楽の世界で永遠に残る。でも、その代わりに、君はこの世から消えるんだ。」


彼はすでに決めていた。リサの転落死が「偶然」の結果だと証明されれば、誰も彼を疑うことはない。彼の完璧な計画は、音の中に隠されている。録音された音声だけが彼女の死を物語り、他に証拠は残さない。リサが薬物を摂取していたとされる偽装まで施され、警察も手を打てないはずだ。自信に満ちた表情のまま、マークはスタジオを後にした。


彼の計画は、リサを転落死させ、彼女の死を事故に見せかける完全犯罪だった。誰にも知られることなく、彼女の命を奪い、業界における自らの支配力を守るための策だった。


スタジオの外に出ると、冷たい夜風が彼の頬を撫でた。街は相変わらず騒がしく、彼に気を留める者などいなかった。マークは自分の車に乗り込み、エンジンをかけると、どこか満足げな笑みを浮かべた。


「すべては計画通りだ。これで終わりだ…」


しかし、彼はまだ気づいていなかった。彼が見落としたわずかなミス、そしてそのミスを見逃さない男――刑事コロンボの存在に。


---


次回予告


リサ・ホールデンの不可解な死は、音楽業界を震撼させる。誰もが事故だと信じていたその瞬間、刑事コロンボは一つの小さな違和感に気付く。音に隠された真実は何か?そして、マーク・グラントの完璧な計画に隠された致命的なミスとは――?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る