第7話 事件の終焉

アレックス・ウィンストンが連行されていく光景を、コロンボは静かに見守っていた。彼の表情はいつも通り飄々としているが、その目は鋭く、全てが解決したことを確信しているようだった。アレックスは完全に敗北し、肩を落としながら無言で警官たちに連れられていく。ビジネス界の成功者だった男が、たった一つのミスによって、全てを失った瞬間だった。


コロンボはその背中を見送りながら、デスクに置かれたアレックスの書類を何気なく手に取った。まだ数枚の書類が無造作に広げられており、その中にはサラ・ウィルキンスに関する情報も含まれていた。彼は一枚一枚を眺めながら、最後の確認をしているかのようだった。


「ウィンストンさん、あんたも優秀な男だったんでしょうねぇ…でも、どうしてこうなっちゃったんでしょうかね。」コロンボは誰にともなく呟いた。彼の声はいつも通りのんびりとしているが、その言葉の背後には、どこか感慨深いものが含まれていた。


部屋は静寂に包まれていた。広々としたオフィスには、かつてのアレックスの威厳がまだ漂っているようだったが、今やそれも虚しい。窓の外にはロサンゼルスの街が広がり、日の光が差し込んでいる。コロンボはその景色を眺めながら、しばらくの間静かに立ち尽くしていた。


そのとき、背後から足音が聞こえてきた。振り返ると、アレックスの秘書であるリンダが立っていた。彼女は緊張した表情で、コロンボに近づいてきた。彼女の目には、上司が逮捕されたことへの驚きと、ある種の安堵が混じっているように見えた。


「刑事さん…本当に、アレックスが…?」リンダは小さな声で尋ねた。


コロンボは優しく微笑みながら、彼女に向き直った。「ええ、リンダさん。彼がやりました。サラさんの死は事故ではなく、計画的な殺人でした。でも、犯行が完璧だと思っていたところに、小さなミスがあったんですよ。」


リンダは唇を噛みしめ、苦しそうに俯いた。「サラは…とても優秀で正義感の強い人でした。彼女がアレックスと対立していることは知っていましたが、こんな結果になるなんて…信じられません。」


コロンボは彼女の言葉に静かに頷き、そっと肩に手を置いた。「彼女は立派な方だったんでしょうねぇ。正義感が強い人ほど、時に危険な目に遭うこともある。彼女が守ろうとしたものを、誰かが代わりに引き継いでいくことが大事です。」


リンダは深く息を吸い、涙を拭いながら顔を上げた。「彼女が守ろうとした真実、私たちがそれを無駄にしないようにします。」


コロンボは満足げに頷き、再び窓の外を見つめた。「そうですねぇ。あなたのような方がいるなら、きっと大丈夫ですよ。」


リンダは感謝の気持ちを込めて軽く頭を下げ、その場を去っていった。彼女が去った後、オフィスには再び静寂が戻った。コロンボは、デスクに残された最後の書類を手に取り、静かにそれを閉じた。すべてのピースが揃い、事件は終焉を迎えた。


コロンボは自分のレインコートを整え、帽子を手に取りながら部屋を出ようとした。しかし、ドアに手をかけた瞬間、ふと立ち止まり、振り返った。


「そうだ、最後にもう一つだけ…」


自分に向けてつぶやくように、コロンボはデスクに置かれていた一冊の書籍に目を留めた。それはサラ・ウィルキンスが書き残した技術的なメモで、彼女が最後に取り組んでいたプロジェクトに関するものだった。コロンボは手に取って表紙を見つめ、微かに笑みを浮かべた。


「サラさん、あんたの仕事はちゃんと報われるんだろうねぇ。」


彼はそう言いながら書籍を元の場所に戻し、ドアを開けて部屋を後にした。廊下をゆっくりと歩きながら、コロンボはこれまで解決してきた無数の事件のことを思い返していた。どの事件も、犯人は完璧な犯罪を計画し、全てを隠そうとしていたが、最終的には小さな一瞬のミスが決定的な証拠となっていた。


コロンボの足音は静かに廊下に響く。エレベーターに向かう途中、彼はポケットから一服のタバコを取り出し、口元にくわえた。エレベーターのドアが開き、彼が乗り込むと、ゆっくりとドアが閉まった。


ビルの外に出たコロンボは、日差しを浴びながらプジョーの方向へ歩いていった。街の喧騒が遠くから聞こえる中、彼はようやくタバコに火をつけ、一口吸い込んだ。煙が空に舞い上がると同時に、彼は心の中でサラ・ウィルキンスの無念さを思い浮かべた。


「正義ってのは、必ずどこかで報われるもんだよなぁ…」


コロンボはそう言いながら、再び車に乗り込んだ。エンジンの音が静かに響き、彼のプジョーはいつものようにロサンゼルスの忙しい街へと消えていった。

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