第6話 アレックスの崩壊
アレックス・ウィンストンは、コロンボのしつこくも丁寧な質問攻めに耐えながらも、内心では激しい焦りを感じていた。完璧だと信じていた計画が、少しずつ、そして確実に崩れていく感覚が彼の胸を締め付けていた。泥の証拠、セキュリティカードの記録、そして防犯カメラの異常な挙動――すべてがアレックスに向けられていた。彼はこれまで何度も危機を乗り越えてきた。ビジネスの世界では、他人を巧みに操り、競争相手を打ち負かすことに成功してきた。だが、今回は状況が違う。相手はコロンボ――どんなに巧妙な犯罪でも、その一瞬のミスを見逃さない老練な刑事だった。
コロンボは、アレックスのデスクに軽く手を置きながら、さらに追及を続けた。
「ウィンストンさん、今まで私も色々な現場を見てきましたけどねぇ、どうもこの事件には腑に落ちないことが多すぎるんですよ。例えば、サラさんの落下が事故であるという見解についてですが、彼女は何かから逃げようとしていたような痕跡があるんです。手すりには彼女の爪痕がしっかり残っていましてね、まるで誰かが彼女を押したかのように見えるんですよ。」
アレックスは、冷静さを保ちながらも、コロンボの言葉に徐々に追い詰められていく感覚を覚えていた。頭の中では次々と反論を考えたが、どれもその場しのぎに過ぎない。事実が積み重なり、彼の作り上げた完璧な虚構が徐々に崩壊していく音が、心の中で響いていた。
「刑事さん、それはあなたの推測に過ぎません。」アレックスは冷ややかに答えた。「私がサラを押したという証拠はないはずです。彼女が不注意でバルコニーから落ちた、ただそれだけの話ですよ。」
コロンボは微笑を浮かべたまま、「ええ、ええ、その通りです。確かに証拠がなければ、そう言うことになりますよねぇ。でもね、ウィンストンさん、私が不思議に思うのは、どうしてサラさんが落ちた直前に、ビルのカメラが一時的にオフになったのかということなんですよ。まるで、誰かがその瞬間を見せたくなかったように思えるんですけどねぇ。」
アレックスは一瞬、心臓が止まるような感覚を覚えた。彼が意図的にオフにした防犯カメラ――それが最も大きなミスだった。だが、その動揺を表情に出さないように努めながら、さらに反論を試みた。
「それは技術的な問題か、システムの不具合でしょう。」彼は冷静に言い放った。「私がカメラを操作したわけではありません。何かのエラーだったのかもしれませんね。」
コロンボは再び頷きながら、「ああ、エラーね。確かにそんなこともありますよね。でもね、ウィンストンさん、ちょっと面白い話を聞いたんですよ。このビルのセキュリティシステム、かなり高度なものだって。ちょっとやそっとじゃエラーは起きないらしいんです。」
コロンボはポケットから小さなUSBメモリを取り出し、アレックスのデスクに置いた。アレックスはそれをじっと見つめたが、何が入っているのかはまだ知らない。
「これはね、防犯カメラのログを保存しているファイルです。あなたが上手くデータを削除したつもりかもしれませんが、我々のデジタルフォレンジックチームは、それを復元するのが得意でしてねぇ。この中には、あなたがカメラのシステムを手動で操作したという記録がしっかり残っているんですよ。」
アレックスの顔が、ほんの一瞬だけ硬直した。彼の計画の肝だった防犯カメラの改ざんが、コロンボによって突き止められたのだ。それは、彼にとって避けられない終わりの始まりを意味していた。
「それでも、直接的な証拠にはならないはずだ。」アレックスはかろうじて冷静さを保ちながら答えたが、声はわずかに震えていた。「私はサラが落下した瞬間にはビルにいなかった。それが真実です。」
コロンボは、さらに一歩踏み込んだ。「確かに、直接の証拠というにはまだ足りないかもしれませんねぇ。でもね、ウィンストンさん、実はもう一つだけ確かなものがあります。それは、サラさんのスマートフォンです。」
アレックスはその言葉に激しく動揺した。サラのスマートフォン? 彼女のデバイスは、彼が想定外の要素だった。彼女が死ぬ直前に何かを残していたのだろうか?
コロンボは続けて、「サラさんのスマートフォンには、最後に送信されていなかったメッセージが残っていました。彼女はあなたの不正を証明するデータを送ろうとしていたんですよ。どうも彼女は、それをあなたに知られてしまい、命を狙われたようですねぇ。」
アレックスの呼吸は浅くなり、心の中で葛藤が巻き起こった。彼は何とか冷静を装い続けようとしたが、コロンボの言葉が重くのしかかっていた。サラの死が、ただの「事故」ではなく、明確な殺人として認識されつつあった。
コロンボは、さらに詰め寄るように、「彼女が何を知っていたのか、あなたはよく知っていたんじゃないですか? それが公になる前に、彼女を黙らせようとしたんですよねぇ? サラさんが落ちたのは、あなたが手をかけたからですよね?」
アレックスの心の中で、これまで築き上げてきた自信が一気に崩れ去った。彼の冷静な仮面がひび割れ、真実が露呈する瞬間が迫っていた。彼はコロンボの鋭い目を避けようと視線を逸らしたが、刑事の追及は止まらなかった。
「ウィンストンさん、正直に言うとねぇ、あなたは相当頭の良い人だと思いますよ。でも、誰にでもミスはあります。そして、今回のあなたのミスは、この完璧な計画を崩壊させる一瞬の出来事だったんです。」
ついにアレックスは限界に達した。彼は椅子から立ち上がり、コロンボに向かって歩み寄った。目には激しい怒りが宿り、冷静さを完全に失った。
「そうだ、私はやったんだ!」アレックスは叫んだ。「サラは私を脅してきた。彼女が持っている情報が公になれば、私はすべてを失うところだった。だから、私は仕方なく彼女を消したんだ! 完璧な計画だったはずだ、だが、お前が…お前がすべてをぶち壊した!」
コロンボは、彼の怒りの言葉を静かに受け止めながら、少しだけ頭を下げた。「そうですか。ウィンストンさん、あなたも立派な経営者ですけどねぇ、私もこの道を長くやってますからねぇ。何も見逃さないんですよ。」
アレックスはついに膝から崩れ落ち、頭を抱えた。すべてが終わった。コロンボが持っていた証拠と、彼の執拗な追及によって、アレックスの完璧だったはずの犯罪計画は、瓦解してしまった。
「全てを失った…」彼は小さく呟いた。
コロンボはその場を離れ、警官に向かって軽く手を挙げた。「彼を連れて行ってください。」と穏やかに指示を出し、再びのんびりとした足取りで部屋を出た。
アレックスはその後、静かに手錠を掛けられ、刑事に連行されていった。
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