第10話 コロンボの疑念
リサ・ホールデンの突然の死は、音楽業界全体に衝撃を与えた。スタジオ内は沈んだ空気に包まれ、警察の捜査が進められていたが、誰もが口を揃えて「自殺だ」と信じ込んでいた。彼女は精神的に不安定だった、ストレスが限界に達していた――それがスタジオ関係者や友人たちの共通の認識だった。
だが、刑事コロンボは違った。彼の目は鋭く、現場の些細な違和感を決して見逃さない。いつものレインコートを身にまとい、少し背中を丸めたコロンボが、現場のスタジオに足を踏み入れた瞬間、周囲の空気が変わった。彼は周囲をぼんやりと見渡しながら、何かを探し始めていた。
「いやぁ、いいスタジオですねぇ…リサさん、ここでよく仕事をしてたんでしょう?」
コロンボは、まるでただの見物人かのように周囲に軽い調子で話しかけた。だが、その目は鋭く、細かな点を注意深く観察していた。彼が向かったのは、スタジオの中心に鎮座する巨大な録音機材だった。
「ふむ…これが彼女の最後の録音機材ですかねぇ。」
彼はコンソールに手を伸ばし、微妙に動かされたフェーダーや、ケーブルの位置を確認していた。まるで何かを感じ取ったかのように、コロンボは顔をしかめて軽くうなずいた。彼の直感は、このスタジオで起きたことが単なる自殺ではないことを告げていた。
「それにしても…不思議なことが多すぎますねぇ。」
コロンボは、何気なく口にしたこの言葉に、周囲の警官や関係者たちが耳を傾け始めた。リサが本当に自ら命を絶ったのか、それとも――? 彼の疑念が一つの方向へと向かい始めていた。
「どうして、こんなに綺麗に整理されているんでしょうかねぇ?」
コロンボは、整理整頓された機材や資料に目をやった。リサが突然の発作や混乱で転落死したなら、もっと乱れた形跡があってもおかしくない。だが、このスタジオはまるで誰かが意図的に後片付けをしたかのように整然としていた。
その時、スタジオの奥から一人の人物が歩み寄ってきた。**マーク・グラント**、リサのプロデューサーであり、彼女の仕事のパートナーだった男だ。彼は冷静な表情を浮かべ、コロンボに話しかけた。
「刑事さん、彼女は精神的にかなり不安定でした。音楽業界のプレッシャーは並大抵のものじゃない。リサは素晴らしい才能を持っていましたが、それを扱うのは彼女にとって重荷だったんです。」
コロンボは彼の言葉をじっくりと聞きながら、小さく頷いた。しかし、その表情にはどこか納得していない様子があった。
「なるほど、そうかもしれませんねぇ。私も仕事でストレスを感じることはありますからねぇ。でもね、マークさん、何か引っかかるんですよ。彼女の最後の録音、ちょっと聞かせてもらえますか?」
マークは一瞬動揺したが、それを表情には出さずに、静かに録音機材の操作を始めた。コロンボはそれをじっと見つめていた。彼の目は、マークの動きの一つ一つを逃さないように追っている。
録音されたリサの声がスタジオ内に響き渡る。彼女の歌声は美しいが、どこか不安定で震えている。音が途切れる瞬間、コロンボは眉をひそめた。何かが、音に仕組まれていると感じたのだ。
「この音、ちょっと奇妙じゃないですかねぇ?リサさんが歌ってる最中、何かがあったように聞こえますが…」
マークは一瞬目を泳がせたが、冷静を装って答えた。「彼女がパニックになっていたんです。急に感情が崩れたんでしょう。」
コロンボは微笑みを浮かべながら、頭をかすかにかしげた。「ええ、そうかもしれませんね。でも、もうちょっと詳しく調べさせていただけますかねぇ? 何か音に隠れているかもしれませんから。」
マークは軽く頷きつつも、心の中で焦燥感を覚えていた。コロンボのしつこさに、不安が少しずつ募っていくのを感じたのだ。
コロンボは再び録音を再生しながら、じっと耳を傾けた。その時、彼の顔にふと何かを見つけたかのような表情が浮かんだ。だが、それをすぐに口に出さず、慎重に音響機材の設定を確認した。彼は一瞬立ち止まり、考え込むようにスタジオの中を歩き回った。
「マークさん、私はねぇ、音楽についてはあまり詳しくないんですが、音っていうのは嘘をつかないんですよねぇ。リサさんがこのスタジオで、最後に何を感じていたのか、その音が語ってくれる気がするんです。」
コロンボの言葉に、マークは返答を控え、表情を隠すように目を伏せた。彼の心には動揺が広がっていた。計画が完璧だったはずの殺人が、コロンボの鋭い洞察力によって崩れ始めていることに気づき始めていたのだ。
---
次回予告
コロンボが音に隠された秘密に気づき始めた。リサ・ホールデンの死の真相に迫るコロンボの直感は、音響技術を駆使した殺人計画に一歩ずつ近づいていく。音が語る真実とは何か?そして、マーク・グラントが仕組んだ「完璧な音の罠」に隠された秘密とは――?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます