第25話 お使いと【錬金】のスキル
次の日、僕とジャッキーは予定通り、アジトからすっかり離れたところに来た。
いくつものお店が立ち並んでいるけど、カポールの中央部よりもずっとこぢんまりしていて、人の往来も少ない。
これだけのどかな風景だと、当然自警団らしい人の影も見当たらない。
闇取引をするのなら、下手な暗がりよりもよっぽどうってつけだろうね。
「アニキ! メーター商店って、ここだべ?」
「みたいだね。周りに誰もいないし、早めにお使いを済ませて帰るとしようか」
僕らは頷き合い、目の前の小さな家具屋の扉を押し開けた。
ちりん、と小さな鈴の音が鳴ると、ひょろりとした中年男性が奥からやってきた。
「いらっしゃい。家具をお探しで?」
店主らしい男性が、貼り付けたような笑顔とともに言った。
僕らみたいな子供に家具のことを聞くのはおかしな話だけど、これはフェイク。
「ええと――」
あくまで本命は、彼の問いかけの後に続く会話だ。
ここから僕が合言葉を切り出すのが、取引開始の合図になる。
『合言葉は三つある。ひとつでも間違えば、貴様に二度と素材を売らんからそのつもりでな』
グレゴリーさんの言葉を思い出しながら、僕は記憶に意識を集中させて口を開いた。
「――3種類の魔物の皮を使った、長椅子と食器棚を探してるんです」
店主の眉間に、わずかにしわが寄る。
「……食器棚は何段のものをお探しで?」
「4段か5段がいいですね」
「どの魔物の皮をご希望されますか?」
「友人に任せます」
ここまで言って、沈黙が流れた。
しまった、何か間違えたかなと僕が冷や汗を流すと、店主が肩をすくめた。
「……こんな子供がマフィアのお使いとは。闇ポーションの縄張り争いでカポールが物騒になって、マフィアが表に出にくいとはいえ、嫌な世の中になったもんだぜ」
その態度は、さっきまでの恭しさなんてみじんも感じないほどフランクで、親戚のおじさんか何かみたいだ。
きっと、こっちの方が彼の本来の性格なんだろう。
同時に僕はほっと胸を撫で下ろした。彼の様子は、合言葉が通じた証拠だ。
「あの、それじゃあ、ポーションの素材は……」
「待ってな。ティラミス・ファミリーに頼まれた分は全部用意してあるからよ」
店主は店の奥に行って、すぐに僕らのところに戻ってきた。
「代金はあとで請求するから、持って帰りな」
彼の手に握られた麻袋が開かれると、出てきたのは何に使うか分からない素材ばかりだ。
「マンドラゴラの若葉に
もともと錬金術の素材屋で育ったジャッキーからすれば、どれもこれもレア物らしい。
「高級な素材を使って、値段を安く抑えらえるのかな?」
「そりゃあ、資格持ちって付加価値でギルドが値段を吊り上げてるからな。闇取引してる方が、本来の値段なんだよ……そういや坊主、【
からからと笑う店主が、ふと思いついたように言った。
屋敷ではあまりポーションを生成するような機会はなかったし、ティラミス・ファミリーに加入してからは極秘の一点張りで、製造所の場所を教えてもらえなかった。
だから、錬金術に関して僕が知っているのは、その名前だけだ。
「いえ、一度も」
「だったらちょうどいい、見せてやるよ。俺だって一応、元々は資格をもらった立派な錬金術師だからな」
まるで腕前を披露したがっていたかのように、店主はカウンターの奥に回って、がさごそと棚を漁り、僕らのところに持ってきた。
魚の頭みたいなもの、何かの腕、異臭を放つ葉っぱに茶色いツボ。
家具屋なのに、出てくるのは精進料理の具材みたいなアイテムばかりだ。
「素材はこれと、これ……これも使うか。よし、まばたきするなよ」
店主はツボの中に素材を入れた。
どこからどう見ても悪趣味なスムージーにしか見えない、奇怪な素材達に彼が手をかざすと、青い光と共にそれらがどろどろと溶け始めた。
何が起こっているのかも理解できないうちに、光はすぐ収まった。
ツボから瓶に注がれたのは、中でピカピカと輝く薬品――ポーションだ。
「……すごい、素材が一瞬で溶けて、液体に……!」
泥と残骸の集合体でしかなかった素材が、手をかざすだけで魔法の薬品になるなんて信じられない。
こんな不思議な手順を見せられれば、付加価値がつくのも頷けるね。
「物質の概念を理解して混ぜ合わせ、まったく違うものに作り変えるのが【錬金】系統のスキルだ。鉱物専門の【
どこか満足した様子の店主は、ガラス製の瓶に木栓できつく蓋をして、僕に渡した。
「これはやるよ。今は無免だし、持ってたって使う機会がねえんだ」
「あ、ありがとうございます……」
どんな効能があるかさっぱりだから、僕も使う機会なんてなさそうだけど。
「いいか、表の道は自警団や他のマフィア、チンピラに見つかる可能性がある。出て行くなら左奥の出口を通って、裏道を使って喫茶店のある通りに出ろ。万が一やべえ奴らに鉢合わせても、うちのことは話すんじゃねえぞ、いいか?」
ずい、と顔を寄せてくる店主の気迫に押されて、僕は反射的に頷いた。
「はい!」
「アニキ、とっととずらかるべ! お邪魔しましたべよー!」
そうして素材の入った麻袋を引っ掴んで、僕とジャッキーは外に飛び出した。
とにもかくにも、これでお使いの半分は完了したんだ。
「ふう……来る時は正直緊張してたけど、あっさり終わるものだね」
裏口から静かな通りに出た僕は、やっと息を大きく吐いた。
どこかでミスをしてしまうんじゃないか、それがティラミス・ファミリーの今後のビジネスに大きく関わるんじゃないかと思うと、ずっと息が詰まっちゃいそうだった。
ジャッキーもほっとした様子だけど、すぐに頬を膨らませた。
「グレゴリーさんも、大袈裟だべ! おいら達がお使いもできないって思われてるのは、失礼しちゃうべや!」
「ジャッキーが怖がるのを見て、脅すのが楽しくなってきたんじゃないかな?」
「なおさら失礼だべ! おいらだって、もうマフィアの一員なんだから!」
ここに来る前は、あんなに怖がってたのに。
(とことんお調子者だなあ、ジャッキーは。そこがかわいいんだけどね)
でも、僕みたいに深く考えすぎる人間の相棒には、彼女がちょうどいいのかも。
少なくとも、ジャッキーは今の僕にとって、欠かせない大事な子だ。
「あとはこれを、アジトに持っていくだけだね」
「それにしても、マフィアは色んなところにものを隠してんべなあ。他にどんな、えれえもんを隠し持ってるのか、いっぺん聞いてみたいもんだべ」
「ははは、無理だと思うよ。他のマフィアと会う時は、きっと――」
ぽやぽやと夢想するジャッキーを見て、僕は笑った。
自分がどんな仕事をしていて、まだ終わっていないということすら忘れていた。
「――きっと、アブナイ時だもんねー☆」
だから、僕らにかけられる声は、ある意味必然だったんだと思う。
後ろから顔を覗かせてきた女性の、心臓に突き刺さるような明るい声は。
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