第10話 小粒の胡椒はピリリと辛い!

「こ、こんなのが証拠になるかい!」


 ただ、ふたりは証拠を突きつけられても、まだ事実を認めようとしなかった。


「バカなことを言うんじゃないよ、クソガキ! 何の関係もない人を傷つけたって、ティラミス・ファミリーに告げ口してやろうか!」

「第一、たまたまポケットの中に入っていた銀貨というだけで、誰のものかも分からないだろう! まったく、あんなグズのためにくだらない時間を使わせるんじゃあない!」


 おまけに、ジャッキーへの罵詈雑言ばりぞうごんを重ねる始末だ。


「グズ……ジャッキーのこと?」


 狼に舌を噛み千切らせてやりたい気持ちを、僕はぐっと耐えた。

 さっきも言ったけど、ジャッキーのためにも、この外道に言いたいことを全部言わせなきゃいけない。


「それ以外に誰がいるんだ! いるだけで人の迷惑になるバカのくせに、マフィアに入りたがるなんて! だから殺してもらおうと思ったのに、親の邪魔しかしない奴だ!」

「マフィアもマフィアで、ピンハネしたならしたやつを痛めつけて終わりにしなさいよ! なんで私達のところに来たのよ、もうジャッキーと私達は何の関係もないってのに!」

「それは本当かい? ジャッキーとは何でもないって?」


 僕の最終通告に返ってきたのは、ジャッキーの両親がぺっ、と吐いた唾だ。


「何度も言わせんじゃないよ! ったく、産んだのが間違いだったよ、あんな子を――」


 なら、情状じょうじょう酌量しゃくりょうの余地はない。

 誰も聞いていないと思って散々悪口を言うようなら、相応の仕置きが必要だ。




 例えば――バカにしていた本人登場、とかね。


「もういいよ。出ておいで、ジャッキー」

「えっ?」


 マヌケな顔を晒すふたりの前で、僕の影がうごめく。

 ぬるり、どろりとコールタールが沸き上がるように影が膨れ上がったかと思うと、僕よりもずっと大きな【影人間シャドーネイバー】が姿を現した。


「…………」

「「じゃ、じゃじゃ、ジャッキー!?」」


 影が縦に開いた中から飛び出したのは、赤毛のジャッキーだ。

 泣き虫な女の子とは思えないほど、形相に怒りがにじんでいる。


「彼女からスキルについて、どこまで聞いていたのかは知らない。けど、まさか自分自身を影に取り込んで、あたかも人の影のように振る舞えるとは知らなかったみたいだね」

「え、ええ!? ジャッキーに、そんなことができるのか!?」

「小銭欲しさにマフィアに売ろうとしたんだ、知らなくて当然か」


 ふたりはがちがちと歯を鳴らして、露骨にうろたえ始めた。

 娘のスキルの力すら知らないんだから、僕の話を鵜呑うのみにして、ここにはいないとたかを括ってたんだろう。


「もしもまだ自分が無実だと言い張るなら、彼女の前で言ってみろ」


 ぎろりと僕が睨むと、一層両親は委縮する。


「親不孝のうすのろだって罵倒した口で――言い訳でも並べてみたらどうだっ!」


 無言で仁王立ちするジャッキーの隣に並び、僕は大きく息を吸い込んで叫んだ。

 するとふたりは、あわあわとうろたえながら、彼女に哀願あいがんし始めた。


「ねえ、ジャッキー? お金を取ったんじゃなくて、たまたま机の上に落ちてたのを拾っただけなのよ? あなたのだなんて知らなかったわ、母さんを信じてちょうだい?」

「マフィアなんかやめて、お店に戻ってきておくれ。父さんやこのお店には、お前みたいな立派な後継ぎが必要なんだよ。だからさ、この子供を一緒に……」

「……もう喋らないでほしいべ」


 静かな、でも憤怒ふんぬを孕んだ声を聞いて、ふたりが震える。

 ジャッキーはもう、ふたりを何とも思っていないし、愛情なんて抱いちゃいない。


「おいら、ずっと待ってたべ。父ちゃんと母ちゃんが、おいらにいい子だって言ってくれるのを……ぶたれたって、蹴られたって、ずっとずっと待ってたべ……」


 わなわなと震える口から解き放たれる彼女の積年の怒りが、その証拠だ。


「でも、もういい……心にもない言葉なんて、言わなくてもいい!」


 影人間がテーブルを殴り飛ばすと、錬金術の素材として置かれていた胡椒がたっぷり詰まった容器が転がる。

 ジャッキーはそれを見てから、両親敵を睨みつけた。


「キートンなんて名前はもういらない! おいらは今から――ペッパー! 小粒でも舐めたら痛い目に遭う、ジャッキー・ペッパー! そんでもって……」

「よ、よせ……」

「おいらが今まで分、お前らをやるっ!」


 ジャッキーの怒声は、これまでの臆病者からは想像もつかなかった。

 彼女は今、勇気を振り絞って、離別する覚悟を決めたんだ。


「このおおぉっッ! 親不孝者があぁッ!」


 とうとう逆上した父親が飛び上がり、ジャッキーに襲いかかった。


「させないっ!」


 僕が突撃させた小袋の狼が、父親がジャッキーめがけて伸ばした腕に噛みついた。

 しかも今度は、牙を捻らせて肉を噛み千切るおまけつきだ。


「ぎゃあああああ!? 腕が、腕があああああ!?」


 涙を流してのたうち回る父親を見て、母親が黙っていればいいんだけど。


「よ、よくも! ふざけんじゃないよ!」


 ああ、やっぱり黙っていられないんだ。

 売り物のナイフを掴んで迫る母親も、辿る道は父親と変わらない。


『ガルルァッ!』

「ひぎいいいいいいッ!?」


 今度は狼が足を食いちぎり、転ばせる。

 骨が見えるほどの怪我を負えば、とても歩けはしないだろうね。


「言ったはずだよ、【狼の掟ウルフブラッド】は凶暴だって。小袋サイズだろうと、人間の腕に噛みついて肉を引きちぎるなんて造作もない」


 血が噴き出す腕を掴んで叫ぶ父親と、足を引きずってこの場を離れようと足掻く母親を、ジャッキーは少しの間見下ろしていた。

 そのうち僕にちらりと視線を向けて、何かを確かめたそうに肩を震わせた。


「……マックスウェル、さん。おいら……」


 きっと、最後の一押しが欲しいんだ。

 自分を縛り続けた呪いを完全に断ち切るのには、まだ彼女の意志が足りないんだ。

 そう気づいた僕は、力強くジャッキーの背中を叩いた。


「好きにするといいよ。邪魔も抵抗もさせない、僕が保証する」

「……はい」


 彼女は深く頷いて、悶絶するふたりの前に影人間を立たせる。


「【影人間シャドーネイバー】のパワーがどれくらいか、一度教えたことがあるべ。覚えてるべか、“床板も家具も殴り壊せる”って言ったのを?」

「待て、待って……やめろ、やめろ……!」


 やめろなんて言われて、夫妻は今までジャッキーに手を出すのをやめたことがあるのだろうか。賭けてもいい、一度だってなかったはずだ。

 なら、ジャッキーの影人間が拳を振り上げるのを止めるわけがない。

 これまでの悲しみに、苦しみに別れを告げるように――。


「おいらの力を、嫌ってほど味わわせてやるべ」

「やめええええあぼっぎっあがっげっ――」


 影人間は、無慈悲にして凶悪な暴力を振るった。

 ジャッキーの目には、もう両親への愛情なんてない。

 彼女は確かに、力強いマフィアとして、ファミリーに無礼を働いた相手を制裁した。


 この日――僕は確かに、ひとりのマフィアが誕生する瞬間を見届けた。






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