第11話 初めての子分

「――つまり、ピンハネの犯人はそこにいる、キートン夫婦だと?」


 時計の針が頂点に上るよりずっと早く、夕方ごろに僕達はアジトに戻ってきた。

 玄関から廊下を歩いた奥の部屋にいるのは、僕とジャッキー、グレゴリーさんと、すさまじい形相のエクレア・ファミリーの仲間が何人か。

 あと、【影人間シャドーネイバー】につまみ上げられたキートン夫妻だ。

 散々ジャッキーにボコボコにされたふたりは罪を認めて、【影人間】にしまい込まれてここまで連れてこられた。

 もちろん、ジャッキーに暴力を振るっていたのも認めたよ。


「間違いありません。足りていない銀貨もきっちり持っていましたし、ふたりも自白しました。出来心だとは言っていますが、どうしますか?」


 僕が聞くと、グレゴリーさんは部下の人達をちらりと見た。

 当然、ファミリーがキートン夫妻を許して介抱する、なんて選択肢はない。

 ファミリーの一員として仮にも認められていたジャッキーが指を失いかけたんだから、赤の他人、それもマフィアにケンカを売ってただで済むはずがないね。


「ティラミス・ファミリーを舐めるとどういう目に遭うか、教えてやれ」


 案の定、キートン夫妻の末路は最悪のものに決まった。


「半殺しは覚悟しとけよ!」

「オラ、いつまでも泣いてんじゃねえ! さっさと来い!」

「「や、やだ、やだああああー……」」


 銀貨数枚とはいえ、マフィアを騙してお金をかすめ取る輩の末路はひとつだ。

 グレゴリーさんの部下に連れられて、涙と鼻水を垂らしながら夫妻は連れて行かれた。

 きっと地獄に落ちた方がましだと思えるような仕打ちを受けるだろう――そしてその末に、カポールの街の端に、誰とも分からない何かになって捨てられるだろう。

 まあ、ずっとジャッキーを虐待していた親だし、当然の報いだね。


 こうして部屋に残ったのは、僕とジャッキー、グレゴリーさんだけになった。


「さて、ジャッキー・キートン……いや、今はジャッキー・ペッパーだったな」


 彼の言う通り、もうジャッキーはキートン、という苗字を使わない。

 自分が選んだペッパー、としてこれからも生きていくんだ。


「勘違いしてすまなかった、とは言わんし、あいつらにも言わせん。今回の一件、もとはといえば油断した貴様に責任があると覚えておけ」

「ご、ごめんなさい……」


 ぺこぺこと謝るジャッキーを僕がかばうより先に、グレゴリーさんが口を開く。


「だが、貴様はまだ新入りだ。一度くらいは、やり直す機会を与えてやる」

「……っ!」


 今度は、ジャッキーの顔がぱっと明るくなった。

 グレゴリーさん、もしかして怖いけれど、身内には甘い人なのかな。

 いや、小指を一本切り落とそうとしたんだから、その辺りの区別がはっきりしてるだけか。

 なんて僕の考えを読むように、彼が鼻を鳴らした。


「エドワード、そこの娘は貴様に任せる。好きに使え」


 そうして、信じられない一言を告げた。


「つ、使えって?」

「とぼけた顔をするな。貴様にとって、初めての子分だ……もっと喜んだらどうだ? 最初の仕事で部下がつく奴など、そうそういないぞ?」


 子分?

 まだティラミス・ファミリーに加入して数日も経ってない僕に、子分だって?


「おいらが、マックスウェルさんの子分……!」


 ジャッキーは目を輝かせてるけど、僕なんかの子分なんて、不安じゃないのかな。


「……えっと、君はいいの? 僕は君よりも年下だし、嫌なら遠慮なく言ってほしいな」

「嫌だなんて、そんなわけないべ!」


 丸い目をキラキラと輝かせて、ジャッキーが僕に顔を寄せた。


「おいら、マックスウェルさんに助けてもらわなきゃ、どうなってたか分からないです! おいらの命はあなたのもんです、あなたの命令ならなんでも従います――だから、おいらを子分にしてください、!」


 しかも、アニキだなんて呼んでくる。

 前世でだって、誰かにアニキって呼ばれたことなんてなかったよ。


「本当に、ほんとーに何でもするべさ! 料理だってそれなりに作れるし、部屋のお掃除もできるべ! 浴場で背中を流す時だって、いつでもどんな時でも駆けつけますべ!」

「わ、分かった! 分かったから落ち着いて!」


 何だかむずがゆいけど、不思議と悪い気はしなかった。

 誰かに慕われるのも、こうして信頼を勝ち取るのも――元居た世界でも屋敷の中でも、どう頑張ったって得たことのない経験だったからだ。

 僕の勇気と、まっすぐ貫いた信念がもたらした結果というのが、ちょっぴり嬉しかった。


「言っただろう、グレッグ。この子はただものじゃないとな」


 そんな僕を祝うように、部屋にティナが入ってきた。


「ティナ!」

「ひっ……ぼ、ボスぅ!?」


 驚いた子猫のように飛び退くジャッキーとは逆に、グレゴリーさんはため息をつく。


「確かに度胸は認めてやるが、少々無謀が過ぎる。まだまだ俺が面倒を見てやらんと、とてもひとりでは仕事を任せられないな」

「お前にそう思わせた時点で、こいつは大物だぞ」

「放っておいているうちに、ファミリーを揺るがす大事件の一つでも起こしかねんからだ」

「その時は、お前が助けてやるんだろう?」


 どうやらグレゴリーさんは、ティナに頭が上がらないみたいだね。

 ボスと右腕だから、そりゃそうか。


「むぅ……とにかく、ご苦労だった。明日からは他の仕事に就いてもらう」


 ばつが悪そうな顔をしたグレゴリーさんが、部屋を出ていく。

 ティナもどこか意地悪そうな、嬉しそうな表情のまま、彼についていった。

 今更だけど、ティナは僕達の様子を見に来るためだけにここに来たのかな。

 彼女はとても忙しいだろうに、こうしてひとりひとりの様子を見て回るなんて、流石はボスだ。


「アニキ、ボスをあだ名で呼ぶなんて……やっぱり、スゴイ人だべ……!」


 そうして部屋に残ったのは、僕とジャッキーだけになった。

 目をキラキラと輝かせて見つめられるのは、まあ、悪い気はしないね。


「おいら――おいら、一生懸命頑張るべ! だから、ずっとおそばに置いてください!」


 ぺこりと頭を下げるジャッキー。

 彼女は僕なんかよりもずっと強い。自分自身を取り巻く環境に真正面からぶつかって、僕と違って自分の意志で名前を捨てたんだ。

 そんな子が子分になるなんて、百人力とはまさにこのことだよ。

 だから僕がジャッキーの手を握って、にっと笑うのは当然だ。


「……もちろんさ。頼りにしてるよ、ジャッキー」

「は、はい! ジャッキー・ペッパーはアニキの一番の子分だべ!」


 ふたりで笑いあったその日が、僕のマフィアとしての初仕事の日だった。

 とってもタフな一日だったけど、得たものはとても大きい。

 僕のスキル【狼の掟ウルフブラッド】の力と汎用性の高さを知れたし、グレゴリーさんからの信頼も少しだけ得られたと思う。


 でも、どんな褒美よりも素晴らしいものを、僕はもらえた。

 それは僕の最高の仲間にして子分――ジャッキー・ペッパーだよ!






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