第9話 キートン商店での問答

「カポールの西にある錬金素材屋『キートン商店』……ここだね」


 しばらくして、僕はひとりで街の外れまで歩いてきた。

 目的地は目の前にある、年季の入った小さなお店。

 玄関のベルから看板まで、なにからなにまでが来ている、閑古鳥かんこどりが鳴いているお店だ。

 ただ、これから起こる出来事を考えれば、その方が都合がいい。


「……誰かに見られるのは、面倒だからね」


 ひとりごちて、すう、はあ、と深呼吸する。

 そして僕はゆっくりと、素材屋の扉を押し開けた。


「おや、坊ちゃん。錬金術ギルドのお使いかい?」


 スーツを着た僕を出迎えてくれたのは、太った夫婦だ。

 どちらも赤毛で、ジャッキーの両親であるのには違いない。

 違うとすれば、人を見下すような、どこか卑屈な目つきだろう。

 何となくだけど、どこの誰にもこんな目をしてるんじゃなくて、相手によって態度を変えていると察せた。


「いえ。ティラミス・ファミリーのつかいで来ました」


 僕がそう言うと、キートン夫人がくすくすと笑った。

 まあ、この反応は当然だろうね。


「あら、まあ。【錬金術アルケミー】のスキルを持っていそうな、頭のよさそうな身なりだと思ったのにねえ。まさか、マフィアごっことは」

「ごっこじゃありません。僕はファミリーの一員です」


 マフィア遊びとは言わせないとばかりに語気を強めると、カウンターの奥から店主がのそりとこちらに近寄ってきた。

 彼から感じ取れるのは、敵意にも似た猜疑さいぎ心だ。

 僕が何かをしでかせば、テーブルに置いてあるフラスコで、殴りつけてくるかも。


「……そんなお坊ちゃんが、うちみたいな街のすみの素材屋に何の用で?」


 圧をかけているんだろうけど、おくするくらいなら最初からここに来ちゃいない。

 店主の視線に真っ向からぶつかるように、僕は声のトーンをわずかに落として告げた。


「少し前に、ジャッキー・キートンという新入りが上納金をハネて懐に入れました。彼女はあなた達のお子さんだと聞きましたが?」

「ええ、確かに……あの子はどうなりましたか?」

「掟を破ったマフィアの、ましてや新入りの末路はひとつです」

「そうですか」


 予想通り、ふたりの反応は冷めていた。

 ひとり娘が死んでも眉一つ動かさないのは、流石に想定外だったけど。


「……悲しまないんですね。娘さんが死ぬよりもひどい目に遭っているかもしれないのに」

「悲しむことなんてありませんよ――あの親不孝者のうすのろが死ねば、せいせいします」


 しかも、母親にいたっては「親不孝者」とまで言ってのけるだなんて。


「親不孝者、だって?」

「ええ、そうですとも。いつもグズグズメソメソとしてて、何をやらせてもうまくいかないし、そのくせ謝罪だけは一丁前いっちょうまえ。私達夫婦はそうでもないのに、どこで育て方を間違えたのかって思うくらい、どうしようもないのろまですよ」


 これが親の言い分か。

 どんな形であれ、人を育てた人間のさまか。

 口から感情任せに言葉を吐き出したくなるのを、僕はぐっと抑えた。

 ジャッキーへの仕打ちを聞き終えるまでは、僕が動くわけにはいかないんだ。


「そんな奴がいきなりマフィアになりたいだなんて、うちの店を継がないなんて言い出したんですよ。散々なぐ……説得してやってもきかないから、こっちもカチンときて、追い出してしまってね」

「最期までひと様に迷惑をかけたのは、代わりに私が謝りましょう」


 僕を文句のはけ口程度に思っているのか、父親も会話に混ざってくる。

 さらに母親の話で、もう一つの謎も解けた。

 ジャッキーの体に残っていたあざは、事務所で殴られただけじゃない。このふたりも、ことあるごとに暴力をふるっていたに違いない。


 ここまで聞けば、もう十分だ。

 というより、もう聞くにえない。


「自分の子供が死んだのに、何とも思わないんですか」

「もう違うだろう、死んだんだから。話は終わりかね、おぼっちゃま?」


 父親、いや、人の親を名乗るのもおこがましい外道め。

 さんざん自分の子供を侮辱して、ただで済むと思ったら大間違いだ。


「……いえ、ここからが本題です。これ、何か分かりますか?」


 僕がズボンのポケットから取り出したのは、ジャッキーから預かった小袋。

 ただの小袋には違いないのに、夫婦の目の色が明らかに変わったのを、僕は見逃さなかった。

 特に母親の方は、暑くもないのに汗をかいている。


「小袋が、どうかしたんですかね」

「みかじめ料が入っていた小袋です。他の誰が忘れていても、これだけは入っていた銀貨の匂いを覚えています。これがもしも意志を持ったとして、本当にお金を盗んだ犯人の元に駆けていったら、どうします?」


 少しの間、沈黙が流れる。

 ふたりが露骨な目配せをしているのは、僕を追い出す算段を立てているのか、あるいはもっと恐ろしい対策を練っているのか。

 暴力に躊躇ためらいのないふたりだ、何をしでかしても驚かない。


「……今日はもう帰っとくれ。店じまいだよ」

「どうしたんですか、急に? まさか――」


 ジャッキーの父親がとうとう、僕の方へと詰め寄ってきた。

 もう間違いない。このふたりは――。


「――まさか、人からくすねたお金を使わずに、ポッケにしまっているとでも?」


 ジャッキーの小袋から金をくすねて、まだしまい込んでいるんだ。


「いいから帰れ、帰れ! 出てかないと、ただじゃおかないぞ!」


 父親が拳を握り締めて殴りかかろうとしてきたけど、かわす必要なんてない。


「ただじゃおかないのはこっちの方だ、【狼の掟ウルフブラッド】!」


 僕の手元には、小袋が変身した浅葱あさぎ色の狼がいるんだから。


『ウオォォーンッ!』

「わ、ぎゃあっ!?」


 狼は唸り声をあげて飛び出すと、父親の顔を思い切り引っかいてから、短い足でドタバタと逃げようとするジャッキーの母親の足首に噛みついた。

 ふたりはその場に転がり込んで苦しそうな声で、言葉にもならない声で喚いた。


「小さいからって甘く見ない方がいい。牙も爪も、闘争本能も狼そのものだ。鋭さと凶暴さは保証するよ」


 戻ってきた狼の背を撫でながら、僕はふたりの前に立つ。

 痛みに悶えるふたりの、あぶら汗に満ちた顔なんて僕は見ちゃいない。

 見据えているのは、ジャッキーの母親のエプロンからこぼれ出た銀貨だ。


「この銀貨、どこかで拾ったのかい? それとも、どこかから抜き取ったのかい?」

「ぐ、ぐぐ……」

「いや、言わなくていい。僕が当ててあげるよ」


 僕の狼が降りて匂いを嗅ぐと、もう一度吠えた。


「この銀貨は、ジャッキーが持っていた銀貨だ。狼が匂いを嗅ぎ当てたのがその証拠だ――袋の匂いがべったりと残った、ジャッキーからくすねたお金だってね!」


 果たして、狼になった袋は、同じ匂いの銀貨を見つけた。

 自分の娘から大事な銀貨を盗んだという証拠を叩きつけられて、ジャッキーの両親はたちまち青ざめていった。

 さて――ここからが、本当のお仕置きだ。






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