第3話 スキルは規格外のEXランク

「ま、マフィア!? 僕みたいな子供を、どうして!?」

「私が気に入った。それ以上の理由が必要なら、グレッグ、教えてやるといい」


 困惑する僕の前で、グレゴリーさんが眼帯を外した。

 僕は思わず息を呑んだ。左目の眼下には、本来あるべき眼球がなかったからだ。

 代わりにあったのは、橙色の光の線で構成された目玉。

 ホログラム映像のような目が、グレゴリーさんの眼窩がんかの中でせわしなく動き、僕を観察していた。


「その目は……!?」

「【鑑定眼ハイアナライズ】。この目に見抜かれたものは全てを暴き出す。といっても身体に関するあらゆる情報だけで、記憶までは引き抜けないがな」


 スキルの有無や能力を見抜くスキルなら、僕も知っている。


「【鑑定アナライズ】の系統のスキルみたいなもの、ですか?」

「あんな粗悪品と一緒にするな。この目はすべてを見通す。貴様の名前も、生まれも、育ちも何もかもな。貴様が知らない情報すら、俺は手に入れることができる」


 グレゴリーさんは顔を離して左目を隠した。

 あの目で僕を見たのなら、フランシスという子供が、スキルを持たないただの10歳の子供だというのも理解しているはず。


「でも、僕の情報を見たのなら、僕にスキルがないのも知っているんですよね。スキルも使えない子供に、マフィアの仕事なんて……できないと思います」


 僕の問いかけを聞いて、グレゴリーさんは首を傾げる。


「何を言っている? 貴様のスキルなら――もうしているだろう」

「え?」


 僕が、スキルに覚醒している?

 そんなバカな。

 僕はスキルが目覚めないから悩んでいたんだ。


「貴様自身が何も知らんとはな。スキルは命の危機に覚醒することが多い。恐らく、死にひんした時に目覚めたんだろう」

「死にかけてた……まさか、屋敷から逃げた時に?」

「しかも、ただのスキルじゃない。ランクはEXエクストラ……カテゴリーは『ユニークスキル』。随分とレアな力を持っているようだ」


 スキルのランクとカテゴリーについては、僕も少し知っている。

 EXランクはSランクよりも稀少かつ、ものによってはそれよりも強い力を持つ。

 ユニークスキルというのは、体を強化したり、魔法を使ったりといったスキルにはまったく当てはまらない、完全なオンリーワンのスキルだ。

 そのどちらも会得した人間なんて、僕は聞いたことがないし、まさかそれが僕だなんて。


「グレッグ、説明だけでは理解できないようだ。実際に見せてやれ」

「……分かった、ティナ」


 ティナ、グレッグと呼び合うのを見るに、近しい関係なのかな。

 なんて考える僕の右腕をグレゴリーさんが掴んで、ベッドのすぐそばにある木製の円形テーブルに触れさせた。


「【狼の掟ウルフブラッド】、それが貴様のスキルだ。名を呼び、思い描けば、すぐに変化を見られるだろう」

「お、思い描く……?」


 いきなりそう言われても、スキルについて知らないんだから、戸惑うに決まってるよ。


「疑問を口にする暇があるなら、まずやってみろ」


 それでも眼前のグレゴリーさんに気圧されて、僕は小さく息を吸ってから――。




「――【狼の掟ウルフブラッド】」


 僕の中に宿る名前を、つぶやいた。

 その時だった。


「――っ!?」


 右手の感覚がなくなったかと思うと、青白い光がほとばしった。

 あんまりにも唐突な光の発生に僕はベッドから転げ落ちそうになったけど、どうにかこらえる。

 何が起きたのかなんてちっとも理解できないまま、僕は右手の先を見た。


 そこにあったのは、テーブルじゃない。

 ――テーブルと同じ色をした、成人男性ほどの大きさのだ。


「……これは……!?」


 うるる、ぐるるとうなる、茶色の狼。

 牙も爪も、鋭い眼光も紛れもなく狼。

 てっきり襲われるかと身構えた僕を見たそれは、のそりとベッドの上に飛び乗ったかと思うと、僕の膝のあたりで丸くなって、お腹のそばに頬ずりをしてきた。


「貴様のスキルは、触れたものをその特性を持ったまま『狼』に変える。今のやり方なら、テーブルを木製の狼へと変えられたわけだ。他には……」


 グレゴリーさんの説明は、ありがたいけど必要ない。

 この狼は、紛れもなく僕のスキルが作り出したものだ。

 だから、何もかもが頭の中で理解できるんだ。


「狼には殺傷能力がある、同時に生成できる群れパックは5匹まで。水や火、砂、魔法、なんだって狼にできる……ですね?」


 これこそが僕のスキル。

 死の淵で目覚めた、狼を従えるスキルだ。


「そうだ。スキルの能力は頭に刻み込まれる。しかも、鍛錬次第でさらに強くもなるぞ」

「グラッドストーン家を捨てられた子供に、稀有けうなスキル。いいな、ますます気に入った」


 ぎし、と床板を鳴らして、ユスティナさんが仁王立ちした。


「私はな、怠惰たいだ傲慢ごうまんな貴族連中が心底嫌いだ。カポールを、領地を支配して思うがままに操れると思っている連中を、蹴落としてやりたいと思っている」

「貴族が、嫌い……なら、どうして僕をマフィアに?」

「言っただろう。私が嫌いなのは、怠惰な連中だと。お前はそうではない」


 冷徹に見える顔に浮かぶ笑みの真意は、今の僕には分からない。

 ついでに、今気づいたけど、シャツの一部が炎のようにちりちりと燃えているじゃないか。


「フランシス、お前には3つの選択肢がある。屋敷に連れ戻してほしければそうしてやる。マフィアのことを忘れてアジトを出て行きたいなら、それもいいだろう」


 炎は少しだけ大きくなり、服を焦がす。


「だが、惨めに死ぬだけだ。スキルを手に入れたところで、お前が変わらないのだからな」


 グレゴリーさんは椅子に腰かけ、僕を見つめてる。

 視線で何かを教えようとしたんだろうけど、大丈夫だよ。


「3つ目の選択肢は……名も、これまでの繋がりもすべて捨てて、私と共に来ることだ。邪魔者を蹴落として、なり上がる喜びを教えてやる」


 そうだ。やってやるとも。

 優しいだけで何かが変わると信じてた、甘ったれはもういない。


「何でもします。俺を、ティラミス・ファミリーの一員にしてください」


 その意志を示すように、僕と狼が、しっかとユスティナさんを見つめた。


「契約成立だ。活躍を期待するぞ――『エドワード・マックスウェル』」


 新しい僕の名前を告げて、ユスティナさんが笑う。

 怖い女性だと思っていたけど、愛らしさもあるんだなあと、僕は思った。


「――お前達、新入りができたぞ。可愛がってやれ」


 ……え、どういう意味?

 僕がユスティナさんに聞くよりも先に、扉がみしみしと妙な音を立てる。


「「――ティラミス・ファミリーにようこそーっ!」」


 そして開いた扉からさっきのマフィア達が飛び出してきて、僕はもみくちゃになった。


「わ、わわ、わああっ!?」


 驚く僕の顔を、頭をマフィアの皆が撫でまわしてきた。


「こーんなちびっ子にユニークスキルとは、ファミリーの未来も明るいなあ!」

「おい、タバコは吸うか? 酒はどうだ、いいのが地下の酒蔵に入ったんだよ!」

「バカ言ってんじゃないよ、男ども!」

「エドワード、分からないことは何でも聞いてちょうだいね!」


 貴族よりずっと怖くて、ずっと乱暴。

 なのに、貴族よりずっと優しい人達。

 そんなファミリーの皆に囲まれて、僕は嬉しくて、思わず涙を零してしまった。




 ――でも、涙を見せるのは今日限りだ。


 この日、フランシス・マッケンジー・グラッドストーンは死んだ。

 グラッドストーン家の望み通り、惨めに、孤独に死んだ。

 代わりに僕は、お前達を引きずり下ろして、本当の幸せを掴むために生まれ変わった。


 今ここにいるのは、新入りの転生子供マフィア。

 ――エドワード・マックスウェルだ。






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