第13話 賭場をぶっ潰せ!

「ええと、ニコラスさん!? 聞き間違いかもしれないので、もう一度説明してください!」


 どかどかと歩みを止めないまま、こっちを見ないまま、ニコラスさんが笑った。


「安心しな、そう難しい仕事じゃねえよ! あの廃倉庫で、バカな連中が賭場を開いてやがる! まずはファミリーの傘下に入るか、金を払うか聞いて、首を横に振ったら……」

「振ったら?」

「ぶちのめせ!」

「「めちゃくちゃだーっ!?」」


 なんというか、これじゃあヤクザのカチコミだ。

 そりゃあ僕だって乱暴な手段に打って出た時もあったけど、ジャッキーの両親をやっつけるとは、まるでわけが違う。

 なんせ相手は、おそらく乱暴者で、下手をすれば僕らの同業者だ。


「ニコラスさん、その、仕事を断るつもりはないんですけど、あまりに急すぎじゃないですか!? 賭場を、子供ふたりだけで取り締まるだなんて!」

「そもそも、ティラミス・ファミリーに入った時点で、大人も子供も関係ねえさ」


 焦る僕達をよそに、ニコラスさんは言った。


「エドワードもジャッキーも、でけぇ夢を抱いてマフィアになったんだろ。そんなやつに、お前はガキだから、チビだからなんて言って仕事を渡さねえのは、むしろ失礼じゃねえか?」


 そう聞いて、僕は自分の中の焦りと不安が、たちまち収縮していくのを感じた。

 確かにニコラスさんの言う通り、ティラミス・ファミリーに加わった以上、どんな仕事だってこなす覚悟は持っていて当然だ。

 なのに、いきなりだから、暴力的だからって困り顔をするのはおかしな話じゃないか。


「……そうですね。変なことを言って、すいませんでした」

「わははは! 素直なやつは、嫌いじゃないぜ!」


 バンバンと肩を叩かれながら、僕はジャッキーをちらりと見る。


「ジャッキーは大丈夫? 怖いなら、僕が行ってくるから待っててもいいよ」

「アニキだけを行かせるなんて、子分失格だべ!」


 自分を奮い立たせるように、膝と頬をパンパン、と叩いてからジャッキーが答えた。


「怖いけど、マフィアらしい仕事だし、アニキが行くならおいらだってついて行くべよ!」

「ありがとう、ジャッキー」


 本当に、ジャッキーは勇敢だ。

 彼女に勇気をもらっていると、ニコラスさんが足を止めた。

 彼が指さしたのは、通りから離れたところにぽつんと立つ、小さくて地味な倉庫だ。

 あそこがファミリーの許可を得ていない賭場と思って、良さそうだね。


「よぉーし! 賭場はこの奥だ、行ってこい!」

「は、はい!」

「はいだべ!」


 ちょっぴり上ずった返事と共に、僕とジャッキーは倉庫に入っていった。

 ひんやりとした空気が満ちた、体育用具入れ程度の大きさしかない倉庫の奥では、男が何人かで集まって、カードを使って賭け事をしている。

 こっちにはまるで気づいていないようだったから、僕はわざとらしく、せきをした。

 そうしてやっと、男達はぎろりと僕らを睨んだ。


「なんだ、クソガキ」

「ここはテメェらみたいなのが来る場所じゃねえぞ、帰れ」


 帰れと言われて、はいそうですかと従うなら、マフィアなんて必要ないよね。


「……カポールの街で賭場を開くなら、誰だろうとティラミス・ファミリーの許可が必要です。あなた達はファミリーに黙って、ここで賭け事をしてますよね?」


 返事はない。


「悪いことは言いません、みかじめ料を払ってください。そしたら、荒事あらごとは起こしません」


 ただ、返事の代わりに、ナイフや手斧といった武器を握る音が返ってきた。


「俺達がここで賭け事をして、誰か困るってのか?」

「つべこべ言ってねえで、大人しくアニキの言う通りにするべ!」


 僕の隣でジャッキーが声を張り上げると、大人達の態度が変わった。


「……その指輪、なるほどな」

「子供のくせに、ティラミス・ファミリーの一員かよ」

「じゃあ、予定変更だ。ガキだろうと、ここを知ったなら、黙って帰すわけにゃいかねえよ」


 どうやら僕らが何者かに気づいたみたいだ。

 このまま倉庫から出せば、自分達の立場が危うくなるとも。


「悪く思うなよ、クソガキ。テメェを半殺しにして、ファミリーに送り返してやらぁ!」

「仕方ない! やるよ、ジャッキー!」

「はいっ!」


 でも、その方が都合がいい!

 交渉より――力づくの方が、話は早く終わるからね!


「【狼の掟ウルフブラッド】!」

「【影人間シャドーネイバー】!」


 僕が触れた倉庫の床が隆起して、木製の狼が現れる。

 そして「わおぉん」と鳴き、ジャッキーの影人間と共に男達を突き飛ばした。


「うわああああああ!」

「こ、こいつらスキル持ちかよおおおぉッ!?」


 敵も慌てて武器を握りなおして体勢を整えようとするけど、まるで相手にならない。

 ナイフを突き刺そうが、斧で切りつけようが、狼は動きを止めない。

 むしろ狙いを定めた相手への凶暴さを一層強めて、腕だろうが足だろうがお構いなしに噛みついて、引きずり回すんだ。


「痛でで! か、噛まないでくれええ!」

「ぶが、ご、ごげ、や、やめぶっ!」


 ああ、狼にやられてる方はまだ運がいいかな。

 ジャッキーの影人間は、狼よりずっと手加減なしに拳を振るい続けるからね。


「「ぎゃああああああッ!」」


 たちまち、僕らの前にはぐったりとした男達が山積みにされた。

 噛み痕、爪痕、青あざ。

 まだうごめくくらいの体力は残っているみたいだけど、ここまでやれば、もう誰も抵抗できそうにないよね。


「……ジャッキー、もう【影人間】を解除してもいいよ」

「アニキに怪我させようなんて、とんだ大バカだべ! アニキが許してくれたからいいけど、今度はおいらの【影人間】が頭をすり潰してやるべよ!」


 ふん、と鼻を鳴らしたジャッキーが、わざとらしく手を振り上げる。

 ありがたいことに、彼女は僕のこととなると、とても強気になるみたい。


「おーおー、思った以上に派手にやったじゃねえか、ふたりとも!」


 僕とジャッキーがスキルを解除したのを見計らっていたかのように、倉庫の入り口からニコラスさんがどかどかと入ってきた。

 相変わらずの陽気さだけど、彼の足音を聞いただけで、男達がびくりと震えた。

 彼が怖いのか、それともファミリーの構成員が来たのに怯えてるのかな。


「すいません、ニコラスさん。交渉が決裂したので、ちょっぴり手荒な手段で納得してもらいました」

「いや、その方が話が早い! これだけの戦闘力があるなら、旦那も満足してくれるさ!」

「グレゴリーさんが?」

「ああ、これが本来の目的だからな!」


 僕が首をかしげると、ニコラスさんが嬉しそうに頷く。


「賭場をぶっ潰すってのはあくまで、お前らの実力を見るための名目だったんだよ。この程度のザコも倒せないんじゃ、旦那が任せたい仕事は荷が重いんじゃないかってな」


 なるほど、ニコラスさんでも簡単に解決できそうなトラブルを、わざわざ僕とジャッキーに任せたのは、グレゴリーさんが用意した試験だからってわけみたい。

 下手をすれば死ぬかもしれないのに、とはあえて言わなかった。

 もしも死んでたら、いくらグレゴリーさんでも恨んでたよ。


「でも、これなら心配ねえな! ここは俺が預かるから、アジトの客室に行きな! グレゴリーの旦那とお客さんが待ってるからよ!」

「は、はい……」


 またまた、急かされるようにバンバンと背を叩かれながら、僕らは倉庫の外に出た。


「アニキ、グレゴリーさんが任せたい仕事って、なんだべか?」

「あはは、なんだろうね」


 考えたところで、今は仕方ない。

 軽い返事と一緒に彼女の頭を撫でて、僕は歩き出した。

 棚の整理が終わったと思ったら、みかじめ料を払わない人達を倒して、今度はボスの右腕から仕事を任されるなんて。

 騒がしくて忙しいけど、これがマフィアの日常だ。

 そして僕は、こんな日常が不思議と楽しく思えていた。






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