第36話 決着

「なんてことだ! マリアンヌの母親が麻薬を栽培していただと!?」

「そ、それと……この女がボスを殺したのと、何の関係がある!」

「大ありです。ただ、ここから先は僕の推測になります」


 紙を握り締めた幹部の怒鳴り声に、僕は冷静に答える。


「資料には麻薬取引先の組織が隠れ蓑にしている、表向きの名前が載っていました。ですが、街が滅びていないように、今はその組織はないはずです……なぜなら……」


 僕が次に見つめるのは、地面に倒れ込んだまま僕を凝視するマリーさん。

 彼女はただの悪人じゃない。


「そこにいるマリーさんが、組織を滅ぼしたからです」


 カポールに迫っていた危機を未然に防いだ、英雄そのものだ。


「なんだと!?」

「こいつが、麻薬組織を壊滅させたというのか!?」

「だと思います。マリーさんのスキルなら、複数の敵だろうと、居場所さえ分かっていれば奇襲を仕掛けて処刑できるはずです。壊滅には、そう苦労しなかったでしょう」


 ティナには勝てなかっただろうけど、マリーさんのスキルはまともにやり合えば勝てる相手はそうそういないし、不意打ちにはうってつけだ。

 ちょっとしたゴロツキ程度なら、女性の腕力でも全員始末できたに違いない。

 ただ、エミールの計画はそんな程度で終わるものでもない。


「ですが……一番の問題点は、そこではありません。そんな手段に至ったのは、マリーさんがきっと、何かの折に、父親の邪悪な計画を知ってしまったからです」


 組織を潰しても、頭が残っていれば生え変わるだけ。


「絶対的な信頼を得たエミールの企みを外部に漏らしても、きっと信じてもらえない。ましてや母親が結託しているのだから、孤立無援と言ってもいい。だけど、このまま放っておけば麻薬で街が大混乱に陥ります」


 誰に話しても与太話扱いされる。

 自分が真実を知ったと知れば、両親が敵になる。

 カポールが、周辺の街が戦場になり、下手をすれば計画の実行が早まる。


「だから、彼女は決意しました――」


 なら、どうするか。

 マリーさんは選んだはずだ。


「――自分の手で、両親を殺める選択を」


 家族を殺すという、最善にして最悪の結末を。


「な、なんということを……」


 絶句する幹部と、射殺さんとばかりに睨むマリーさんに構わず、僕は話を続ける。


「……でも、マリーさんはファミリーを解体するわけにはいかなかった」


 陰からカポールが救われたとしても、マリーさんにとって問題は山積みだったはず。


「何人が路頭に迷うか分からないし、下手をすればここからも麻薬組織が生まれかねない。エミールを崇拝している部下が計画を知っているかもしれないなら、手元に置くしかない。だからマリーさんは、新しいボスを名乗り、必死に組織を継続しようとしました」

「……うるせえ……」


 か細い怒りの声が聞こえる。


「マリーさんにはエミールほどのカリスマはありません。信頼されるどころか、ボスを殺してなり替わった悪女としてのレッテルを貼られ、運営もうまくいきません。彼女が頼れる手段は、もう一つしか残ってなかった……」

「うるせえ、うるせえ! 言うなクソガキ、黙ってろ!」


 叫び散らす怒りの声が聞こえる。

 だとしても、僕はもう止まらない――止めちゃいけない。


「……暴力です。恐怖政治は、必死にボスを演じようとした彼女の、苦肉の策なんです」


 傍若無人なボスのすべてが、恐れを起因としているのだと。

 誰ひとり信用できない、家族は自分が殺した、マフィアは誰かがまとめないといけないという八方ふさがりの環境で、壊滅しそうだったのはエクレア・ファミリーじゃない。

 本当に壊れかけていたのは、マリーさんの方なんだ。

 自分がボスである唯一の手段、暴力に頼らないと何もできなくなるくらいに、マリーさんは何もかもが壊れかけていたんだ。


「その暴力ですら、彼女は制御ができなくなってたと思います。相談できる相手もいない霧中むちゅうの末に、いつか真相がばれて、後継者が生まれるのを恐れたマリーさんは……」


 僕が続きを放そうとすると、エクレアの幹部が首を横に振った。


「……少年、話さずともいい。書類の筆跡、蝋印、何もかも疑いようもない」


 もう誰も、マリーさんを殺そうとはしなかった。

 ぱらり、と手から落ちた紙に記された所業を、真実だと認めたんだ。


「我らが心から愛し、素晴らしさを説き続けてきた先代ボスのエミール様は、恐ろしい悪魔だった。その悪魔を殺したマリアンヌを、私達は処刑しようとした。マフィアにとって反逆はご法度、失敗すれば重罰は免れない」


 ふたりの幹部が、僕じゃなくティナを申し訳なさそうに見据える。


「……ユスティナ・キングスコート女史。我らエクレア・ファミリーは解散する」

「二度と再結成もしない代わりに、これまでスカウトしてきた若者には新しい仕事を斡旋あっせんしてほしい。我々は……街を去ろうと思う。もう、何を信じることもない」

「……分かった。グレッグ、手配をしておけ」


 グレゴリーさんが頷いた。


「それで、マリーさんは……」

「……自警団を呼んでよ。今のあーしは、街を暴力で支配しようとしてた、サイテーサイアクの女王様なんだからさ。悪者は檻の中、ってもんでしょ」


 彼らが触れなかったマリーさんがどうなるかは、彼女自身が代わりに教えてくれた。


「マリーさん……」


 ゆっくりと体を起こし、座り込む彼女は獣のようにすさんでいた。


「エドぴ、おせっかいな男ってマジで嫌われんよ。気ぃつけとけし」

「だとしても、言わせてください」


 彼女の前で、僕はしゃがんだ。

 目を合わせて、はっきりと言った。


「マリーさん、ボスの器じゃないなんて言って……ごめんなさい。経緯はどうあれ、あなたはボスであろうとした、立派な人です」


 僕は間違っていたんだって。

 あなたほど、人を守ろうとしたボスはいないんだって。


「……バーカ……」


 そっぽを向いた彼女の頬を、涙が伝うのを、僕は確かに見た。

 もう誰も、互いのファミリーを潰そうだなんてしなかった。

 複雑な結末と、受け入れなきゃいけない現実。

 ジャッキーが呆然として、グレゴリーさんすら何も言わずに立ち去ろうとする中で、僕はティナに視線を向けた。

 彼女は何も言わなかった。

 ただ静かに、憂いに満ちた目を、マリーさんの背中に向けていた。

 自警団が迫ってくる音が聞こえるころには、どちらのファミリーも――マリーさんを除いて、すっかり決闘の跡地から姿を消した。




 ――こうして、ティラミス・ファミリーとエクレア・ファミリーの抗争は終わった。

 片方のマフィアが滅びるという、当たり前の結果。

 滅びた方が街を守っていたという、おかしな結果と共に。






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