第35話 真実

 ――僕が決闘に乱入した時、事態は最悪の一歩手前まで来ていた。


「アニキ!」

「ジャッキー!」


 子分の声に、僕は応えた。

 本当なら彼女のそばに寄っていって、もう大丈夫だよって安心させたいのだけれど、この状況は一切の予断が許されない。

 ティナが勝利し、敗北したマリーさんがエクレア・ファミリーの同胞によって処刑されかけて、ついでになぜかティラミス・ファミリーも臨戦態勢。

 このすべてを、僕は予想していた。

 もう少し到着が遅かったら、殺し合いが始まっていたかもしれない。

 だから僕は、ためらいなく狼を戦場に飛び込ませたんだ。


「うおおぉっ!?」

「な、なんだ、この狼の群れは!?」

「生き物じゃない、スキルでできているのか!?」


 狼が唸ると、エクレア・ファミリーの面々が怯えて後ずさる。


「僕のスキル、【狼の掟ウルフブラッド】。高級家具で生み出した狼だ、強度は保証するよ。並のスキルじゃ、傷一つつけられないくらいにはね」


 狼から降りて、僕はティナのそばに駆け寄った。


「……遅かったな、エド」

「ごめんね、ティナ。けど、待たせた甲斐はあると思うよ」


 僕がそう言うと、彼女は少しだけ微笑んだ。

 グレゴリーさんやジャッキー、仲間達も僕がこれからすることを止めないと知っているし、僕が話している間は戦おうなんて思わない。

 そう確信しているからこそ、僕はエクレア・ファミリーの前に立った。


「エクレア・ファミリーの皆さん、聞いてください。あなた達の先代ボス、エミールは隠し事をしていました。恐らく、マリーさんだけが知っている……恐ろしい隠し事を」

「隠し事、だと!?」


 ファミリーのざわめきが響く中、マリーさんが呻きながら僕を睨む。


「……やめろよ……よけーなこと、言うなし……!」

「ううん、言わないといけない。マリーさん、あなたはこのままだときっと、誤解されたまま死んでしまいかねないから。僕は、そんなのは嫌だ」


 仮にマリーさんに未来永劫憎まれたとしても、僕は真実を告げないといけない。

 そうしないと、彼女は永遠にただの悪党として歴史に刻まれる。

 マリアンヌ・カミーユ・モンテスキューがどれほど恐ろしい計画を未然に止めたかを、全員が知る義務があるんだ。


「エドワード、何かを見つけたようだな」


 グレゴリーさんの方を見て、僕が頷き返す。


「はい、とても重要な話です。部下の皆さんも、武器を収めて聞いてください……それでもし納得がいかないようなら、その時はすべての判断を、あなた達にゆだねます」


 幹部の人にもう一度視線を向けて、少しだけ時間が経った。


「……聞かせてくれ」


 渋々頷いてくれた彼らに感謝しながら、僕は口を開いた。


「……エクレア・ファミリーの先代ボス、エミールはとあるビジネスに手を出していました。ファミリーの誰にもばれないように、証拠をひとりで保管し続けるほど慎重に……」

「そんな話は、聞いたことがありません。エミール様は、何をしていたんです?」


 正直に言うと、エミールを信頼している患部に教えるにしては、あまりに酷すぎる事実だ。

 彼らが信じていたものをへし折るのだから、僕に罪悪感がないわけがない。

 それでもやるんだ、エドワード・マックスウェル。

 お前の責務を果たすんだ、エミールという人間が――。




「――麻薬取引です」


 麻薬を、ばらまこうとしていたと。




 静かに言葉を放った時、エクレア・ファミリーに怒りと戸惑いが伝播した。


「ば、バカな!? ありえない、麻薬はファミリーの禁忌です!」

「くだらない嘘をつくな! あのボスが、掟を破るわけがないっ!」


 特に幹部は僕を指さして顔を歪めるけど、今の僕は真実しか話せない。


「いいえ、確かです。彼は何年にもわたってマリーさんの母親と、麻薬売買を続けていました。ファミリーの構成員も知らない、まったく別の組織を作り上げてまで大量の麻薬を秘密裏に集め続け……彼は、ある計画に手を出そうとしていました」

「ある、計画?」


 しかもエミールの未来予想図において、麻薬なんてきっかけでしかない。

 本当の野望は、麻薬をカポールや他の街に広めた先にある。


「その麻薬をカポール中に広めて、中毒者の軍隊を作るつもりだったんです」

「な……!?」


 麻薬で人を支配して、自分だけの兵隊を完成させる。

 エミールの恐るべき計画を聞いたエクレア・ファミリーの怒りはたちまち消え去り、誰もが絶句した。


「彼が集めていた麻薬は、『ドラゴマンドラゴラ』の根っこと複数の薬物を混ぜ込んだ特製品です。麻薬と銘打っていますが、実際は思考を奪い、それなしでは呼吸すらできないほど人の精神を破壊するんです」


 あくまで麻薬にしか分類しようがないので、僕はこう説明した。

 他に例えるなら、凶器とか、兵器とかに区別した方がいいかもしれない。

 そのレベルの危険性を秘めた薬を、エミールは街の内外に広めて回るつもりだった。


「こんな麻薬が広まれば、いかにティラミス・ファミリーといえど壊滅は免れなかったでしょう。エミールは僕らに従っているように見せかけて、影で僕らどころか、カポール、あるいは国すらも手中に収めようとしていたんですよ」


 人々の信頼を含めた、あらゆる感情を根こそぎ奪い取る薬。

 そんなものに、マフィアが太刀打ちできるわけがない。

 ティラミス・ファミリーどころか、エミールはきっと、エクレア・ファミリーすら滅ぼして、自分以外がすべて下僕となり下がった理想世界を築こうと目論んでいたんだ。


「証拠は……証拠はあるのか! 先代を侮辱するほどの、証拠が!」

「これが証拠です! ボスの部屋の奥、隠し部屋に保管されていた、これがっ!」


 なおも事実を認めないエクレア・ファミリーの皆の前に、僕は隠し持っていた紙の束をばらまいた。

 彼らの足元にすい、と落ちた紙には、びっしりと書かれていた。


「取引の履歴、麻薬の製造方法、将来を見越した計画、すべてがそこに記されています! 彼はマリーさんすら知らない、誰も入ってこない隠し部屋で恐ろしい計画を立てていたんです! この国を統べる、邪悪な計画を!」


 理想のボスと謳われた男の、おぞましい野望が。






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