第34話 【Sideティナ】女王の斬首
「えっ……?」
怒りと苛立ちで頭が沸騰しそうな顔をしているはずのマリアンヌが、急に呆けた声を出した。
私の後ろで、ティラミス・ファミリーの面々も驚いている様子で、口々に「何が起きたのか」「どうなっているのか」と話し合っている。
すべてが予定調和なのは、エクレア・ファミリーの幹部と構成員だけだ。
「まだ状況を理解していないのか。ここまで脳みその出来が違うというのは、エミール様と血が繋がっていないからだろうな。つくづく、あの方の偉大さを思い知らされる」
もう一度強くマリアンヌの頭を踏んでから、セザールとダニエルが私を見た。
「ユスティナさん、騙す形になって申し訳ないが、決闘を申し込んだのはこの小娘ではなく我々なのです。彼らエクレア・ファミリーの未来を継ぐ若者達に見せる必要があったのです……この愚かな女に、ボスとしての資格などないのだと」
「マリアンヌは今、ティラミス・ファミリーに敗北した。もはやボスとしての器はない。これからお前を殺して、勝者への忠誠としよう」
「待って……意味、分かんない……意味が、んぎゃ、がっ!」
なおも喚こうとする彼女の口に、ダニエルが靴を突っ込む。
顔を上げさせられ、口を塞がれたマリアンヌの苦しそうな声が、とうとうファミリーの激情に火をつけた。
「分からない? 分からないだと!? お前がどれほど多くの人を苦しめて、ファミリーの品格を貶めてきたか理解していないのか、あばずれめ!」
幹部に続いて、構成員達がマリアンヌを囲んで蹴り始めた。
「エクレア・ファミリーの全員がお前を憎んでいるんだよ!」
「そうだ、そうだ!」
「お前にビビる日々には、もうおさらばだ!」
それだけにとどまらず、無理矢理立ち上がらせて殴り、地面に叩きつけ、また蹴る。
「いや、やだ、痛いっ! やめ、ぎ、いだいよお!」
血が噴き、顔が腫れ、悲鳴が哀願に代わってもなお、暴力は止まらない。
「死ね!」
「苦しんで死ね!」
「死んでから、もう一度死にやがれ!」
何年も溜め込まれ続けた怒りや憎しみが、
しばらくして、ジャッキーが目を覆うような惨劇は、やっと収まった。
彼らが手と足を止めたのは、憐みではなく、惨めさに少しばかりは満足したからだろう。
それでもまだ、構成員達の憎悪は収まってなどいないはずだ。
「……や……もう、やめ……やめ、てぇ……」
服はボロボロで、顔は腫れ上がり、腕や足が一部変色して血も流れている。
ほんの少しの間に、マリアンヌは浮浪児の方がまだましだと言えるほど惨めな見た目となった。
おまけに強気な態度はすっかり鳴りを潜め、すんすんと鼻水を垂らして泣くばかり。
「ふう、ふう……お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありません」
ダニエルは荒い息を整えながら、ナイフを取り出した。
「今からここで起こることを、どうか見逃してください。この女の首を切り落とし、晒し上げて街に深く詫びたのち、エクレア・ファミリーはあなた方の傘下に加わると約束します。どのような末端の仕事もお受けしましょう」
「ティラミス・ファミリーにとって、何も不利のない条件のはずです。ボスを処刑するのはこちらのトラブル程度に思っていただき、どうかお見逃しください」
私が何も言わないのをいいことに、片方がマリアンヌの頭を掴み、もう片方が首元にナイフをあてがう。
「……無言は、理解を示してくださったと捉えましょう」
自らの死期を悟り、マリアンヌが顔を歪ませて叫ぶ。
「やだ、や、や、やだ……!」
「最期くらい大人しくしろ、クソガキ!」
「やだああああっ! 死にたくない、じにだぐないいいいっ!」
「うるさい、このあばずれ! 一思いに――」
彼女の命乞いを無視して、ダニエルがナイフに力を込めようとした。
――ああ、もう限界だ。
――いつまでこいつらの演劇に、付き合ってやらねばならないというのか。
「【
私の感情はたちまち炎の形を取り、エクレア・ファミリーに襲いかかった。
「うわああぁッ!?」
さすがのセザールとダニエルも、炎が迫ってくるのを見て命の危機を覚えたのか、マリアンヌを手放してさっと離れた。
「な……何をするのです、ユスティナ女史!」
「そちらには危害を加えませんと言ったのに、どうして……」
「どうして、か。分からないなら、教えてやる」
この期に及んで理由の理解できない幹部連中は、なかなかの無能だな。
私の
「お前達がダシに使った相手を、誰だと思っている? カポールの街を統べるティラミス・ファミリーのボス、ユスティナ・キングスコートだぞ」
ここまで言って、やっと連中は気づいたようだ。
自分達が利用してやると目論んでいた相手が、マフィアのボスであると。
「それを騙し、餌としておびき寄せておいて、静観していろと言われ……はいそうですか、と納得するわけがないだろう」
「そ、それはですね……」
「マフィアを都合のいい舞台装置だと思っているのなら……舐めるのも、大概にしておけ」
自分でも分かるくらい、私の瞳には怒気がにじんでいた。
「うっ……!」
「こ、この気迫は……!?」
幹部共が後ずさると、逃がさんとばかりにティラミス・ファミリーが前のめりになる。
「俺も同感だな。うちのボスをいいように操ろうと目論むなど、腹立たしい話だ」
「ティラミス・ファミリーを舐めてんじゃねえぞ!」
「茶番もいいところよ! ただで済むと思わないことね!」
構成員、幹部、ジャッキー。
今や誰もが、エクレア・ファミリーを叩き潰す気満々だ。
「グレゴリーさん! おいらの【
「俺が合図をしたら、ためらうな。貴様ら、一斉に畳みかけろ」
実際のところ、私もここで敵を焼き尽くしてやるつもりだった。
もう少し遅ければ、ティラミス・ファミリーの大進撃が始まっていただろう――。
「――待って、待ってくれーっ!」
――私達の間に割って入ってきた、5匹の狼。
そして、エドワード・マックスウェルがいなければ。
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