第19話 ストーカー、襲来

 アルマさんやマスターと話しているうち、外はすっかり暗くなった。

 バーも閉まるくらいの時間になってから、僕らは街の中心部から離れたところに、アルマさんの家があると聞いた。

 だから僕とジャッキーは『獅子の瞳』を離れて、彼女と一緒に家へと向かった。


「なるべく人通りの多いところを歩きたかったけど、街の端ともなるとそうはいかないね」

「夜になると薄暗くって、お化けでも出そうだべよ~……」


 3日間も通った道なのにまだ慣れないのは、あまりにも道が暗いからだ。

 ジャッキーの言う通り、通りを逸れれば、灯りや人通りもたちまち減ってしまう。

 まだ人の往来が絶えたわけじゃないけど、変態やストーカーどころか、魔物の類が出てきたって驚かないよ。


「アルマさん、ティナかグレゴリーさんに相談して、アジトでしばらく生活してはどうでしょう? あそこなら、変な人も寄ってこないはずです」

「ティナにも言われたんだけど、それじゃあ意味がないわ。あの人は諦めないし、ずっとどこかで機会をうかがってる……そんな気がするの」


 アルマさんは笑って返してくれるけど、やっぱり不安がにじみ出てる。

 もちろん、彼女の心労を減らすべく、もちろん僕達も尽力した。

 でも、結果はまるで出なかった。


「僕の【狼の掟ウルフブラッド】で、部屋にあった家具を狼に変えて追いかけたんですけど、見つかりませんでした」


 グレゴリーさんに頼み込んで、空になった部屋に残っていたラットの匂いがついた私物を狼に変えて追跡させても、いつもどこかで止まってしまう。

 匂いが完全に消されてしまったみたいに、狼もうろうろと回って、小さく鳴くばかりだ。


「おいらの【影人間シャドーネイバー】もダメだべ。もっと遠くまで探せりゃあいいんだけど、こいつってば、おいらから離れすぎると溶けちまうべよ」


 ジャッキーの影人間は、地面を這うようにすれば人にバレずに調査ができる。

 一方で探せる距離は限られていて、何かしらの遮断によって影が途絶えればたちまち姿が消えてしまう。

 探査や捜査に長けた僕らのスキルでも見つけられないんだから、相手は相当のやり手だ。


 もしかすると、アルマさんにもっと危機が迫らないと、相手は姿を現さないかも。

 いいや、護衛をしているのに、アルマさんを危ない目に遭わせるなんて本末転倒だ――。


「それに、夜になるとちっこくなるべ。これじゃあ、大人をぶん殴るくらいの力しか――」


 なんて、思っていた時だった。




「ジャッキー、静かに」


 小さくため息をついて話すジャッキーの声を、僕は手でさえぎった。

 僕の心配は杞憂きゆうに終わったと確信した。

 しかも、最悪の形でだ。


「――いる」

「はい?」


 呆気にとられるジャッキーとアルマさんは気づいていないみたいだけど、僕の感覚は誤魔化せない。

 ぴん、と逆立つ髪の毛と鳥肌が、僕に危険を知らせてくれている。

 どうやらスキルの発現に伴い、僕の勘も野生動物のように研ぎ澄まされているみたいだ。


「僕らの後ろに来てください、アルマさん。貴女の家に帰るのは危険です、ここから一番近いファミリーのたまり場に誘導します」

「どうしたの、エドワード君? 誰もいないし、視線も感じないわよ?」

「そうだべ? アニキ、どこにも何もいねえべよ?」


 僕は首を横に振る。


「……います。すぐ真正面の景色が――揺らいでるんです」


 そうだ。探していたストーカーは、もうすぐ近くにいる。

 まだ人通りが完全に途絶えているわけじゃないからと、完全に油断してた。

 街灯だって少しは周りを照らしているし、犯人は来ないだろうと。

 そんな僕の甘い考えは、眼前の空間と共に消え去った。


「――久しぶりだね、アルマ」


 時空がひずむようにして現れたのは、出っ歯で眼鏡をかけた、ねずみのような陰気な男だった。


「あなたは……!」


 驚愕するアルマさんの前で、男はにちゃり、といやらしく笑う。


「君と会えなくて寂しかったよ。僕に声をかけてくれた、ただひとりのレディーと会えない悲しみが想像できるかい? 運命の相手との離別の苦しみを考えてくれよ」


 このねばつくような口調からして、間違いない。

 彼がアルマさんを悩ませるストーカーだ。


「……ラットさん? いったい、どこから?」


 僕の問いに、彼は嘲るように息を吐いた。


「僕のスキルは【不可視インビジブル】。人に触れない限りは完全に姿を消せる。匂いも、影も何もかも、僕を証明するものは消え去るんだ」

「それで、【狼の掟】も【影人間】も追えなかったのか……」

「そうだとも。このスキルで、アルマ、ずぅっと君を見守ってきたんだよ」

「なんつー気持ち悪いやつだべ! 勘違いもたいがいにすんべ!」


 ジャッキーが番犬のように唸る隣で、アルマさんは心底軽蔑けいべつした目で彼を睨んでる。

 当然だ、彼の言い分が正しければ、きっと彼女が知らない様々なところを覗き見していたんだ。

 水浴びの時、着替えの時、人に見られたくない時。

 そんなのを『見守る』だなんて言うなら、嫌悪されるのが当たり前だよ。


「ラット。悪いけど、あなたの気持ちには応えられないわ」

「知ってるよ。だから、君の気持ちの方に変わってもらおうと思ってね」


 彼が指を鳴らすと、不意に周りを行き交うごくわずかな人達の雰囲気が変わった。

 いや――違う。

 僕が街の人だと思い込んでいただけだ。

 鼠を追いかけ回すあまり、僕は彼らの正体が暴漢や悪漢であると、気付いていなかったんだ。


「僕がひとりでここに来たと? こうは考えなかったのかい、他のマフィアに頼んで金をつぎ込んで、拘束するだけの人員を借りていると。君達がずっと僕を追っている間に、彼らが必ず街のどこかに潜んでいたと?」


 通行人がポケットや鞄、麻袋から取り出すのはナイフや手斧、ナックルダスター。

 体型、表情は様々だけど、いずれも武器を構えた姿から、敵であるのは間違いない。


「ずうっと、この時を待ってたんだよ。あとはそこのガキふたりを殺してやれば、君はやっと、やっと僕だけの歌姫になってくれるんだ!」


 しかも、ラットの言葉で気づかされることもあった。


(そういえば今日、一度もファミリーの仲間に会ってない! そこまで見てたのか!)


 彼は最初から僕達を見ていたんだ。そして、襲撃にうってつけの日を探してたんだ。

 僕達だけを叩きのめせば、アルマさんをさらえる日を。


「よそのファミリーの用心棒……スキルは使えないみたいだけど、数が多い……!」


 とにもかくにも、起きてしまったものは仕方ない。大事なのはここから、アルマさんをファミリーのたまり場まで避難させられるかどうかだ。

 幸いにも、ジャッキーの顔は不安そうでも、膝はがくがくと震えてはいない。


「アニキ、こんなにたくさんの悪者がいたら、とても……!」

「ジャッキーがやりたがってた、マフィアらしい仕事だよ。用心棒なら用心棒らしく、アルマさんをしっかり守らなきゃ!」


 僕がいつもより強く背を叩くと、ジャッキーもやる気スイッチが入ったみたいだ。

 自分の拳をごつんとぶつけて、じりじりと近寄る敵を睨みつける。


「守りながら逃げるよ、ジャッキー! アルマさん、ついてきてください!」


 暴漢達に囲まれる前に、僕とジャッキーがアルマさんの手を引いて駆け出した。






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