第15話 「やれるな、エド」「やれるよ、ティナ」

「視線の正体が、厄介なお客さんだと?」

「分からないわ。でも、彼しか思い浮かばないし、何よりあの人と同じ視線なの。私を舐め回すような、悪寒の視線……そんなのがふたりもいるなんて、考えたくないわ」


 太陽のようなアルマさんの笑顔をここまで暗くするなんて、男の風上にも置けないな。


「ひでえ男だべ! もう一度とっ捕まえてやりゃあいいべさ!」


 ジャッキーは僕の隣で、頬を膨らませて義憤ぎふんに駆られる。

 歳や立場は違うとはいえ、同じ女性同士、思うところはあるに違いない。

 彼女ならストーカー被害に遭わないだろうとか、そういう話じゃなくて、理不尽な恐怖に晒されている現状が許せないんだ。

 この子もまた、両親からの虐待という理不尽に耐えてきたんだから。


「それで済むなら、貴様らなど最初から呼んでいない」


 一方で、グレゴリーさんは腕を組んでうなっていた。


「奴は狡猾こうかつだ。俺達が用心棒をつけている日はまったく姿を現さず、ひとりになった時に現れる。こちらも、一日中人をつけるわけにはいかんし、根本的な解決にならん」


 自分よりも強そうな相手がいれば出てこず、ひとりきりになったタイミングで視線を浴びせる。慎重で、なおかつ卑劣な相手を探すのは難儀するだろう。

 でも、ここまで聞いて、僕はグレゴリーさんの意図を読み取れた。


「……なるほど。子供がいるだけなら、相手も油断して姿を見せる、というわけですね」


 子供ふたりがついて回るくらいなら、ストーカーは脅威と思わない。

 そうすれば、きっと相手が油断して姿を見せる――そこを叩く、というわけだ。


「察しがいいな。同時に貴様らのスキルは、大人以上の戦闘能力がある」

「あら、そうなの? オズボーンさんと、どっちが強いかしら?」

「私には敵いませんが、チンピラ程度なら軽く叩き潰します。力は保証しますよ」


 グレゴリーさんの言う通り、僕の【狼の掟ウルフブラッド】もジャッキーの【影人間シャドーネイバー】も、並の大人を蹂躙する力がある。

 というかさっき、自分達よりずっと屈強な相手を倒してきたところだもの。

 だけど、それはあくまで相手が一般人である場合の話だ。


「ストーカーがスキルを持っている可能性は?」

「そう考えておいた方がいい」


 スキル持ちの相手と戦うのは初めてだし、油断はできない。

 ついでにもう少し、グレゴリーさんから情報を集めておこう。


「相手の名前を教えてくれませんか?」

「名前はラット・モーファー。もとは冒険者ギルドのスタッフだ」

「ラット・モーファー……冒険者ギルドに属しているなら、住所を聞きだして、直接押しかけたりはできませんか?」

「いいや、ちょうどファミリーがバーから追い払った翌日に、仕事を辞めて借家からも退去している……家具も何もかも、残したままだ」

「家具があるなら、後で狼に匂いを覚えさせてもいいですか?」

「ああ、そうしろ」


 普通に考えれば、マフィアを恐れて街から逃げ出したかとも想像できる。

 でも、相手がストーカーだと知っている以上、それはあり得ないとも確信できる。

 ラット・モーファーは、何としてでもアルマさんと繋がろうと目論んでいるに違いない。荷物をすべて捨てたのは、その決意表明だ。

 身勝手で一方的な感情は、ここまで人間を追い詰めさせるのか。


「なんだべか……まるで、ヤケクソになったみたいだべ……!」


 息を呑むジャッキーの後ろから、すう、と別の女性が入ってきた。


「――自ら退路を断ったというわけだ。愚かにも、私の旧友に手を出すためにな」


 誰が部屋に来たか、威圧感だけでも分かる。

 ティラミス・ファミリーが誇る女ボス、ユスティナだ。


「ティナ!」


 僕が彼女を呼ぶのと、アルマさんが立ちあがるのはほぼ同時だった。


「あら、ティナ? 誰もが恐れるティラミス・ファミリーの女ボスが、こんな小さな男の子に名前を呼ばせてるの?」

「私の勝手だろう」


 ふたりは随分と気心が知れた仲に見える。

 なんでかって、さっきまで暗かったアルマさんの顔が、ぱっと華やいだんだ。


「アルマさん、ティナとお知り合いなんですか?」

「知り合いも何も、私とそこのユスティナ・キングスコートは幼馴染よ! 同じところで育って、同じ服を着てお出かけする仲なんだから!」


 ぐっと肩を組むアルマさんに対して、ティナは困った顔を見せるけど、嫌がって振り払おうとしないあたり、本当に仲はいいみたいだ。


(なるほど、道理で自警団じゃなくて僕達を頼ったわけだ)


 気心知れた友人がマフィアのボスなら、自警団よりよっぽどあてになる。

 ひとり納得した僕の前で、アルマさんがティナの頬をつついた。


「それにその様子だと、ティナの秘密を知らないみたいね? この子ったら、実は……」

「もういいだろう、アルマ」


 とうとう、ティナがちょっぴりうんざりした調子でアルマさんを離した。


「エドワード、それにジャッキー。本当なら私がアルマを護衛してやりたいが、そうもいかない。グレッグを連絡役にするが、お前達にとって初めての、しかもふたりだけの大仕事だ」


 そうして僕達の肩を叩き、じっと見つめた。

 あの時と同じだ。僕にマフィアになるか野垂れ死ぬかを選ばせた、あの時と同じ。


「やれるな、エド」


 だったら、答えは一つ。


「――やれるよ、ティナ。僕とジャッキーが、貴女の友人を守ってみせる」


 ジャッキーの手を握り、僕は言った。

 試されているなら、僕は必ず乗り越えてみせる。

 恐怖と絶望に満ちたあの屋敷での生活に比べれば、何だって怖くない。

 だから僕は、はっきりと宣言した。アルマさんを、必ず守ると。


「ククク、ファミリーのボスにタメ口とは、なかなかの命知らずだな」

「あ、アニキ……超カッコいいべ……!」


 ――ただ、敬語をすっかり忘れていたのには、まるで気づけなかったけど。

 声を出して笑うグレゴリーさんと、目を輝かせるジャッキーの声でやっと理解できた。

 僕がどんな人に、挑戦的な言葉を吐いたのかを。


「あ、そ、そうだった! すいません、ついうっかり、その……!」


 慌てる僕を見つめるティナの目は、どこかいつもと違って見えた。

 怒っているのかと思ったけど、そうでもないみたいだ。


「一度言ったなら、最後まで通せ」

「ええと、あの、はい……じゃなくて、分かった」


 観念したように僕がそう言うと、ティナが少し、ほんの少しだけ笑ったような気がする。

 今気づいた――ユスティナ・キングスコートは、笑うと愛らしい。

 僕が緊張や恐れを忘れて、「かわいい」と呟いてしまうほどには。




「あ~素直ショタかわいいねぶりたい」



 え?


「何でもない。ふたりとも、ミラーさんをアジトからバーまで送ってこい」

「「はいっ!」」


 さてと、何を言ったかは聞こえなかったけど、いつまでも見惚れてはいられない。

 威勢のいい返事とともに、僕達はアルマさんを連れて部屋の外に出て行った。

 グレゴリーさんとティナが何かを話していたけど、扉が閉まるとすっかり聞こえなくなった。


「ふうん。ティナってば、あの困ったところは直せてないのね」


 僕達に手を引かれるアルマさんは、少しだけ何かを考えている。

 でも、すぐににんまりと笑って、何かに納得したみたいだ。


「どうかしたんですか、アルマさん?」

「ふふっ……何でもないわ♪」


 どこか意味ありげな彼女の微笑みに、僕は首を傾げるばかりだった。

 いくつかの謎が残るスタートになったけど、とにかく僕達は、アルマさんの用心棒として何日かを過ごすことになった。


 ティナとグレゴリーさんから任された大仕事!

 僕とジャッキーで、絶対に恐ろしい悪党から歌姫を守ってみせるよ!






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