第8話.栄光への道

「今日の授業は自習だ。各自好きなことをしてくれ」


 教師陣との試合が行われた1週間後、基礎魔法学-実践の授業が始まると同時に御陰先生はそう言った。


「先週、我々との試合を行って各々自分の弱点や伸びしろを見つけることができただろう。今日からはそこで得た学びを糧に自由に能力を成長させていって欲しい」


 先週の授業では御陰先生にボコボコにされた甲斐あって、自分の能力の伸びしろを見つけることが出来た。

 それは俺だけじゃなく、他の生徒も同じらしい。


「それに、約1か月後には1年生にとっては2回目となる魔闘祭が開催される。そろそろ魔闘祭に備えたいと思っている生徒も多いことだろう。ぜひこの時間を使って魔闘祭への準備を存分に進めてくれ。以上だ」


 御陰先生は話を終えるとグラウンドの端の方へと去っていった。

 先生の言う通り、来月の初めには魔闘祭が開催される。試合形式は今春と同じ1 vs 1だ。

 魔闘祭が近づくにつれ、明らかにそわつき始める者、自分の能力について考え込む者、魔闘祭への参加を検討する者、生徒は様々な反応を見せている。

 俺も今のところは参加するつもりだし、参加するからには最終的には優勝を目指したい。

 なにせ魔闘祭は優勝賞品として何でも好きな物を貰うことができる。そんなものに食いつかない高校生は中々いないだろう。

 もし優勝したら何を貰おうか、お金か、将来の就職先か、大学への進路か、それ以外か。

 どちらにしても優勝するためにはしっかりと自分の能力を鍛えなければ。


「直弥、一緒に練習しない?」


 俺はとりあえず唯一の友達である直弥なおやと自習の時間を過ごすことにした。


「なんの練習しようか」

「うーん、俺は身体強化か、能力の練習かなぁ。御陰先生に能力の工夫が必要的なこと言われたし」

「僕は吸収が不得意すぎるから吸収の練習でもしようかな。能力の工夫とか今は思いつかないし」

「そういえば、直弥は魔闘祭出るの?」

「うん、今のところはそのつもり。とおるくんは?」

「俺も出ようと思ってる。やっぱ優勝賞品が魅力的だし」

影道かげみちくん、ちょっといいかな?」


 俺と直弥の会話を遮って同じクラスの|明導 雅也めいどう まさやが話しかけてきた。

 明導とは数回挨拶を交わしたことがある程度の仲で、しっかりと会話をしたことはない。


「あ、明導くん。なんか用?」

「今回の自習の時間、よければ俺と対人戦の練習をしてほしいんだけど」


 予想外の提案だ。

 明導は学級委員を務めるいわゆる優等生タイプで友達の少ない俺と性格が合うというわけでもなさそうだし、明導が俺と戦いたがる理由が分からない。


「あー、別にいいけど、それなら直弥も一緒にどう?」


 特に断る理由も無いので、俺は明導からの提案を受け入れると同時に直弥を見る。


「いや、僕は1人で練習してるから、2人は対人戦の練習してきなよ」

「悪いね、直弥くん。今度君とも手合わせしたいな」


 明導は直弥に頭を下げてから俺の方を向く。


「じゃあ、行こうか」


 俺と明導は直弥を置いて対人戦用のフィールドへと向かう。

 グラウンドと体育館にはいくつかのフィールドが用意されていて、今回のような自習の時間は自由に使うことができるらしい。


「なんで俺のことを誘ったの?」


 俺は移動しながら明導くんに理由を聞いた。


「一番の理由は俺が対人戦に強くなりたいからかな」

「それはそうなんだろうけど、なんで俺をわざわざ誘ったのかなって」

「影道くんは先週の授業で唯一、先生相手に攻撃を通しただろう?」


 確かに、俺は先週の授業で御陰先生に攻撃を当て怯ませた。

 俺はあの試合の後保健室に行っていたから他の試合は見ていなかったけれど、結局先生相手に攻撃を通せたのは俺だけだったらしい。


「そんな影道くんに対人戦のご指導をしてもらおうと思ってさ」

「いやいや、あの時攻撃できたのは先生が手加減してたからだし、何かを教えられるような立場じゃないよ」

「はははっ、今のは冗談だよ。ただ君の能力と俺の能力ならお互いいい練習になるんじゃないかと思って」


 明導くんは笑いながらそう話す。しかし、すぐに真面目な顔に戻った。


「でも、多くの生徒は君のことをリサーチしているんだ。他のクラスの生徒を含めても前の授業で先生を怯ませたのは影道くんただ一人だ。みんな『魔闘祭では影道を警戒する必要がある』って言ってるよ」

「そ、そうなんだ……」


 まさか自分がそんなに警戒されてるんだなんて、全く知らなかった。

 先生への攻撃は御陰先生が手加減してくれたからできたことだし、俺が特別強いってわけじゃないんだけどなぁ。

 俺は自分の噂が広まらないように、そして無駄な尾ひれがつかないように祈った。

 そんな話をしているうちにフィールドに着き、俺と明導くんはそれぞれ準備運動をしてからフィールドの中央で向かい合った。


「始める前に、影道くんに俺の能力を教えておくよ」

「え? いいの?」

「もちろん。能力者同士は試合においても日常生活においても自分の能力が知られていることが前提だからね」


 明導くんはいつかの授業で聞いたようなことを口にする。

 流石は学級委員の優等生だ。普段から真面目に授業を聞いているのだろう。


「俺の能力は【栄光への道ライトロード】、領域タイプで簡単に言うと高速移動ができる能力だ」


 明導くんは自身の能力を説明した。

 明導くんの能力、【栄光への道ライトロード】は地面に光る道のような領域を生み出し、まるで線路を走る列車のようにその領域の上を高速移動できる能力のようだ。

 シンプルではあるけれど、今のところ明確な対策方法が思いつかない。


「じゃあ、始めようか」

「うん、よろしく」

「こちらこそ、じゃあ、いくよ!」


 俺と明導くんはお互い、試合開始と同時に距離を取る。


「(距離を取ったけれど、高速移動の能力を持つ明導くん相手に多少距離を取っても安心はできないな。とりあえず相手の出方を伺うか)」


 俺は距離を取りながら影人形を生み出そうとする。

 すると、俺が能力を発動する前に明導くんは腕を真っ直ぐ伸ばし、指を揃えて俺の方に向ける。


「【栄光への道ライトロード】」


 明導くんがそう唱えると明導くんの足元から俺の足元へと光の道が真っ直ぐ敷かれた。

 

「マズイッ!」


 光の道が敷かれてから約1秒後、明導くんがその道の上を高速で移動してくる。

 先程まで10mは離れていた明導くんが、一度瞬きをした後にはもう目の前に迫っていた。

 俺は咄嗟に身構えたが、防御が間に合わず強烈なアッパーを喰らった。


「くッ……!」


 俺は少しふらつきながら影人形を生み出し攻撃に転じる。

 しかし、影人形の拳は空を切り、もう一度距離を取られてしまう。


「まだまだいくよ!」


 明導くんは先ほどと同じように光の道を敷き、高速で突撃してくる。


「(さっきと全く同じ軌道だ。それなら対応できる!)」


 俺は自身の前に影人形を立たせ、明導くんを迎え撃つ準備をする。


「そこだッ!」


 影人形は突撃してきた明導くんを抱きしめるような態勢で止めようとする。

 しかし、その瞬間影人形と明導くんが激突し、お互いが後方に吹き飛んだ。


「いってぇ……やっぱり同じ手は通用しないか」


 自身の速度によって吹き飛んだ明導くんはすぐに態勢を立て直す。どうやら今の攻撃は防がれることを想定していたようだ。

 明導くんはしっかりと受け身を取っていて追突によるダメージはほとんど無いようだ。


「鬼瓦先生にも今みたいに正面から防がれたんだよ」


 明導くんは先週の授業で鬼瓦先生と試合をして今と同じような攻撃を仕掛けたところ、全く通用せずにボコボコにされたらしい。


「そうなんだ、それは災難だったね」

「まぁ、鬼瓦先生は影道くんみたいに捨て身の防御じゃなかったけどね」


 明導くんは先ほど自身と相打ちになった影人形を見る。

 確かに今は防御できたけれど、あれを何回もやるには影人形へのダメージが大きすぎる。


「でも、俺は防御に影人形を使ってるから、俺自身へのダメージは一切ないよ。今みたいな戦い方だとそっちが不利なんじゃない?」

「確かにそうだね。でも、影道くんは俺の速度についてこれていないだろう? 決め手にかける君の能力じゃ防御はできても俺を倒すことはできないよ」


 明導の言う通りだ。俺の【独り歩きナイトウォーカー】だと明導くんに追いつく速度を出すことはできない。


「お互い戦い方を考えなきゃね、いくよ! 【栄光への道ライトロード】!」


 明導くんは俺に向かって腕を伸ばし、再度能力を発動させる。

 俺は影人形を自身の前に立たせ、攻撃に備える。

 しかし、明導くんから伸びた光の道は先ほどまでとは軌道が異なっていた。明導くんの斜め前方向に向かって伸び、途中で屈折して俺の背後へと向かってきた。

 明導くんから俺の背後への道が繋がれる。


「しまった!」


 俺がそれを視認した約1秒後、明導くんが光の道を通って俺の背後へと回り込む。

 前ばかりを警戒していた俺は突然の背後からの攻撃に対応できず、がら空きの背中に打撃を喰らう。


「かはッ……!」


 俺は前方に吹き飛ばされ、影人形とぶつかってしまった。

 背中の痛みに耐えながらすぐに態勢を立て直し、影人形と共に追撃を警戒する。

 しかし、明導くんは追撃をせずにまたすぐに距離を取った。完全にヒット&アウェイの戦法だ。


「まさか光の道を曲げれるなんて」


 俺は驚きを思わず口にする。


「今初めてやってみたんだよ。理屈的にできるってことは分かってたし、鬼瓦先生に負けてから必死で考えたんだ」


 恐らく、明導くんは唯一の武器である速度とそれを利用した正面突破を鬼瓦先生に防がれたことでなんとか別の攻撃方法を考えたのだろう。

 攻撃のバリエーションを増やし、相手の不意を突いて攻める。前回の教師陣との試合の反省点をしっかりと活かした戦法だ。


「流石だね、全然対応できなかった」

「そう? 先生との試合のおかげだね」


 そうだ。明導くんは前回の試合から自身の能力の伸びしろと欠点を考えて成長している。それに対して俺はただ影人形を出しているだけで以前と何も変わっていない。

 俺も御陰先生との試合を思い出して能力を工夫しなければ。


「(打開策を考えないと、どんどんと成長している明導くんに勝てない……!!)」


 考えている間にも、明導くんからの攻撃は続く。

 正面から、横方向から、後ろから、様々な方向から仕掛けられる攻撃に俺は防戦一方となってしまう。


「そろそろ防御もきつくなってきたんじゃないか?」


 変わらずにヒット&アウェイの戦法で距離を取った明導くんからの問いに俺は正直に頷く。

 影人形で防御するたびに魔力が失われていくし、防御が間に合わずに何回かモロに攻撃を受けているため、顎や背中がジンジンと痛む。

 

「(このままじゃジリ貧だ。なんとかしなきゃ)」


 俺は明導くんが攻撃するまでの時間でなんとか打開策を考える。

 何回も見た明導くんの動きを思い返す。

 【栄光への道ライトロード】の攻撃手段は、光の道を敷く→敷き終えると同時に道の上を高速移動→相手に接近すると同時に打撃による攻撃という単純なものだ。

 

「(この中で隙があるとすれば、光の道を敷いている間と道を通って移動している間か。そのどちらかの隙をついて攻撃するしかないな。でも、距離を取られている時は攻撃できない)」


 明導くんは攻撃の瞬間以外は俺と距離を取っている。遠距離攻撃の手段を持たない俺の能力では道を敷いている間に攻撃することはできないだろう。そうなると突くことができる隙は1つだ。


「(高速移動で近づいてくる明導くんに対してカウンターを決めるしかない)」


 俺はカウンターの方法を考える。

 前回の御陰先生との試合で、俺の能力は状況に合わせた戦い方ができるということを学んだ。あの時手だけの影人形を作ったように、明導くんへのカウンターに最適な造形をする必要があるだろう。


「(前回と同じように手を作って見る? いや、影人形の反応速度だと高速で動く明導くん掴むことはできないか)」

 

 俺は必死に考える。

 速度では勝てないけれど、カウンターを決めなければならない。普通の影人形では掴むことさえできない。

 相手の速度に左右されず、尚且つ無力化する方法はなんだ。


「(いや、速度で勝てないならこっちは動かなければいいんじゃないか?)」


 俺はふと小さい頃に教わったトンボの捕まえ方を思い出した。 

 トンボはとてつもなく早く飛ぶが、飛ぶルートはある程度決まっている。トンボを捕まえる時は無理に追いかけずにそのルートを把握して、待ち伏せすれば簡単に捕まえられるのだ。


「(そうか、待ち伏せして捕まえればいいんだ)」


 俺は影人形を引き寄せ、次の攻撃に備える。


「なんか思いついたのかな? でも、そろそろ決めさせてもらうよ」


 明導くんは俺が何か閃いたことに気づいたようだ。恐らく、次の攻撃で試合を終わらせる気だ。


「【栄光への道ライトロード】!」


 明導くんの足元から光の道が伸びて来る。


「(今度はどっちから来る? 前か、横か、後ろか!?)」


 俺はその道が伸びる先を注視する。

 すると、光の道は途中で屈折し、俺の背後へと伸びてきた。


「後ろか!」


 道が伸び終えると同時に明導くんが高速移動してくるのが見える。

 俺は急いで影人形を自身の背後に立たせ、形を変える。


「【独り歩き-影網カゲアミ】!」


 影人形は形を変え、人が1人すっぽり入るくらいの網となり、通行止めの看板のように光の道を塞いだ。


「ムグッ!!」


 道の上を高速移動してきた明導くんはそのまま網に突っ込み転んでしまう。

 俺は影人形を網の形のまま操り、明導くんを拘束する。


「くッ……抜けれないな」


 明導くんは網の中でもがいて拘束を逃れようとしたが、いくら身体強化をしているとはいえ能力でガッチリ拘束されては抜け出すことは難しい。


「一応1分以上抜けれなかったら俺の勝ちだけど、どうする?」

「いや、降参するよ。こんなにモロに拘束されちゃ流石に抜け出せないから」


 俺は拘束を解いて明導くんに手を貸して起き上がらせた。

 明導くんは少し悔しがっているけれど、満足げな表情だ。


「いやー負けちゃったな。やっぱり影道くんは強いな」

「いや、途中までは明導くんに圧倒されてたよ。直前までどこから来るか分からない攻撃は対応できなかった」

「正面以外からの攻撃で不意打ちをするっていうのは上手くいったけど、やっぱ俺の能力は攻撃の軌道がバレちゃうから対応しやすいのかな」

「うーんそうかも、今みたいに網で捕まえられたのも攻撃の軌道が分かったからだし、明導くんの速度でどこから来るかも分からない攻撃だったら絶対に対応できないな」

「そうだよな、もっと工夫しなきゃ」


 俺は明導くんと感想戦をしながらフィールドを後にした。

 今回の試合はお互いにとって成長できるいい練習になったようだ。


「そろそろ授業を終える。皆、片付けの後に集まるように」


 ちょうどそのタイミングで御陰先生からの声がかかった。


「じゃあ、今日はありがとう。良い練習だったよ」

「こちらこそ、機会があったらまた」


 俺と明導くんはお互いにお礼を言って別れる。

 明導くんのおかげで新しい能力の使い方を思いつくことができた。やっぱり対人戦は能力を成長させるのに効果的だ。自然と自分の能力について試行錯誤することができる。

 こうやってできることを増やしていけば、魔闘祭での優勝も夢じゃないかもな。

 約1か月後に迫る魔闘祭のことを考えながら歩いていると、直弥と匣宮さんが一緒に歩いているのを見かけた。

 珍しい組み合わせだけど、あの2人も一緒に練習をしていたのだろうか。

 そう思い、ふと周りを見るとほとんどの生徒が2人1組で歩いている。みんな対人戦の練習をしていたようだ。

 みんな自分の能力を鍛えて魔闘祭に備えている。これは自分が成長しているからって油断はできないな。

 俺は少しの不安を感じると同時に、1か月後の魔闘祭に向けて気を引き締めた。


______________________________________

明導 雅也めいどう まさや

能力名:【栄光への道ライトロード

型:領域型

・自身の足元から任意の方向へ向けて道のような領域を生み出す。この領域内では能力者のみが高速移動することができる。

・領域は最大50mほどまで伸ばすことができ、途中で曲げることもできる。

・領域内での高速移動は一方向にのみ可能、途中で止まることも可能だが、高速移動をしていなくても領域は数秒で消える。領域を維持できる時間は消費魔力量によって増減する。

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