第7話-1.沈黙の守護者

 季節は秋、高校に入学してから半年ほどが経過した。


「ここの活用形分かる人、手挙げて」


 今は俺の苦手な古典の授業だ。

 この学校は能力者の育成を主な目的とし魔法に関する授業があるけれど、高校であるということは変わらない。高校であるという事は生徒は勉強をしなければいけないのだ。

 初めは「能力者の学校だから魔法についてのことがたくさん学べるぞ!」とワクワクしていたけれど、今となってはそのワクワクは落ち着き、高校生としての勉強と能力者としての勉強をしなければいけないことがどれほど大変なのか気づいている。

 多くの生徒は普通の高校生よりも多い勉強量に追われ、ヒーヒーいいながら高校生活を送っている。俺もその1人だ。


「誰もいないのか。じゃあ、とおる、答えてみろ」


 誰も手を挙げずに教室が静まり返ると、古典担当の鬼瓦おにがわら先生は俺を指名した。

 どうしよう、古典苦手だから全然分かんないな。


「えーっと、連体形ですか……?」

「違う、連用形だ。そこに立っとれ」


 鬼瓦先生は生徒指導も担当していて中々怖い先生だ。低い声で白髪短髪に筋肉質の体格、色付きレンズの眼鏡をかけていてまるでヤクザみたいな風貌だ。

 そして、授業で問題に間違えるとこうして生徒を起立させる。この罰を受けたくないためみんな必死こいて古典の勉強に力を入れるのだ。

 俺はしぶしぶ立ち上がり、その後一度も座れないまま授業が終わった。

 足がかなり疲れた。全く、今時こんな体罰みたいなことが許されるのか。


「いやー今日も鬼瓦先生怖かったね」


 授業終了後、直弥なおやが話しかけてくる。


「ほんとだよ、途中から足痺れてきた」

「そりゃ大変だ。でも、とおるくんが犠牲になってくれたおかげで他の人は立たされなくて済んだからよかったよ」

「確かに、みんなもっと俺に感謝するべきだな」

「まぁ、通くんがしっかり勉強してればよかっただけの話だけどね」

「それはそうだけど」


 急な正論は俺に効く。何も言い返せない。


「そういえば、次の基礎魔法学ってグラウンドだったよね。早く移動しなきゃ」

「あ、そうだった。急げ急げ」


 毎週ある基礎魔法-実践の授業では、相変わらず共通魔法-身体強化・吸収の練習と対人戦が行われている。

 段々とレベルは上がっているけれど、俺は相変わらず身体強化が不得意だ。

 対人戦の方は匣宮さんと試合して以降も何回か行ったけど、こちらもあまり進歩が見られない。

 最近、思うように魔法が身につかず、能力の伸びしろも見つけられない自分に焦りを感じている。

 次の魔闘祭は約1か月後、せめて1回戦は突破したい。そのためにはせめて身体強化のレベルを高めて対人戦に強くならなくては。

 直弥と共にグラウンドへ行くと、御陰みかげ先生の他に2人の先生がグラウンドに立っていた。1人は先ほどまで古典の授業をしていた鬼瓦先生。そして、もう1人は基礎魔法学-理論担当の清水しみず先生だ。


「ねぇ、なんで他の先生もグラウンドにいるんだろ」


 俺も直弥と同じ疑問を持った。体育担当でも実践担当でもない先生がグラウンドにいるのはおかしい。


「なんだろう、見学……ってわけじゃなさそうだな」


 鬼瓦先生も清水先生も動きやすそうな恰好をしている。明らかにグラウンドで身体を動かすつもりに見える。

 鋭い眼光の鬼瓦先生と目を合わせないようにしながら、俺たちは御陰先生の説明を待った。


「よし、みんな集まったな。では、今日の基礎魔法学-実践を始める」


 御陰先生はいつも通り授業を始めた。


「今日の授業はいつもとは違い、自身の弱点の理解と克服を目的として授業を進める。そのために鬼瓦先生と清水先生に来てもらった」


 弱点の理解・克服を行うのになんで他の先生が関係あるのだろうか。


「最近のみんなを見ていると、能力が伸び悩んでいるようだ。共通魔法の習得や対人戦の経験をして多少の工夫は見られるが、それだけでは十分とはいえない」


 御陰先生は淡々と説明を進める。

 確かに御陰先生の言っていることは図星だ。対人戦での戦い方を多少工夫している生徒はいるが、能力自体が強くなっている生徒はほとんどいない。実際、多くの生徒の対人戦は、いつも同じような試合でいつも同じ相手に負け、同じ相手に勝っている。見ている側もやっている側もマンネリ化状態だ。


「そこで、自分の能力のどこに伸びしろがあるのか、どこが改善点なのかを理解してもらうために今日の授業ではここにいる鬼瓦先生、清水先生、そして、私と試合をしてもらう」


 先生と試合をするという言葉で周りの生徒が驚きで絶句したのを感じる。

 それもそのはずだ。普段教室で普通の座学を行っている清水先生や鬼瓦先生が戦う姿は想像が出来ない。

 清水先生に関しては一度だけその能力を見たことがあるが、戦闘向きとは思えないものだった。御陰先生の能力は一度も見たことがないし、鬼瓦先生は能力者であることも今の今まで知らなかった。

 生徒たちは一瞬の絶句の後、一斉にざわざわとし始める。


「静かに。1年生のみんなは知らなかったかもしれないが、この学校は生徒はもちろん教師陣もほとんどが能力者だ。試合という場であれば教師相手に能力を使うことも許されているので安心して欲しい」


 以前の理論の授業で『能力者が非能力者に対して能力を使用することはいかなる場合であっても禁止されている』という法律を学んだ。御陰先生は法律面では先生と生徒が試合をすることは何も問題が無いから安心して欲しいと言いたいのだろう。

 しかし、俺を含めて大半の生徒が心配しているのはそこではないだろう。御陰先生はまだしも、清水先生と鬼瓦先生は結構な歳だ。

 初老のだSん製を相手に肉弾戦を仕掛けたり能力を使用することは危険ではないのだろうか。そんな不安が頭によぎった。


「では、それぞれの対戦相手を確認してくれ」


 そんな生徒の不安を意に介さず、先生は説明を続けた。先生が取り出したホワイトボードには生徒の名簿が貼られ、その横にいずれかの教師の名前が書かれている。俺の名前の横には、御陰と書かれている。 

 鬼瓦先生が相手じゃなくて良かった、俺はホッと胸を撫でおろす。

 普段の授業でもあんなに怖い鬼瓦先生と戦うなんてごめんだ、ただでさえ怖いのにその顔面を殴るなんて俺には出来ない。


「なお、対戦相手は各々が苦手とするであろう相手をこちらで判断し設定した。自身の弱点を克服しなければ絶対に勝てないと思え」


 御陰先生はそう言うと生徒に準備をするように指示し、教師陣も準備を始めた。

 俺も直弥と一緒に移動と軽い準備を始める。

 

「通くん、相手誰だった?」

「俺は御陰先生、直弥は?」

「僕は清水先生だった。あの中じゃラッキーかも」

「いいなー、清水先生なら普通に勝てそうじゃない?」

「うーんどうだろ、前の授業で僕の能力防がれてるからなぁ」


 直弥にそう言われ、俺は以前の授業を思い出す。確かに清水先生は一度、直弥の【崩炎ほうえん】を防いで見せたことがある。


「いやーでもあれは直弥だって手加減してただろ? 本気でやれば勝てるって」

「そうだといいな」


 俺と直弥は準備を終え、試合が行われるフィールドに向かう。


「まずは清水先生との試合から始める。清水先生の相手となる生徒は準備してくれ」


 俺の試合はだいぶ後の方なのでとりあえず見学に回る。最初の試合は直弥と清水先生の試合だ。

 対人戦で無類の強さを誇る直弥が白髪初老で優しそうな清水先生に負けるわけがないだろう。

 周りの生徒も同じことを思っているようで、結果が目に見えている試合に興味が無さそうだ。


「では、試合開始ッ!」


 その合図と共に、直弥は巨大な炎で清水先生を攻撃する。赤黒い炎は地面を削りながら一直線に進み、清水先生を飲み込もうとした。その直前、


「【沈黙のサイレント・守護者ガーディアン】」


 清水先生がそう唱えると、黄色く光る障壁が先生を覆い、直弥の炎を弾く。弾かれた炎は勢いを失い、空中で霧散した。


「「「おぉーーーーーーーー!!」」」

「すげぇ……」


 清水先生の能力に歓声とどよめきが起こる。俺も思わず驚きを口に出してしまった。

 以前の授業と違い、今回の直弥は明らかに最高出力で攻撃している。しかし、その炎はいとも簡単に防がれた。

 清水先生は能力で防御しながら一歩一歩と足を進める。その足取りは直弥から攻撃されているとは思えない、秋空の下を散歩するかのように何の抵抗も感じさせない歩みだ。

 直弥はそんな先生の様子に明らかに動揺している。攻撃しているはずの直弥が一歩後ろに下がった。

 先生と直弥の距離が5mほどになったところで、直弥は炎で攻撃することをやめ、一気に先生との距離を詰める。

 能力での攻撃が通じないために肉弾戦をする気だ。すると、先生も能力を解除して直弥を迎え撃つ。

 しかし、直弥の拳が先生に届くことは無く、逆に先生の拳や蹴りが直弥に襲い掛かる。肉弾戦に転じた瞬間に攻守が入れ替わり、直弥は一方的に攻められていた。


「おいおい」「マジか……」


 またも生徒の間でどよめきが起こる。しかし、今度のどよめきは完全に意表を突かれた驚きによるものだ。

 先ほどまで防御しているだけに見えた清水先生が、今は直弥をボコボコにしている。そのあまりの衝撃に俺は言葉を失った。

 清水先生からの攻撃を何度かモロに受けた直弥はよろめきながらも急いで距離を取り、炎での攻撃に転じる。しかし、それは軽々と防がれ、先ほどと同じように距離を詰められた。

 炎での攻撃を完全に防がれ、肉弾戦でも勝負にならないほどの実力差。直弥に勝ち目があるとは思えない。俺がそう思ったのとほぼ同時に、直弥の口が開く。


「こ、降参です……」

「そこまで、試合終了」


 あまりにも一方的で予想外な試合に、生徒全員が驚きを隠せない。

 直弥は清水先生に手を貸してもらいながら立ち上がり、俺のところに戻ってくる。


「……お疲れ」


 直弥は少し腫れた頬を抑えながら苦笑いしていた。


「清水先生、めちゃめちゃ強いよ」

「うん見てた、大変だったな」

「通くんも油断しないでね、僕はちょっと保健室行ってくる」


 直弥はそう言って少しふらつきながらグラウンドを後にする。

 その直弥の姿を見ていた生徒は全員苦笑いを浮かべていた。俺を含めて、生徒全員が思っていることは同じだろう。

 教師陣、強すぎる。もしかしたら自分もボコボコにされるかもしれない。

 生徒が恐怖に震える中、淡々と試合は進められていく。

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