第4話.能力の見せ合い、教え合い
入学から約3か月、魔法が日常に溶け込んだ高校生活を送り、魔法に関する知識も段々と増えてきた。
今日は基礎魔法学の授業があるので、あの監獄のような教室に移動する。
「はい、では基礎魔法学-理論の授業を始めていきます。よろしくお願いします」
いつも通り、清水先生が挨拶をし授業が開始される。
基礎魔法学は理論と実践に分かれていて、理論は移動教室での座学、実践はグラウンドでの魔法練習を行う。運動神経が良くても勉強ができない生徒がいるように、基礎魔法学の理論を理解していても実践が中々上手くいかない生徒もいれば、逆に理論はからっきしでも実践は好成績な生徒もいる。
ちなみに、俺は前者だ。
「今日は少し法律についてのお話をします」
先生はそう言うと、いつも通り教科書に沿って説明を始める。
「皆さんのような能力者は色々なことができる貴重な人材であると同時に、一般の人からすれば簡単に人を傷つけることができる危険な存在でもあります。実際、能力者による傷害事件は度々起こっており、能力者を危険視する人も多くいるのが現状です」
能力者が毛嫌いされているという話はネットニュースなどでよく目にする。この学校を開校する時も周辺の住民からかなり反対の声が寄せられたようだ。
全人口の10分の1という圧倒的マイノリティである能力者は、いろんな場面で役立っているのに近くにいると煙たがられる。発電所みたいな存在だ。
「そのため、少しでも危険性を減らし、能力者が犯罪行為に手を染めた際の犯人特定を迅速に行えるように、自身の能力の開示と登録が法律で定められています」
能力者は能力が発現した際に、どんな能力であるかどういったことができるのかということを役所に届け出なければいけない。
その手続きのために母に連れられ、何度か市役所に行った記憶がある。
「今までは能力に関する手続きは親御さんにやってもらっていたかもしれませんが、皆さんはもう大人一歩手前の高校生です。しっかりと法律を理解し、自分で手続きを行えるようになっておく必要があります。ということで、今回の授業では、能力者に関する法律、『能力者法』について学んでいきます」
法律に関する勉強か。とてつもなくつまらなそうだ。
そんな俺の予想通り、その後は難しい話をつらつらと説明されるだけのつまらない授業が続いた。
能力者法は能力者に対して適用される法律で、主な目的は能力者の監視と非能力者の安全を守ること。そのために、能力者には生活する上で必要な手続きがとにかく多い。先生の話では、新幹線に乗るだけでも普通の人の倍の手続きをしなければいけないらしい。
「・・・と、このように能力者が非能力者と同じように暮らすには守らなければならない法律、行わなければならない手続きが多数あります。今全て覚えろとは言いませんが、大人になるまでに主要なものは覚えておきましょう」
そういうと、清水先生は教科書を閉じた。
基礎魔法学-理論の授業は、半分が教科書を見ながらの板書&解説、半分が何らかの実演や発表という流れで進んでいく。そのおかげで授業中に夢の世界へ旅立つ生徒は少ない。
授業も分かりやすいしこういう工夫をしてくれるので、清水先生は生徒から好かれている。
「では、これから皆さんにはペアになってもらいます。今座っている席の右隣の人と向かい合って座ってください」
俺の右隣は、
「よろしく、影道くん」
「あ、よろしくお願いします、東野さん」
お互い向かい合って軽く挨拶を済ませる。
東野さんは、意識的か無意識か分からないけれど人と話す時いつも口角をあげている。そのニコッとした表情がなんとも素朴で可愛くて、話す時は少し緊張してしまう。
「皆さん、ペアは組めましたね。今から自分のペアの方に、自身の能力について詳しく、そして正確に説明してあげてください」
説明するだけだなんて、随分簡単な授業だな。
先生はそんな僕の考えを読み取ったように真剣な顔で説明を続ける。
「これは皆さんのような能力者が生活していく上でとても重要なことです。料理人が包丁を持ち歩いている時に、何故持ち歩いているのか説明できないと銃刀法違反の容疑をかけられてしまうでしょう。それと同じように自分の能力を正確に説明できないと、色々な場面で不都合が生じます。これは社会に出るための訓練です。相手の説明に不明点があればどんどん質問してあげてください。では、始めてください」
そう言うと先生は教室内を回って生徒の様子を見学し始めた。
「詳しく正確に説明って、ちょっと難しそうだね」
俺がどうしようと悩んでいると、東野さんが話しかけてくれた。
こういう時に自分から話始められないのは俺の悪いところだ。
「そうですね、自分の能力って自分でも理解してないことありそうだし」
「確かにそうかも、どっちから始めようか」
「俺はどっちでもいいですよ」
「うーんそうかぁ、じゃあ、私からにしようかな。通くんの能力は最初の授業でちょっと見たし」
「分かりました。じゃあ、早速、どうぞ」
最初から最後まで相手に委ねるという会話においては最悪のムーブをしてしまっている気がする。このコミュニケーション能力の低さが今まで俺に彼女や女友達がいなかった原因なのかもしれない。
「うーんと、私の能力は【
俺はうんうんと頷きながら話を聞く。
風を起こすとなると、型は射出型かな。
「私の能力で吹く風は色々種類があって、例えば人の魔力を回復させる風とか、人の怪我を治す風とか、風に当たった人に何かしらの影響を与えることもできるの」
射出型で回復効果を持つという能力に俺は少し驚いた。
【母なる風】はかなり珍しい能力だ。射出型は基本的に自分の魔力を飛ばすだけで、他人に何らかの影響を及ぼすことはない。しかも、他人を回復させる効果自体かなり珍しいらしい。
「その能力って、かなり珍しいんじゃないですか?」
「それ、よく言われるんだよね。役所に能力の届け出に行く時も珍しい能力だから申請から登録までに時間がかかって、すごい待たされるの」
「やっぱりそうですよね。射出型って直弥みたいに炎飛ばしたりするイメージだから、回復ができるなんてあんまり想像できない」
「あーそうかも。でも、私の能力って単純な射出型じゃないらしいよ」
「東野さんの能力は、
いつの間にか背後に立っていた清水先生が会話に加わった。
「付与型?」
「えぇ、他人に影響を及ぼす能力は付与型と呼ばれます。以前の授業で話した射出型・化身型・領域型のどれにも属さない、比較的珍しい型です」
先生は俺と東野さんに対して付与型についての説明をしてくれる。
やはり東野さんの能力は世間的にも珍しいものみたいだ。
「付与型は他人に良い影響を及ぼすものもあれば悪い影響を及ぼすものもあり、悪い影響を及ぼすものは俗に『呪い』と呼ばれます。東野さんは自身の能力で他人にどんな影響を及ぼせるのかしっかりと説明できるようにしておきましょう」
そういうと、清水先生は俺らの下から去っていった。
「どんな影響を及ぼせるかかぁ、私もあんまり把握してないんだよね」
東野さんは少し難しそうな顔をしてそう呟く。
「さっき回復とか治療とかって言ってたけど、他にはなんかあるんですか?」
「うーん、運動能力を上げるとか、元気を出す?みたいなこともできるっぽいけど、あんまりよく分かってない」
「先生がさっき言ってた、呪い的な使い方は?」
「いやーやったことないな。あ、でも、強い風を吹かせたり風に魔力を込めたりして多少攻撃的な使い方はできる」
「一応攻撃にも使えるんですね、それを聞くと付与型よりは射出型って感じもしますけど」
「そうだねー、付与型寄りの射出型って感じなのかな?」
なるほど、誰かにバフをかけたり回復させたりすることができて、尚且つ攻撃もできるってことか。中々に便利な能力だ。
「能力はその人の考えや性格によって決まるって話ありますけど、東野さんは誰かを癒したいとかそういう考えがあるんですか?」
「うーん、癒したいってわけじゃないけど。私、昔から看護師になりたいんだよね。だから、もしかしたらそういう考えが能力に出たのかも」
看護師か。大人しいタイプでいつもニコニコと話している東野さんにはピッタリだ。
東野さんは優しくて顔も可愛いし、東野さんに看護されたいっていう人は大勢いるだろう。実際、東野さんと話しているとなんだか落ち着く感じがする。
あと、東野さんは胸が大きい。胸が大きいからどうってわけではないけれど、男である俺はそこに母性的な何かを感じてしまう。そういうところも看護師という職業に向いているかもしれない。
「私の能力は大体話したし、そろそろ交代しようか」
「そうですね、よろしくです」
東野さんに僕の能力、【
影人形を作ること、形を変えられること、影人形の魔力は段々減っていくこと、大体の説明を終えたところで、東野さんからの質問タイムに入る。
「形を変えるっていうのは、どんな形にもできるの?」
「一応、できますね。でも、大きさに制限があって、例えば前見せた壁の形だったら2mちょっとが限界って感じです」
「なるほどね、影人形を小さくする場合はどれくらいまで小さくできるの?」
「うーん、試したことないですけど、小さくする分には制限はないんじゃないですかね」
「そこは自分でも分からないんだね。ちょっと試してみない?」
東野さんはそういうと、俺に手のひらを見せてきた。
「この手に乗るくらいのサイズにできる?」
「どうだろう、やってみます」
人型を保ったまま、影人形を小さくしていく。
影人形は俺のイメージに沿ってどんどん小さくなっていき、遂には手のひらサイズとなった。
俺は縮めた影人形を東野さんの手のひらに乗せる。
「わ! すごい小さくなったね。キーホルダーみたいでかわいい」
「あーありがとうございます。でもこれ以上は小さくできないみたいです」
「そうなんだ、ちょっと触ってみてもいい?」
「え、あぁ、どうぞ」
そう言うと、東野さんは影人形をツンツンしたり握ったりする。
自分の分身とも言える影人形が、女子の手のひらの上に乗り、触られている。
恥ずかしいような嬉しいような、何とも言えない気持ちになる。
「なんか、すっごいカチカチだね。元からこんなに硬いの?」
「いや、硬さはサイズによって変わるみたいです」
「へ~そうなんだ。じゃあ、小さくて尖った形にしたら危なそうだね」
東野さんは影人形の手を掴んでみたり頭を握ってみたりしている。
影人形の感覚と俺の感覚は少しだけ繋がっているらしく、具体的にどこをどう触られているかといったことは分からないけど影人形が何かに触れたりすると俺もそれを感じることが出来る。
つまり、俺は今、頭や手を何かに触られていると感じながら、目の前でその触られている様子を見ているのだ。不思議な気持ちだ。
「もしかして、これ触ると痛かったりする?」
俺の様子が変だったのか、東野さんは心配そうに尋ねてくる。
「いや、全然痛くはないですよ。ただ触られてるなーって何となく感じるだけです」
「あ、そうだったんだ。人形が触られてると、影道くんも感じるんだね」
東野さんは、少し申し訳なさと恥ずかしさを感じているような顔でそう呟く。
もしかして、感覚が共有されていることを言ってなかったのはマズかっただろうか。
ひょっとすると、東野さんは自分が知らず知らずのうちに同級生男子の頭を撫で繰り回し手を握っていたのかと思ったのかもしれない。
2人の間にちょっと気まずい雰囲気が流れる。
「い、いや、感じると言っても何となく触られてるっていうのが分かるだけで、どこをどう触られてるかってのが分かる感じではないですよ」
俺は必死に弁明し、東野さんの誤解を解く。
「あ、そうだったんだ。それならよかった」
東野さんは今度は安心したような表情で少し笑う。
無事誤解が解けたようでよかった。
「はい、それではそろそろ授業を終わりにしましょうか。皆さん、席に戻ってください」
いつの間にか教壇に戻っていた清水先生が授業終わりの合図を出す。
俺は東野さんに会釈をして椅子を元に戻した。
「皆さん、同級生の能力を知ることができましたか? また、自分の能力をきちんと説明できましたか? 皆さんの様子を見ていると、まだまだ自分の能力についての理解度が低い人が多いようです。これからの学校生活で自分の能力と向き合う機会も多いと思いますので、徐々に詳しく、正確に説明できるようになっていきましょう。それでは、授業を終わります」
基礎魔法学の授業が終わり、皆席を立つ。
教室を出る直前、東野さんと目が合ったので何となく会釈をしてしまう。東野さんはニコッとして会釈を返してくれる。
高校に入学して、女子とこんなに話したのは初めてだ。せっかくの高校生活なんだから、女子の友達、あわよくば彼女も欲しいと俺は思っている。
充実した高校生活のために、東野さんとは仲良くしておこう。俺はそう心に誓った。
________________________
能力名:【
型:射出型+付与型
・自身の魔力で風を起こす能力。風には複数の種類があり、風の種類によって異なる効果を持つ
・風自体に魔力を込め、相手にぶつけることで攻撃することもできる。込める魔力が多いほど威力は強くなり、相手を吹き飛ばす・切り刻むことが可能。
・風が当たった相手や自分に回復や治癒といった効果を付与することも可能。付与できる効果は能力者自身のイメージや魔力量によって変わり、その効果は多岐に渡る。
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