第3話.基礎魔法-実践
『キーンコーンカーンコーン』
授業終了の合図が鳴り、数学の授業が終わる。次は体育だ。
女子は更衣室へと移動し、男子は教室で着替え始める。
男子にも更衣室を用意してくれればいいのに。
「今日の体育、何やるんだろ」
「なんだろうね、体力テストは一通り終わったし、球技とかかな」
直弥と話しながらダラダラと着替えていると、校内放送が流れる。
『1-Aの皆さん、次の体育は基礎魔法学の教科書を持って、グラウンドに集合してください』
校内放送を聞き、直弥は首をかしげている。
「体育の授業なのに基礎魔法学の教科書って、何に使うんだろう」
「さぁ? なんだろう、魔法の授業でもするんじゃない?」
先週までの体育は普通の高校と何も変わらない50m走や持久走といった体力テストだった。能力者だけしかいないこんな学校でも魔法を学ぶのは基礎魔法学の授業くらいしかないと思っていたけれど、体育でも魔法を学ぶのだろうか。
頭に疑問符を浮かべながら、直弥と共に指示通りグラウンドへ向かう。
グラウンドに着くと、生徒たちの視線が一点に集中していた。
一体何だろうと思い、みんなの視線を追うとそこにはグレーのワイシャツに紺のジャケット、少し短めのタイトスカートというグラウンドには似つかわしくないスーツ姿に身を包んだ女性が立っていた。
遠目から見ても抜群にスタイルが良く、顔もクールな感じで教師とは思えないほど美人だ。
いつも同じジャージ姿でいつもグラウンドにいる体育教師の姿はない。
あの女性は代理だろうか。それにしては体育を指導するような恰好には見えない。
「よし、全員来たな。では、私の周りに集まれ」
スーツ姿の女性は生徒に向かって指示を出す。やはり教師のようだ。
「基礎魔法学-実践を担当する
御陰と名乗ったその先生は自己紹介を簡単に済ませる。
基礎魔法学の実践? 今から始まる授業は体育だったはずだ。
みんな俺と同じ疑問を持ったのか、周囲が少しざわつく。
「皆に伝えるのが遅くなってすまない。時間割で決められている体育の授業のうち半分は基礎魔法学の実践として時間を取ってもらうことになっている。そして、基礎魔法学-実践は私が担当する。以上だ、質問が無いようなら早速授業に入る」
御陰先生は淡々と説明を終わらせ、授業に移ろうとする。
みんながぽかんとしている中、一人の生徒が手を挙げた。
「先生、1つ質問よろしいですか?」
「A組の明導だな。なんだ?」
同じクラスの
「体育の時間が基礎魔法学の実践になるということですが、基礎魔法学-実践の授業では体育着に着替える必要はありますか? また、これから授業が行われる場所はどこになるでしょうか?」
「基礎魔法学-実践の授業では体育と同じように身体を動かすため、体育の授業と変わらず体育着で授業に臨んでくれ。また、場所も体育と同じようにグラウンドや体育館で行う。場所の変更がある場合は前日までに伝える。以上だ」
「分かりました、ありがとうございます」
明導くんと御陰先生の間で淡々と業務的なやり取りが行われていく。
俺を含めた他の生徒はただ二人のやり取りを見つめる。
「基礎魔法学で身体を動かすって、また戦わされたりするのかな」
直弥がひそひそと話しかけてきた。
「どうだろう……流石にそんなことないと信じたいけど」
嫌いな体育が無くなるのは嬉しいが、楽しみにしていた魔法の授業で魔闘祭の時のような恥を晒すのは勘弁だ。
「もう質問は無いな。では、授業に入る。教科書の『共通魔法について』というページを開いてくれ」
指示通りに基礎魔法学の教科書を開く。
開いたページには『共通魔法について:身体強化と吸収』と書かれていた。
「知っている人も多いと思うが、我々が使える魔法には大きく分けて2つの種類がある。1つは、能力者それぞれ固有の能力。そして、もう1つは魔力を持つ者なら誰でも使える共通魔法だ」
御陰先生は教科書を見ずにスラスラと説明をしていく。
見た目や話し方や所作から、クールで仕事のできる大人の女性という雰囲気が醸し出されている。
「そんな共通魔法だが、1年生で教えるのは2つ。『身体強化』と『吸収』だ。簡単に説明すると、身体強化はその名の通り身体を強化することができる。運動能力や反射神経、頑丈さといったものが強化される。身体強化を行っていない人間と行っている人間では、赤子とトップアスリートほど運動能力に差が生じる」
確か、身体強化は魔力を持つ者ならば無意識的に行っているものだと聞いたことがある。だから能力者がスポーツの大会に出る時は魔力を完全に遮断する器具をつけなければいけないのだとか。
「次に吸収だが、これは自分の周囲にある魔力を吸い取るというものだ。魔力は体力と同じで基本的には時間経過で回復するが、空気中から吸収することによって素早く回復することができる。実演するので、私が見える場所に移動してくれ」
そう言うと、御陰先生はポケットから宝石のようなものを取り出す。
「これは
御陰先生は手に持っていた魔水晶を地面に叩きつけ、粉々に破壊した。
すると、魔水晶から紫色の光の粒が放出され、先生の周りを漂う。
「中に貯めこまれた魔力が空気中に放出される。そして、これを取り込む」
次の瞬間、漂っていた光が御陰先生の身体に吸い込まれていく。口から、鼻から、肌から、あらゆるところから吸収され、数秒後には光は一粒もなくなった。
「これが吸収だ。このように自分の周りにある魔力を吸い取ることが出来る。しかし、注意して欲しいのは共通魔法の吸収では他人から魔力を吸い取るようなことはできず、自分の魔力しか吸い取ることが出来ない。例えば、私の魔力が注入された魔水晶を割って、君たちが吸収するということはできないということは覚えておけ」
『吸収』というもの自体は知っていたけれど、こうやって使うものだったとは初めて知った。
そういえば、魔闘祭の上級生の試合を思い返すと、ほとんどの生徒が魔水晶を携帯していた。あれは試合中に魔力補給をするためだったのか。
「説明は以上だ。まずは身体強化から練習していこう。準備運動を兼ねた練習から行うので、距離を取って広がってくれ」
俺は指示に従い、直弥と一緒に移動した。
「戦わされるわけじゃなくてよかったね」
「うん、でもあの先生相当厳しそうだから気を付けないと」
俺は直弥や周りの人と距離を取り、待機する。
「よし、移動できたな。魔法というのは基本的にはイメージだ。まずはいつもやっている準備運動やストレッチを行いながら、身体全体に魔力をいきわたらせるイメージをしてみてほしい」
生徒たちは各々言われた通り屈伸や柔軟を始める。
魔力をいきわたらせるイメージか、難しいな。
「イメージが出来たら、次は身体中に魔力を込めるイメージだ。射出型の生徒は身体全体から魔力を放出するイメージ、化身型の生徒は身体全体を覆う化身を出すイメージ、領域型の生徒はイメージし辛いと思うが、自分の身体自体が能力で生み出す領域であるというようなイメージをするといいだろう」
身体全体を化身が覆うイメージ、影人形を纏う、自分の周りに影人形がある。俺はそんな想像をする。
イメージはしているが、身体に変化があるような感じはしない。これで合っているのだろうか。
「よし、だいぶイメージは固まってきたか? 少し試してみよう」
イメージトレーニングを5分程行うと、先生はそう言ってみんなに50m走を走ってタイムを計るように指示を出した。
「先ほどのイメージをしたまま走ってみて、タイムが前回計った時より縮んでいれば身体強化は成功だ。さぁ、よーい、スタート!」
並んでいた生徒が順番に走り出す。少しすると順番が回って来たので、俺もスタート位置についた。
イメージ、魔力が流れ、影人形が自分を覆うイメージ……。
「よーい、スタート!」
合図と同時に走り出す。
何となく、身体が軽い気がする。ぐんぐんとスピードに乗り、そのままゴールした。
今回のタイムは5.6秒、前回は6.1秒だったので、0.5秒ほどしか変わっていない。誤差なのか身体強化のおかげなのかがいまいち分からないタイムだ。
自分では速く走れてる気がしたけれど、そうでもなかった。身体強化を意識的に行うのは案外難しいらしい。
「なぁなぁ、あの先生、めっちゃ美人じゃね?」
あまり変わらなかったタイムに少しがっかりし、トボトボと歩いていると同じクラスの
暮松は明るく元気のある男子生徒で、クラスのムードメーカー的な存在だ。
「あぁ、そうだね。スタイルもいいし、めっちゃ美人だと思う」
「だろ? しかも俺、さっき見ちゃったんだけどさ、」
暮松は周りの目を気にして、少し声を抑える。
「あの先生、ガーターベルトしてた」
「え、マジぃ!?」
「バカお前ッ! 声がでけぇよ」
思わず大声をあげてしまい、急いで周りに目を向ける。幸い誰にも聞かれていなかったようだ。
「それ、本当……?」
「マジだよマジ、さっき足上げた時に見えちゃったんだよ」
「それは、すごいね」
ガーターベルトと言えば、太もも好きにはたまらない、エッチなお姉さん御用達のあれだ。そんなものを教師が着用しているとは。
抜群のスタイル、きっちりとした見た目と所作、そして男を沸き立たせるエロス、御陰先生はその全てを持っている。完璧と言っても過言ではない女性だ。
隙を見て俺も先生の太ももを確認しておこう。
50m走の他にボール投げや立ち幅跳びも行ったが、大して記録は変わらず。
そんなこんなで身体強化の授業は終わった。
「よし、これで身体強化の訓練は終わりだ。思うように記録が伸びなかったかもしれないが、今日は初回なのでそこまで焦ることはない」
身体強化が上手くいかなかったのは俺だけではないようで少し安心する。
「ちなみに、身体強化をマスターすれば50mを2秒で走ることができる。3年生はほとんどの生徒がこのレベルに達しているので、みんなもそれを目指して頑張るように」
御陰先生はさりげなくプレッシャーをかけてくる。
今より3秒以上記録を縮めなきゃいけないのか。道のりは長そうだ。
「さて、続いてだが、今から1vs1の対決を行ってもらう」
先生からの突然の指示。
隣にいた直弥の口から「えっ」という声が漏れる。
「能力者のみんなは十中八九自分の能力を活かした仕事に就くことになる。能力者がより社会の役に立つために、その能力を少しでも鍛えておく必要がある」
先生は授業の最初から変わらない淡々とした口調で説明を続ける。
「能力の鍛え方は様々だが、最も効果的な鍛え方は『対人戦』だとされている。能力を持つ者同士、ぶつかり合うことで自分の能力の強みや活用法、弱点やそれを補う工夫を考えることができる。この学校では魔闘祭のような行事に加え、普段の授業でも対人戦で能力を鍛えていく」
生徒の間ではどよめきが起きる。
当然だ。能力者とはいえ格闘技の経験もないのにいきなり戦えと言われても中々受け入れられない。
「安心しろ。対人戦といっても魔闘祭と同じようにしっかりルールに則ってやってもらうから、大きな怪我をすることはない」
"大きな怪我"はない。つまり、小さな怪我はあるということか。
「試合は毎回授業の最後に、代表者2人で行う。では、今回は」
御陰先生は名簿に目を落とす。
「炎王と草部、試合の準備をしてくれ」
隣にいる直弥は分かりやすく肩を落とす。
まさか、恐らくこのクラスで一番人と戦いたくないであろう直弥がトップバッターに選ばれるとは、気の毒だ。
直弥の対戦相手として選ばれた草部の能力は確か、大きな植物の蔓を操るものだ。直弥とは相性が悪そうだ。
そんな俺の予想は見事に的中し、1分程で決着がついた。
試合開始と同時に、直弥は魔闘祭で見せたようなバカでかい炎を連発した。草部は避けたり大きな蔓でガードしたりしていたが、ジリ貧になり、降参。試合は幕を下ろした。
先生はそんな試合の様子を見て何やらメモを取っていた。
「では、これで今回の授業は終了とする。炎王直弥、ちょっとこっちに来てくれ」
授業終了と同時に直弥が呼び出される。直弥は先生に呼び出されるようなことをする生徒ではないが、一体何の用だろうか。もしかしたら、能力の凄さを個人的に褒められるのかもしれない。
俺は先生と直弥を横目にグラウンドを後にする。
教室で着替えていると、少し遅れて直弥が戻って来た。
「先生の話なんだった?」
「えーっと、さっきの試合のことでちょっと怒られた」
直弥は浮かない顔でそう答える。
「え? なんで? 別にルール違反もしてないし、すぐに決着がついて凄かったじゃん」
「その『すぐに決着がついたこと』が問題なんだって」
どういうことだろう。直弥に詳しく聞いてみると、御陰先生の説教の内容を教えてくれた。
説教の内容はこうだ。
『炎王、お前は試合を早く終わらせ過ぎだ。確かにお前の能力は相手をすぐに戦闘不能に追い込めるような強力なものだが、ここは学校で、今の試合が授業であるということを忘れるな。勝つことが重要な魔闘祭や能力者同士の殺し合いの場なら、お前の戦法は正しいかもしれないが、授業で大事なのは学びだ。毎回一撃で終わらせていてはお前も相手も能力を改善するアイデアを得られず、成長も学びも無い。自分と相手のために、戦い方を考えろ』
「なるほどなぁ、直弥が強すぎるから抑えろってことか」
「うーん、というよりは授業での戦い方をしろってことだと思う。それに、僕みたいなやみくもにぶっ放すような戦い方はすぐに対策されちゃうんだって。だから、『自分の為にも相手の為にも能力の使い方を工夫しろ』だって」
あんな高威力な炎をぶっ放せる能力への対策なんて、俺には思いつかないがそういうものだろうか。
強すぎて注意されるなんて直弥は気の毒だと思うが、あんな美人の先生と一対一で話せるなんて少し羨ましいとも思う。
その日の休み時間と放課後、俺と直弥は能力の使い方について話し合った。
炎を弾にして飛ばしてみたらどうか、凝縮してレーザーみたいに撃ったら強いんじゃないか、炎が地面の中から飛び出したら奇襲できるんじゃないか。2人で直弥の能力【
友達と能力について話す時間、今まで能力者の友達がいなかった自分にとって、この時間はまさに理想の学校生活だ。
魔法の授業、能力での試合、能力者の友達。中学までとは違う学校生活が、段々と楽しくなってきた。
そんなことを思いながら、俺はこれからの学校生活への期待を膨らませる。
________________________
能力名:【
型:射出型
・自身の魔力を炎へと変換し、射出する能力。込めた魔力に応じて威力、大きさが増す。
・炎は触れたものを分解する特性を持ち貫通力に優れるが、通常の炎と異なり空気の流れに左右されることや延焼することは無い。
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