第2話.初めての魔法学

 入学して1か月、高校生活にも慣れてきて段々とつまらなくなってきた頃だ。

 最初の頃は、「能力者だけの学校ってどんなんだろう」とか「ワクワクするような授業があるのかな」とか期待していたが、その期待は見事に裏切られた。

 『能力者だけの学校』とはいっても高校であることは変わらず、高校であるということは授業があるし勉強もしなきゃならない。

 今のところ国語や社会、理科といった中学校でも習っていたような科目が現代文や古典、現代社会に地理に日本史世界史、物理に化学に生物といったように細分化され、さらに難しくなっただけでやっていることは中学校と大して変わらない。

 しかし、入学してから約1か月経った今日、少し楽しみなことがある。


「基礎魔法学ってどんなことやるんだろうね」

 

 移動教室へと向かう最中、直弥と今から行われる授業について話す。

 今日から時間割に『基礎魔法学』という授業が追加され、俺はこの授業を楽しみにしていた。


「さぁ、やっぱり能力についての勉強とかをするのかな」


 中学校や小学校では能力者と非能力者の区別がされていないため、魔法に関する授業は無く、日常生活のあらゆる場面で魔法を使うことも禁止されている。

 今まで使うことを許されず学ぶ機会さえなかった魔法、そんな魔法について学べると思われるこの授業に胸が高鳴る。

 別棟にある移動教室に着き、直弥と共に入室する。


「なんか、頑丈って感じの部屋だね」


 直弥の言葉に頷く。

 移動教室の扉は金属製で重く、厚い。そんな扉を開けると中には無機質な空間が広がっている。壁や床はコンクリートがむき出しで、椅子や机は金属製で黒一色。使いやすさより壊れにくさを優先したようなデザインだ。窓はあるが、開けることはできる構造ではない。窓の外にはこれまた頑丈そうな鉄網が貼ってある。


「監獄かなにか……?」

「そう見えなくもないデザインだね、なんでこんなデザインの教室なんだろ。場所も別棟だし」

「やっぱり授業中に能力使ったりするから、それで壊れないようになってるってことかな」

「えぇ~教室で色々ぶっ放したりするってこと? 怖いなぁ」


 直弥は少し不安げな表情でそう言った。

 魔闘祭でバカでかい炎をぶっ放してた男の台詞とは思えない。


「えー何この教室」「やっぱ能力の練習でもするんじゃないのか?」


 僕らの後にぞろぞろと入って来た生徒もこの教室の異様さに驚いているようだ。生徒が全員席に着きしばらくすると初老の男性教師が教壇に立つ。


「はい、えー皆さん初めまして。基礎魔法学を担当します清水しみずと申します。よろしくお願いします」


 清水先生は老けていて白髪でメガネという、見た目のイメージで言ったら社会を担当していそうな先生だ。


「突然ですがみなさん、皆さんの中で能力が使えないという人はいますか?」


 ここは能力者のための高校で能力者しかいないはずだ。入学の要件に『魔法が使えること』という項目がある。

 当然、手を上げるものはいない。


「よろしい、皆さん優秀ですね。では、魔闘祭でも披露していた皆さんの能力、自身が使うその能力の強みや弱み、どんなことに役立つか、どんなことには役立たないかということを完璧に理解している人はいますか?」


 僕を含め、手を上げる者は1人もいない。


「なるほど、分かりました。この授業の目的は、ここにいる全員が今の質問に自信をもって手をあげられるようになることです」


 そう話すと、清水先生は教科書とノートを開くように指示し、チョークを持った。


「皆さんは生まれた時から魔法を使うことができ、能力は生活の一部となっているかもしれませんが、その力はとてつもない危険を孕んでいるのです。その危険を理解し、自分と他の人を危険に晒さないようにまずは魔法の理論や種類について学んでいきましょう」


 清水先生はそう言うと教科書を読みながら黒板に重要な部分と補足の解説を書いていく。


「皆さん知っているかと思いますが、魔法を使える人間は今から3世代前から生まれ始めたと言われています。ちょうど僕の祖父の世代か、それより一個上のくらいですね。そこから魔法を使える人間がどんどん増えていき、今では世界人口の10分の1が魔法を使えると言われています」


 先生は教科書に書いてある内容を音読していく。


「魔法を使うには魔力が必要であり、魔力を持っている人間は魔法が使えます。つまり、魔法を使えない人は魔力を持たない人ということになります。また、魔法を使える人は大半が『能力』と呼ばれる人それぞれ固有の力を使うことができます。魔法=能力ではなく、魔法と呼ばれる力の中の1つが能力ということです」 

 

 黒板にベン図が描かれる。『能力』と書かれた楕円が『魔法』と書かれた楕円に囲まれている図だ。


「この能力というものは人それぞれ、火を出せる人もいれば水を出せる人もいる。皆さんのような年齢になると魔法を使える人は能力者と呼ばれ、魔闘祭で見たように人によって全く異なる力を使うことができます。この『能力』というものは詳しい事が分かっていません。能力者自身の考えや経験、性格によって発現する能力が決まると言われていますが、必ずしもそうであるとは限りません。どんな人にどんな能力が発現するのか、能力に限界はあるのかなどなど、能力というのは未知数なことが多いのです」


 清水先生が話す内容は、ネットで少し調べれば出てくるような内容であまり面白味がない。授業の内容が段々と右の耳から左の耳へ、脳を経由せずに流れていくのを感じる。


「魔法というものは今の社会の様々な場所で役に立っています。魔法を利用した技術も多く開発され、多くの人が助けられ、社会は更に発展し、便利な世の中になっています。あまり良いこととは言えませんが、魔法を軍事利用する研究も近年盛んに行われています」


 教室にいる生徒が1人、また1人、コクリコクリと夢の中へ旅立っていく。僕もそろそろ限界だ。


「えーでは、次に能力の種類についてですが……皆さん、説明ばかりで疲れたようですね。少し実演も交えて授業をしましょうか」


 そう言うと清水先生は教科書を閉じて教壇から降りた。「一体何が始まるんだ?」とクラス中の視線が先生に集まる。


「皆さんの使える能力は、その使用法や効果によっていくつかのタイプに分類されます。この分類は便宜上のもので、それぞれのタイプに厳密な決まりはありません。しかし、自身がどんなタイプなのかを知っておくことは自身の能力の理解に繋がります」


 先生は説明と同時にきっちりと縛っていたネクタイをほどき始めた。

 先ほどの『実演』という言葉、動きやすい服装になっていく先生、いよいよ能力者の学校らしい授業が始まりそうで、胸が高鳴る。


「それでは、これから実際に様々な型を見ながら能力に対する理解を深めましょう。何人かの生徒に協力してもらいます。えーっと」


 先生は生徒の名簿を見ながら何かを考え始めた。

 生徒に協力してもらうってどういうことだ?


「よし、では、通 影道くん、炎王 直弥くん、それと匣宮 彩乃はこみや あやのさん前に出てきてください」


 急に名前を呼ばれ、直弥と顔を見合わせる。お互い鳩が豆鉄砲を食ったような顔だ。

 先生の指名を無視することは出来ないので気は進まないが前に出る。共に名前を呼ばれた同じクラスの匣宮さんも少し驚き訝しんだ表情をしながら先生の下に向かっている。


「ありがとうございます。君たちには少し、授業のお手伝いをしてもらいます」


 俺、直弥、匣宮さんはそれぞれ顔を見合わせる。

 匣宮さんは入学初日の自己紹介で顔を見た程度で、話したことは一度もない。女子にしては身長が高い方で髪はショートカット、目は切れ長、整った顔立ちをしているけれど性格は荒っぽいようで少し怖い。

 そんな俺の心境が伝わってしまったのか、匣宮さんは鋭い眼光を突き刺してくる。俺はたまらず目線を逸らした。


「三者三様、十人十色、人それぞれ異なる能力ですが、その中でもある程度似通った能力、全く違う能力というのがあり、似通った能力同士は同じ型とされます。その型は主に『化身型けしんタイプ』『領域型りょういきタイプ』『射出型しゃしゅつタイプ』の3つです。もちろん、この3つに属さないものもありますが、大体の能力はこの3つに分類されます。ここにいる三人はそれぞれ別の型を使う人たちです」


 なるほど、僕たちは能力の型を説明するために集められたというわけか。


「では、まず化身型の説明から始めますか。通くん、能力を見せていただけますか?」

「あ、はい。分かりました。【独り歩きナイトウォーカー】」


 自分の隣に影人形を作り出す。この学校で能力を発動するのは2回目だ。


「ありがとうございます。しばらく維持していてください」


 先生の指示に従い、影人形を棒立ちさせる。


「皆さん、通くんの【独り歩き】は典型的な化身型です。このように魔力によって何らかの物体を作り出す能力は化身型に分類されます。通くんは人型の人形を作っていますが、化身型の能力は動物だったり道具だったり、人型以外の物体を作り出す能力も化身型として分類されます」


 みんなが僕の影人形に注目している。ただの見本として立っているだけだけど、こんなに注目されると少し恥ずかしい。

 早く説明を終わらせてくれ、と心の中で呟く。


「通くん、影人形を別の形にしたりもできますか?」

「はい、できますよ。何の形にしますか?」

「そうですねぇ、では、魔闘祭で見せていたような板状にしてもらえますか」

「分かりました」


 先生の指示通り影人形を大きな一枚の板にする。

 人型だったものが急に大きな壁になるのはインパクトがあるらしく、クラスメイトから少し歓声が上がった。

 大したことはしてないけど、歓声は少し嬉しい。


「ありがとうございます、素晴らしい能力です。化身型の能力で生み出す物体はある程度形が決まっているものから通くんのように形を変えられるものまで、多種多様です。通くん、ありがとうございました。もう結構です」

「あ、分かりました」


 僕が影人形をしまうと、先生は匣宮さんの横に立った。


「続いて領域型の説明に移ります。匣宮さん、能力を見せていただきますか?」

「……分かりました」


 匣宮さんは少し嫌そうにしながら、目の前の空間に手をかざす。


「【秘匿領域ブラックボックス】」


 匣宮さんがそう唱えると、目の前に真っ黒な立方体が現れた。体育座りをした人が1人すっぽりと収まるほどのサイズだ。


「ありがとうございます。しばらく維持していてください」


 先生はそう言うと匣宮さんが生み出した立方体の隣に立った。


「領域型とは特定の範囲を指定してその範囲内にある物や人、時にはその範囲自体にルールを課す、または、そういった空間を作り出す能力のことです。匣宮さんの能力は特性上、指定した範囲が黒く見えるようです。匣宮さん、私をこの空間の中に入れてもらえますか?」

「……いいんですか?」

「えぇ、構いません。ですが、30秒ほど経ったら能力を解除してください」

「分かりました」


 匣宮さんは返事と同時に、先ほど出した立方体を消し、先生を飲み込むほどの大きさの新たな立方体を生み出した。先生は無言でその中に取り込まれていく。


「「「・・・。」」」


 教室は静寂に包まれ、みんな棒立ち状態だ。匣宮さんだけが、集中した顔で真っ黒な立方体を見つめている。

 なんとなく気まずいこの状況、どうすればいいんだろう。


「あのー匣宮さん」


 この空気に耐えられなくなって、勇気を出して小声で話しかけてみる。


「何?」

「先生はどこに?」

「この箱の中」

「これは、入ってても大丈夫なやつ?」

「別に大丈夫」

「先生は自分で出て来るのかな?」

「30秒経ったら解除するって言ったでしょ」


 匣宮さんは一瞬僕を睨み、立方体に視線を戻す。


「もうすぐよ」


 そう言った1秒後、立方体は霧散し、中から先生が現れる。


「はい、ありがとうございます。皆さん、私が【秘匿領域】に入った後、私の声は聞こえましたか?」


 先生は何事もなかったかのように説明を続けた。

 先生の問いに対しては全員が首を横に振る。


「やはりそうでしょう。私はあの中でかなり大きな声で話していました。皆さんの声も私には聞こえませんでしたし、皆さんの姿も見えませんでした。これが領域型の能力です。恐らく、匣宮さんの【秘匿領域】には外界との情報を遮断するというルールがあるのでしょう。細かいルールは本人にしか分かりませんが、領域型はこのようなことができます」


 なるほど、匣宮さんの【秘匿領域】は外界との情報を遮断するから中が見えず真っ黒に見えていたのか。あの中に閉じ込められたら自力での脱出は難しそうだ。匣宮さんに嫌われたり怒られたりしないように気を付けよう。

 もう既に嫌われてそうだけど。


「匣宮さん、ありがとうございました。素晴らしい能力でした。では最後に、射出型の説明です」


 先生はそう言うと直弥の隣に立つ。


「射出型は最もシンプルな能力と言えます。自身の魔力を何らかの形で対象に飛ばす。ただそれだけです。こちらにいる炎王くんの能力は魔闘祭で見せてくれたように典型的な射出型です。では炎王くん、私に向けて攻撃を飛ばしてくれますか」

「えっ!? いいんですか? 危ないと思うんですけど」


 直弥がそう思うのも無理はない。魔闘祭で猛威を振るっていたように、直弥が放つ炎は凄まじい威力だ。

 その炎を自分に向けて飛ばしてくれだなんて、俺も先生の身が心配になる。


「構いません、ただ周りのみんなを危険に晒さない程度の規模でお願いします。皆さん、あと3歩ほど後ろに下がりましょうか」


 周りの生徒は先生と直弥と距離を取る。


「でも、先生怪我しちゃうんじゃ……」


 やはり内気な直弥は無防備な初老の男を攻撃するなんて気が進まないようだ。


「大丈夫です。私はしっかり防げますから」


 先生は丁寧に自信に溢れた言葉を返す。


「わ、分かりました。いきます」


 直弥は一呼吸おき、手を前に突き出した。


「【崩炎ホウエン】」


 そう唱えた瞬間、直弥の手から赤黒い業火が放たれる。その業火は真っ直ぐ先生の元へ。

 炎が直撃する瞬間、


「【沈黙のサイレント守護者・ガーディアン】」


 清水先生の周りに黄色に輝くバリアがドーム状に形成された。

 直弥の炎と先生のバリアが直撃すると、周りの生徒を轟音と熱波が襲う。

 バリアと炎はしばらく拮抗しているように見えたが、段々と炎の勢いが弱まり、最後には霧散した。炎が消えたのを見ると先生もバリアを解く。


「炎王くん、ありがとうございました。やはり炎王くんの能力も素晴らしいですね。このように、射出型は非常にシンプルかつダイナミックな攻撃が特徴です。では皆さん、席に戻ってください」


 直弥の炎とそれを上回る先生の防御に驚きを隠せない生徒を他所に、先生は飄々と説明を続ける。


「皆さん席に着きましたね。今日の課題ですが、自身の能力とその型の特徴をノートにまとめ、来週までに提出してください。これで授業を終わります」


 授業終わりの挨拶を終え、直弥と一緒に教室を後にする。


「なぁ、直弥。先生に撃ったやつって本気でやった?」

「いや、全然本気じゃないよ。周りに人もいたからそれなりに手加減したつもり」

「だよなぁ、あの先生、余裕で防御してたもんな。本気だったら先生が丸焦げだ」

「うーん、あの時は本気じゃなかったけど、本気で撃ってもあの防御を貫ける気はしないな……」


 どうやら、清水先生のバリアは相当強力なものだったらしい。魔闘祭で大暴れしてた直弥がそういうんだから相当だ。


 その日の夜、自室で基礎魔法学の課題を進める。


「えーっと、俺の能力は化身型で、その特徴は……」


 自身の能力について考え、それを書き出し、ノートを閉じる。

 初めての能力者学校らしい授業、最初はつまらなかったけど、ワクワクした瞬間もあった。やはり能力者はみんな違う能力を持ってて、全て興味惹かれるものだ。これからどんどんそれを知ることになるのか。

 少し胸を高鳴らせながら、床につく。これからの高校生活、一体どんな体験が待っているのだろうか


________________________

通 影道とおる かげみち

能力名:【独り歩きナイトウォーカー

型:化身型

・自身の魔力と引き換えに影人形を作り出す。影人形はどんな形にも変えることができるが、元々の質量(≒自分の身体くらい)を大きく超える形には変形できない。

・形が大きいほど脆くなり、小さいほど硬くなる。影人形は自身から離れた場所で動かすこともできるが、その場合、離れた瞬間から蓄積した魔力が減り始める。

・影人形に蓄積された魔力は『自身から離れた場合の時間経過』と『攻撃の被弾』によって魔力が減り、魔力がなくなると影人形は消滅する。

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