第5話. 秘匿領域
基礎魔法学の授業も回数を重ね、魔法や能力に対する理解が深まってきた。
今日は基礎魔法学-実践の授業だ。相変わらず実践の授業は苦手だが、段々と身体強化のレベルが上がってきている感じがする。
「今日からもう一つの共通魔法、『吸収』の練習を始める」
いつもと変わらず、グラウンドに似つかわしくないスーツ姿で登場した
「身体強化はみんなある程度身についてきたからな。これからは身体強化に加えて吸収の練習も授業に組み込もうと思う。練習方法の説明を始めるから私の周りに集まってくれ」
俺は
「吸収って難しいのかな」
「どうだろう、身体強化も吸収も基礎的な技術らしいけど、身体強化が難しいから吸収もそこそこ難しそう」
共通魔法である身体強化と吸収は能力者であれば使えて当然、数学で例えると九九のようなものだと以前の授業で教わった。
「練習がきつかったら嫌だなぁ」
「そんなこと言って、直弥は身体強化上手かったじゃん。吸収も簡単にこなせるんじゃない?」
「そんなことないよ。身体強化だって普通だし、吸収なんてやったことないからなぁ」
謙遜しているが、直弥の身体強化のレベルはクラス内で3本の指に入るくらい高い。
対人戦では相手を圧倒し、実践の成績も平均以上なところを見ると、直弥には魔法の才能がかなりあるみたいだ。
「よし、集まったな。これから共通魔法-吸収の練習方法を解説する」
先生は足元に置いてある大きな袋から小さな
「練習には、この魔水晶と残存魔力計測器を用いて行う。残存魔力計測器とは自身の体内に魔力がどれだけ残っているかを計測できる機器だ。各自個別に設定しておけば、魔力が満タンの時を基準として、今残っている魔力が何%かというのを表示してくれる」
先生が左手首につけている残存魔力計測器は腕時計型の機械で、画面には『100%』と表示されている。
「この機器をつけた状態で、魔水晶に魔力を貯める」
そう言って先生が魔水晶に魔力を流すと、画面の数字はみるみる減っていき、『60%』という表示に変わった。
「そして、この魔水晶を割って、吸収を行う」
先生は以前の授業と同じように魔水晶を地面に叩きつけ、魔力の吸収を行った。
すると、画面の数字はどんどんと増えていき、『100%』に戻った。
「このように、画面の数値を見ながら自身がどれだけ効率的に吸収を行えているのかを把握する。今の私の場合だと、魔力を60%まで減らし、吸収によって100%まで戻しているので1%も逃すことなく吸収できているということになる」
先生は楽々とこなしているが、吸収効率が100%というのは凄いことだ。
以前読んだ教科書だと、普通の大人でせいぜい85%くらいだと書いてあった。
「理想は吸収後の残存魔力が100%に戻ることだが、最初の内は60%くらいまで減らして、80%以上に戻せれば上出来だ。では、各自必要な道具を持って練習に励んでくれ」
説明が終わり、生徒たちが動き始める。
魔水晶に魔力を貯めて、割って、吸収して、数値を確認するだなんてとてつもなくつまらなそうな授業だ。
授業のつまらなさを紛らわせるため、俺と直弥は一緒に練習を行う事にした。
「まず、魔水晶に魔力を貯めて……」
俺は先ほどの先生の動きを真似る。魔水晶に魔力を流すと、残存魔力量は60%に減った。
「それで、割って、吸収!」
魔水晶を地面に叩きつけ、そこから出た魔力を体内に戻そうとする。
吸収のイメージは深呼吸だ。大きく息を吸うようなイメージで空気中の魔力を取り込む。
一通り吸収し終え、画面の表示を見ると72%と表示されていた。
「うーん、結構取り逃してるな」
「でも、12%くらいは吸収できてるみたいだね。すごい」
「じゃあ、次は直弥がやってみて」
直弥も先ほどの先生の動きを真似て、一連の動作を終える。
直弥のことだからきっと余裕で80%以上だろうな。
そう思って、直弥の機器を見るとそこには『62%』と表示されていた。
「……2%しか吸収できてない?」
「そう、みたい。なんでだろ」
少し間を置き、直弥の魔力が回復してから再度計測を行うと、結果は『63%』だった。
「全然吸収できてないな」
「やっぱりかぁ、僕、吸収は苦手みたい」
直弥は残念そうな顔をして嘆く。魔法関連なら何でもできる印象だった直弥でも不得意なことがあるなんて意外だ。
俺は驚くと同時に少し安心もした。
その後は数回練習を行ったが、俺も直弥も記録が伸びることはなく、その日の練習は終わった。
「では、これで練習を終える。今日の対人戦だが」
基礎魔法学-実践の授業終わりに毎回行われる対人戦。既に2回以上試合をした生徒もいるが、俺はまだ一度も選ばれていない。
先生は名簿に目を落とし、今日の対戦カードを考える。
「
最初の基礎魔法学-理論で少し話した匣宮さん。あれ以来会話はしていないけど、なんとなく怖い印象があって苦手だ。
「
なんてこった。まさかよりによって苦手意識を持っている匣宮さんとの試合が組まれるなんて。
高校生活で2回目の対人戦が女子相手、しかも女子の中でも苦手な女子というなんとも戦いにくい相手となってしまった。
俺と匣宮さんは無言でグラウンド中央にあるフィールドに向かった。向かう途中で一度目が合ったけれどすぐに逸らされてしまった。
嫌味なわけではないけれど、強気で近寄りがたいタイプで苦手だ。俺と匣宮さんはフィールドの中央で相対する。
とりあえず、魔闘祭のような恥ずかしい思いはしたくないので勝ちに行こう。
そう思い、気合をいれた。
「先生、質問いいですか」
気合を入れた俺とは対照的に、匣宮さんは平然と話しだした。
「いいぞ匣宮、なんだ?」
「勝利条件に『1分以上の拘束』ってあると思うんですけど、『拘束』っていうのは手足を縛ったりしなきゃいけないんですか?」
「いや、そういうわけではない。相手を動けなくさせればそれは『拘束』と見なされる」
「じゃあ、『相手が一定の範囲内から移動できず、客観的に見て動きが確認できない場合』は拘束になりますか?」
匣宮さんの問いを受け、御陰先生は少し考える。
「……匣宮が考えていることを予想して答えるならば、答えはYESだ」
「分かりました、ありがとうございます」
先生と匣宮さんの会話が終わり、いよいよ試合が始まる。
勝利条件、それも『拘束』の定義についての質問。匣宮さんは拘束による勝利を計画しているのか……?
俺がそう考えているうちに先生がフィールドの端にある審判の位置に立つ。
「それでは、匣宮 vs 通、試合開始ッ!」
先生の合図とほぼ同時に匣宮さんは俺に向かって手をかざす。
何か来る、と思い咄嗟に身構えた。
「(匣宮さんの能力は領域型の【
俺は以前授業で見た匣宮さんの能力を思い出す。
「(そして、先ほどの会話から警戒すべきは拘束されること……)」
そこまで考えたところで、自分の足元に魔力が集まっていくのを感じる。
匣宮さんから視線を逸らし足元を見た瞬間、自分の立っていた場所が黒い空間に覆われた。匣宮さんの能力だ。
黒い空間はすぐに腰の高さまで迫ってくる。
「(飲み込まれるッ!!)」
咄嗟に跳躍し、自身を飲み込もうとしていた空間から逃れる。
「チッ」
俺が攻撃を躱し着地すると、匣宮さんは俺を睨みながら舌打ちをした。怖い。
どうやら匣宮さんが生み出す【秘匿領域】は、自身の周りだけではなくある程度離れた場所にも生み出すことができるらしい。
そして、試合開始と同時に俺の足元に能力を発動したことで匣宮さんの狙いが分かった。
「(俺を能力で閉じ込めることで拘束による勝利をしようってことか)」
どうやら俺の予想は正しかったようで、匣宮さんは執拗に俺の周りに【秘匿領域】を生み出し、中に入れようとしてくる。
幸い、【秘匿領域】の生成スピードはそこまで早くない。俺は身体強化で自身の身体能力と反射神経を向上させ、躱し続ける。
「(このまま匣宮さんの魔力が尽きるまで逃げ続けるか。いや、一度でも不意を突かれたり躱すのをミスれば終わりだ。逃げ続けるのは得策じゃない)」
俺はそこまで考え、攻撃に転じる。
「【
俺は自身の能力で影人形を作り出し、匣宮さんに向かわせる。影人形の操作と匣宮さんの攻撃を避けることの2つに神経を集中させるのは意外と大変だ。
俺は影人形での拘束を狙い、匣宮さんの手を掴ませる。しかし、すぐに振り払われてしまう。
「(やっぱり能力者相手に力任せじゃ無理か)」
影人形のパワーやスピードは俺自身の身体強化と比例して強くなるということを最近知った。手っ取り早く影人形を強化する手段を手に入れたのはいいが、裏を返せば身体強化が不得意なままだと影人形の強さの上限も低くなってしまうということになる。
今の俺の身体強化では、相手が女子とはいえ能力者を力任せに拘束することは難しそうだ。
その後も、俺と匣宮さんの攻防は続いた。
俺は匣宮さんが生み出した【秘匿領域】から逃れ、影人形での拘束を狙う。匣宮さんは影人形の攻撃を躱すか振りほどき、隙あらば【秘匿領域】での拘束を狙う。
どちらの能力も決め手に欠け、両者拘束を狙っているため中々決着がつかない。
「(拘束が難しいとなると、やっぱり降参を狙うしかないか)」
このまま試合が長引き、影人形の魔力が底をついてしまえば俺は攻撃の手段を失う。
そう考え、心が痛むが攻撃方法を拘束から打撃に切り替える。
影人形の拳に魔力を集中させ、匣宮さんの肩の辺りを目掛けて拳を放つ。影人形の拳が何かに当たった感触を感じた。
「よし、当たった!」
そう思ったのも束の間、匣宮さんの方向を見るとそこに人の姿は無く、代わりにさっきまで俺の周りに生成されていた黒い空間があった。影人形は匣宮さんではなく、その空間を殴っている。
「【秘匿領域】……? なんで?」
俺が困惑していると、影人形の目の前に生成された【秘匿領域】の中から匣宮さんが姿を現す。それを見て、何が起きたのかを察した。
匣宮さんは【秘匿領域】を防御に使ったのだ。
恐らく、【秘匿領域】は内部と外部との物体の移動ができないという性質を持つ。【秘匿領域】の中に人が入れば中の人は出ることができず、外にいる人が中に入ることもできない。だからこそ拘束に向いているのだ。
匣宮さんはその性質を利用し、自身を【秘匿領域】の中に入れることによって影人形の拳を防御したのだ。能力者自身である匣宮さんは【秘匿領域】の中に入っても能力を解除すれば出ることができるし、影人形は中に入ることができない。
特別な空間を生み出すことができる領域型の能力は防御には向かないと思っていたけれど、まさかこんな使い方があるなんて。
俺は驚きと感心の眼差しを匣宮さんに向ける。
すると、匣宮さんは俺の方を向いて口角を上げた。ニコッというよりはニヤッとした笑みだ。
「もらった!」
匣宮さんがそう言うと、俺の視界が真っ黒に覆われる。
「…ッしまった!」
俺は急いでその場を離れようとしたが、時すでに遅し。一瞬の隙を突かれ、【秘匿領域】の中に入れられてしまう。
俺は何とか脱出しようと、内側から壁を殴ったり蹴ったりしてみたがびくともしない。
「そりゃ簡単に出れるようにはできてないよな……」
そう呟きながら、俺は必死に頭を回転させる。このまま1分以上脱出できないと俺の負けになってしまう。
そう考えたところで、1つの解決策が思い浮かんだ。
ついさっきまで攻撃に向かわせていた影人形が、まだ匣宮さんの傍にいるはずだ。その影人形を操ればこの中からでも攻撃ができる。
「(頼む、当たってくれ!)」
そう願いながら、俺は影人形をがむしゃらに操作する。
この空間の中からは外が見えない。もちろん影人形と匣宮さんがどれだけ離れているかも分からないのでがむしゃらに操るしかない。
まるで目隠しと耳栓をしながらグラウンドの真ん中を歩いているような感覚だ。
影人形の腕や足をブンブン振り回していると、右手が何かに触れる感触がした。
「当たった!」
俺はこのチャンスを逃すまいと、影人形の右手に当たったものを必死に掴み、左手と右足も絡ませ、とにかく逃がすまいとする。
今影人形が匣宮さんのどこを掴んでいるのか、そもそも掴んでいるものは匣宮さんなのか。それは分からないが、今はとにかく必死に掴み続ける。
影人形の掴んでいるものが暴れているような感じがする。
「(離さないぞ……!)」
拘束されてから体感30秒ほど、俺は何も見えず何も聞こえないまま必死で影人形を動かす。
すると、急に視界が明るくなり、周りの音が聞こえ始めた。暗闇に慣れていた俺は思わず目を閉じる。
「【秘匿領域】が解除された? なんで……?」
何が起こったのか分からずに混乱してしまう。
匣宮さんは何故1分も経っていないのに能力を解除したのだろうか。もしかして、俺の感覚が間違っていて、俺が拘束されてから既に1分以上経過しているのだろうか。
何がなんだか分からず呆然としていると、前方から声が聞こえた。
「ちょっ、これ早くどかしてよ!」
声がした方向を見ると、そこには匣宮さんがいた。
しかし、ただの匣宮さんではない。俺の影人形に拘束された様子の匣宮さんだ。
「あ、匣宮さっ……!」
匣宮さんの姿を見て俺は言葉が詰まった。
影人形は俺の狙い通り匣宮さんを拘束しているのだが、その拘束の仕方が良くない。左手は体操服の下に入れられ、匣宮さんの程よく引き締まった腹筋が露わになっている。そして、右手は匣宮さんの少し控えめな胸を鷲掴みにしていた。
動けない状態の匣宮さんは顔を真っ赤にしながら俺のことを睨みつけている。
「ちょっと早くッ!!」
「ご、ごめんなさい、すみませんッ!!」
俺は急いで能力を解除して影人形を消す。
急いでお腹をしまって着衣の乱れを直した匣宮さんは、俺の方をキッと睨んでから御陰先生の方を見る。
「降参です。降参でいいです」
「……分かった。試合終了とする」
俺には何が何だか分からないまま試合が終了する。
試合をした後は戦った者同士一礼してから終えるのが決まりなのだが、匣宮さんは一刻も早くこの場を離れたいという思いが伝わる足取りで、俺の方を一度も見ずにフィールドを離れていった。
どうしよう、と思って先生の方を見ると「今のはお前が悪い」というような視線で見られる。
「それでは、本日の授業はこれにて終わりとする」
片づけをした後、授業が終わった。
教室に帰る途中、直弥に先ほどの試合について言及される。
「さっきの試合さぁ、なんであんなことしたの?」
「いやいや! あれはわざとじゃないんだって、匣宮さんの能力で閉じ込められると周りが見えなくて、がむしゃらに影人形を動かしてたらああなっちゃたの!」
「あーそうなんだ、それは気の毒だね……。通くんも匣宮さんも」
「わざとじゃないって言ったら許してくれるかな」
「いやー無理じゃないかな。匣宮さん、相当怒ってたよ」
俺はがっくりと肩を落として教室に帰った。
元々話しづらかった匣宮さんが、さらに話しづらくなってしまった。しかも、話しづらいどころかめちゃめちゃ嫌われてる可能性もある。
入学して半年経たずに同級生の女子にセクハラして怒られるなんて、俺の高校生活はもう終わったかもしれない。
________________________
能力名:【
型:領域型
・自身の半径約10m以内に特殊な空間を生み出すことができる。
・能力で生み出す空間では外部と内部との光や音、物質の移動が遮断される。この空間は外にいる人間からはは黒い立方体もしくは直方体に見え、中にいる人間には黒い壁と天井に囲まれているように見える。
・空間自体がそれなりの耐久性を持ち、中からでも外からでも簡単に壊すことが出来ない。
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